odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トーマス・ペイン「コモン・センス 他三篇」(岩波文庫) 独立に当たって重要なのは、自分自身の法律を作ること。これに参加した記憶が国家統合の象徴になる。

 前回読んだときは、アダム・スミスアメリカ分離論も、アーレントの「革命について」も深くは知らなかった。再読では彼らの考えを参考にする。前回の感想。

odd-hatch.hatenablog.jp


 イギリスは7年戦争(1754-1763)で疲弊していた。ヨーロッパのほとんどの国が参戦した長期間の戦争は勢力図を変えるのであった。このときイギリスは戦費の調達に苦しみ、植民地であるアメリカに負担させようとした。植民地議会は反対するが、決定権はイギリス議会と国王の決裁にある。当時の通信技術では返事が来るのに数か月、決定が下されるまで数年かかる。その間、税を払わねばならず、幾多の法令が追加でアメリカに送られる、政治が遅滞するうえ、イギリス軍はきわめて横暴であった(植民地の住民を人とみなさなかったのだろう)。

ja.wikipedia.org


 これに反対する動きが大陸に出てきて、次第に強くなる。このとき、トーマス・ペインが書いたパンフレットが世論の形成に大きな影響を及ぼした。f:id:odd_hatch:20190708092830p:plain

コモン・センス 1776.01 ・・・ 前回のサマリーに補足する。王政は現場の情報を知らないから不合理。貴族制(イギリス上院)は世襲なのでバカが権力を持つから不合理。これらの政治体制は人間を王と臣民に差別する。それに宗主国は自国のために自国の敵から守るのであり、植民地のためにではない。祖国・母国という言葉に騙されるな(このころすでに植民者のうちのイギリス出身者は大多数ではない)。このような体制を子々孫々まで認めてはならない。未解決にするのは次の世代の借金になり、子孫を利用することだ。なので、分離独立し貿易をしよう。それは双方の利益になり、平和と友好を実現する。
(この議論は、ほぼ同時期にアダム・スミスが「国富論」で主張したことと一致する。双方が富を増すことは、正義と公正を実現するのだ。)
2021/12/14 堂目卓生「アダム・スミス」(中公新書)-2 2008年
 独立に当たって重要なのは、自分自身の法律を作ることである。具体的には、州議会を作り定期的に選挙で議員を入れ替え、自治州と連邦議会を作り、憲法を制定するのである。この活動が妨げられないように、軍隊は防衛を基本とし、宗教には寛容であり、国際的には中立である。
(この部分は「革命について」でアーレントアメリカ革命で重視したところ。革命で重要なのは旧体制の転覆ではなく、憲法と国の仕組みを国民が作り上げること。さまざまな草の根民主主義組織が討議し代表を選出して、州議会などに派遣してさらに討議する。こういうプロセスを通じて、憲法制定と国の仕組み策定に国民が参加した。その記憶が共有されて、国家統合の象徴になっていく。集落や町単位の自治組織や集会、寄り合いは植民開始時からのアメリカの伝統だ。ペインの総意ではないが、ここで重要性を再確認したのだろう。軍隊、宗教、国際についての提言は、たぶん独立宣言に反映され、このあと1世紀ほどのアメリカの政策の基本になった。)
(植民者は故郷の宗教を継続したので、キリスト教のさまざまな分派がアメリカ国内にあった。なので、アメリカでは国家と宗教は一致することがなかった。憲法を制定する際にも、特定の宗教を国家の宗教にすることはなかった。議員は自分の宗派の様式で専制するし、宗教団体のロビー活動を認めている。これはヨーロッパのやり方と異なるところ。)
2022/03/29 深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-2 2017年
保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-1

厳粛な思い 1775.10.18 ・・・ イギリスがインドで行っている蛮行が知られているので、ペインは同じことをアメリカで行わせないようにするために分離独立を主張する。インディアンと黒人の差別撤廃も主張する(こちらは遅々として進まない)。
<参考エントリー> アメリカ黒人の歴史。
2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年
2022/03/19 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 1990年
上杉忍「アメリカ黒人の歴史」(中公新書
ジェームス・M・バーグマン「黒人差別とアメリ公民権運動」(集英社新書

対話 1776.06 ・・・ 故モントゴメリー将軍が、弱気になり現状維持(イギリスの特許状をえた植民地待遇)を望む議員に喝をいれる。日和見主義をやめろという。王政に対して、自然権と抵抗権で自立することを主張する。

