2026/05/14 岡本綺堂「世界怪談名作集1」(青空文庫)-1 ブルワー・リットン卿「幽霊屋敷と幽霊ハンター」 世界システムの覇権国に脅威をもたらすものと秩序を守るものの対決。 1929年の続き
今から見直すと、岡本綺堂が選択した西洋怪談(一編だけ中国産)をみると、どれも傑作ばかり。のちに西洋怪談集はいくつも編まれたが、選択はほとんどいっしょ。というよりこれをもとに集めていったのでしょう。見事な鑑識眼です。なおポーとホフマンが入っていないのは、すでに紹介済で単行本がでていたから(谷崎精二訳でエドガー・A・ポーの大半が紹介されていた)。
「貸家(エドワード・ジョージ・アール・ブルワー・リットン)」だけで一エントリーになるとは思わなかった。以下は駆け足で。一度読んだことがあるものが多いので、その時の感想をリンクした。
プーシキン、ゴーティエ、ディケンズ、デフォー、ホーソーンと世界文学の大御所が並ぶ。怪談として読むべきか、世界文学として読むべきか。

スペードの女王(アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン)1834 ・・・ ストーリーはリンク参照。
プーシキン「スペードの女王」(岩波文庫)
カルタ(カードゲーム)の必勝法はサン・ジェルマン伯爵に教えてもらった。その秘密を秘めている間は老伯爵夫人は死なない。無理に聞き出そうとしたので、秘密はドイツの士官に伝えられ、同時に不死の法も彼に移った。サン・ジェルマン伯爵は不死者のうわさがあった人物なのでこう妄想してみた。あと悲運になったのがドイツ人というのはケチで金儲けに執着している民族というロシア人の偏見の反映だろうな。ドイツ人蔑視は1860年以降のドスト氏に激しいが、もっと早くからあったようだ。
妖物ダムドシング(アンブローズ・ビアス) ・・・ ストーリーはリンク参照。
アンブロズ・ビアズ「いのちの半ばに」(岩波文庫)
検視では「マウンテンライオン(ピューマ)」のせいと評決になっていた(なのでリンクの説明は誤り)。死者のノートによると「妖物ダムドシング」は数日彼を追い回していたので、野生動物ではないことになる。人間の耳には聞こえない音で通信するのが「妖物」なのだが、21世紀には多くの動物が可聴音以外の音声でコミュニケーションをとることが知られている。なので「恐怖」には感じないなあ。
クラリモンド(テオフィル・ゴーチェ)1837 ・・・ ストーリーはリンク参照。
岡本綺堂「妖術伝奇集」(学研M文庫)-1
かなり古い吸血鬼小説。女吸血鬼は聖職者を誘惑して堕落させる。のちの吸血鬼小説と異なるのは、吸血鬼祓いをしても、被害者の僧侶は救済されないこと。クラリモンドとの性愛ユートピアの甘美さを忘れない。それくらいに瀆神と性愛は魅力的だったのだ。ワーグナー「タンホイザー」も同様のテーマを扱っている。吸血鬼から逃れるのは墓を暴き、死体を聖水で清めること。不死者である吸血鬼は、神によって清められる。本書では胸に杭撃ちやニンニクによる結界などは現れていない。
信号手(チャールズ・ディケンズ)1866 ・・・ ストーリーはリンク参照。
チャールズ・ディケンズ「ディケンズ短編集」(岩波文庫)
探偵小説としても読めるということなので妄想。この信号手は数年の間に、機関車脱線、若い女の車内での死という事件の発見者になった。そのトラウマで信号手を止めようと考えている。そこに語り手の〈わたし〉が来て、過去の因縁を告白した翌日に事故死した。判ることは、過去の事件は〈わたし〉が起こしたということ。信号手は幽霊の仕業と思い込んでいたが、真相に思い当たり告発するつもりだった。察知した〈わたし〉が口封じに殺した。信号手は〈わたし〉の顔をどこかで見たことがあるといったのが証拠。信号手が嫌う文言を繰り返しいうことで、オペラント条件付けをしたのだ。
