odd_hatchの読書ノート

エントリーは3600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2026/7/3

カーター・ディクスン「赤後家の殺人」(創元推理文庫)-2 そこで寝た人はすべて不審死を遂げるという古い家にある開かずの間の殺人事件

 前回から14年を経ての再読。きちんとメモを取らなかったので、初読に等しいのだが、犯人と方法は鮮明に覚えていた。そこでカーのうまさを確認することになった。

2010/11/25 ジョン・ディクスン・カー/カーター・ディクスン「赤後家の殺人」(創元推理文庫)
 ロンドンの真ん中に1751年に建てられた古い屋敷がある。この家には因縁があって、建築した当主の二代目がとんだ冒険家。1792年にフランスに渡り美しい娘と恋仲になったものの、フランス革命後の恐怖政治とイギリスの参戦は彼の立場を危うくした。娘に窮地を伝えたら、実家に逃げようと言い、着いたのは代々処刑事務を担当しているサムスン家。のちに夫婦は2人でロンドンに逃れ、結婚祝いの家具を持ち込んでいた。この夫婦が亡くなった後、家具を入れた部屋では一人で寝ると毒殺される事件が相次いで起こった。1850年ころに部屋は開かずの間になったが、1933年の不況のおり、土地を買いたいという業者が現れたので、現代の当主は売却することにした。そして解体が始まる前に、開かずの間に一晩籠って伝説のように殺されるものを決めようといいだす。
 そこでサー・マントリングの通称「赤後家(red widow)」に一族の関係者が集まり(閑だ退屈だという語り手にこの時刻にここに行けばキミを呼び止める者がいるといわれ、そのとおりにすると屋敷に招待され事件に巻き込まれるという冒頭はとてもよい)、トランプのカードをひいて選ぶことになった。ひとくせもふたくせもある連中がポーカーフェイスで札を開けていくシーンはスリリング。最近出入りするようになった精神科医がスペードのエースを引き当てて、部屋にこもる。15分ごとに声をかけるときちんと返事がある。では規定の二時間が過ぎたので出て来いというと、こと切れているのが見つかった。しかも死んだのは1時間も前。いったい誰がどうやって出入りした。この「実験」に関わったものは全員アリバイがある!
 高校時代の初読の時にもっとも昂奮したのは古い家にある開かずの間という設定。百年人の出入りがないのに、カギはスムーズに開き、室内はきれいに掃除してある。ここで、おお、といってしまったのは、「グリーン家殺人事件」と「Yの悲劇」を読んでいたからに他ならない。あいにくここには本は収蔵されていなかったが、フランス革命時代の家具は怨念を醸造するに十分である。
 この家には何もしないぐうたらがいるが、古代の武器に関心があり、多数の古武器が置いてある。どうやら死因になったクラーレは矢じりから抽出されたものと思われる。さらに最近犬やインコがむごたらしく殺されていて、殺された精神科医がいうように「異常者」が邸内にいるとしか思えない(というのは偏見であるが、1933年当時では問題にされなかった。小栗虫太郎「黒死館殺人事件」
(という感想をもったが、ここは英国怪奇小説の伝統である幽霊屋敷であると考えるべき。)
 エンタメなので、登場人物はどれも類型的であるが、それを会話だけで区別できる筆力がカーにはある。上流階級に住まうものは、ジェントルでなければならず、物腰やわらかで丁寧な口調であるのだが、口にする言葉の端々から、気どり・慇懃無礼・皮肉・見下し・ヒステリー・冷笑などの区別がつくのである。こういう会話の妙は日本のエンタメにはまずみられない(地の文で説明してしまうのは本邦作のわるい所)。前にあげた二作が屋敷のひとだけが登場するのに、カーではそうでないキャラも重要になる。家庭医ではない医師がふたりいたり、フランス人の家具専門家が呼ばれていたり。彼らがその家にいる理由も合理的。キャラの配置と役割分担もうまいんだよね。
 捜査が進むと一人に容疑が進み逮捕状を出そうというところで殺されてしまう。振り出しに戻る。家にいるものたちは、邸内で喧嘩したり、秘密を暴露しあったりと角突き合わせる。毒の出所が分からなくなる。ますます事態は紛糾し、誰にも容疑がありそうで決定的な証拠も推論も生じない。でも、ひとつのできごとから一気に推論が動き出す。被害者がひげ剃りで傷をつけて洗面台に血がたくさん流れていたという証言がそれ。ここから怒涛の勢いで推理が進行する。前半3分の1までに書かれたさまざまな伏線が犯行の物語に回収されていくさまはみごと。
 犯人逮捕のコンゲームや解決のみごとさは、なるほど江戸川乱歩のいうように、カー作品の中で第一級。ここには文句のつけようがないが、400ページの間ほとんど屋敷の中に閉じこもっていて、外に出る機会がないのでどうにも息苦しいな。H・M卿もどたばたをやらないし。チェスタトンみたいな哲学論議もやらないし。最後の3分の1はサスペンスももりあがらず、グダグダ気味です。前半の不可解事件や捜査の緊迫感はよかったのに。再読して評価は少し落ちた。
 イギリス上流階級が閉鎖的な密室を作って、貴族的なふるまいをしている中で起きた物語。これはゴシックロマンスの方法で、カーのほとんどは踏襲している。でも、1930年代になると、上流階級はほぼ没落している。本書でもマントリング卿は家を売らなければならないし、係累はのこっていないし。ゴシックロマンスは20世紀前半でも時代遅れだった。そのアナクロを埋める視点や技法はカーにはなさそう。本書で最も生き生きしているのは、フランス革命時のイギリス貴族の冒険を語る時だった。WW2以後になって、上流階級もジェントルもなくなってしまえば(カズオ・イシグロ「日の残り」のように貴族の消滅は執事もなくなることを意味する)、カーは「現代」を書くことができない。「ビロードの悪魔」「火よ!燃えよ」のように探偵小説味を残した歴史冒険小説に移行するのも必然だった、といえる。