アメリカの危機 1776.12 ・・・ 激戦状態にあるときに、弱気にならずに独立を勝ち取ろうという檄。
(以上3つの小論文は、2022年2月に始まったロシアに侵攻されているウクライナ市民を思いながら読むと感動的。ゼレンスキー大統領がSNSやビデオメッセージで伝えていることは、トーマス・ペインが言っていることとほとんど同じ。)

 

 以下はネットで見つけたトーマス・ペインの小論。
土地をめぐる公正 1797 ・・・ 入手先は下記のリンクで。翻訳や解説ページですでに要約ができているので、自分が付け加えることはないが、とりあえずやってみよう。

genpaku.org

cruel.hatenablog.com


 土地自体は本来万人のものなので、個人所有するものではない。でも耕作地に改良することで生産性が伸びたから、改良部分だけは所有権が認められる。でも代替わりや貧困などで所有者が変わってしまうと、現在の耕作者の所有権が認められないことがあるし、土地を奪われた人は耕作による利益を受け取れない。そこで、このような不公正を糺すために、国民基金を作り、21歳の成人になったら、毎年定額の金を受け取れるようにする。定年より上の年齢になったら年金とする。このベーシックインカムは投資(金融にではない。設備や公共施設など)に使うことが望ましい。また死亡時の財産の10分の1を基金に拠出するものとする。基金国立銀行が運用し、年金などの原資にする。
 ベーシックインカム制度の最も早い時期の提案ではないかしら。大開拓時代で未開拓の土地がきわめて多数あり、経済成長とインフレがとてもゆっくりと進行する時代であったのがペインの構想の根拠になっただろう。自分はベーシックインカムにはとても慎重な考えを持っていて、ペインの時代ならまだしも、21世紀の資本主義の時代にはうまくいかないのではないかと悲観的。とりわけ懸念されるのは、個人に配布されたベーシックインカムを男が女や子供などから暴力的に奪うこと。弱者の経済的自立が損なわれるし、男は食・酒・性に浪費し、宴会や祭りで蕩尽してしまう。家父長制とホモソーシャルな社会では絶対にこうなる。それを回避する仕組みつくりはたぶんうまくいかない。
 それよりもペインが土地を「社会的共通資本」のように見ているのがよいと思った。たいていの経済学やビジネス本では土地もふつうの商品と扱うものだから。とはいえマルクスは「資本論」などで地代を商品の価格とは別に扱っている。20世紀以降はどうなっているだろう。また農業経済学では土地の扱いがどうなっているかは知りません。勉強不足です。
2013/06/06 宇沢弘文「社会的共通資本」(岩波新書)
(ヨーロッパでは土地は王や貴族が私的所有したり、教会がもっていたり、国の公有地があったり、農地は権力から賦与されたという歴史があった。土地の所有はいろいろ難しい。でもアメリカは誰の所有でもないものを開拓者が自分らで分配した。ペインの考えには土地の所有や共有の違いが反映されているだろう。念のためにペインの時代では、土地を先住民から奪い取ったり安く買い取ったという意識はない。)

 独立期の共和主義がさらなる人口増と移民増によって、20世紀には革新主義に変貌する。以後の流れは以下を参照。
2020/10/12 有賀夏紀「アメリカの20世紀 上」(中公新書) 2002年
2020/10/09 有賀夏紀「アメリカの20世紀 下」(中公新書) 2002年

 

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ギュスターヴ・ル・ボン「群衆心理」(講談社学術文庫) 群衆心理に巻き込まれないことにどう注意するかよりも、やってはいけないことをしっかり覚えることが先。

