odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫)-2 怪談は女性嫌悪をあらわにする。(付)メスメリズムについて

2026/05/12 岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫)-1 19世紀の怪談の恐怖の源泉は不死者ノスフェラトゥ。最後の審判で救われないものに誘惑されると天国に行けないから。 1929年の続き

 

 19世紀の怪談、怪奇小説を読みふける。でもここまで来ると、怪異にあうのは男性、幽霊になって人に祟ったり不死者の被害にあうのは女性。その女性が犠牲になって男性が救われるという話ばかり。これにはへこたれる。そのうえヨーロッパの女性は無知で軽率で高慢、そうでなければ献身的で薄幸というステロタイプばかり。異界のものと出会い対決し、死を回避するという話は男のヒロイズムを強化するのだろう。
 西洋怪談が植民地主義の産物で、外国人嫌悪、病原菌嫌悪を持っているのみならず、女性嫌悪でもできているのだった。吸血鬼や人工生物の恐怖を描く小説を愛好する者は多いが、こういう他者嫌悪や憎悪をもたないように。むしろ批判的にならないといけない。

ラザルス(レオニード・ニコラーエヴィチ・アンドレーエフ) ・・・ ローマ帝国支配下のパレスチナで死んでから三日のちにラザレスが蘇った。皆は喜んだが、身体の腐敗が進行し、陰気で無口になり感情が亡くなってしまった。そのうえ「この奇蹟的によみがえった男を、ひと目見ただけで、人生の意義と悦楽とはすべて一朝にして滅びてしまうのである」。ラザレスはローマに行き、皇帝に拝謁したが、直後に皇帝は亡くなってしまう。無感動なラザレスは放浪を重ねる……。ラザレスは福音書に出てくるラザロのことだろう。ロシアの作家なので、ロシア正教からみたローマ教会批判みたい。ラザレスは意図せずに不死者アンデッドになってしまって、人間と社会から愉悦と楽しみを奪ってしまう。不死者が嫌われるのはそういうところもあるから。

幽霊(ギ・ド・モーパッサン) ・・・ 友人の若い妻が死んだので、里の空家から手紙と書類を回収してくれ渡来された。行くと下男の老人は恐怖で怯える。無理やり入ると書斎は全く日が刺さない。震えるような気分になると、女の幽霊が出て「私の髪を梳いてくれ」とたのむ。這う這うの体で逃げだし、手紙と書類を渡すと、友人は失踪してしまった。19世紀のヨーロッパの女性が髪の手入れを男に頼むのは異例。もしかしたら夫以外の男には見せなかったかも。そうすると若い妻の死にも疑念を持たざるを得ないなあ、と妄想。

鏡中の美女(ジョージ・マクドナルド) ・・・ コスモ・フォン・ウェルスタールくんは錬金術と占星術に関心を持つプラハの大学生(ティコ・ブラーエ、ケプラーのときからプラハは魔術師の巣窟)。あるとき古道具屋で古い鏡をみて一目ぼれ。無理やり買うと、鏡の中には白い服を着た美女がいる(白い服は喪服)。美女に一目ぼれしたコスモくんは意思疎通ができないのに身もだえ。そのうち美女には別の男がいると、自分で三角関係を作り出してしまう。悪魔召喚の術を実行中、美女は恍惚として姿を消し、鏡もなくなってしまった。ゆくえを探すと、粗暴で堅強な性格の学生が持っていると知れる。剣技には自身のあるコスモくん、勇気を振り絞ることにする……。鏡の中の美女に一目ぼれして何としても会いたいという欲望から江戸川乱歩の「押絵と旅する男」を連想したが、19世紀末の大学生は気に入らない相手とは決闘で片を付けるのだった。本作では鏡の中の美女は生き霊だった。これはめずらしい。彼女の救済のために男が犠牲になるというのも、ワーグナーなどの女性の自己犠牲による男性の救済というテーマをひっくり返していて珍しい。鏡の中の美女にほれるのは21世紀ではVRや二次元美少女にほれるというテーマに通じる。ポーにも肖像画の美女に惚れるという話があった(「楕円形の肖像」)。ジョージ・マクドナルドは「リリス」の作者。この大長編は途中で読むのを断念したのでこの短編には構えてしまったが、よい出来でした。

幽霊の移転(フランシス・リチャード・ストックトン) ・・・ 気難しい老人の家にいるのは姪のマデライン嬢に求婚したいので。老人が出かけた夜、老人の幽霊が現れた。2年前に老人が危篤になったとき、幽霊になる権利を得て待機していたのに、老人が元気になったので出番がない。こんな中途半端は嫌なので、どうにかしてと語り手に訴える。幽霊の声が聞こえるのは語り手だけなので、隣にマデラインがいると語り手だけの声が聞こえて、怒らせてしまう。このままでは求婚できない……。幽霊もののパロディ(ちょっとフランク・キャプラ「素晴らしき哉、人生」を思わせるハートウォーミング短編)。作者は聞いた名だと思ったが、どうやら「女か虎か」1882年の作者であるらしい。

en.wikipedia.org


牡丹灯記(瞿佑) ・・・ 怪談「牡丹灯籠」の原作で、後日談込み。女の幽霊にたたられた男は朱符(護符)で守られていたが、うかつにも自分で破ってしまった。そのために幽霊になった女の死体のわきで死んでしまった。以来、男女の幽霊が出て、見ると重い病気になる。これではたまらないと道人に頼んで供養してもらう。道人の姿が消え、行方を問いただそうとした人は口がきけなくなった。