 

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ジョン・ディクスン・カー「三つの棺」(ハヤカワポケットミステリ)-3 有名な密室講義は読者を関心をそらすためのスディレクション。

 人生三度目の読了。サマリーと前回の感想は以下。

ジョン・ディクスン・カー「三つの棺」(ハヤカワポケットミステリ)-1
 この探偵小説では密室講義が有名。1935年にはすでに探偵小説の歴史が90年になっていた。ポー以来作家は競って「密室」の謎に挑んだので、さまざまなバリエーションができていた。それを収集する人がいて、ついには分類するまでになった。フェル博士の口を通じてカーはこんなことをいっている。

「ほとんどの人は、種明かしをされると心底がっかりするからです。まず、その種があまりに気が利いていて単純だからそんなものに自分がだまされたと信じたくないんでしょうね。(略)そういう単純なトリックを考え出すのには頭脳が必要なんです。脱出の達人になるには、冷静で、強靱で、経験豊富で、電光石火のようにすばやくないといけない。ですがみんな、目と鼻の先で人をだますのには知恵がいるってことを、考えてもみないんだ。 (p.205)」

 誠にその通りであって作家には知恵がいる。読者の関心が集中するので、作家は苦労する。
 ここで愚痴を言っているようにみえるが、じつはここで読者にトリックをかけている。すなわち、収集と分類を提起してすべての「密室」のアイデアが網羅されているように見せかけて、実は解決でこの分類に入らない方法を提示しているのだ。上のようなことをいって、読者をだましている。このやり方はのちの「九つの(間違った)答」の先駆。
(ちなみに、「三つの棺」の密室トリックは、同年にでた「赤後家の殺人」のトリックをひっくり返したもの。ストーリーも似通っているので、この二作は双子みたいなものです。)
 そこで思い出したのは、クレイトン・ロースン「帽子から飛び出した死」1938年。「三つの棺」は1935年産なので、ロースンは「三つの棺」を読んだ板。これに触発されたのが現場の状況からストーリーの展開から密室講義まで、カーの長編をほぼいただいちゃって別解決を提示した。
 いずれの密室分類も不十分であって、乱歩他がいろいろ分類体系を試みている。しかしつねにはみ出すものがあるし、「密室」の定義も代わるので、収集も分類も完璧にならない。ここまでは読者の側。で、作家は上のように愚痴を言っているかに見せかけて、読者をだます手段にしてしまう。なんという貪欲。
 さて、ロースンは奇術師でもある。「三つの棺」のメインキャラであるグリモーも奇術師で、とくに脱出トリックを得意にしている。そうそうに死体になるので、彼が奇術師であることを忘れてしまう。それもカーが仕掛けた記述のトリック。「密室」から犯人が消えるというのは起こりえないできごとなのだが、奇術師という補助線を弾くと、魔術(超常現象)と奇術(トリック)の境はほとんどないにひとしい。超常現象の原因を考究する際に、消去法を使うと最後に奇蹟や超人などを想定しまいがちだが、それは理性の誤謬で怠惰な認識法だと探偵小説はいう。

