odd_hatchの読書ノート

エントリーは2800を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2022/10/06

神田文人「占領と民主主義 昭和の歴史8」(小学館文庫)-2

 民主主義といっても国によって形態はさまざま。日本を占領して統治する組織であるGHQアメリカが創っていたので、その指令はアメリカの民主主義の影響を受けている。彼らの考える民主主義は、民主化憲法への改正、全成人を対象にした総選挙に基づく。人びとは労働組合運動を通じて政治参加を行う。
 アーレント「革命について」にあるように、革命において重要なのは市民蜂起ではなく、新憲法作成を国民が行うことであった。この経験が憲法を中心にしたナショナリズムを形成する契機になる。アメリカやフランスに顕著。しかし日本では内容に関する合意はあっても、国民が憲法作成に関与したという国民的な経験を持てなかった。

二・一スト ・・・ 1946年から労働組合があいついで組織された。不況と原料不足で利益の上がらない企業は人員整理による人件費カットで対応しようとしたので、労働争議が続発した。1947年2月1日にゼネストを企画したが、直前にGHQがスト中止命令をだし、ゼネストは中止になった。労組の全国組織も作られようとしたが、社会党系と共産党系に分裂して、統一組織は作れなかった。

占領政策の転換 ・・・ 1946年3月、チャーチルが「鉄のカーテン」演説。1947年6月マーシャルプラン発表。東西冷戦開始。1949年中華人民共和国設立。朝鮮の南北分裂。1948年対日占領政策が修正される。民主化よりも経済的自立、戦争放棄からアメリカ防衛構想の一員に。社会党政権ができたが、労働争議は止まず、資本側が反転攻勢に転じ、インフレが進行し、政財界の汚職事件が起こる。

保守政権の確立 ・・・ 1948年10月に吉田茂内閣誕生。11月に極東軍事裁判の判決が下る。シベリアの引揚者問題。1949年、ドッジプランでデフレ政策。円ドルの固定相場制。緊縮財政による公務員削減。国鉄労働争議と不審事件続発。沖縄の基地恒久化(アメリカの極東防衛に組み込まれる。日米安保ができても日本を守るための沖縄基地ではない)。
2012/08/29 阿波根昌鴻「米軍と農民」(岩波新書)
2015/03/26 日本戦没学生記念会「きけわだつみのこえ」の初版がでて、ベストセラーになる。

朝鮮戦争 ・・・ 1950年ベトナムラオス独立。6月朝鮮戦争勃発。GHQは7月レッド・パージ命令と10月、警察予備隊編成命令(これこそアメリカの押し付けなんじゃね)。軍国主義者の公職追放解除。

サンフランシスコ講和条約 ・・・ 講和条約締結の話し合いがもたれるようになる。全面講和か単独講和かの議論が出たが、政府は単独講和を選択。アメリカとの話し合いで日米安全保障の条約締結が持ち込まれる。1951年10月調印、翌年4月に発効。
 朝鮮戦争は継続中。このときに戦争難民がでたり、在日朝鮮人の帰国ができなくなったりするが、本書には出てこない。以下で補完すること。
2017/05/19 文京洙「韓国現代史」(岩波新書) 2005年
2019/4/26 福岡安則「在日韓国・朝鮮人」(中公新書) 1993年
2022/05/18 文京洙/水野直樹「在日朝鮮人」(岩波新書)-2 2015年

 

 

 最初の刊本がでたのは1982年で、著者を含めて関係者の多くは存命中だった。そのような時期に現代史を書くのは難しい。そこからさらに40年がたって、この時代に成年であった人のほとんどが没した21世紀から見ると、本書には様々な欠陥がある。
 ひとつは左翼の運動に頁を割きすぎたこと。なるほど戦前戦中の弾圧期を経験したあとに、左翼がさまざまな活動を開始したことは目覚ましい。しかし1955年体制のような自民党社会党の二大政党はなくなり、保守から右翼が長期政権を持った時期から見ると、左翼の力を大きく見積もりすぎた。コップの中の嵐を政局や日本の動向を左右するような力にみている。
 そのために、経済政策の分析が不足してしまった。種々の政策が立案されて、以後継続していったのだが、その重要性が無視された。公職追放された戦中の官僚たちがのちの大物政治家になって、戦時中の政策が拡大発展していったという視点がない。ここは前エントリーで紹介した雨宮昭一「占領と改革」(岩波新書)で補完しましょう。たぶん多くの研究書、啓蒙書がでているはず。
 同様に国際情勢との関係も書かれない。アメリカ、ソ連、中国の大国の動向が書かれるだけ。日本の周辺状況をほぼ無視。そのために在日朝鮮人問題、各地の領土問題などが発生した理由がわからなくなった。
 というわけで、占領期の通史は別書をもっと読みましょう。

