2026/05/08 エドガー・A・ポー「探偵小説短編集」(青空文庫) 犯罪を起こすような特異な人(アノマリー)が都市の秘密を暴くことをポーは発見した。 の続き
21世紀になって新潮文庫のエドガー・A・ポーが巽孝之氏による新翻訳になった。そのために、昭和にでていた佐々木直次郎訳がパブリックドメインになった。青空文庫で手軽に読めるようになったので、なつかしさのあまり再読する。ここでは怪談・怪奇小説を選んだ。

しめしあわせ(約束ごと)1835 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。ベニスはルネサンス期に最盛期になり、以後は没落していくだけ。だからポーの時代でもベニスは過去を憧憬するための特別な場所なのだ。冒頭に。「星の愛めずる海の楽土イリジアム」の語句があり、シラー-ベートーヴェンの思想が海を越えてアメリカ東海岸にも響いている。
エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-1
ペスト王1835 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。ペストが流行るとその一画は封鎖される。無銭飲食の二人は追われて、封鎖しているバリケードを突破した。日常の世界から魔界へ移動するための工夫。訳注を見て分かったが、様々な病気をもっている6人の名前は「pest」の文字が入った言葉を無理やり人名にしたもの。アクションのスラップスティックだけでなく、言葉にもアクロバットをさせてました。
エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-2
沈黙1838 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。悪魔が話しかける「その頬に刻まれた数条の深い皺(しわ)に、おれは悲哀と、倦怠と、人類に対する嫌厭と、孤独の熱望とを示すものを読み」とれる男は修行者であるし、ツァラトゥストラでもありうる。轟音がとどろく自然には彼は動じないが、宇宙的な「沈黙」とそれが示す無には恐怖する。男がもっている近代的様相(あるいはモッブ@アーレントの心情)を持つものは英雄にはなれない。シラーやベートーヴェン、カントの18世紀的な希望は19世紀の初頭には失われていた。
エドガー・A・ポー「ポー全集 2」(創元推理文庫)-2
アッシャー家の崩壊1838 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。丹治愛「ドラキュラ・シンドローム」(講談社学術文庫)はイギリスの怪奇小説を対象にしているので、アメリカ人のポーは取り上げていない。再読すると、これもゴシックホラーで、不死者アンデッドを恐怖の対象にするものだった。そのまえに、アッシャー屋敷の周囲の描写は「アルンハイムの地所」「ランダーの別荘」のネガになっていることに注意。後者の地勢は幸運をもたらすための人工的に構築されたもの。アッシャーの地所は屋敷と住人を不幸にするためのもの。環境が人の性質を決めている。屋敷の中は中世の城そのもの。アメリカにはその種の城が実在しない(はず)なので、ポーの想像力のうちにしかない。語り手「私」を呼んだアッシャー家の兄ロデリックは憂鬱、倦怠、精神力の欠如、虚弱、音に敏感(弦楽器しか聞けない)。こういう状態から神経症、あるいは薬物中毒と思った。「私」はその治療のために呼ばれたのかもしれない。でも「私」は治療よりも屋敷の中を調べることに熱中している。ロデリックは神秘思想の持ち主で、双子の妹マデリンと精神感応できると信じている。これはメスメリズムとその発展形の催眠術の影響。1830年代にはイギリスからアメリカにそれらは伝搬していたのだね。ロデリックはオカルティズムの信奉者なので、マデリンが不死者アンデッドになったのではないかと恐れている。「私」はロデリックの妄想あるいは症状の緩和にはまったく動かず、むしろ昂進させるようにふるまう(本を読むより鎮静剤を打つとか酒をのませるとか弦楽器を演奏するとかしちゃよかったのに)。という具合に、語り手「私」は言動でも記述でも全く信頼できないので、読者は別の物語が進行しているのではないかと疑いながら読むべき。解説によると、ラフカディオ・ハーンが挿入された詩を分析している。最初は「理性の健全な時の精神」を謳っていたのが、後半は理性の崩壊を歌っている、とのこと。表層のストーリーの暗喩になっていたのだね。ハーン、すごい。
エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-3
ウィリアム・ウィルスン1839 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。2024/9/5NHK第2ラジオ放送のカルチャーラジオ「ゴシックの扉(10)分身2自我と牢獄」で取り上げていたのでメモ。分身、ドッペルゲンガーは古いテーマで、もう一人の自分と会うことは自分が変化することのきっかけ。ポー作では悲劇になるが、通常はよいこととして受け取られる。20世紀になると、分身テーマは多重人格ものに変容した。例えば映画の「エクソシスト」「オーメン」。ここではもう一人の自分はわけのわからない存在、理解不可能だが内面に抑圧されていたものとみなされている。(そう見るとこの作に出てくる分身は、傲慢でアンモラルな「私」を善に導くものであるが、「私」は変化できなかったというストーリーになる。分身よりもリアルのほうが不健全で悪。)
エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-3
陥穿と振子1842 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。暴力を受けることも地獄であるが、それがまじかに迫っているという想像力も恐怖。マゾヒスティックなほどの執拗な描写。最後の一文で、これは1808年の出来事であることがわかる(訳注のおかげ)。
エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-3
黒猫1843 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。これは「ウィルアム・ウィルソン」と同じ分身の恐怖。当初は猫を愛玩する優しい心象の持ち主だったのが、過度のアルコール摂取で心身をおかしくしてしまう。薬物の摂取が善悪を逆転してしまった。黒猫は語り手「私」の善が外化されたもの。「私」の分身となって、彼を悪から連れ戻す役割を担っていた。回心の道筋を示していたのに、「私」は救済を拒否して地獄に落ちてしまう。後で悔いても甲斐がない。参考になるのはドストエフスキーの「おとなしい女」。どちらもミソジニーがひどい。
エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-1「黄金虫」「黒猫」ほか
早すぎる埋葬1843 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。「目覚めたとき墓のなかにいるかもしれない」という妄想。悪霊の脅迫が怖いのは自分が不死者アンデッドになることへの恐れ。前の「陥穿と振子」もそうだけど、暗闇に一人取り残されるのは身体的な恐怖。この二つの恐怖が一緒になったのが本編。この恐怖体験のあと、語り手「私」は妄想から解放される。疑似的な死の体験、そのあとの蘇りが「私」を新しい人間にした。「死の恐怖」という人間の掟を乗り越えたのだね。
エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-3
「早すぎる埋葬」では古今の事例を集めている。その中で生還者に「流電気」をかけるという描写があった。これは21世紀のAEDのような医療装置ではなく、メスメリズムの装置。外部から電流刺激を与えることで体内の「流体」を調整しようというアイデアに基づくものだ。もちろん現代ではニセ医療にほかならない。ともあれ1840年代のアメリカにはメスメリズムが伝えられていたことがわかる。
1845年の「催眠術の啓示」「ミイラとの論争」「ヴァルドマアル氏の病症の真相」の短編にも、メスメリズムと催眠術が登場している。再読した。前回の感想は以下。
エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-2「シェヘラザーデの千二夜の物語」「アモンテイリャアドの酒樽」ほか
「催眠術の啓示」は別エントリーで。「ミイラとの論争」「ヴァルドマアル氏の病症の真相」。前者はエジプトのミイラを電気ショックで再生させる。後者は肺結核で死にかけた男に催眠術をかけて生でも死でもない宙ぶらりにさせる。いずれも本人の同意を得たとはいえ、他人の人体・人格・人権を棄損する行為です。やっちゃダメ。メスメリズムや催眠術に関しては目新しい情報はなかった。「ミイラとの論争」は「早すぎた埋葬」「陥穿と振子」などの死の恐怖に対するアンサーなのだろう。古代超文明の技術によって人は不死性を獲得できる。キリスト教の死後の救済を否定することになるが、「存在の大いなる連鎖」からすると無問題。「ヴァルドマアル氏の病症の真相」は「アッシャー家の崩壊」と同じく不死者アンデッドへの恐怖。不死者の誘惑恐怖ではなく、肉体の消滅の方が恐怖になっている。のちのゾンビ―恐怖の先取り。
ポーの代表的なゴシック・怪奇短編を青空文庫で読めた。
「赤死病の仮面」がないのが残念だったので、創元推理文庫で再読
赤死病の仮面 1842.05 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。仮面をつけた男の正体は不明なまま、幽閉した建物の中にいるものは全滅する。ペストパンデミックと元の侵略の記憶がまぜこぜになっているのだろう。赤い死の仮面から外国人恐怖と細菌恐怖を見出せる。
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2026/05/06 エドガー・A・ポー「催眠術の啓示」(創元推理文庫) 「存在の大いなる連鎖」に基づくポーの宇宙と霊魂の考え。この延長に「ユリイカ」があるはず。 に続く