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 フェル博士は途中で「銃が宙に浮いて弾を発射しただと。バカ言うなガハハ」とやったんだが、それはのちの「震えない男(幽霊屋敷)」だよな。カーは初期の長編でバカなアイデアと一蹴したのをあとの長編で使ったりする。くだらないと捨てないで、こねくり回して次の作品に生かした。作家の執念。1935年ころまでのフェル博士やHM興は講義好きで探偵小説の蘊蓄を語っている。それがのちにどのように生かされているかをみるのはおもしろい。
 密室講義に先立って、フェル博士は「われわれは探偵小説のなかにいるからだ」と小説内キャラであることを宣言する。

「なぜというに」博士は素直に認めた。「われわれは探偵小説のなかにいるからだ。そうでないふりをして読者をたぶらかしたりはしない。探偵小説の議論に引きこむための念入りな言いわけなど、考えるのはよそう。隠し立てせず、もっとも高貴な態度で本の登場人物であることに徹しようではないか。 (p.204)

 探偵小説でこんなことを言わせたのはほかにしらない。この時代、小説のキャラに虚構内存在であることを言わせた小説が他にあったのかしら?
 犯行動機はハンガリーを舞台にした兄弟の復讐劇。これがなんとも時代がかっていて、19世紀の新聞小説のようなどろどろした愛憎劇になっている。黒岩涙香や江戸川乱歩の「白髪鬼」(原作はマリイ・コレルリの「ヴェンデッタ」1886年)のよう。この動機はクイーンの「エジプト十字架の謎」「Xの悲劇」にも登場する。20世紀になると復讐劇だけで長編にすることはできず(ふたつの大戦で人の死はずっとコンビニエンスで安っぽいものになったせいだろう)、探偵小説の添え物にしかなれなくなった。
 でも1935年のイギリス小説にハンガリー移民が登場するのは偶然ではない。WW1のあとハンガリーの政情は不安定だった。国内で大量虐殺もおき、国を捨てる難民がたくさんいた。彼らは西ヨーロッパにでて、海を渡りアメリカにむかった。下記のような人がハンガリー難民。クラシック音楽界でもベラ・バルトーク、ジョージ・セル、ユージン・オーマンディなどもそう。他にもいそう。
2011/04/11 ベラ・バラージュ「視覚的人間」(岩波文庫)
2018/06/07 ポール・ホフマン「放浪の天才数学者エルデシュ」(草思社文庫)-2 1998年
 クイーンの小説もそうだが、1930年代は移民と難民の時代。ナチスとソ連東欧の全体主義国家を逃れて、西ヨーロッパとアメリカに向かう人は多かった(日本に逃れた人もいる。言語の障害と軍部独裁のために少数だった)。WW1以前の探偵小説が同質な人たち集まりである共同体で起こる事件を書いていたのが、このころから移民難民と低所得の貧困労働者層を取り上げるようになった。国民国家という枠組みが緩んできたことに対する不安を反映したのだろう。
 あまりストーリーに執着した読み方はしなかった。前回の感想とおなじく、尋問が3分の2までつづくので興味が持続しない。途中に少しはアクションを入れてほしいとおもったくらい。最後のフェル博士の講釈で目が覚めて、振り返って傑作であることがわかる不思議な探偵小説だった。

