odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

熊谷奈緒子「慰安婦問題」(ちくま新書)

 2014年初出。慰安婦問題は解決されていない戦争責任と戦後補償の問題。問題の社会化、日韓の補償事業の挫折などを経て2010年代の状況をまとめる。

序章 いまなぜ慰安婦問題なのか ・・・ 占領地の女性をターゲットにした慰安婦問題が社会問題になったのは1990年ころから。その後の進展をまとめる。慰安婦の実態は
吉見義明「従軍慰安婦」(岩波新書)
戦後補償と戦争責任については
大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」(中公新書)
が参考になる。本書では2010年代のトピックを紹介。
・安倍政権になってから、韓国との戦後補償に関する協議がとまる
・国内では河野談話批判(というより難癖)が起こり、「慰安婦はなかった」デマがでてくるようになった。
・世界各地で慰安婦像が設置されるが、日本の右翼が設置や撤去を求める運動をしている(ことごとく敗北)。
関連事項では、韓国の法廷が戦時徴用工に対する企業保障を命じる判決をだしたが、政府が介入して企業が支払い拒否。ここでもネトウヨ嫌韓・差別の口実にしている。

第1章 慰安婦問題の争点 ・・・ 人数、規模、国籍、軍官民の関与。日本人慰安婦の多くは債務奴隷で公娼婦。貧困で教育がなく、選択の自由が制限。募集、管理に強制性がある。1925年「婦人・児童の売春禁止の国際条約」を批准していながらの制度。背景にあるパターナリズム帝国主義。現在の売春と軍「慰安婦」の置かれた状況は全く異なる。(なお、最近は「性奴隷」「軍性奴隷」と呼称するケースがあるが、「慰安婦」を奴隷と呼べるかは疑問とのこと。)

第2章 慰安婦問題の特殊性と「普遍性」 ・・・ 慰安婦制度はWW2からベトナム戦争時までをみても、ドイツ、アメリカ、フランス、ソ連、韓国にあった。慰安婦は戦場での性暴力の抑止効果はなく、強姦が頻発した。近代の戦争で戦時性暴力が多発したことから、国家は性管理のために公娼制度を作ってきて、最近まで維持された。背景にあるパターナリズム帝国主義慰安所公娼制度をなくすのは社会的な抑制の力。

第3章 戦争責任・戦後補償における慰安婦問題 ・・・ 「(戦争犯罪の)国家間の賠償問題は解決済」というのが日本政府の考え。個人の補償権は消滅していないということで被害者(元捕虜など)の提訴が相次いだ。アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアでは補償権が認められ、日本ないし該当国の政府が支払いに応じた。一方、中国、韓国、台湾では日本は補償に応じていない。極東軍事裁判、BC級裁判で「慰安婦」問題が取り上げられたが、軍政府の関与は立証されなかった。日本軍はWW1ころから国際法を遵守しなくなった。31年満州事変が決定的であり、翌年士官教育から国際法科目が除外された。以後、軍紀違反が続発、捕虜への暴行・拷問などが日常的になる。

第4章 アジア女性基金は道義的責任を全うしたか ・・・ アジア女性基金の評価。詳細は大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」で。同時期のドイツの「記憶・責任・未来」基金との比較。ナチ時代の強制労働被害者への補償。半官半民による運営で2001-2009年に活動し、補償を終了した。関係国との協議、被害者との対話、国内の周知と教育などがうまくいった。(やはり社会的合意形成が重要。いまの政府や官庁、社会にレイシズムが蔓延している日本ではまだまだだ。)

第5章 性暴力問題のパラダイム転換―道義とフェミニズムによる挑戦 ・・・ 女性への戦時性暴力を人権違反とみなすようになったのは1990年代から。ユーゴ内戦やルワンダ民族浄化などで強姦が人道に対する罪として裁かれた。注目するアクションは女性国際戦犯法廷極東軍事裁判で裁かれなかった戦時性暴力や強姦などを戦争執行者と国を被告にして民間法廷で裁いた。その証言などで、被害者が望むことに、加害者の告白や真相の究明などがあった。補償にこれらを加えてもよい。

終章 真の和解に向けて ・・・ 2010年代、日韓ともに強硬になって慰安婦問題の解決が遠のいている。対話を。

 

 最後の章で、日本の側の問題を書いていないのが残念。韓国が経済成長を背景にナショナリズムと自信を深めて強気の外交をするというのであれば、長期的な不況で国際競争から取り残され、少子高齢化で国内経済が縮小していく日本がカルト宗教と排外主義の集団によって国粋主義的な政策をとるようになった。その政策集団の目指しているのは、

「日本人にとっての「解決」とは「終わらせること」です。被害者を黙らせることです。この問題がなかったことになることです」
https://twitter.com/leestraight/status/1272032005941637121

