odd_hatchの読書ノート

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名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-2

 後半は昭和にはいってから。探偵小説(推理小説よりずっと広いジャンルをカバー)の書き手が増えて、主に雑誌に小品を書いていた。さまざまな理由で長編を書かなかった人たちを集める。この巻はくせ者ぞろい。

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海野十三 探偵小説川柳「また帆村 少々無理な 謎を解き」。SFの始祖のひとり。敗戦後断筆。
振動魔 1931.01 ・・・ 不倫の子をどうしても堕胎させたい実業家。庭に音響実権施設をつくり、婦人を巧妙に誘う。低周波の振動が事を起こすというのはありえないが、十三の文章の中ではリアリスティック(何しろ日本の探偵がピストルを構えるのだ)。
俘囚 1934.06 ・・・ 死体ばかりいじっている高齢の夫(医学博士)を若い妻が殺した。そのときから周囲に得たいの知れないことが起こる。京極夏彦魍魎の匣」の先駆で、ポー「使いきった男」のパスティーシュ
人間灰 1934.12 ・・・ 雇用人が次々と失踪する湖沿いの空気工場。いなくなるのは決まって西風が吹くとき
(十三はたいてい途方もない科学的トリック、むしろ技術的トリックといった方がよいか、に注目が集まるが、自分の目に入ったのは饒舌でリズミカルで若さを前面にだした文章。これらを書いたときは30代だったので、若い文章を書けた。のちの太宰や昭和軽薄体の前駆。)

 

牧逸馬  牧逸馬「世界怪奇実話」(光文社文庫)も参考に。
上海された男 1924.04 ・・・ 神戸で殺人犯と目された森がノルウェー船にのる。そして上海される。すなわち「通行人を暴力で船へ摸って来て出帆後、陸上との交通が完全に絶たれるのを待って、出帆後過激な労役に酷使」される。そこには死んだはずの男もいて。同じ名前を二人が使い、犯罪隠匿のためにアイデンティティがごしゃごしゃになるのがみそ。
(この「上海された」がわからなかったが、堀田善衛「上海にて」集英社文庫P184に説明があった。

「(上海の)ブラディ・レーンというのは、船着場に近い、船乗り相手の淫売窟街で、日本人たちは、血の雨横町と呼んでいたものであった。この横町で、to shanghaiという動詞がつくられたのであった。動詞シャンハイは、上海でよりも、むしろアメリカ西海岸の港々でつかわれたことばであって、人間をかどわかして来て、無理無態に火夫などにしてしまうことを意味した。」

また井上清明治維新」中公文庫によれば、アメリカのゴールドラッシュの時代1860年代以降では、労働力が枯渇していたので、中国人の苦力を香港やマカオで集め、ペルーやメキシコに送って、奴隷売買していた。1873年「マリア・ルーズ号事件」。アメリカ西海岸でto shanghaiが使われた所以。また西部劇映画に中国人の苦力が登場する理由でもある。)

 

舞馬 1927.10 ・・・ 子どものできない中年の植木屋(消防隊兼務)。若い女房が男にちょっかいを出すのを見かけた。その数日後、風呂屋で火事があり、女房が粉をかけていた男が番屋の娘と一緒に焼死する。女房の誘惑や問い詰めの会話が見事。戦前の時代劇映画になりそうだな(というか牧逸馬は別名で映画の原作をたくさん書いた)。

 

渡辺啓助 明治・大正・昭和・平成を生きた。
偽眼のマドンナ 1929.06 ・・・ フランス留学中に義眼に魅せられた画家。義眼の行方を追って、フランス、シベリア、銀座をさまよう。フェティシズムとピーピングの混交。独身者の偏愛。ポーの訳者による筆なので、「ペレニス」「モレラ」の木霊が聞こえる。「フランスは戦後のインフレで外国人には住みやすいところ(「パリのアメリカ人」)だった。日本で西洋風の物語を作るには、詩・洋館・フランスつづりの本・鎌倉(大船撮影所の近く)・銀座というトポスが必要。自然主義流行の時代だけど、こういうファンタジーを読む/書くインテリがいたのだね。
決闘記 1937.05 ・・・ 大学生の諸井は小柄で軽量、なのでバンカラ風な学内ではかっこうのイジメられ役。クラスの番長に殴れらたが、数日後、仲良くなる。諸井の株投資のまねごとを始めたから。しばらくして大暴落があり、諸井と番長は無人のアパートに集まる。九鬼紫郎「探偵小説百科」では諸井の冷酷さの描写にひかれていたが、新本格の書き手が好きな大学生のミステリーが戦前にすでにあったことに俺は注目。

 