 この古典をそのまま読むのは危険。なにしろ1895年の著書。今と同じ前提で書かれていると思うと誤りになる。まず、19世紀末の心理学は20世紀後半の実験や観察、アンケートなどを使った実証的なものではなく、哲学の一分野だった。ニーチェがいう「心理学」みたいな所にある本なのだ。なので本書の群衆の心理分析が現実に即して妥当であると鵜呑みにしないほうがいい。当時は反ユダヤ主義、犯罪遺伝説などの偏見や差別意識があった。ここにもそれが反映されている。
 また著者のいう群衆は、路上の示威活動だけではない。路上の集会、団体交渉、組合活動・農民運動まで含み、さらに議会・裁判の陪審員普通選挙、労働者や農民など階級までをふくむ。当時、参政権を持たない人たちの集まり他の活動をすべて群衆とみなすのだ。
 そうすると著者の政治的立ち位置が見えてくる。すなわち、著者は反民主主義で反労働組合で反社会主義であり、国民国家の支配層の一員とみなしている。そのような保守で豊かな人々が、政治に参加する自由を行使する活動を危険視する。今では「群衆心理」は社会心理学の嚆矢とされるが、自分の妄想では為政者層の「群衆」活動抑止のマニュアルとして読まれていたのではないかな。(ル・ボンの思想に近いと思ったのは、一世代下のチェスタトン。)
 このあとWW1などを経て、普通選挙権など政治参加の自由が大幅に広がり、政治の意思決定の場所が貴族や官僚から議会に移った。それが常識になったところで、本書は「社会学」の古典に転化したのだと思う。俺からすると、この群集心理の分析はのちのモッブと全体主義運動の分析の先駆だった。群衆や全体主義運動の分析はこの後飛躍的に展開しているので、本書の記述は粗雑にすぎる。勉強するなら新しいものを使おう。最新知識を持ったうえで、この古典を読まないと見落とすことが多々あると思う。


 さて、本書のサマリーであるが、すごい勢いでページを繰ってしまった俺がやるより、まっとうに読んだ人のものを引用する。
100分de名著 ル・ボン「群衆心理」

www.nhk.or.jp


 なので、以下は俺の思い付きを箇条書きで。
保守主義ディレッタントである著者が思い描く「群衆」は1789年のフランス革命のそれ。以後パリでは20~30年おきに市民の蜂起がおこる。本書出版の1895年には、この四半世紀前のパリ・コミューンの記憶もなまなましい。同時代にはドレフィス事件で反ユダヤ主義に抗議する人々が路上で示威活動をし、労働組合運動が盛んになっていた。ロシアの反皇室の革命運動も耳に聞こえる(パリ市内に亡命革命家が潜伏)。群衆はときに破壊や強奪、時に殺人やテロの犯罪を起こす。帝国主義国民国家が危機にあると思われていた時代だった。無個性で衝動的で偏狭で暗示を受けやすい群衆は抑圧すべきものだった。

・なので、群衆が暴徒化する大きな理由である国家暴力には言及しない。

・また集団の示威行動で政策が変わり、富が再配分されたり、マイノリティの権利が認められたり、名誉が回復されたりすることがあるが、そのような効果を著者は言及しない。上の「100分de名著」のサマリーも群衆活動をネガティブなものとしている。政治的権威の側からはNHKのまとめは好意的にみられるだろう。
 というのは、NHKのサマリーでは、21世紀の「群衆」をネットのデマや差別発言に煽られて、他人や組織を攻撃する事例になぞられているから。この不思議な集まりは、顔を合わせない。でも、一つのイシューで共通行動をとる。それは容易に他者危害に転化する。本書に出てくる群衆活動の事例は政府や企業などに向けられたものだが、21世紀の不思議な集まりは個人やマイノリティに攻撃が向けられる。その行動様式と心理は本書の「群衆心理」分析でかなり説明可能とされている(俺はモッブ分析がないので、不思議な集まりにある自己評価の低さや他人嫌悪などが漏れているので不十分。21世紀の「群衆」が差別扇動やヘイトクライムを起こしていることを指摘しないのも不十分)。
 そのような21世紀の「群衆心理」に同調しない行動が必要とされる。上の「100分de名著」ではわかりやすさの罠にはまるなとか、メディアがしっかりしろとかが提案される。俺がそこに加えるならば

・わかりやすさの罠にはまらないためには、教養を積むことが必要。高校教科書レベルの知識をもとう。普段から正義、公正、共通善、自由、民族、差別について考えよう。このくらいは読もう。
2020/11/05 北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-1 2003年
2020/11/03 北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-2 2003年
2020/11/2 加茂利男/大西仁/石田徹/伊藤恭彦「現代政治学 新版」(有斐閣アルマ)-1 2003年
2020/10/30 加茂利男/大西仁/石田徹/伊藤恭彦「現代政治学 新版」(有斐閣アルマ)-2 2003年
2020/10/29 川崎修/杉田敦編「現代政治理論(新版)」(有斐閣アルマ)-1 2012年
2020/10/29 川崎修/杉田敦編「現代政治理論(新版)」(有斐閣アルマ)-1 2012年
・主張を見極めるリテラシーと同時に、リーダーを見極めるリテラシーももとう。人柄、雰囲気、好感度などでリーダーを判断すると全体主義運動に巻き込まれて、「群衆心理」をもってしまう。