ヴィール夫人の亡霊(ダニエル・デフォー) ・・・ 書かれたのは1720年代かなあ。信頼できるバーグレーブ夫人のもとを、しばらく会っていなかったヴィール夫人が土曜の午後に突然訪問した。懐かしい話を数時間したあとに、別れた。ヴィール夫人はこれから旅にでるという。そのうちヴィール夫人は土曜日の午後に亡くなったと知らせが来た。着ていた服はバーグレーブ夫人が見たものと同じだった。とても素朴な怪談。
ラッパチーニの娘 アウペパンの作から(ナサニエル・ホーソーン)1844 ・・・ 貧乏な学生ジョバンニがイタリアのパドヴァで下宿を借りた。隣りの家は植物学の大家ラパチーニ博士の住まい。そこには見事な庭園がある。奇妙なのは教授は防護服にマスクに手袋をして植物の世話をしているのに、美しい娘ベアトリーチェは普段着のまま植物に触れている。その植物に蜥蜴や虫がふれるとたちどころに死んでしまう。でもジョバンニはベアトリーチェの美しさに夢中。ラパチーニ博士のライバルであるパグリオーニ教授の警告も聞かずに彼女に近寄ろうとする。下宿の婆さんがラパチーニ家の庭園に入る秘密の入り口があるというので、金をつかませて入っていった。陶酔の日々。しばらくすると、ジョバンニの息は蜘蛛を死なせるようになった。パグリオーニ教授のいうようにラパチーニ博士はジョバンニを実験材料にしているのだ。教授が作った解毒剤をもって忍び込む。ベアトリーチェはジョバンニの体質変換を喜び、愛の暮らしをしようという。激怒したジョバンニ、ベアトリーチェに解毒剤を飲ませた……。中世からの本草学とか、ルネサンス・メディチ家の毒薬とか、パリにある王立植物園とか、博物学の記憶が大量に押し寄せてきた。たくさんの毒草はマンドラゴラかなあとか、毒薬を日々少量摂取して耐性をつける訓練が忍者ものにあったなあとか、なんかも。ラパチーニ博士の屋敷と家族はシェイクスピアの「テンペスト」。そこに異邦人がまぎれてユートピアが破壊される。愛の証に解毒剤を飲むのは「トリスタンとイゾルデ」伝説の繰り返し。主人公のジョバンニは軽率でバカ。なんでこんなに思慮が浅い行動をするのかといぶかしんでしまう。でも一目見たレディに一生の忠誠を誓う、たとえことばを交わすことがなくても、触れる機会がなくとも、というのは中世の騎士道に基づくもの。ラパチーニ博士は自分を認めない社会に復讐するマッドサイエンティストのたぶん最初。「フランケンシュタイン」のヴィクターはそういう意図はなかったので、こちらを先駆とみたい。もちろん上記「テンペスト」のような先行例はあるが(中世騎士物語の魔術師もそうかも)。
19世紀の小説の面白さは、そこに書かれていることが同時代からどういう影響を受けているかを考えること。自分の貧しい知識で、小説の背景をいろいろ探ってみた。すると、小説の奥行きがぐんと広がる。他の小説や思想、科学との関係が見えてくる。社会の変化がはっきりしてくる。とても楽しい。
それが20世紀の小説になると、こういう深読みや謎解きの面白さが減じてしまう。自分のリアルライフが重なっているので、すぐにわかるのが理由。でも、自分より若い読者には判らないから説明するようにしている。文章が冗長になるが仕方ない。
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2026/05/12 岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫)-1 19世紀の怪談の恐怖の源泉は不死者ノスフェラトゥ。最後の審判で救われないものに誘惑されると天国に行けないから。 1929年に続く