 

 講和条約締結後の「独立」国家になった日本の気分は、以下の同時代の本でアジわれる。

odd-hatch.hatenablog.jp

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芝垣和夫「講和から高度成長へ 昭和の歴史9」(小学館文庫)-1

 1952年から1960年。1982-83年にこの本を書いたというから、著者らにとっては昨日のできごとで、自分の体験が濃厚に記憶されている時期だ。歴史家はいかにして冷静さと公平さをたもつことができるか。

サンフランシスコ体制の発足 ・・・ 1952年4月講和発効。アメリカの従属国化。とくに未返還の領土(沖縄、北方四島小笠原諸島など)は占領されたまま。講和条約締結と同時に日米安全保障条約も結ばれる。国内の米軍基地が拡張される(60年代以降、沖縄に移転して本土の米軍基地は縮小する)。警察予備隊が保安隊に、自衛隊に名称変更。1953年に憲法改正案と再軍備案。元軍人の公務員復職、A級戦犯が議員に復職。
(極右は占領期終了と同時に活動を開始し、議員や官僚が追随する。さまざまな反戦・反基地闘争で政府と官庁は市民を弾圧する。21世紀の日本の政治の問題は、ここから始まっていたのだ、と痛感する。)

対米従属下の経済復興 ・・・ 朝鮮戦争の需要で復興しました。解体された財閥が再結成しました。鉄鋼・造船・電力に財政投融資。その他の業界は放置され、カルテルなどの談合体質が形成されました。
(この時から経済の対米依存体質ができて、1980年代の「ジャパン・アズ・Noワン」の時台であっても、その例外ではない。日本のなかまうちで金を回すシステムは占領期間を終了するとすぐに戻ったのだった。)

「五五年体制」の成立 ・・・ 吉田茂は長期政権だったが、GHQの後ろ盾があったため。占領終了とともに吉田の権力基盤が崩れ、保守革新ともに小政党に分裂した。それが1955年に社会党自由民主党が発足し、共産党が路線変更した。朝鮮戦争の停戦、スターリンの死などが世界情勢にある。
(ここで自民党社会党の二大政党の「55年体制」ができたとされるが、政権交代は起きていないので二大政党制になったわけではない。自民党内の「極右」と「中道」のグループで政権が移動しただけだった。もともと自民党は「憲法改正」を党紀とするような極右であるのだが、この国では「保守」をみなされた。社会党ほかの野党のちからが強いので、強くけん制され極右政策を打ち出せなかった。)

国際社会への復帰 ・・・ 鳩山内閣国際連合に加盟、日ソ国交回復を実現。WW2の被害国との賠償交渉が締結される(韓国は決裂、中国とはやっていない)。第3世界の力が強くなる。
(国際社会への復帰であるが、欧米には卑屈で、アジア諸国には高圧的になるという戦前体質は変わらない。賠償交渉もその後の経済進出を目してであって、戦争責任を果たすという内容ではなかった。1960年代になるとヨーロッパの経済復興が完了して、第三世界は再び搾取の対象になる。)
(参考エントリー) 国際社会に復帰する戦争犯罪国国民の意識の例
2013/10/07 朝比奈菊雄編「南極新聞 上」(旺文社文庫)

大衆運動と保守・革新の対立 ・・・ 大衆運動は、政党・組合主導のもの、住民・市民によるもの、学生によるものの3つが混ざり合いながら行われた。原水爆禁止運動、反基地運動、警職法反対、教育基本法反対などが全国的。アメリカ統治下の沖縄は独自の運動を展開。
(これらの運動と1960年安保運動が全国的な高まりになり、脅威に感じた右翼が1960年代から大衆運動を開始する。当時は目立たなかったが、50年たつと日本会議統一教会によって政権中枢に入り込むまでになった。21世紀には日本の右翼・ナショナリズム運動を調べることの方が重要。)
2012/08/29 阿波根昌鴻「米軍と農民」(岩波新書)
2022/06/28 山崎雅弘「日本会議 戦前回帰への情念」(集英社新書) 2016年
2022/06/27 青木理「日本会議の正体」(平凡社新書) 2016年

