山形浩生訳でウェルズ「タイム・マシン」三度目を読んだ。時間旅行者が友人たちに冒険旅行を語っているという状況なので、旅行者の語りを「です」「ます」の口語口調にした。そのためにとても読みやすい、わかりやすい。過去の昭和の邦訳が報告書の堅苦しい文体だったので、事態を把握しずらかったのと大違い。今後邦訳する人はぜひこの文体を採用してほしい。

何度読んでもこの小説は気に入らなかったが、ようやくわけがわかった。そのまえに冒頭のクラブの駄弁りは交霊会のようだ。そこに幽霊であるとも思われる時間旅行者がきて、怪奇譚を喋る。登場するのは本人のほかは、ひ弱くて知性が欠如した白人(エロイ)と暴虐をふるう蛮族(モーロック:たぶんキリスト教から見た異教の神であるモロクの言いかえ)だ。彼等と出会うがコミュニティが取れず、ほうほうの体で逃げ出すしかない。それを聞いた「現代人」は話を信用しない。このストーリーは当時流行の怪奇小説・幽霊屋敷小説そのまま。(なので同時期の英国冒険小説(スティーブンソン、ハガード、ストーカー、ウィリアムソン「灰色の女」、ホープ「ゼンダ城の虜」、オルツィ「紅はこべ」など)の主人公のようには闘わない。なんともなさけないのは下記の理由もあるが、大きな理由は幽霊屋敷小説だから。)
丹治愛「ドラキュラ・シンドローム」(講談社学術文庫)はストーカー「吸血鬼ドラキュラ」に外国人嫌悪と病原菌嫌悪と女性嫌悪を見出した。おなじゼノフォビアその他の差別と偏見はウェルズの「タイム・マシン」に見出せる。すなわち、エロイは西洋人がみたアジア人であり、モーロックはアフリカ人を現わす。未来にヨーロッパの白人が少数派になったとき、アジア人とアフリカ人に復讐されるのではないかという恐怖が元にあるのだ。エロイの外見は白人風であるが、西洋の歴史や伝統・文化を継承せず敬意を払わないので異人種であるとされる。身振りによるコミュニケーションは西洋中世からの伝統であるが、それを理解しないのもエロイが異人種である理由。モーロックの暴力はボーア戦争でイギリス軍が経験したことにほかならない。したがって時間旅行者の経験は西洋が植民地で先住者に行ってきたことをほぼなぞり、暴力行為は加害被害の関係を逆転させたものだ。
またここでは人類が頂点にたったのは19世紀でそれ以降は退化したと考えている。これは当時の人類の進化を裏返したものにほかならない。人類進化はヘッケルの原人-旧人-新人という説が受け入れられていた。重要なのはこの進化の過程で昔のものほど野蛮で知性に劣るという理解があったこと。そのうえアジア人やアフリカ人は旧人に近いという人種差別を内包していた。それが「タイム・マシン」に露骨に現れている。
モーロックは労働者が退化した姿とされる。これはフランス革命のあとの近代で、イマジナリーな「労働者」を讃美する思想風潮ができて広まったことへのバックラッシュ。社会の不正や欺瞞を解決する新しい類として「労働者」が見出された。多くの社会主義はここに由来している。ウェルズは社会主義者らしいけど、「タイム・マシン」「眠れる人の目覚めるとき」をみるかぎり「労働者」に対する革命幻想はもっていないよう。革命の主体になっても、運動の幹部は対立しあい、独裁者が生まれるか、分裂してしまうか。どうも西洋の全体に対して悲観的であり、解決の道はないのだとあきらめているかのよう。それは翻るとエロイやモーロックのような野蛮な異人種に恐怖しているからなのだろうね。現実の西洋は植民地を世界中にもっているのに。このあとの「眠れる人の目覚めるとき」1898では西洋が世界を制覇している姿を描いているが、そこでも西洋は自壊するのだ。
「眠れる人の目覚めるとき」では優性思想と貧困者の「安楽死」推奨がある。のちには人種差別思想を批判するようになったというが、19世紀90年代の作品では克服されていない。世界SFの開祖ということでこれらに言及せず批判しないでいるのはダメだ。
どうもこの人の長編(「宇宙戦争」「透明人間」)はおかしいと思っていたが、「タイム・マシン」を読んで納得。
盲人国1904 ・・・ アンデス山脈の奥地にペルー人らの村があった。周囲と隔絶してところで奇病がはやったので、住人はすべて盲目。しかし盲人だけになって14世代にもなると、まったく不自由はない。そこにあるとき男が迷い込んだ。彼は自分だけが可視であるから、この小さな国で王になれると思い込んだ。そこで自分の優位を説得しようとするが、村人は相手にしない。むしろ彼を白痴とみて矯正しようとした。男は拒否して、時に大立ち回りを演じるが叩き伏せられてしまう。おとなしくしていると、彼に好意を持つ少女が現れた。男も心奪われて結婚しようと申し込んだが、村人は全員反対。男を普通にするために眼という器官を切除することに決める。そこに至って少女も婚約を破棄することになり、男は村を逃げ出す……。
現実と逆の世界を描くことによって社会を批判する視点を提示する、というのが大半の見方。俺からすると、西洋の植民地主義とオリエンタリズム、健康優位の押し付けそのもの。紛れ込んだ男が可視であるから権力を持てるという考えからしてそう。西洋が遅れた国に植民して文明化することを正当化する見方なのだ。かりに男が王になれば、すぐに開国して、勤勉な盲目国の住民を奴隷にして売り飛ばしただろう。彼に好意を寄せる女に対してもミソジニーがある。もう全編を通じて不快。
(解説によると、健常者が盲人国では能力を発揮できずに「障害者」扱いされる主人公は「障害の社会モデル」を描きだしていると評されることも多い、とされる。さてこれは健常者の驕りを批判する文脈で語られたものか。この書き方ではよくわからない。たぶん不十分。)
見知らぬ国に孤独な頑迷固陋な男が迷い込み、社会に拒絶され、少女に好意を持たれながら結局抜け出すというのは、ウェルズのほとんどすべての小説に共通する。これも「タイム・マシン」と同じ構造。人びとへの視線の持ち方もおなじ。ウェルズの小説は植民地主義文学なんだ。)
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