もとは中央公論社が1974年に出版した「歴史としての学問」。2013年に講談社学術文庫入りにするにあたり改題して、補章をつけた。自分は中央公論社版を40年前に読んだ。全く記憶から失せていたので再読。

中山茂(1928~2013)は、50年代にトーマス・クーンの研究室に入って科学史を学んだ。帰国後クーンの「科学革命の構造」を1971年に翻訳する。その間に、アメリカの科学史学会では「パラダイム」概念をめぐって侃々諤々の論争が起こる。「パラダイム」の定義の不備を指摘されてクーンは概念を撤回したり、科学哲学家との果てしない論争を行っていた。その結果、「パラダイム」論を使った科学者集団の研究が行われなかった。中山はそのことが不満であり、自称「クーン主義者」としてなんとしても書かねばならないと決意した。また学術論文を書くのでストレスがあって、学問の本質について「大言壮語してみた」。なるほど、古代から現在(1970年まで)の学問氏と科学史と社会史を通覧する巨大な構想をもっている。あまりに稀有壮大な構想に調査は行き届かず、「大言壮語」で埋めたところが多々ある。それに発表から半世紀たつと、参考にした学問の成果がつぎつぎ覆されてしまった。そこは大目にみて、著者の構想をみることが大事。
通常、科学や学問の歴史は、個人の研究者の実績や学説の変遷として書かれる。ここではそのような成果や知識は脇に置かれる。かわりに、科学や学問が変わっていったことを学問の仕組みや科学者集団の運動、メディアや国家の制度の変化として描く。科学研究は観察や実験やフィールドワークが大事だが、その活動には金と時間と人がかかる。近代科学の仕組みができてから、個人の作業として行ってきた。その活動を広げるのに役だったのが雑誌や図鑑の出版。科学者も集団を作って情報交換と一般へのアピールを行った。中世からあった大学は当初は科学の講座はなかった(神学、法学、医学が中心)が、次第に教育の場所を作り科学者を雇用した。科学も新しいパラダイムができると、体系化されて教科書が作られ教育システムができて専門職業にした。それが大学の仕組みによくあった。成果がでるようになると、国家や企業が教育と研究の機関を作った。20世紀には国家が科学研究に大きな予算を付けたので、個人研究ではできないような巨大科学が実現できた。
この見方は当時とても斬新だった。科学のような上部構造は下部構造の経済に規定されているという見方が主だったからね。本書でやっているような国家別や世紀別の分析などまずなかった。雑誌や学会、大学などから見る科学史はこのあといろいろ研究されたはず。
(当人も自覚していたはずで、このあとは日本の大学史や占星術などの各論の研究を進めていった。)
そのような新しさの一方で、やはり時代の制約を受けていたという感想もあった。高度経済成長の最後期当たりに書かれた。科学の制度や体制の問題は主には巨大科学(原子力とか宇宙開発など)。ベトナム戦争で産官学の一体化が進み、国家主導の兵器・軍需産業への科学の加担。ベビーブーマーの異議申し立てと大学のマンモス化による教育の質の低下。人間の顔をしなくなった科学とサラリーマン化で保守化する科学者。半世紀が経過すると、すこし古くなった。
2025年の再読ではこの一文が記憶に残る。
普遍的科学の発展を歪曲し弾圧しようとしたナチス・レジームのような反科学的体質をもった政権は、もうあらわれないであろう。 (p.242).
1974年当時ならではの発言。1980年代に中曽根、レーガン、サッチャーの極右が政権を取るようになってからおかしくなった。2020年代のコロナ禍では、海外の反科学の政権がパンデミックを放置した。ロシア、イスラエル、アメリカ、日本その他で極右政権ができて、科学への公共投資を減らした。大学への予算を減らした。科学者の自由を制限するようになった。政権や行政に強い批判をする勢力がないと、すぐに全体主義化してしまう。反科学を政策にしてしまう。人びとの幸福を損なう。危ない。
ここは近代科学ができてから科学VS宗教の対立、というか宗教による科学への介入、があった。本書では自然の見方が異なるという説明ですましていた。でもそれ以前では宗教と科学は差異がなかった。プトレマイオスは天空論をまとめたが、同時に占星術を体系化した。なので古代から中世の天文学者は天体観測といっしょに占星術をやっていた。なぜそうだったのか。本書のアプローチだと説明できない。俺は「存在の大いなる連鎖」で神学と哲学と自然学が一体化していたからと説明する。
〈参考エントリー〉 クーンのあとのパラダイム論。
中山茂「パラダイムと科学革命の歴史)」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4w3JDFY
ウィリアム・F・バイナム「若い読者のための科学史」(すばる舎) → https://amzn.to/48TMesf
端山好和「自然科学の歴史」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4n0sg4R
志賀浩二「数学史入門 」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4mZTBUC
古川安「科学の社会史 ──ルネサンスから20世紀まで」(ちくま学芸文庫) → https://amzn.to/3Re6Ipe