 19世紀の怪談にはメスメリズムがよく登場する。いくつかの論文をネットで入手したので、勉強成果を発表(この後読んだ大野英士「オカルティズム 非理性のヨーロッパ 」(講談社選書メチエ)で補足した)。
・提唱者はフランツ・アントン・メスメル(フランス語読みではメスマー)。ドイツ人の医師で、「動物磁気治療術」が有名になるとパリにでた。そこでもたくさんの患者を診て、「動物磁気説」は大流行した(1775~1785ころまで)。ルイ16世の禁令がでて、反論がでて公開実験に失敗し、以後は表舞台に出てこなくなる。
・「18世紀のヨーロッパでは、3つの種類の磁気力が存在すると考えられていた。即ち、1.「岩石磁気」(“mineral magnetism”)、2.「宇宙磁気」(“cosmic magnetism”)、3.「惑星磁気」(“planetary magnetism”) である。メスマーは、これら3つの磁気力の他に、人間や動物の体を動かす4つ目の磁気力があると考え、これを「動物磁気」(“animal magnetism”) と呼んだ。」
望月健一「P. B. シェリーの作品に見られるメスメリズムについて」
・彼の考えは、「宇宙にあまねく広がる不可視で不可秤量の磁気流体をコントロールし、人体内部のこの流体の流れを整えることで心身の疾患を治療する。」
奥村大介「メスメリスムの文化史」 

cir.nii.ac.jp

「メスメルによれば、全宇宙には不可視流体である「磁気」があまねく漂っており、それは人々の身体を貫通している。(pp.134-135).」

古川安「科学の社会史 ──ルネサンスから20世紀まで」 (ちくま学芸文庫)

・宇宙や人体を流れる流体というアイデアは、パラケルスス、キルヒャー、ケプラーやニュートンの引力などに由来するらしい。また「動物磁気」の考えは、アリストテレスらの第5元素「エーテル」の考えによく似ていた。それも当時の科学者が受けいれた理由。

・1770年代ころから公開治療を開始。医師が患者の近くに手を差し出したり、直接触れたりする(ときに専用の機器を使って「流体」の流れを調整した)。デモンストレーションの効果で支援者が組織を作った。一種の催眠術とされる。メスメルの治療は女性に限られていたので、不道徳であると非難がでた。のちにイギリスの医師ブレイドが治療効果があるのは「流体」ではなく「暗示」だとして「催眠術」に名称を変更した。なお同時代には電気治療術も行われていた。ガルヴァーニも「動物電気」を称えていた。

・「動物磁気」は治療だけでなく、「透視術」などの超常現象の原因であると説明された。それを信奉する学者が各種実験を行ったが、懐疑主義の科学者は実験の誤りを指摘し、「動物磁気」説は成り立たないと19世紀半ばに発表した。また既存医学の権威を脅かしたので、医学界から批判や非難がでてきた。

・「メスメリズム」は途絶えたが、催眠術は残り、若いころのフロイトが催眠術によるヒステリー治療を勉強してもいた。フロイトの方法にメスメリズムを見る者は多い。また夢遊病への関心も催眠術由来。20世紀にはヴィルヘルム・ライヒの「オルゴンエネルギー」に継承されている。
・むしろ19世紀では文化への影響が強かった。メスメリズムの影響は、バルザック、ホフマン、シェリー、ホーソーン、エドガー・A・ポー、ゴーティエ、ブラウニング、モーパッサンに見られる。

・メスメルはグラスハーモニカの名手でもあった。モーツァルトの肩こりを治療したので、モーツァルトはメスメルのためにグラスハーモニカを使う曲を書いている。またオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」にもメスメルの名が登場する。モーツァルトは技術に関心が深かった。
・動物磁気、動物電気の影響は、死体に電気を流して蘇らせるというアイデアになる。小説の「フランケンシュタイン」に登場してから、死体蘇生やキメラ人体を製造する際のアイテムになる。映像でも「メトロポリス」1926年の人造人間マリアの誕生、「フランケンシュタイン」1931年の怪物誕生で使われる。

・以下は独自研究。戦後日本の特撮や映画でも、ヒーローの超人が口や手から光線を出して敵を破壊するのもメスメリズムの反映だ。磁石を身に着けて健康増進に役立てようというのもメスメリズムの亜流だろう(一応、血流がよくなるという論文はあるらしい)。さらにこれが俗化すると、磁石によって水のクラスターをどうこうして水道水をよくするという水商売のインチキ商品にもなる。


岡本綺堂「世界怪談名作集1」(青空文庫) →  https://amzn.to/4shVRbx
岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫) →  https://amzn.to/3NzDwHQ
https://amzn.to/4uTpIZV https://amzn.to/3NKcT35