odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

岡本綺堂「世界怪談名作集1」(青空文庫)-1 ブルワー・リットン卿「幽霊屋敷と幽霊ハンター」 世界システムの覇権国に脅威をもたらすものと秩序を守るものの対決。

 岡本綺堂編訳の「世界怪談名作集」を読む。昭和4年1929年初出。世界の怪談の邦訳は明治13年(1881年)からあるが(下記井上勤訳の「龍動(ロンドン)鬼談」)、余程の好事家だけのものだった。それより「牡丹灯籠」「真景累が淵」「番町皿屋敷」のような日本の怪談を好んでいたのだった。それが1920年代の好景気とモダニズムによって読者の趣向が変わる。西洋怪談だけのアンソロジーを出版しても採算がとれるくらいに、読者のすそ野が広まったのだった。(NHK第2ラジオのカルチャーラジオ「ゴシックの扉」唐戸信嘉によると、1910年代から芥川龍之介、佐藤春夫(ポリドリ「吸血鬼」)、谷崎潤一郎らがゴシック小説を翻訳していたとのこと。)

貸家(エドワード・ジョージ・アール・ブルワー・リットン)1859 ・・・ ブルワー・リットン卿の「The Haullted and the Haunters:or The House and the Brain」はこれまでに、明治時代に井上勤訳「開巻驚奇 龍動(ロンドン)鬼談」(東雅夫編「ゴシック名訳集成」収録)、戦前昭和に岡本綺堂訳「貸家」、戦後昭和に平井呈一訳「幽霊屋敷」(創元推理文庫「怪奇小説傑作選 1」収録、バブル期に訳者不明で「屋敷と呪いの脳髄」(イギリス幻想小説傑作集 (白水Uブックス)収録)、21世紀に宮﨑真紀訳「幽霊屋敷と幽霊ハンター」(ジョン・ランディス編「怖い家」収録)と5回訳されている。英米日では幽霊小説、怪奇小説アンソロジーになんども収録される有名作である。
翻訳はもっとありました。下記ツイートのツリーを参照。

ロンドンの一角に幽霊屋敷があるといううわさを聞いた「余(私)」は家主に話をつけて家令Fと愛犬を連れて一晩を過ごすことにした。夜が更けるにつれて次々と怪異が起こり(数行ごとに新しい怪異が起こるというサービスぶり。もうちょっとゆっくりでもいいんじゃないか)、豪胆な家令は逃げ出し(なんとオーストラリアまで)、犬は首の骨を折られる。「余(私)」はマコーリーを読んで気を落ち着け、一夜をすごすことができた。その屋敷には老婆が住み込んでいたが、いつか殺されると怯えていてその通りになったのに。とここまでならよくある怪談話。しかしここには第2部、後日談の謎解きがある。「余(私)」は古い下宿人が残した手紙が霊によって消えたり手元に戻ってきたことから、これは人為的ではないかと考える。手紙を見ると、過去に殺人者が下宿していて殺人事件を起こしていた。「余(私)」が内見のときにいた管理人の老婆はどうやらこの事件の関係者らしい。すると「余(私)」は霊魂の仕業(ただしキリストが救う霊ではない)であり、メスメリズムで説明できるのであると主張する(明治の井上訳は「メスメリズム」で、戦前昭和の岡本訳は「催眠術」。直訳の井上訳の方が現代の読者には親切)。問題の幽霊屋敷は離れにあり、「わたしの泊まった寝室のドアと直角になっている、家具のない小さい部屋(岡本訳)」を解体することを提案する。すると、隠し部屋が見つかり80から100年前の家具や衣服、裏に五芒星が刻印された肖像画があり、金庫から「書籍の表紙の上に水晶をもて作り其透明にして美麗しき声」と「水の滴るが如く小さき鉢(井上訳)」がみつかる。鉢には「液体の上には磁石のような物が浮かんでいて、その磁石の針は急速に廻転するのであった。しかし普通の磁石が示す方向とはちがって、天文学者が惑星を指示するものとあまり異っていない七つの奇妙な文字がしるされていた(岡本訳)」。さらに書籍(岡本訳は「タブレット」)には昔の僧侶が書いた呪文が記してあった。それを焼き捨て隠し部屋と上の寝室を取り払うことにした。
 こうして幽霊ハンターは問題を解決したのである。「余(私)」が幽霊屋敷で経験したできごとは「メスメリズム」で説明できる。その根幹にあるのが、小冊子(タブレット)のはめ込まれた皿のなかにある磁石だ。これは磁針とは異なり、占星術で使われる道具であると知れる。19世紀半ば(本作の初出は1859年)では、科学の範囲は不鮮明であり、境界領域にあるものも合理的な説明と思われていた。なので、メスメリズムも占星術も実際にあることとして認識されていたのだ(短編集の次のプーシキン「スペードの女王」に、19世紀にメスメルの磁石が流行ったという記述がある)。さらに当時の思想では「霊魂不滅」の思想が流行っていた(たとえばショウペンハウエルなど)。21世紀にはとうてい合理的とはいえず、オカルトと排除するようなことでも、当時は十分に合理的論理的な説明だった。そうかんがえると、タイトルに「幽霊ハンター」がついているのも納得できる。本作は怪奇を不思議がる物語ではなく、合理的に解決することで怪異に怯えることをいさめる啓蒙の目的をもっているのだ。
(思い返せば、家のなかに封印された部屋がありそこに書物や実験器具があり住むものを祟るというのはここに始まるのだ。ヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」、クイーン「Yの悲劇」がそう。そこで寝ると必ず死ぬと言われる部屋で一晩すごす肝試しもここにはじまるのだろう。カー「赤後家の殺人」など)

