odd_hatchの読書ノート

エントリーは3600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2026/7/3

江戸川乱歩「三角館の恐怖」(創元推理文庫)-2 日本のタテ社会では遺産相続を動機にしたいざこざは起こらない。

 戦後に「エンジェル家の殺人」を翻案した「三角館の恐怖」を再読。発表の1951年は占領期で、外国語書籍の翻訳は困難。長編の依頼を受けた江戸川乱歩はオリジナルはダメだが、翻案ならできると、出版社に著者の許諾を取るよう依頼して実現したらしい。それぞれのサマリーは下記エントリー参照。
2012/03/30 ロジャー・スカーレット「エンジェル家の殺人」(創元推理文庫) 1932年
2016/07/28 江戸川乱歩「三角館の恐怖」(創元推理文庫) 1951年


 蛭峰家先代は資産を残したが、双子の兄弟に長生きしたほうが総取りという遺言を残した。資産の管理会社が上手く運用して配当を彼等に渡すので、生活は楽。以来半世紀近くがたち、兄は衰弱。父の遺言は破棄して親権者に当分にしようと提案する。そしたら、まず頑健な弟が射殺。遺言を残した兄は密室のエレベーターで刺殺された。兄にはぐうたらな二人の兄弟。弟には娘と婿入りした実業家がいる。探偵は遺言書を利用して、犯人にコンゲームを仕掛けた。
 というのが大筋。江戸川乱歩はスカーレット「エンジェル家の殺人」に大感激した。エレベーターの密室殺人はトリックがちゃち(それに事件の直後にすぐ解決)。深夜の暗い西洋館を歩き回る犯人(もしかしたら車椅子利用者かも)の恐怖は深堀りされない。キャラは類型的。俺が見るに優れた所は動機の隠し方かな。上のサマリーそのものが目くらましになっている(真の動機にも触れている)。ここはなかなか健闘。
 でも、人生三回目か四回目の読み直しとなると、乱歩ほどの感激には至らなかった(乱歩も後年「エンジェル家の殺人」の評価を落していって、初読直後は探偵小説ベスト4にいれたのが、のちの長編探偵小説30選では黄金時代の番外に落とした)。たとえば、兄の子供はふがいない社会不適応者で、ニヒリストと女たらしとされる。日本にはニヒリストはいないし、人前で口説くような女たらしもいないのだ。あと、事件は死者の意図が現在の犯罪の理由になっているところ。イギリスでは遺言書の効能は強くて裁判所でもひっくりかえせないのであるが、日本のタテ社会では契約書より情が優先。後継ぎを決めずに子分に総取りすることを許さない。亡父のような意向があったら、子分は裏切る。かりに遺言書があっても残された一族の合議によって覆されてしまう。
 死者の意図が現在の殺人の理由になっているというのは、横溝正史の「獄門島」もそう。こちらでは乱歩の翻案のような齟齬はみつからない。正史は日本のタテ社会をよく知っていた。乱歩は日本社会の仕組みには鈍感。

 

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