2026/06/08 江戸川乱歩「名探偵明智小五郎全集」-4「黄金仮面」「黒蜥蜴」 異色のライバル二人。ロマンスの有無が読後の印象を大きく変える。 1931年の続き
昭和10年代の明智小五郎冒険譚。吉川英治や山本周五郎のような翼賛大衆小説は奨励される。乱歩のように犯罪やエログロによって人間の醜さを描くようなものは抑圧された。1936年の226事件のあと、明智は急速に精彩を失っていく。明智が色あせていくので、悪役がいっしょうけんめいに踊る。しかしファシズムや軍国主義が要求する「健康」な社会では道化とみなされ、バカにされるしかない。

人間豹1934 ・・・ 今回の悪役は獣人。次第に人間離れしていって、悪役の設定がどんどんエスカレートしていく。いずれアンドロイドや宇宙人を相手にするのではないか(ジュブナイルで実現)。サマリーと前回の感想は以下のエントリー。
江戸川乱歩「人間豹」(講談社文庫)
再読の感想はだいたい同じ。恩田=人間豹が行うのは三角関係のライバルの恋人を拉致監禁し、折檻することだけ。宝石、現金、美術品などには眼もくれない。ライバルが嫌がることをしたいだけ。恋人を折檻するのはライバルの鼻を明かすため。彼女の愛を獲得しようなどをはいっさい目的にしていない。獣人は猛烈な嫉妬の持主。なので反省しないし失敗を悔いることもない。
それは彼の心理の核になるものがないからで、がらんどう。なので誰にでも変身・変装できる。実際に人間豹はコスプレを楽しむ。たんに自分でない誰かに成り代わることを楽しむのではなく、明智に見せつける。芝居の役者であろうとする。クライマックスが熊の着ぐるみvs豹の対決なのがそう。集客し口上をのべて見世物を開始する。彼はこの小説全体の脚本家で演出家で主演俳優(かつプロデューサー)。全部やり切ったら舞台から退場した。
(メモ。「江川蘭子」は1930年に雑誌「新青年」に連載したリレー連作小説のタイトル。乱歩は第1回を担当。)
悪魔の紋章1937-38 ・・・ 東京市には明智と並んで宗像博士が探偵事務所を開いていて繁盛している。今回の仕事は、精糖会社社長の川手氏に向けられた脅迫状。彼の二人の娘が誘拐され、のちに衛生博覧会やお化け屋敷に死体が展示されていた。そのうえ、博士の助手が二人も捜査中に殺されている。ついに川手氏にも死の予告が届いたので、博士は山梨の一軒家に隠れることを提案する。しかし悪漢は二人の秘密の行動を知っていて、先回りしていた。川手氏も誘拐され、「早すぎた埋葬」の折檻を受けることになる。川手氏を狙う悪漢は、世にも珍しい三重渦状紋の指紋を持っていた。この指紋が川手氏の周囲に現れている。容疑者が宗像博士によって見つかり、二人とも自殺したのが発見された。そこにおいてようやく明智探偵登場。警部から事件の説明を聞くと、さっそく動き出した……。意外な犯人の趣向。読みなれている読者には上のサマリーだけでまるわかりだが、1930年代の読者には驚愕の真相であった(と思いたい)。ここでも犯罪の動機は復讐。過去の、それも40年前の事件が発端。これは遡りすぎ。しかも川手氏当人に理由があるのではなく、父が起こしたもの。これが緻密な計画を持った復讐の動機になるかというと、どうも時代離れにすぎる。「白髪鬼」くらいに直近のできごとなら、まだ納得できるのだがねえ。なお一軒家に連れ込んでからの復讐は「白髪鬼」とほぼ同じ。アイデアの枯渇を感じそう。
今回の明智のライバルは、彼に恋ごころを持っていない。むしろ明智が東京市に不在なのを知って犯行を開始したくらいに、明智と距離を置こうとしている。なので明智はライバルに対して憐憫や温情を感じることはない。とても冷たい。この冷淡さが小説そのものをひんやりとさせていて、最後のページに至ってもカタルシスを得ることがない。
乱歩は指紋にも興味を持っていて、このころから独自に調べていたようだ。調査結果は昭和25年1950年の「明治の指紋小説」に結実した。エッセイ集「探偵小説の謎」所収。
「暗黒星」1939.1-12と「地獄の道化師」1939.1-12は既読。以下のエントリーを参照。
2016/07/29 江戸川乱歩「暗黒星」(講談社文庫) 1939年
探偵は国内に居場所がなくなる。実際に乱歩は明智小五郎ものを避けて、翻案もの(「白髪鬼」1931、「緑衣の鬼」1936、「幽霊塔」1937,「鉄仮面」1937、「幽鬼の塔」1940)に時間を割く。
「悪魔の紋章」事件では朝鮮の京城で事件を扱っていた。そこには植民地を拡大するために、周囲の「敵」と戦う準備をするために、探偵が必要とされた。明智は京城の事件より「悪魔の紋章」事件のほうがおもしろいという。でも、国内では明智に対抗しようとする悪役はもういないのだ。「地獄の道化師」事件のあとは、明智の(疑似)一家は朝鮮に渡ってしまったのか、敗戦まで消息不明になる。
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2026/06/02 江戸川乱歩「名探偵明智小五郎全集」-6「化人幻戯」「影男」「月と手袋」 敗戦で二回目の転向をした明智小五郎は江戸川乱歩のカリカチュア。 1954年に続く