 

 この時代をみるときに、占領期間が終えたらすぐに右翼が政権をもち、憲法に反対する政策を取り出した、「55年体制」のような保守と革新の拮抗状態はなかった(せいぜい右翼の抑止ができた程度)というのが重要。占領期の民主主義が右翼によって骨抜きされていくのが敗戦後の日本の政治だ。

 

 

2022/12/01 芝垣和夫「講和から高度成長へ 昭和の歴史9」(小学館文庫)-2 1988年に続く

芝垣和夫「講和から高度成長へ 昭和の歴史9」(小学館文庫)-2

2022/12/02 芝垣和夫「講和から高度成長へ 昭和の歴史9」(小学館文庫)-1 1988年の続き

 

 以後は社会世相。生まれる前の時代だが、文学やノンフィクションでこの時代をいろいろ調べて知っているので、感想は簡単に。

高度成長のスタート ・・・ 数年おきに好況・不況が交替したが、日本は全体として経済発展した。
(この章では経済発展の理由を国内の状況から説明しようとする。それは正しいのであるが、この章で欠落しているのは、アジアの周辺諸国の状況。多くの国は1950年代に独立運動、内戦、代理戦争などを行っていた。そのために経済に投融資が行われず、発展のチャンスがなかった。しかし対米従属下の日本では戦争・内戦状態がなかった。この違いに意識的であるべき。)

国民生活の変貌 ・・・ 衣食住の洋風化、家電製品の普及、都市への人口集中、農業の生産性向上(それが農村の人口流出になる)。マイノリティ(貧困者、引揚者、公害被害者など)の放置、差別。
在日朝鮮人問題はこの時代の政策の不備による。本書に記述がないのは大きな瑕疵。)

文化と世相 ・・・ マスメディアの伸張、論壇・批評が機能していた時代、大衆化社会。まだカウンターカルチャーサブカルチャーは生まれていない。10代、20代をターゲットにした商品はまだなかった。

1960年安保闘争 ・・・ 1958年2月に発足した第2次岸内閣が安保条約の改定をめざす。党内の慎重論を根回しして抑え、59年から審議開始。1960年に国会で提出されたが、質問に答えない・強行採決を行う。これに対する反対運動が全国で起きた。6月に自然承認。岸内閣退陣。岸信介浅沼稲次郎などへの要人テロが行われた。
2015/06/19 日高六郎「1960年5月19日」(岩波新書)
2015/06/18 保坂正康「六〇年安保闘争」(講談社現代新書)
2015/07/02 中島誠「全学連」(三一書房)
2015/07/01 高木正幸「全学連と全共闘」(講談社現代新書)

「経済大国」への道 ・・・ 岸信介退陣のあと池田内閣になり、「所得倍増計画」のスローガンで高度経済成長が開始する。この成長ができた理由は多々あるが、日本が軍隊を持たなかったことと周辺の戦争による「特需」を利用できたこと、固定相場制で円安を継続できたことが大事。経産省の指導とか日本型経営の優秀さとか国民の勤勉や貯蓄率の高さなどは副次的な理由。同時代、ソ連は雪解け、アメリカは久々の民主党政権JFKが大統領就任)などがあって、自由主義の気分になり、次の60年代を用意する。
(一方、産業構造の転換があった。石炭産業が斜陽化して、大量解雇が行われる。転業支援や社会保障が脆弱なので、大規模な労働争議が起こった。ここでも失業者を救済しない政策が行われる。)

 

 これが書かれたのは1980年代頭。のちのバブル経済はまだだったが、日本の経済は好調だった。なので、1950年代の様々な問題をかなり素通りすることができた。海外情報や国際情勢との関係もほとんどかかれない。なので、21世紀にはここに書かれなかったことやわずかな記載しかないことに注目し、海外との関係を考えながら読むべき。