に他ならない。ドイツのような戦争責任をしっかりと教育して、人種差別を禁止する政策がとれていないと、慰安婦問題の解決は極右にかき回されて、ぐちゃぐちゃにされるだろう。なので、対外的な対話と同時に、国内の教育や啓発も必要。
 一方で、慰安婦問題を日本特有の問題としない視点は重要。第4章第5章にあるような戦時性暴力を女性差別や女性の人権侵害問題として、人道に対する罪として見る。そうすると、他国の発生例や補償などと比較することができる。他国の事例から日韓(だけではない)「慰安婦」問題を解決する道筋や考えが生まれてくるだろう。終章のまとめは残念だが、そこに至るまでの記述はとても参考になった。

池明観「韓国 民主化への道」(岩波新書)

 韓国の1945年の日本からの解放後を、民主化という視点で歴史をみる。1980年以降の韓国の民主化運動は、とても参考になる。どころか、日本は学ばなければならない。ことに、不正をする大統領を辞任に追い込み、逮捕させた2016年のろうそく革命(100万人でもが繰り返された)。あいにく、本書は1995年初出なので、そこには触れていない。

序章 朝鮮、その山河と人びと ・・・ 1945年以前。中国の影響と独立運動、日本への抵抗など。
(山河やなどへの愛着、つつじやむくげなどへの郷愁。日本人は郷土や特徴的な動植物へのナショナルな感情を語ることができるか。富士山や桜などは明治以降に作られた愛国の象徴だろうし。)

第1章 分断された国 ・・・ 1945から1960年まで。日本からの解放後、政権を担当できる集団はなく、アメリカとソ連は独立を拒否。それぞれが極右と極左の政権を作って、1947年に分断して独立。直後に朝鮮戦争。韓国では極右政権ができたが、1960年の四月革命で打倒。
(WW2では半島が戦場になることはなかったが、朝鮮戦争で戦場になった。互いの首都が陥落したという経験は、両国にとって強いトラウマになった。韓国が長い間反共イデオロギーであったのは、この時の恐怖感に由来するところが大きい。)

第2章 軍部独裁の登場 / 第3章 「十月維新」と民衆 ・・・ 1960年と1972年の朴正熙によるクーデターと軍事独裁政権。反共イデオロギー権威主義社会、開発独裁、1965年日韓条約締結後の日韓癒着。毎年、反政府デモが起こり、激しい弾圧を受ける(毎年のように死者がでた)。この時期の運動は下記エントリーを参照。
2013/07/29 T・K生「韓国からの通信」(岩波新書)
2013/07/26 T・K生「続・韓国からの通信」(岩波新書)
2013/07/25 T・K生「第3 韓国からの通信」(岩波新書)
2013/07/24 T・K生「軍政と受難」(岩波新書)
(1960年、李承晩亡命後に民主政権ができたが政争で安定しなかった。政権を担当できる組織やグループがないと、全国に組織を持つ軍隊が政権を持つようになる。あと、朴政権時代の日韓癒着で日本の戦争責任がうやむやにされた。)

第4章 民主化への道 ・・・ 1979年朴正熙暗殺。そのご中央情報局の全斗煥がクーデターで政権掌握。1980年光州事件。その後も弾圧を続ける。1987年六月抗争で民主派の要求をいれ、同年に16年ぶりの大統領選挙が行われた。金大中も立候補したが落選。1993年に金泳三が大統領に選出し、民主政権になる。
(国民の民主化要求が強くなり、その要求にこたえる政党が組織されるようになると、軍人は政治的に弱体化する。なお本書の記述はここまで。韓国の大統領は変わったが(軍事政権時に抑圧された金大中も1998年 - 2003年に大統領になる)、北朝鮮の存在があるので、融和や友好の政策はなかなか取れない。最近のエポックは2018年南北首脳会談で両国首脳が会談を数回行った。アメリカのトランプ大統領北朝鮮の首脳と会談した。日本の安倍政権はこの友好外交から除外された。なお、北朝鮮がミサイル実験を繰り返したので、2021年現在首脳会談は停止している。)

第5章 漢江の奇蹟 ・・・ 韓国経済史。植民地時代は日本の収奪にあい、技術が移転されなかった。光復後は土地改革が進まず、アメリカの援助に頼らなければならない。軍事政権時代は日本の投資とベトナム特需に依存。経済成長はあった(漢江の奇蹟)が、軍事費が高く、投資に回らない。日本企業の搾取はひどかった。
(1990年代から著しい経済成長。日本がバブル崩壊になったとき、韓国は好景気。1997年の貨幣危機があったが、以後は順調に成長。2020年には平均所得で日本を抜いた。サムソンやヒュンダイなどの韓国企業の成功を勉強しないといけないなあ。時に同族経営や政界との癒着が問題になったりする。)

第6章 抵抗の風土、その伝統 ・・・ 韓国の圧政に対する抵抗。その精神的背景にある儒教、仏教、キリスト教

第7章 アリランの歌 ・・・ 植民地時代、軍政の時代には文化は弾圧された。
(21世紀になると、世界市場を意識したコンテンツが国の予算で作られるようになり、POP歌謡・テレビドラマ・映画で世界的な人気を博している。クラシック音楽でも世界的な演奏家を排出。小説もよいものが出ている。日本の商業文化は貧しく、つまらないものになってしまった。)