渡辺温 上の啓助の弟。ショートショート(のことばは当時はなかった)の書き手。
父を失う話 1927.07 ・・・ 10歳違いの父がひげを剃って、子である「私」を捨てる。
可哀想な姉 1927.10 ・・・ 腹違いの耳の聞こえない姉と二人暮らしする「私」。ダーク・ファンタジー
兵隊の死 1930.05 ・・・ 青い空をみていた兵隊に訪れた一つのアイデア

水谷準 作家よりも「新青年」の編集長で、数々の新人作家を発掘した功績で知られている。
空で唄う男の話 1927.03 ・・・ ビルとビルのあいだに綱を張って渡ろうとする男。キートンかロイドの映画にそんなのがあったな。こちらはバッド・エンディング。
お・それ・みお 1927.04 ・・・ 恋人が死んでその遺体を盗んだ男。ラブクラフト「死体蘇生者 ハーバート・ウェスト」の日本版?と思いきや、ファンタジックな方向にずれる。オー・ソレ・ミオはカンツォーネとしてではなくオペラ歌手が歌うSPを聞いたのだろうね。当時の流行曲。
胡桃園の青白き番人 1930春 ・・・ 小学生男子二人と女子一人の楽園。女子の親が解雇され、いなくなってしまった。それから17年後。フランス帰りに女子の成人した姿を見出す。ひとり日本に残った男の告白。

 

城昌幸 戦後に時代小説の書き手として有名になった。「若さま侍捕物手帖」など。
憂愁の人 1947.06 ・・・ 多趣味多芸だが人生や仕事に意義をもてない男、戦災で無一文になっても動じない。ある夜、妻の寝室に忍び込み射殺される。いったいなぜ。戦争に由来するニヒリズム。心象は太宰に似ているかも。
スタイリスト 1948.12 ・・・ 几帳面に生きた男が几帳面な死を迎え、その後までをデザイン。これもニヒリズム
ママゴト 1958.04 ・・・ 商店街が続いているが誰もいない街角。これもニヒリズム

 

地味井平造 牧逸馬の弟
魔 1927.04 ・・・ 夏の月明かりのもと、曲馬団と町の人に魔がさす。人を追いかけ、追いかけられる。

 

 おおむね1920-30年代までの比較的好況期の作品が集まっている。それから見えてくること。
 フランス帰りや留学体験などが現れる。上のサマリーでも指摘したが、第一次大戦後のヨーロッパのインフレは深刻だが、そのぶん日本には幸運で安い金で外遊や留学ができた。西洋を相対化できる体験であったのかも。
 その金回りのよさのせいか、ここに収録されている作品の主人公は仕事や定職を持たないものがおおい。なるほどホームズなどの短編探偵小説はイギリスの生活や仕事の中で起きる怪異や謎を解くものであったが、本邦では高等遊民がファンタジックな体験をすることになる。そうでないと謎を解く合理性や論理性はリアルでなかったのだろう。日本的なシステムが不合理や抑圧を強要しているときに、文学の主題は自由になること、権力や権威から解放されることであった。探偵は職業柄自由であり、抑圧の範囲外にいたのだが、そのような場所は当時の日本にはなくて、構想しようとするとファンタジーになるか無職の資産家にするかしかなかったのだろう。
 当時は自然主義文学とプロレタリア文学が流行りであって、そこではリアリズムが重要であったが、上のような方向で構想される探偵小説ではリアリズムはむしろ回避される(リアリズムであろうとした木々高太郎浜尾四郎甲賀三郎などの作品のぎくしゃくさときたら!)。むしろ謎の論理的な解決に背を向けたこの巻に収録された作品のほうが、ずっと読んで面白い。
 ただ気になるのは、この巻に収録された作品は閉じていて、外(すなわち読者の物理現実)につながる回路が狭いし、多くの場合で悪の弾劾や正義の実現に背をむけていること。城昌幸に典型的なように後ろ向きで自閉的で、引きこもりがちで、仕方ない・しようがないといいがちなんだよね。社会の金回りがよいうちはいいけど、不況になって不満や抑圧が強まると、これらの作品は絵空事の逃避先になってしまう。そこは危うい。

 

名作集 2「日本探偵小説全集 12」(創元推理文庫)

 名作集2は昭和の探偵小説。職業探偵作家も複数人でて、「新青年」他の探偵小説雑誌が毎月刊行されていて、アメリカの長編・短編の探偵小説がおおよそリアルタイムで紹介されている。ジャンルが成立し、作家も読者も育ったころ。乱歩からすると、次世代の作家たちの代表作が収録されている。

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葛山二郎
赤いペンキを買った女 1929.04 ・・・ 自動車内で起きた強盗殺人事件の裁判の記録。