・群衆になることは問題ではない。群衆の示威行動は社会を変えることもある。問題なのは、群衆の活動から悪や不正義を行うこと。よくあるのは民族や人種、性など差別扇動を行ったり、ニセ科学・トンデモ医療などのデマを流したり、他者危害を行ったりすること。

 群衆心理に巻き込まれないためにどう注意するかよりも、個人でも群衆でもやってはいけないことをしっかり覚えることが先だなあ。

 

ギュスターヴ・ル・ボン「群衆心理」(講談社学術文庫)→ https://amzn.to/3IR9wkT
ル・ボン『群衆心理』 2022年11月 (NHKテキスト)→ https://amzn.to/3PDbnh8

デイヴィッド・ミラー「はじめての政治哲学」(岩波現代文庫) イギリス上流階級向けの教科書。

 イギリス・オックスフォード大学所属の研究者が2003年に書いた政治哲学の入門書。章立てを見ればわかるように、政治哲学の大問題をわかりやすく解説したもの。日本で政治哲学の入門書を書くと、ソクラテスプラトンアリストテレスからカントやヘーゲルを経て20世紀の思想家をたくさん紹介することになるが、ここではホッブスとミル(まれにジョン・ロックとルソー)が顔をだすくらい。自国の哲学者や思想家を俎上にあげるだけで、政治哲学の本ができてしまう。この国のデモクラシーの歴史の厚み(実践と理論)があるからだね。他国の哲学者や思想家を知らなくても済むので、イギリスでは高校や大学のテキストに使われたのだろう。
(それは逆にいうと、現代政治哲学を一通りみるには本書では不十分。ここで枠組みを押さえてから、もっと広範な読書をしましょう。)

1 政治哲学はなぜ必要なのか ・・・ 政治哲学は、善き統治と悪しき統治の本性、原因、結果にかかわる学問。善き統治と悪しき統治が人間の生の質に深く影響を与える。統治の形態はあらかじめ決定されていない。善き統治と悪しき統治を見分ける知識は獲得できる。政治哲学の中心問題の一つはなぜ国家、ないし政治的権威が必要か。政治哲学は時間が経過した後に影響を持ちうる。個人の選択を至高の価値として中心におく。
(政治と宗教の関係を勉強中なのだが、著者のこの考えは西洋中心なのではないかな。統治の目的が神の意志に実現とするような民族・国家ではこの価値観を共有しないし、個人の選択は至高の価値ではない。俺は著者の考えに賛同するが、この考えでは宗教国家との話し合いはできない。うまい考えはないかと暗中模索中。)

2 政治的権威 ・・・ 国家が政治的権威を使いだすのは近代以降(それ以前は公共財の提供などをやらなかった)。政治的権威が提供する安全保障によって人は他人を信頼でき、政治的権威に服従できる(法の処罰を受け入れたり、税金を支払ったり、徴兵に応じたりなど)。この権威がどこから生まれるかの問いには共同体と市場とされる。政治的権威は万能不変ではなく、抵抗や市民的不服従が可能であり、正当であるとされる。
(俺からすると、国家や政治的権威の起源は生産手段をもたず権威を目的にする共同体と共同体の〈間〉にある集団だと思うんだよね。国と個人の間に同意や契約があるのではなく、まず強制力があって、後から同意や計画があるかのように思い込む。)

3 デモクラシー ・・・ 王政や貴族制よりデモクラシーが優れているのは、各人は平等に政治的権利を享受でき、特別な権力を信託されたものは民衆全体に責任を有しているから。でも実際は、自分が直接政治参加するよう努めるのではなく、自分を代表する指導者のチームを数年おきに選択することだけ。そこでは政治的決定が少数の専門知識にアクセスできるものに限られ、民衆は政治に無関心・無知で監視を怠る。多数者の選好が優先され少数者の権利が保護されなくなるという問題がある。公共の議論が大事。
アメリカのサンデルや亡命ドイツ人のアーレントであれば各人の政治的自由の行使を熱心に説得するだろう。著者がイギリスのオックスフォード大学教授であることで以上の記述に納得。上記の記述で十分と考えるのは、イギリスの政治家は民衆全体に有している責任を強くもっているという暗黙の了解があるからだろう。日本ではその確信を持てないから、政治の説明では仕組みと原理が必須になる。)

