odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

エドガー・A・ポー「探偵小説短編集」(青空文庫) 犯罪を起こすような特異な人(アノマリー)が都市の秘密を暴くことをポーは発見した。

 21世紀になって新潮文庫のエドガー・A・ポーが巽孝之氏による新翻訳になった。そのために、昭和にでていた佐々木直次郎訳がパブリックドメインになった。青空文庫で手軽に読めるようになったので、なつかしさのあまり再読する。このエントリーでは探偵小説と冒険小説を取り上げる。

群集の人1837 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。
エドガー・A・ポー「ポー全集 2」(創元推理文庫)-2 
群衆は地縁血縁がなくてどこかから流れ込んできた人々が集まった都市で生まれる。この時代の最先端都市はロンドンだったので、まずそこに群衆の人が生まれたのだった。この短編に登場する群衆の様子は若きエンゲルスが見聞したことに一致する。
フリードリヒ・エンゲルス「イギリスにおける労働階級の状態」(山形浩生訳)-1 1845年
フリードリヒ・エンゲルス「イギリスにおける労働階級の状態」(山形浩生訳)-2 1845年
 時代を下り場所を変えると、同じような群衆をみつけたのはドスト氏(とくに「白夜」「罪と罰」)。あるいはランボー(「飾画(イルミナシオン)」。ボードレール「悪の華」もそうだろうけどあいにく知らない)。さらに100年後にハンナ・アーレントがモッブと名付け、性格を分析した。

鐘塔の悪魔1839 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。前回は資本家と時計で考えたが、今度は権力と時計で考える。鐘塔は時刻を鐘で知らせていて、日々の秩序を決めていた。それが悪魔=トリックスターのダンスによって秩序が破壊され、権力体形がなくなる。
エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-3 

メエルシュトレエムに呑まれて1841 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。海洋冒険小説。怪談になりそうな話を語り手の観察と推論による脱出劇に変えた。前に書いた「アーサー・ゴードン・ピム」は地球平面説に基づくというので、これもそうかと思ったが、作中では否定されていた。
エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-2 

 

 以下はデュパン三部作。ストーリーのサマリーは下記。
エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-1 
モルグ街の殺人1841 ・・・ 今度は怪奇小説として読もう。アパート4階の出入り困難な部屋で二人の女性が無惨な死体で発見される。被害者を殺したい動機を持つものはいないし、残虐な行為をするものも想定できない。すなわち幽霊屋敷が現出したのだ。通常は幽霊ハンターが謎解きと憑き物落としをするが、デュパンは数学やゲームが好きな分析家なので、幽霊や流体のような非存在を原因とすることはない。代わりに証拠と推理でもって事件の謎を解く。19世紀のロマン主義に対する18世紀の啓蒙主義と科学主義の勝利。解いた謎の説明を聞くと、そこには19世紀らしい心情があることがわかる。ひとつは外国人恐怖(叫び声の証言の矛盾が出てくるのはここに由来)、もうひとつは動物恐怖(ヨーロッパには猿がいないので悪魔のように思われていた:結末も外来種による動物怪談と読める)、そして動機なき犯罪者への恐怖。これらの群衆の心理が事件を複雑に見る理由になった。物語は、事件-デュパンの解説-犯人の告白の三部構成。これも怪談と同じ(リットン卿の「幽霊屋敷」改訂前のロングヴァージョンによく似ている)。でもこの小説の読者は怪談物語として読むことよりも、分析と論理のほうに関心を寄せた。たとえばドイルや乱歩。
(19世紀の怪談・怪奇小説では残虐描写はあまり行われない。語り手の前に死体が現れることもめったにない。でもポーは残虐描写を辞さない。そこからいえそうなのは、ポーは怪談の描写を刷新して、悪趣味を描いたのだった。その悪趣味は大衆の支持するところとなり、以後探偵小説の残虐描写の開祖になる。怪談のほうがむしろ上品になるという逆転が起きている。19世紀では怪談・怪奇小説はエスタブリッシュメント向け、探偵小説は大衆向けというすみわけがあったのだろう。20世紀になるとエスタブリッシュメントが知的遊戯の探偵小説に熱中する。読者層と好みが変わったのだ。)

