odd_hatchの読書ノート

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小川剛生「徒然草をよみなおす」(ちくまプリマー新書) 中世の言葉がわからなくなった江戸時代以来の誤った解釈が流通しているので、その時代の人びとのように読みましょう。

 小川剛生「兼好法師 徒然草に記されなかった真実」(中公新書)の著者による「徒然草」解説書。いちおうティーン向けの新書という体裁だが、高校教科書には書いていないことも知っていないといけないので、大学生でも手ごわそうです。
 いくつかのメモを書く前に、冒頭の「つれづれ」について。たいていの現代語訳では「退屈」「所在ない」という意味にとっているが、そうではない。現在の解釈の到達点は、川平敏文『徒然草──無常観を超えた魅力』(中公新書)にある。それを参照すると、 

「実は、ほんらいの「つれづれ」とは、孤独・寂寥、「存在の欠如感」をあらわす語でした。それが次第に拡大され、退屈、つまり「行為の欠如感」をも意味するようになったとあります。少なくとも、「つれづれ」とは、決して何かを楽しんでいる状態ではありません。(pp.145-146)」

とのこと。というのは著者によると、次の「硯に向かいて」が用例の極めて乏しい珍しい表現。類例があるのは兼好が愛好した「源氏物語」の「浮舟」手習巻にある。これをみると、「なんらすべきことはなく、心中を語る相手もいない、という状態を考えてよい(P144)」とのこと。そういう「存在の欠如感」があるのだ。
 「つれづれ」を「退屈」「所在ない」と読むのは江戸時代からだが、そのときにすでに中世の言葉の意味がわからなくなっていた。また兼好の生涯もほとんど知られていないので、登場する人物や役職などもわかっていなかった。そこでアレゴリー的解釈をしたのだが、誤解と妄想がどんどんその時代からずれてしまったのだ。そういう読解の歴史が数百年分も積もっている。そこで、当時の情報を知らべて、当時の読者が読んだように読みましょう。そういう文献学的解釈をしたのが本書。たぶん現在(2025年)の「徒然草」解釈の最前線。
 とはいえ、俺みたいに「徒然草」に書かれた徳目を洗い出して体系を見出そうという妄想的な解釈はしない。いくつかの段を引用して、そこに登場する人や事物を知らべて、江戸以来の解釈の誤りを指摘するまで。俺のような素人にはトリビアに過ぎると思う時もあるが、俺の期待する解釈が生まれるのは遠い未来なのだろう。

 

 メモ。
・言葉の意味が中世と近世以降では違う。「遁世」は世捨てではなく、仏道の修行のこと。兼好や他の遁世者(鴨長明、藤原定家など)をみると遁世は渡世の方便。遁世者の社会的機能は同じ著者の「兼好」中公新書を参照。
・前後の段を連続して読むことが大事(もともとは段の区別はなく、江戸時代になってから段に分けられ、人によって区切りは異なる)。段はつながっている(大きな断絶はところどころにある)。その話の意味は段のつながりを意識しないとみえてこない。
・近代の随筆ではない。中世では個人の経験に価値はないとみなされ、含意や物語を読むことが大事。言外の引用があって当時の公家や武士には説明不要で通じたことが省略されている。それは調べないとだめ。たとえば土器(かわらけ)のかわりにまかりを使うことを称賛している。これは宮中でのまかり(合子)は不潔で土器(かわらけ)は清浄であった。それでも真狩りを使うところには当時のマナーが反映している。そういうのはまかりの言葉の使われ方を調べないとわからない。こういう方面の解説はたぶんほとんどなされていない。
 こういう問題は「徒然草」だけでなく、他の中世の文書にもありそう。俺が読んだなかでも「花伝書(風姿花伝)」もそう。おそらく「方丈記」もそう。江戸時代以降、中世の文書をアレゴリー的解釈で読んできたのはいったん白紙にして、文献学的解釈をした方がいいと思う。

 

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