大阪圭吉 とむらい機関車/三狂人/寒の夜晴れ/三の字旅行会
大阪圭吉「銀座幽霊」(創元推理文庫)大阪圭吉「とむらい機関車」(創元推理文庫) を参照。

蒼井雄
船富家の惨劇 1936.02 ・・・ 和歌山県白浜の旅館に宿泊した夫婦。翌朝、妻が殺され、音が失踪した。後日、夫は自殺と思われる死体で見つかった。容疑者は夫婦の娘のいいなずけの青年。彼は以前に振られていた。新しいフィアンセの青年が捜査を依頼された南部探偵の助手になって補助する。次第に明らかになるのは、失踪した夫が犯人であるかと思われること。そこに、南部の師匠である赤松探偵が現れ、もう一つの解釈を述べる。なにしろ読書の興を削ぐのは探偵の三人称一視点で事件が語られ、調書のごとき官僚文のどこき味気ない文章を読まされること。アクションがまったくなく、意外な発見もなく、人情も心理も描かれない。梗概だけの小説を読むことは苦痛。そのうえ、アリバイトリックの複雑さに執着したおかげで、心理のリアリティが欠ける。「赤毛のレドメイン家」が引用され、事件はその形式を模したものといえるが、トリックといい動機といい犯罪者心理といい、乱歩の通俗長編(「吸血鬼」1930「人間豹」1934あたり)を焼き直したもの。稚気がなくて、志賀直哉のような生真面目さで書かれると、こうも貧しくなるのか。自然描写に凝っているが、フィルポッツのように事件を象徴するような雰囲気を持つものではなく、志賀直哉のような人間を疎外する抽象的な風景で、事件に何の関係もない。
霧しぶく山 1937.6-7 ・・・ 案内人をつけて山に登ると、腐乱した首つりの死体を発見する。殺人事件を起こした記録が残っている。霧の山で同行人が失踪。案内人は誰かに突き落とされて転落死。非難した洞窟の奥からは女の声。記録に書かれた連中がまだ山中にいるのかもしれない。巨大な密室のごとき山中で起こる幽霊譚と、死霊に襲われるかもしれない恐怖。雰囲気はいいのに、どうにも読書の興が起こらないのはひとえにつたない文体と冗長な描写。

 

日本探偵小説史(中島河太郎) ・・・ 明治初年から昭和35年(1960年)までの探偵小説史。本書は1989年に出ているから、ほぼ30年前までを対象にしている。これは九鬼紫郎「探偵小説百科」1973年とほぼ同じ期間を対象にしている。黎明期の重要な書き手は、黒岩涙香谷崎潤一郎江戸川乱歩。これらの成果の後に、「新青年」以降に探偵小説文壇が成立。戦争中の停滞と戦後の復興、海外物の翻訳。とまあこんな感じのストーリーか。ここまでは登場人物が少ないので歴史記述はしやすいが、社会派・ハードボイルド・ジュブナイル・コージーミステリなどサブジャンルが登場して分化し、出版点数が膨大になる1960年以降をどのように記述するのかは、大変。この小説史の続編があるとしたら、どう書かれるだろう。勉強不足なので、よくわからない。ま、俺は平成以降は興味がないので、どうでもいい。
 この小説史はいわゆる文学史とまったくからまない。谷崎、芥川、直木などの名前は出てくるがあくまで彼らが探偵小説や犯罪小説を書いたから登場するのであって、日本の近代文学とは一線を画したジャンルとして書かれる。さて、それはよいのか。この「日本探偵小説全集」を読み返して、1920年代以降の探偵小説が自然主義私小説の文体や方法に濃厚に影響されていて、海外のミステリーとは異なる方法と視線を持っていることに気づいた。あるいは明確に反自然主義をとる作家の系譜もある。探偵小説家もこの国で仕事をしていると、ほかの文学の影響は免れることができないと思うのだが(それこそ純文学がミステリーやSFの方法や構造を取り入れるように)、そこは無視されている。ここも不満なところ。(たぶんそういう問題意識の研究はやまほどあるだろうが、調べる気持ちにはならない)
 膨大な資料の持ち主が書いたものだけあって、書肆情報が充実。本書が書かれた当時は、この全集に収録されていない戦前探偵小説を読むのは非常に困難だった。なので、古本屋巡りの資料になる。でも平成になって、複数の文庫が戦前探偵小説を復刊するようになり、片端から拾っていけばかなりの作品を読むことができる。押川春浪快楽亭ブラックのような幻扱いだった明治の作家の作品まで読めるからね。これは慶賀。とはいえすぐに絶版品切れで入手難になるので、気を付けないといけない。ま、俺はもう追いかけるだけの気力はわかないけど。