マリー・ロジェの謎1842 ・・・ このとりとめのない犯罪小説は読むのがなかなか困難。思いついたのは、とても犯罪実録ものに近くて、そこにはメディアと読者のゴシップ好きが影響しているだろうということ。自分には無関係な犯罪にセンセーショナルな関心をもち、ときに行政にまで影響するような事態が近代の初めにはもうあったのだ。デュパンの長広舌の話題には法医学があって、読者の啓蒙を兼ねていたのだろう。
中尾真理「ホームズと推理小説の時代」 (ちくま学芸文庫) に解説が載っていた。

「ポーは「マリー・ロジェの謎」を書くことで、現実の殺人事件に、まるでテレビで実況中継をするレポーターのような真剣さで、自ら加わったのである。ジャーナリストとしての面目躍如というところか。そして、現実の「メアリ・セシリア・ロジャーズ事件」は、ポーの推察通り、新聞各社が当初書きたてたような集団暴行事件ではなかった。メアリの死因は堕胎手術の失敗によるものだったのである。真相が明るみに出たのは、宿屋の経営者(作中のデュリュック夫人)が告白したからである。ポー(=デュパン)の推理は基本的に間違っていなかった。ポーが真相を知ったのは、まだ三回目の原稿が掲載される前だったが、さぞかし鼻が高かっただろう。」

乱歩の「探偵作家としてのエドガー・ポオ」1949や創元推理文庫の全集や新潮文庫の旧訳(いずれも1950~60年代)には現実の事件の真相が知られていなかったので、ここまでは書けなかった。

盗まれた手紙1845 ・・・ 一年前の読み直しで、大臣が数学者で詩人であることに注意、というメモを書いた(上記リンク先)。今回も同じ感想。たいていの犯罪はルーティンの組織捜査で対応可能。でも数学者で詩人のような犯罪者は数学的思考では対応できない。そういう特異な犯罪者には詩人の想像力が必要となる。それを持っていたデュパンは詩人の仕掛けを見抜ける。そのあと、詩人的想像力をもった探偵はその後ほとんど現れていない。チェスタトンの「詩人と狂人たち」にでてきたガブリエル・ゲイルくらい。
(乱歩は自身で創造した名探偵明智小五郎を高等遊民とした。無職でディレッタント、日常生活のルーティンは嫌いで空想にふけることを好む。そこにデュパンの面影を見出せそう。共通点は詩的想像力。あいにく乱歩は近代詩を書けない。明智小五郎も詩を書けないので、科学思考で相手を煙に巻く。)

 

黄金虫1843 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。前回では注目しなかった前半の感想。舞台は南カロライナ州で、小説の現在の百年前に海賊が荒らしていたところ。つまりイギリスの植民地で奴隷貿易が行われていた。その富を再発見する話。なお、21世紀には百年前の財宝を盗掘するのは犯罪だよ。ジュピターという黒人がステロタイプの従僕になっている。主人公ルブラン(ユグノー教徒なのでフランス出身のプロテスタント。彼の先祖は迫害から逃れてアメリカに渡った移民だ)は研究を一人で行う。その様子はまるで狂気に取り憑かれたよう。なので、前半はマッドサイエンティストのフィールドワークに突き合わされるという悲劇なのだ。それが途中から逆転してハッピーエンドのコメディになる。
「ミイラとの論争」を参照すると、黄金虫は南部アメリカの希少種というだけでなさそう。古代エジプトの神聖カブトムシ=スカラベのメタファーでもあるのだろう。王といっしょに黄泉にいく黄金虫だから、地下の宝のありかを知っていた。
エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-1「黄金虫」「黒猫」ほか 

 

