学びなおしのために、放送大学で「初歩からの物理」「初歩からの化学」「初歩からの生物学」(各45分×15回)を視聴した(ただし単位は取得していない)。高校の授業を復習し、最新の知見を知るのに格好だった。俺が高校の授業を受けたのは半世紀近く前なので、その間の科学の進み方に驚いた。この講義では科学史も意識していて、いつ頃から問題意識がでて誰が解決しようと観測・実験して理論を作り検証していったかが説明される。ただ、ここのトピックごとに紹介されるので、学問全体がどのように進んだかは、自分で再構成しないといけない。そのときの参考にできるのが本書。地質学の研究者が大学で科学史の講義をした。そのまとめになる。
さて、放送大学の講座を参照すると、物理は古典力学・電磁気学・熱力学・量子力学に大きく分かれ、化学は原子の結合・化合物を主に扱う。もちろんそれぞれさまざまな分科をもつが大雑把にはこのように分類できる。そして本書の記述もほぼこの分類に対応する。明示されているわけではない。読者があたりをつけることになる。

記述された科学史のトピックはどこかに読んだり聞いたりしたこと。でもその考え方や理論は18世紀以降のことはよくわかる。ニュートンが運動方程式を考案してから(実際に数式にしたのは別の人)、ガリレイやケプラーのアイデアを数式で表現するようになり、天上の惑星の運動と地上の物体の運動を同じ数式で表現できるようになる。原子説が出て物体の結合や分離を化学方程式で記述できるようになる。文章を数式で形式化するのが科学の方法のひとつ。当然、仮説や前提を誤っておかしなアイデアがでたが、検証することで修正しときに新しいアイデアに切り替えた。そういう科学の歴史はよくわかる。クーンのいうように科学革命と通常科学の交代で説明できるのだ。
科学史の白眉は、コペルニクスからニュートンまでの力学と天文学の革命にある。ここでもページを使って説明している。他の本でこの「科学革命」を読んできたが、本書が最も整理されているかな。本来なら彼らの考えたことをそのままやってみるべきだろうが、そこまでの根気がない素人読者にはこれで十分。
でも、力学と天文学の科学革命はいくら読んでもわかりにくい。この革命が科学内部のパラダイムの交代では納得いかないからだ。クーンだとパラダイムの特長は科学的な問題の謎解きを与えることにある。でもプトレマイオス宇宙論からニュートンの宇宙への転換は科学者の謎解きでは説明できない。ニュートン以前の人たちにとっては宇宙論は人の生き方に密接にかかわり、アイデンティティを構成するものだった。本書で点描される科学以前のヨーロッパの考え方を取り上げると、宇宙は複数の球からなり、地球と惑星は球のなかを移動する。天上と地上は別のルールでできている。世界(宇宙よりも大きい)の中心は地球(もしくは太陽)の中心にあり、汚れと穢れにまみれている。徳のない人は地球の中心で熱に焼かれる。世界の創造主や起動者は人間に光を当てて理性や善性を惜しみなく与える。地上の生物には霊があり、人間には特別の霊が備わっている。創造主や起動者の善によって人間が苦悩と努力をすれば、人間の霊は高みに昇ることができる。すなわち、宇宙論と生命論と神学は三位一体のように絡み合っている。ルネサンスを経ての近世はこのような宇宙と生命と神学を科学的に記述することに熱心だった。
そこにおいてコペルニクス以降の力学と天文学の革命は、このような古代からの理論や精神を破壊するものだった。本書も含めて16~17世紀の科学革命を宇宙と物体の運動でだけ説明しようとするが、実際は思想や精神の大転換だったのだ。パラダイムでは大転換をとらえきれない。
上にまとめた古代からの精神は「存在の大いなる連鎖」と呼ぶのだが、物理学はニュートンからの百年で科学化されて「存在の大いなる連鎖」と手を切った。化学はラボアジェらが分子を主張してからの19世紀前半で切り離された。生物学はラマルクらの意志による進化を棄却し、ダーウィンの無方向でランダムな進化論を採用した20世紀になってから切り離された。学問分野によって「存在の大いなる連鎖」から脱却していく時期が異なる。宇宙論と生命観は「存在の大いなる連鎖」の根幹にあたるので、その前提を疑う行為にはつよいバックラッシュが起こる。宇宙論を変えたガリレイが宗教裁判で弾劾され、無方向でランダムな進化論を主張したダーウィンが批難轟々になった。どちらも生き方やものの考え方を根底から覆す危険なものだったから。
(なので宇宙観や生命観に抵触しない分野はとくに社会的な物議をかもすことはない。たとえば熱力学や科学の諸分野。いっぽう、18世紀末の電磁気学や20世紀の量子力学はトンデモ医療やニセ科学に使われた。)
ということで、「自然科学の歴史」には収まり切れない西洋精神史をみてしまった。
刊行が1997年なので、物理と宇宙論の最新情報は今では古い。また生物学は著者の専門の対象外なので分量は少ない。進化論の評価には誤りがあります。ダーウィニズムに疑義があるとか、今西錦司の主体性の進化論を高評価しているとか。生物学が対象にしている生命現象はきわめて多岐にわたるので、物理学のように分野をまとめることができない。生物学の歴史は別の本を見たほうがいいです。
1990年代から観測機器や分析機器の開発による科学革命が進行しているので、歴史として捉えにくい。最新事情は書籍より放送大学の講義をみるほうがよいです。
メモ:「存在の大いなる連鎖」では宇宙は真空ではないとされたので、光を伝搬する媒質としてエーテルを考案した。エーテルの起源は以下とのこと。
四元素説(注:エンペドクレスによる土・水・空気・火が四つの元素とする説)との関連では、天体は五番目の元素アイテールよりなると考えられていた。ちなみにアイテールは後のエーテルの語源となった。 (p.106)
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