怪談を楽しんだり、トンデモをバカにしたりするのに、オカルティズムの知識は必要。断片的にしかしらなかったので、本書を入手した。著者は本書を上梓するにあたって数百冊の資料を読み込んだらしい。なんと膨大。それくらいに人びとはオカルト思想に魅了されてきた。

オカルティズムのありさまは千差万別なので定義をつけることは難しい。なにしろ現象なので。とりあえずここで取り上げるオカルティズムは、1.12世紀以降の西洋で生まれていて、2.宗教の顕教(エグゾテリック)に対する密教(エゾテリック)、3.聖書と宇宙と自然現象に照応関係があるとする相似類似原理、4.神秘的存在につながろうとする世界認識のありかた、5.願いを実現するための行動マニュアルを作り実践する、などの特長を持っている。
「人智を超越した超自然的な力、しかも正統キリスト教の枠組みに収まりきらない異教的・異端的な「力」にすがって、有限に定められた「人間」の生命や富、知の限界を超えたいという願望だ。(P174」
古代・中世には魔術や錬金術がこれらの特長を満たすものとしてあったが、神学と自然研究が分離された12世紀ころから現れた(イスラムでもそうらしい)。古代から中世にもいろいろあったが、近世になって世界認識の方法(エピステーメー)が変わったので、ここではそれ以前は扱わない(ヘルメス文書とかフリーメーソンとか興味深いのはたくさんあるけど)。そうすると、近代オカルティズムの始まりは18世紀科学と啓蒙の時代に起きたイリュミニズム(照明派、天啓派)が始まり。スウェーデンボルグなど。以後19世紀のヨーロッパでは世紀をまたいでずっとオカルティズムが流行っていた。というより、高名な哲学者や研究者もオカルト思想をもっていた。なにしろフランス革命の思想的礎になったルソーがそう。そのフランス革命はキリスト教を排除した(多くの司祭などが職場放棄している)のだが、政府の「理性」崇拝は理神論的な熱狂を生んだのだった。たとえば、左派のフーリエは宗教的共産主義を構想して自給的共同体をつくったし、実証主義のコントもオカルト思想をもっていた。右派(ここでは王党派)も聖母信仰のオカルトにはまった(例のルルドの奇跡とか聖母マリアの顕現とか)。カソリックはこうした動きを止めず、革命で激減した信徒を確保するために利用した。エリファス・レヴィというオカルティストがでて、多くの信奉者がでたが、そのなかにボードレール、ランボー、マラルメ、ドビュッシー、ラヴェルなどがいた。(本書ではフランスとイギリスを取り上げているが、ドイツではヘッケルが入りそう。)
(19世紀フランスの状態を放送大学「西洋の美学・美術史」講義で補足すると、革命政府はキリスト教を認めず、各地で教会・聖堂・修道院などを破壊した。これも偶像破壊アイコノクラズムのひとつ。1830年の7月革命で復古。そのときに民衆に聖母信仰が復活した。各地で聖母像ができ、偶像イコンが作られた。聖母信仰は世紀を通じてフランス民衆に定着した。ルルドの奇跡などの民間信仰が普及した。カソリックは聖母が民間人に顕現したことを認めなかった。教義と教会の権威が危機になるので。しかし聖母信仰は黙認した。)
19世紀のオカルティズムの特長は、科学の装いをした疑似科学としてのオカルトができたこと。メスマーの「動物磁気催眠術」と「心霊術」が典型。これには神秘主義者だけでなく、科学者や研究者も参加した。それに対する懐疑主義者によるデバンキングも行われ、公開実験や討論が行われた。
(メスメリズムは岡本綺堂「世界怪談名作集2」(青空文庫)-2を参照。)
メスメリズムは19世紀前半で終焉したが、代わりに流行ったのが心霊術。アメリカでポルターガイストが評判になった1852-3年ころにヨーロッパに波及した。大衆はこっくりさん(セアンス)に熱中し、知識人や科学者が研究した。死者や霊との通信・意思の疎通が可能になったと思われ、科学的な検証可能性の探求が行われた。
19世紀後半のトピックは陰謀論の出現。フリーメーソン、イルミナリティなどの陰謀組織によるヨーロッパ破壊や侵略をまともに受け取る人が出てきた。そこに反ユダヤ主義が加わり、陰謀論と人種主義が合体する。この動きは全体主義志向であった。
19世紀は18世紀に引き続いて科学の時代なのだが、同時にオカルティズムと陰謀論(および人種主義)が蔓延した時代でもあった。背景にあるのは、西洋化された国々による植民地経営と帝国主義。社会情勢と政治学による見方がアーレントのエントリーでやっているので、ここでは省略。思想でみると、知識人層はとても多くがオカルティズムに関与し、宣伝に一役を買った。創作のインスピレーションをオカルトから得て、作品に仕上げた芸術家・文芸家も多数いた(おどろくほどたくさんの有名人が出てくるので確認しよう)。
なぜ西洋人がオカルトに入れあげたかというと、キリスト教信仰が薄れていって、キリスト教の神はいなくなったが、代わりの神(どんなものでもいい。東洋のものでも理神論でも、呪術でも)や霊魂の不滅を信じたいという欲望は残った。それに対して歴史があって科学的な装いをしているものに飛びついたのだった。
オカルトや陰謀論は流行り廃りを繰り返す。21世紀になってめだったオカルト流行はないように思えるが、実際はオカルトやそれの情報の断片はカルチャーやメディアのあらゆる場所に浸透している。かつてはオカルトと思って距離をおいてみていたものが、ごくあたりまえにあるものになってしまった。たとえば占い。テレビや新聞で占いのコーナーがある。サブカル(アニメ、マンガ、映画、ラノベなど)には魔法と宇宙人が登場する。
それよりもっとまずいのは、オカルトと陰謀論にまみれた政党ができて、大衆的な人気を獲得していること。妄想を個人で楽しむ分にはまだ許容できるが、政党がオカルトと陰謀論の政策をするようになると人びとへの被害が起こる。反ワクチン、EM菌などの政策は健康や農業被害を起こす。これはとてもまずい。どうにかしないといけない。
(これはラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」を読む前のもの。今の自分の感想では、イリュミニズム(照明派、天啓派)から始まったという説明も、「高名な哲学者や研究者もオカルト思想をもっていた」も不十分だと思う。もっと強い主張が可能だと思う。でも、ここではやめときます。)
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