明治探偵冒険小説を電子書籍で復刻するプロジェクトが進んでいる。名のみ知っているが読むことがかなわなかった明治期の探偵冒険小説が手軽に読めるのはありがたい。この時期のものは黒岩涙香くらいしか入手できないからね。
本書はガイ・ブースビーの「ドクター・二コラ」1895年を南陽外史が「魔法医者 魔法医師ニコラ」のタイトルで翻案したもの。新聞に連載された。翻案といっても語り手が日本人に変えられたくらい。黒岩涙香のようにパリに日本人街があるような話ではない。
まず、南陽外史について。明治二年生まれで、長じては新聞記者になる。1896年に英国に渡欧。面白い本を見つけて、1899年に帰国後、新聞に翻案したものを連載した。おりしも黒岩涙香の同種の小説が人気を博していたのであやかったのだろう。その時発見したのが、ガイ・ブースビーの「ドクター・二コラ」。外史の思惑通り、「魔法医師ニコラ」と題した翻案はヒットした。
そのガイ・ブースビー。wikiに英語ページがあるので、機械翻訳で読もう。1867~1905と早世した。
すで著作権保護期間が切れているので、KINDLEでガイ・ブースビーの著作(英語)を格安で読める。
作品は多数あるが、邦訳されたのは「魔法医師ニコラ」のみらしい。
ameqlist 翻訳作品集成 ガイ・ブースビー(Guy Boothby)
驚いたのは、1996年に菊地秀行(「吸血鬼ハンターD」)が翻訳していたこと。本書の前半は
――日本の冒険小説マニアのあいだで長く待望されていた書を菊地秀行が入魂の翻訳―― 19世紀後半の上海で「報酬1万ポンドでチベットへ行こう」とヒキガエルのように青い顔をしたニコラ博士に誘われた主人公。 天津・北京からチベットへ、ふたりは艱難辛苦の旅を続けて、奥地の秘密結社の総本山潜入を果たす。 そこでふたりが目にしたものは、驚くべき超自然の技術であった。全身麻痺の病人をマッサージのような治療で完璧な健康体に戻したり、電気を使って死者を蘇生させたり、さらには枯れ草を燃やした煙の中から甦らせた死者を歩き回らせたり…。 その技術を盗みとって脱出したふたりに、待ち構えていた危機と罠…次から次へと息もつかせぬアクションとロマンの名著復刻。
https://www.amazon.co.jp/dp/4092510276/
今回の復刻では表記を現代風に改め、漢字やフリガナ、送り仮名なども今日のものにしている。読みにくいということはない。

日本を逃げ出し上海でゴロをまいている「私(三芳野文吾)」はにっちもさっちもいかなくなって、ドイツ人医師ニコラが掲げたアルバイトに応募した。それはニコラと一緒にチベットに飛び、そこにあるラマ教の寺院に潜入して秘法を伝授してもらうという冒険。厳重な鎖国政策をとるチベットに異国人・異教徒が潜入すれば殺されるのが必定。命の価値を軽く見る「私」は大金を前に、冒険に参加することに同意した。旅の途中、天津で暴漢に襲われている女性を助ければ、それはイギリス総領事の娘フロレンス。一目で恋に落ちた二人であるが、世間体と仕事のために泣く泣く別れなければならない。そしてチベットに潜入し、上のサマリーにあるような秘術の伝授に成功するのである。すべての伝授が終わる直前、偽物であると発覚した。死刑になるまえに脱出しなければならない・・・。というのが前半。たぶん菊池秀行訳はここまでのはず。
医師ニコラはすでに幻想術や占いなどの秘術を取得していて、多数の手下をもっている。それがなぜラマ教の秘術を得ようというのか。この説明がないので、彼の行動の理由がどうもよくわからない。おそらく死者蘇生術の獲得と世界征服が目的になっているようだ。それが彼の口から説明されることがないので、どうにも冒険譚には熱が入らないなあ。それに助手にして語り手の「私」も医師ニコラの目的を共有していないので、旅の最中も上の空気味。熱を出してはフロレンスを思い出すし、ニコラの危機ではほぼ役立たずだし。ニコラ物は4冊書かれたようで本作は第一作。残りで説明があるかもしれないが、あまり期待はしない。そうすると興味関心を持てるのはチベットの秘術くらいしかない。原作が書かれた時期が1895年と(翻案は1899年)、帝国主義と植民地主義の最盛期であって、アジア人に対する蔑視は露骨にでてくる。同時期に黄禍論がでてヨーロッパではアジア人差別も起きていたにもかかわらず、本書が翻案されたのは、日本もアジア人蔑視では共通していたせいか。また数年後には日英同盟が締結されるので、日英両国にはデタント(緊張緩和)の空気も流れていたのかも。