「お前が犯人だ」 1844.11 ・・・ ストーリーのサマリーは下記。ネットをうろついていたら、この短編の読み直しがあることを知った。どういう解答であるかは未確認。その線で読む。すると、ポーの小説にはとても不誠実な語り手がいることを思い出す。「黒猫」「天邪鬼」「告げ口心臓」などがそう。「アッシャー家の崩壊」も入れられる。どこが不誠実か。それを明かすことがポーのネタを明かすことになるので、以下は読み終えてからみるように。
町の名士が外出中に失踪する。いくつかの証拠から死んだとわかり、甥が犯人であるとして逮捕される。語り手はcui bono?(誰の利益か)とさかんにいう。この事件では利益を得るものは二人だけ。死んだ名士に勘当され遺産相続から除外された甥と、最近名士の隣屋に越してきた押し出しの強い紳士。小説の語りを見る限り、甥の方が強い動機を持っていた。押し出しの強い紳士は語り手の観察においてだけ悪人にみえるが、町の人びとは彼を好意的に受け取っている。語り手は独自の捜索と推理によって紳士を犯人と弾劾する。でも、と思うのは、語り手は紳士を犯人とする証拠を甥のために利用したと考えることができるのだ。甥と語り手の協同謀議であるとみなすことが可能。犯人と目され一時は死刑判決が出た甥は釈放後、真摯に反省したことになっているが、それはどうか。語り手の不誠実さを見ると、贔屓しすぎでは。もしかすると一連の事件は語り手が筋書きを書いたものであるかも。この推論が弱いのは、犯人と指摘された紳士が自白していること。ここを覆すのは難しいと思う。
さてこの読み方はどこまで通用するかしら?
エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-1「黄金虫」「黒猫」ほか
作中に出てくる「ブルワーの本」はブルワー=リットン卿のこと。いまでは「幽霊屋敷(と幽霊ハンター)」1859でしか覚えられていないが、当時は人気作家。明治10年代には邦訳がたくさん出た。

 

 多くの人はエドガー・A・ポーの探偵小説では「盗まれた手紙」をあげるのだが、今回の何回目かわからない再読では、新たに誕生しつつあった「群衆」(あるいはモッブ)を正確にみつけた「モルグ街の殺人」のほうを取る。群衆のなかで犯罪を起こす、群衆から犯罪が生まれるというのはとても近代的なテーマなのだ。犯罪を起こすような特異な人(アノマリー)が都市の秘密を暴く。

 「告げ口心臓」がないのが残念。創元推理文庫で再読。
告げ口心臓 1843.01 ・・・ サマリーは下記を参照。近代人の「おしゃべり」に注目した感想に追加することはない。
エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-3「 
 ポーは(たぶん世界最初の)「悪趣味」作家。殺人するシーンを克明に書いている。「黒猫」も印象的。「告げ口心臓」の該当部を引用。

一声大きく喚いたかと思うと、龕燈(がんとう)の蓋を一杯に開いて、部屋のなかへ躍りこんだ。爺さんは一度だけギャッと叫んだ――が、一度だけでした。やにわに、床(ゆか)へ引きずりおろし、その上へ重いベッドを圧しつけました。そのあとで、わしゃ朗らかに微笑(わら)いましたよ、どうにかやっつけたと思ったからね。

 「朗らかに微笑い」と書くのが近代の視線。緊張と憎悪、その直後の弛緩をよくとらえている。矛盾している感情が露呈しているように、すでにここにラストシーンが暗示されている。
 殺人シーンを克明に描いたというと、ドスト氏の「罪と罰」1864。第1編から該当シーンを引用。

彼は外套のボタンをはずし、斧を輪さからはずしたが、まだすっかりは取り出さないで、服の下から右手で抑えていた。が、その手は恐ろしく力抜けがして、一瞬ごとにしびれていき、こわばっていくのが自分にもわかった! 彼は斧を取りはずして、落としはしないかと恐ろしかった……と、ふいに頭がぐらぐらっとしたような気がした。(略)彼は斧をすっかり引出すと、はっきりした意識もなく、両手で振り上げた。そして、ほとんど力を入れず機械的に、老婆の頭上へ斧のみねを打ちおろした。その時力というものがまるで無いようだったが、一たび斧を打ちおろすやいなや、たちまち彼の身内に力が生まれてきた。(略)彼の理性は今は完全に働いて、もはや混迷もめまいも感じなかった。が、手はやはり震え続けていた。


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2026/05/07 エドガー・A・ポー「ゴシック・怪奇短編集」(青空文庫) 不死者アンデッド、分身、メスメリズムと催眠術。ポーの怪談は多種多様。 に続く