 

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ジョン・ディクスン・カー「火刑法廷」(ハヤカワ文庫)-2 男ばかりで事件を検討したので、不死者アンデッド恐怖と女性嫌悪ミソジニーがあらわになった。

 約10年ぶりの再読。堪能。サマリーと感想は下記リンクで。

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 前回はミステリーとして読んだ。今回は「モダンホラー」として読んだ。ここでいう「モダンホラー」はS.キング以降に現れた主にアメリカ作家によるぶっといノベルではない。創元推理文庫版「怪奇小説傑作選」で平井呈一が言っていた20世紀前半のホラーを指す。19世紀のホラーが幽霊や人造人間や二重人格などの恐怖を直接体験した者たちを描いていた。あまりにたくさん現れたのと科学技術の発展で、読者はそれらに恐怖を感じなくなってしまった。そこで20世紀前半の怪奇作家たちは新たな恐怖のシーンを人間の内面に求める。恐怖を体験したけれど、実はそれは〈私〉の妄想ではないか、狂っているのは〈私〉なのではないか。そういう小説が書きだされた。
 カーはデビュー直後の長編数冊は19世紀の怪奇小説に範を求めていたが、1937年のこの長編ではモダンホラーに寄せる。語り手や周囲の人たちに起きた怪奇現象は、人間が壁抜けをしたのを目撃したとか、一週間前に厳重に封印した霊廟の棺から死体が消失したとかなど。致死性の毒物(少量であれば薬)が入った瓶が紛失し再び戻ってきたのもはいりそう。この怪奇に遭遇した人たちは合理的で物理法則に反しない方法があるだろうと検討する。その試みは、最後のゴーダン・クロスの説明で成功したかに見える。
 でも、検討したのは男ばかりだった。なので見逃してしまったことがある。事件に関係する女性たち。昔の事件が女性が男を毒殺したもの。それに影響されて男が被害を受けることにばかり気を取られた。事件の関係者にいる女性たち、妻や看護婦など、を軽く見てしまった。そして不死者アンデッドに対する恐怖ばかりを気にしてしまった。小説の大半が数人の男性による事件の検討会なので、読者は男たちの偏見に引っ張られる。なので、最後の章のモノローグで驚愕するのだ。
 そうすると、この小説は幽霊屋敷で起きた怪異を幽霊ハンターたちが憑き物落しをしようとして失敗した物語になる。探偵役の老人作家の名前が、100年前の毒殺事件主犯の愛人と同じ名前であることをすっかり忘れてしまっている。彼の解決は合理的であるが、誰かに言わされた偽りであることを疑いもしない。彼は誰かの傀儡、マリオネットでありうるのだ。ということはミステリーとして読んだときにも彼の語る「真相」が誤りであるということに気を付けないといけない。「犯人」が失踪中であることにも懐疑しよう。
 怪奇小説、モダンホラーの常として、恐怖の対象は不死人アンデッドと女性。上に見たように事件を解決しようとする男たちはそれぞれミソジニーをもっている。そのために女性を理解しようとしない(貞節の型にはめようとする)。それが解決できない理由になっている。怪奇小説としての解決でもミソジニーに魔女恐怖が加わる。気分がよくないのだが、1937年の作だから大目に見ておこう。
 モダンホラーを目指したのは文体の違いにも現れている。初期のバンコランもののような草紙風で外連味がかった過剰な装飾文ではないし、フェル博士やH?M登場後のジャーナリスティック風な乾いた文体でもない。章の扉で引用したM・R・ジェイムズにそっくり。適度に陰鬱で粘った文。似たような文体をカーは他の本で使ったことがない。この一作だけ。カーも気合が入っていたのだね。

 

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