(エドワード・ブルワー=リットン著 井上勤訳 「開巻驚奇 竜動鬼談」の感想)

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 さて、綺堂訳の「貸家」はここで終わるのであるが、ネット情報によると、ブルワー・リットンは「1859年の初出のあと著者本人が改訂・短縮した」とのこと。

 すなわち、「The Haullted and the Haunters:or The House and the Brain」には長短の2バージョンがあるのだった。上記5回の翻訳を調べると、以下のとおり。
初出バージョン→ 平井呈一訳、
改訂短縮バージョン→ 井上勤訳、岡本綺堂訳、訳者不明「イギリス幻想小説傑作集」、宮﨑真紀訳

 上のサマリーの後日談を、平井呈一訳で読む。

前述のように幽霊屋敷の怪を解決してから数日後、「余(私)」はJと話しているとき、窓の下に奇怪な人物を見つける。肖像画と同じ顔(ということは三世紀前から生きているのか)で、Jが言うには数十年前にインドで見た顔。「余(私)」はリチャーズと名乗るその男と倶楽部で会うことができた。そこで「余(私)」は幽霊屋敷のトリックをすっかり暴く。催眠術をうまく使えば過去に起きた出来事を再現できるのだと。そしてリチャーズが催眠術の大家であり、自然の秘密を知った秘術をエゴイズムで使っていつまでも生きていこうとする。それがリチャーズあんただ。しかし健康な都ロンドンから立ち去れ。するとリチャーズはおまえのような意志の強い男を100年も探していたと不敵に笑う。対抗する「余(私)」は夢中になって、リチャーズの最後を細かに説明し元の住処に帰れと命じる。気が付いたとき、リチャーズはすでに消え、即座に外国行き汽船にのってイギリスを離れたと知る。
 後日談は、幽霊屋敷の怪異をめぐる「余(私)」と魔術師の対決。ほとんどディスカッションドラマ。「余(私)」の論点は上のように怪異や超常現象が起きてもメスメリズムや催眠術などの科学で説明できるのだということ。そのうえで、怪異を操るものにはあまりに強いエゴイズムと邪悪な意思によって、死を忘れるようになり、他人に傲慢になる。そういうものがおまえなのだ、と。リチャーズはこの雄弁に反論しない。雄弁の間に催眠術をかけていた。「余(私)」に気持ちよく話をさせていながら、突如足元をすくわれる。この対決はドローか。魔術師は過去の錬金術の知識や「最新」のメスメリズムや催眠術の技術をもっていても、世界征服や復讐という目的は持っていなかった。なので、愛郷心で闘う意思をもつ「余(私)」との直接対決は避けた。よってロンドンの平和は守られた。
 俺は、1859年で大英帝国が世界中に植民地をもっていたことに注目する。すると、「都」「健康人の家庭」から去れというのはほぼ地球から出ていけというのと同義。「余(私)」の自信は世界に冠たるイギリスに所属することから生まれる。なにしろ1859年であれば、イギリスに対抗できる国は地球上にはないのだから。「余(私)」は怪異のインチキを暴く幽霊ハンターである。第1部ではたんなるディレッタントであるかに思えたが、後日談の第2部をみると、彼の活動は政治的。町の平安を守り、国家システムの秩序を維持する。そのためには他者に介入することを躊躇しない。そこには世界システムの覇権国市民としての矜持があった。
(幽霊ハンターに一喝されて(しかしちゃんと落とし前はつけていく)魔術師の姿は、イギリスに対抗しようとして負けていった諸外国や植民地に重ねることができる。)
(これが40年後のストーカー「ドラキュラ」になると、イギリスは世界システムの覇権国ではあっても、フランス・ドイツ・ロシアの追い上げはすさまじく、アメリカと日本も対抗する力を蓄えていた。植民地は世界中にあるが、ビザもパスポートもなしで移動できるとなると、植民地の先住民がイギリスに渡ってきて低賃金労働者として目にふれるようになる。イギリス人が植民地で行っている暴虐のうわさも聞こえてくる。それに人びとの大規模移動ができるようになって、難民がおしよせてくる。イギリス人によるイギリス人だけの国家ではなくなって、自信喪失や自国の反省を持つようになる。しかも世界システムの周辺国や植民地はイギリスに挑戦するようになる。それが「ドラキュラ」に現れている。)
 またこの時代の科学の水準は、マイケル・ファラディ「ロウソクの科学」(岩波文庫)くらいのレベル。ダーウィンの進化論はでたばかりだが、ほとんど反響はない。となると、生命の神秘や人間の謎を考える際に、霊魂の存在や生気論などを持ち出して説明するしかない。メスメリズムは否定されても催眠術として残り、「余(私)」の雄弁も当時では根拠をもっていたのだった。とはいえ、21世紀からみると、魔術師と幽霊ハンターの知識と技術の差異はほとんどない。上のような世界システムの外にいるか内にいるかの違いしかない。
 という具合に、初読の時には幽霊屋敷の怪異譚にばかり気を取られていたのが、数十年の時を経ての再読ではまったく異なるところに注目するようになった。英国文学は自我の分裂や内面の不安などを問題にしないから(産業革命と民主化で近代化を達成しているから)、社会や国際的な状況を敏感に反映している。それを読み解くと、同時代がとてもよく見えてくる。「幽霊屋敷と幽霊ハンター」も小説の技術も描写も二流なのだが、その周辺事項を調べるととても面白かった。こういう読書もある。