と書くのは、脱出劇にあたって、医師ニコラは彼らを助ける賊に「白面鬼」なるライバルを発見するのである。脱出途中で疲労のために発熱した「私」に、ニコラ医師は10年前からの「白面鬼」との因縁を語るのであった。なぜストーリーを中断して別の物語を挿入したのか。解説によると
「南陽外史訳の『魔法医者』の特徴は、原作の『ドクター・ニコラ』と同じ著者の『白妖姫』(The Beautiful White Devil:『白妖姫』は牧逸馬訳の表題)を基にしたストーリーがニコラ博士の回想談の形で挿入され、その長さが全体の三分の一にも及んでいることです。」
研究者によると、新聞連載が好評をはくし連載を長くするよう要請があったので、外史は同じ作者の別の小説を採用したのではないか、とのこと。テレビ人形劇「八犬伝」も人気がでたので、「南総里見八犬伝」の途中に「鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月」の長いエピソードを入れたものだ。そういう経過もありえそう。事情は理解できても、前半と後半で物語が分裂しているのは好ましくない。
さて「白面鬼」であるが、イギリス海軍の傍流にいたものが些細な不興を買い、英国植民地を転々と逃亡していた。彼を蹴落とす陰謀は遠く清の国までめぐらされついに失意のうちに亡くなる。しかしその一子の娘は英国への強い復讐心をもっていて、ひみつの基地を作り巡洋艦を所有し、いつか仇を打つというのである。そこに香港長官(1841年から英国領になっていた)が「白面鬼」のアジトを見つけ、軍艦二隻を派遣した。それを白面鬼の巡洋艦が迎え撃つのである。後半のほとんどはこの海戦の描写。これがまたすさまじく、砲撃によって艦船には肉塊が飛び散り、血が甲板を汚し、ちぎれた手足がそこらに転がり、脳漿に足を滑らすといったことが執拗に書かれる。搭乗員の感情は鈍麻し、さっきまで話をしていた戦友の手足の無くなった死体に腰掛けて休息を取ったりするのである。司馬遼太郎「坂の上の雲」ですら、ここまでリアリズムを貫くことはなかった。当時の読者は、この数年後の日露戦争で小説通りの悲惨が生じたことを予想しただろうか。
19世紀末から20世紀初頭は海軍力の時代。英国、ドイツ、ロシア、日本が海軍を増強していた。軍艦は最新科学技術の結晶であり、国力を誇示する道具だった。軍艦に対するフェティシズムのような熱狂はどこの国もあり、エンタメ小説にはよく登場したものだ。ホームズものにもルパンものにも潜水艦のひみつをめぐるスパイ小説があるし、押川春浪は「海底軍艦」1903年を書いた。
エピローグで「私」と二コラ医師の恋愛に決着をつけた。二人とも相手に対する愛や恋がほとんど描写されないので、彼らの愛は身勝手というしかない。日本人男性が英国人上流階級の娘に一方的に惚れられるのはナショナリズムをくすぐるからだろう。これも居心地がわるい。という具合に、21世紀のエンタメ小説の基準からすると、水準にはまったく達していない。菊池秀行氏のように奇想や魔術に関心を持てれば、興味深いかな。明治期の外史訳より20世紀末の翻訳の方が読みやすいだろう。まあ明治小説集のような叢書には収録されないような通俗小説が手軽に読めるになった。日本の探偵小説史に登場する稀覯書が手軽に入手できるようになった。という点は評価。
横田順弥「日本SF古典こてん(3)」集英社文庫1981年に、「魔法医者 魔法医師ニコラ」が紹介されている。178から185ページにかけて(元は〈SFマガジン〉一九七八年五月号に発表)。著者らは西条八十訳に親しんでいたので、南陽外史訳の後半に「白面鬼」が出てくるのをいぶかしんだ。でも、高井信というSF作家が「ブースビーには、『ニコラ』よりおもしろい作品があって、日本でも訳されていますよ」といい、手元にあった昭和四年(一九二九年)に改造社から刊行された『世界大衆文学全集』の第一四巻『英米新進作家集』に『白妖姫』牧逸馬訳が収録されているのを見つけた。そして内容が同一であることを確認した、という。
「おそらく、この発見はぼくと高井氏がはじめてではなかろうか?そして、これはふたりが会わなければ、当分は発見されなかったことだ。」
と自画自賛。若いSF稀覯書収集家の稚気がほほえましい。
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