 

岡田鯱彦「薫大将と匂の宮」(別冊幻影城)

 初出(1955年)はこのタイトル。のちに「源氏物語殺人事件」に変更されて出版されたこともある。
 自分が読んだのは1978年1月の別冊幻影城で。同時収録は「樹海の殺人」。別冊幻影城は一冊に探偵作家ひとりを割り当て、代表作を掲載した。戦前から昭和30年代に活躍した作家を選んでいる。松本清張の「社会派」以前の人たちが主。

別冊幻影城 刊行リスト

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 1970年代後半には、ここに収録された作家の作品はまだ文庫で読むことができた。自分が買ったのは入手困難だった、黒岩涙香小酒井不木、そして岡田鯱彦。ほかの作家の作品は角川文庫、講談社文庫で現役だったので、買うのはためらった。このリストを眺めると、樹下太郎、蒼井雄も入手しておけばよかったと思うが、当時は存命中だった(はず)ので、スルーした。ちょっと残念。なにしろ1980年代以前の探偵小説は21世紀にはほぼ入手難になってしまい、読むことが難しい。これだけ資料が少なくなると、この国の探偵小説~推理小説史を書こうにも苦労するのではないかしら。
 著者の経歴はwikiで。陸軍幼年学校教官であったというのは別冊幻影城に書いてあった(本人提供の写真付き)、国文学者というのは本人存命中のためか書かれていない。

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 なるほどその経歴があるから、源氏物語が中絶したさきに実は物語が書かれていて、それも探偵小説であったという発想がでてくるのか。歴史上の人物を探偵にすることは1960年代まではまずなかった趣向であり(シオドー・マシスン「名探偵群像」がそれに近いが、初出は1961年)、岡田の発想はきわめて珍なるもの。似たような趣向のウンベルト・エーコ薔薇の名前」の四半世紀前だ。本編前にこの小説入手の経緯が書かれているのもよい。

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 宇治十帖に続く話なので、主要人物はタイトルの二人。それに中君と浮舟。最初に宇治十帖のサマリーがあるのだが、源氏物語を良く知らないので頭に入らない(泣)。身体から馥郁たる匂いを発散する薫の宮と、香をたいていつでも匂いをまとわせる匂の宮。ともに宮中随一のプレイボーイ。年下の薫大将はそろそろ浮舟といっしょになって落ち着こうかと思っているが、匂の宮はライバル心をむき出しに。なにしろ匂の宮の思い焦がれる女官には薫大将の体臭が残っていて、いつも先を越されているから。それでも匂の宮は中君と結婚しようかと思っている。そこに、浮舟、つぎに中君が宇治川に飛び込んで死亡するという事件がおきる。額には大きな傷の痕。鈍器によるものにみえる。水を飲んだ形跡なし。嫌疑は、この二人と関係のあった薫大将にかかる。そこで密教修験者を読んで祈祷をし、巫女に死者の魂を呼び寄せ、証言させると、いずれも「身投げです」という。安心したのもつかのま、今度は匂の宮が同じように投身して亡くなった。事件現場に薫大将がいたと証言する下郎がいて、薫は匂の宮に呼び出されたというが書面は紛失している。
 彼らをモデルに小説を書いていた身として、中年女官になっている紫式部が探偵の真似事をする。彼女の卓越した意見は宮廷の称賛を浴びるが、さらに年上で文学上のライバルである清少納言が異を唱えた。薫こそ真犯人だ、推理が誤っていた方が宮廷を去る、という挑戦状を紫式部に送りつける。
(実在の人物と作者がフィクションの登場人物といっしょに物語のなかにいる。現代小説でやると、違和感があるのだが、この書き方ではとても自然。作者と登場人物の壁を上手く壊している。)
 発想はよい。事件の混迷はまあ平安中期の京都、それも宮廷内で起きるとなれば、こんなものだろう。やんごとなき方々ばかりなので、検非違使も活躍できないし、下郎や従者も関係しないから、アクションはない。それもまあいい。どうにも読書が弾まないのは、小説の半分が書き手である紫式部のモノローグで、芸術論(物語に写実を取り入れよう。清少納言の書き方は気に食わないなど)や自分の感情のことばかり書いているから。それって近代の意識から生まれるものだよなあ。中世の気分にはひたれない。そのうえ、地の文章が男の文体で書いた冗長な報告文。女性の心理にそぐわないし。近代のことば(捜査、行動、真実、論理、憂鬱その他)が入るので、興を削ぐことおびただしい。趣向の面白さを技術が帳消しにしてしまった。残念。
 長らく入手難だったが、いまは扶桑社文庫と国書刊行会で手に入るようだ。