 

 著作権フリーなので、ネットで原文が読める。下記は改訂・短縮バージョン。
The Project Gutenberg eBook of The Haunted and the Haunters; Or, The House and the Brain

www.gutenberg.org

 さて以上の観点は以下の論文を見ておもいついた。それによると、この小説の幽霊屋敷や幽霊ハンターにはモデルがあったとのこと。
金井公平「ブルワー・リットン卿「幽霊屋敷」の背景」1996

https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/7859/files/kyouyoronshu_282_1.pdf

 この論文では、幽霊ハンターが魔術師に国外退去を命じる根拠を「健康」にみていた。マコーレーの論文を読んで平常心を保つジェントルマンの心意気からすると、そこに根拠を見るだろう。俺としては「健康」の先に世界システムや全体主義運動がある(その裏返しとしてのゼノフォビアもある)と思うので、論文の見方では不十分だと思う。

 

〈付記〉
 大野英士「オカルティズム 非理性のヨーロッパ 」(講談社選書メチエ)を読んでいたら、ブルワー・リットン卿の名が出てきた。

「(フランスのオカルティストであるエリファス・レヴィは)一八五四年に、妻と離別した傷心を癒す目的もあって、医師アッシュバーナー博士、『ポンペイ最後の日27』(一八三四)、『ザノーニ28』(一八四二)の作者であるエドワード・ブルワー゠リットン卿(一八〇三‐一八七三)等の招きでイギリスに旅行するが、そこでの様々なオカルティストとの交流、交霊実験などの挿話は執筆中の『高等魔術』の中に書き込まれることになった。 (p.123)」

 19世紀は科学の時代だが、同時にオカルトが大流行であり、思想家にも神秘思想やオカルトに親和性をもっていたり、宗教共同体を構想したりするものがいた。ルソー、コント、フーリエ(1860年代のロシアの社会主義者が影響を受けていた。ドスト氏はフーリエに批判的)など。リットン卿もオカルティズムに関係していた一人らしい。なるほど冒頭や後日談での長談義は21世紀には読み飛ばしてしまいそうだ(しまった)が、あそこに書き込まれていたことこそリットン卿が書きたかったことなのだろう。当時のオカルト思想になじんでいないとあそこは難解。

〈付記2〉
 中村光夫「日本の近代小説」岩波新書によると、「英国のロード・リットンの小説「アーネスト・マルトラヴァース」とその続篇の「要領を訳述」した丹羽純一郎の「欧洲奇事花柳春話」(明治十一年刊)」がベストセラーになった。当時の青年が持っていた西洋人の「感情生活の姿を知りたい要求」に応えるものだったので。以後、リットンの小説は明治10年代にたくさん翻訳された。とのこと。この「ロード・リットン」こそ、エドワード・ジョージ・アール・ブルワー・リットン。本短編が井上勤訳で「開巻驚奇 龍動(ロンドン)鬼談」のタイトルで翻訳された理由はここにある。決して怪奇小説の需要があったのではなく、流行作家だから内容に関係なく翻訳されたのだろう。


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2026/05/13 岡本綺堂「世界怪談名作集1」(青空文庫)-2 プーシキンとディケンズ、怪談として読むか世界文学として読むか。 1929年に続く