終章 東アジアのかけ橋 ・・・ 韓国は植民地時代の記憶で反日帝国主義、軍事政権時代の北朝鮮恐怖と反共イデオロギーがあった。なので、日本、北朝鮮、中国、アメリカには友好と反発の関係を結んでいた。経済発展(および国際イベントであるソウルオリンピックの成功)で北朝鮮や中国への恐怖心が薄まり、経済発展でアメリカや日本に依存しないでよくなった。民主化によって、これらの国々と友好な関係を作ることが可能。
(で、21世紀の10年代には、北朝鮮をめぐる協議では主導的な役割をもつようになり、オルトライトの安倍政権の日本は国際外交の重要性を失いつつある。)

 

 著者は1924年生まれ。大学教授で1974年から93年まで日本で教鞭をとっていた。すなわち、植民地時代・朝鮮戦争・軍政時代・民主化を体験し、朝鮮と韓国と日本に住んだことがある。この稀有で豊富な体験が本書に反映。祖国や故郷の自慢にならず、批判と非難の押し付けにならず、冷静な筆致で韓国の抵抗と苦難の歴史を書いている。もちろん上にあげた「韓国からの通信」のような過酷で熾烈な弾圧を知っているはずであるが、そこを強調しないのは、抵抗運動の参加者を被害者にしないためであろう。
 感想に書いたように、韓国のナショナリズム民主化運動と経済発展は日本人には謎であり、「教科書が教えない歴史」になっている。まずはこれを知らないと、経済と国際政治で存在感を示している(日本を凌駕しつつある)韓国との関係を結ぶことはできそうにない。

鄭大均「日本のイメージ 韓国人の日本観」(中公新書)

 日本に住む朝鮮にルーツを持つ人たちが日本をどう見ているかは、たとえばこれらが参考になった。そこからわかるのは、数十万人数百万人もいるグループだから、考え方は多種多様。ルーツが同じという属性だけで均質な集団になっていると思い込んだら大間違い、ということ。
福岡安則「在日韓国・朝鮮人」(中公新書) 1993年
徐京植(ソ・キョンシク)「在日朝鮮人ってどんなひと? (中学生の質問箱)」(平凡社) 2012年
 では、大韓民国にいる人たちは日本をどうみているのか。それを主にテキストをもとに組み立ててみる。それが1998年にでた本書。社会学的な調査やアンケートなどを取ったわけではないので、そこは注意。

 おおざっぱに言うと、韓国人の日本人イメージには2つの類型がある。「ずるがしこく、残忍、悪辣、野卑で利己的」というものと、「勤勉で親切、誠実、質素で礼儀正しい」というもの。ネガティブなイメージとポジティブなイメージの両方がある。どちらも歴史的経緯で形成されたもの。韓国から見た日本の歴史でも、倭寇や朝鮮征伐や植民地支配の記憶があり、中国文化を日本に伝達したという優位性の記憶がある。どこにフォーカスするかなどで蔑視と懐疑、賞賛と敬意のどこに比重を置くかが変わる。またWW2以後には世代間差異も大きい。著者は韓国の戦後を3つの時期にわける。
第1期:1945-1965
第2期:1965-1982、反日反共ナショナリズム
第3期:1983-1998、韓国ナショナリズムの形成期
これ等の時代でナショナリズムの在り方が異なった。それにこの期間を通じて、日韓市民の文化交流はとても乏しかった。軍事政権は日本の資本を受け入れたが、日本の文化は遮断していたので。それに日本が経済的に優位だったので、そこにコンプレックスが生まれたり賞賛しすぎが生じたり。
 21世紀に読むと、第4期:1999-現在を設定する必要があると思う。韓国は10年おきくらいに全国的な民主化運動が起きて、軍事政権や独裁政治を打倒する経験を積んできた。21世紀になってから日本の経済は停滞しているが、韓国はめざましく発展している。日本の平均所得を超え、KPOPやドラマなどはワールドワイドなファンをもっている。そうすると文化的優位や経済的優位を必要としない対等な関係を持つ可能性がこの次の第5期以降に生まれるのではないかと期待する。
 いくつかを箇条書きに

・日本人の韓国イメージは昭和20年代に作られた「恐怖、警戒、厄介、複雑、理解不能」が継続している。(21世紀のレイシズムも、この程度の韓国人イメージに基づいている。)

・著者によると、日本人の「『償いをすませていないもの』と『本当は相手を許していないもの』との『真の精算、真の和解』を志向する態度は、日韓を過去志向的で不平等な関係につなぎ止めるもので、それは韓国人にとっても日本人にとっても好ましいことではない」。なるほど、日本人の無意識で善意の友好関係が不平等な関係に根差していて、それを強化しかねないというのは注意しなければならない。俺のように生涯のほとんどで日本が経済的優位にあるものはこういう思い込みや偏見をもっているのだろう。求めるのは対等の関係。これは同質ではあるが内部にヒエラルキーのある日本社会に住む者には難しい。