4 自由と統治の限界 ・・・ 国家(政治的権威)が無条件に禁止されている人間の生の領域があるというのが近代政治の了解事項。善い統治だけでは不十分であるという了解もあった。もともとは宗教の自由。次第に、職業選択、居住、婚姻、政治参加などに拡張された。自由の意味と限界を示す必要がある。前者は選択肢の範囲と選択する能力であり、後者は物理的な障害と制裁と本書は記述。また自由を実行するコストや制限することによって不利益を回避できることで自由が制限されることがある。自由は他者の気分を害したり、危害になったりすることがある。国家(政治的権威)の介入が制限されることがあり、それは「人権」を呼ばれる。自由以外の原理を考慮することも必要(平等、公平、自然の尊重、文化の保護など)。
(自由はそれだけで大部な本になるような大きな問題。この章では同国人のミルだけが参照される。事例もイギリスに特有なものがあって、ゼミや講読会には不十分。自由の意味と範囲は
苫野一徳「『自由』はいかに可能か 社会構想のための哲学」( NHKブックス)
国家の介入が制限されるのは「人権」だけではないという議論は
米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 
米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-2 
この章にも自由の制限の例として出てくるヘイトスピーチに関する議論は
 師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書) 
法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社)
法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社) 
法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社)
別冊法学セミナー「ヘイトスピーチとは何か」(日本評論社)
別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)-1
別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)-2
を参照。具体的な自由のなかに政治参加が入っていないのは不十分。自由以外に考慮する原理として正義と公正が入っていないのは不十分。自由と他者の関係は、他者の相互承認、公正の実現、マクシミン原理を使うと自由の範囲と制限がよりよくわかるのではないか。これらの議論をみても、自由は結果ではなく、構想を実践する過程なのだなあ、というのがわかる。自由は常にあるのではなく(さまざまなルーティンでは自由は意識されない。構想を実践する意欲や欲望の現れにおいて現れ、行為の完了とともに消える。まるでジャンケレヴィチが考える音楽みたい。)
(政治参加の自由、共和主義などを考えるときに、アーレントやサンデル、アマルティア・センなどの考えを参照することは大事。アーレントとサンデルの概要はカテゴリーから。アマルティア・センの考えは
2014/06/05 アマルティア・セン「貧困の克服」(集英社新書) 2002年
2016/07/7 アマルティア・セン「人間の安全保障」(集英社新書) 2006年
を参照。)

5 正義 ・・・ (この章は全く不十分。なので、サマリーは作らずつっこみだけにする。正義の類型を分類する。個人の行為と社会正義。分配的正義と交換的正義。この章では正義をリソースの分配で検討する。なので平等であることを要求する。でも平等は人々に有意な差異がないときには成り立つが、実際には差異が存在するので分配は平等にはならない。ロールズは格差原理でもっとも不利な人の便益が最大になるように分配されることを要求するが、著者は一定程度(健康で文化的な生活を送れるくらい)に制限し、好運や努力で成功した人が多く分配されることを肯定する。正義を最大多数の最大幸福とみるような功利主義とする立場だ。功利主義では、ドスト氏が「カラマーゾフの兄弟」などで弾劾するように虐げられ辱められる少数の人々を肯定する。それでは正義にならないというのが、最近の了解事項。正義はここ数年の関心事項なので、興味を持って読んだが、期待外れだった。)
ロールズの読書は挫折したので、このブログではサンデルとアマルティア・センの議論を参考に。)

6 フェミニズム多文化主義 ・・・ 近世になってから議論されてきた政治哲学(本書1~5章)は女性とマイノリティを無視してきた。これは政治(学を含む)の怠慢で、無視されてきた人の保障の欠如を意味する。女性とマイノリティは選択肢の範囲が制限されていて、社会的な制限や偏見に傷ついていて、余分なコストを払わされている。
(内容は薄いので、参考文献などで補完しましょう。本書では問題のありかさえわかりません。マイノリティ問題のうちヘイトスピーチは「反差別カテゴリー」のエントリーを参照。)

7 ネイション、国家、グローバルな正義 ・・・ 古代から近世の都市国家ギリシャのポリスやイタリアの貿易都市など)は外敵脆弱性で滅んだ(より大きな帝国や国民国家には対抗できない)。都市国家では目に見える政治的共同体に忠誠を尽くしたが、国民国家ではネーションが統合の象徴になる。ネーションには隣国への反目や憎悪から生まれる側面がある。ネーションと国家は互いに強化しあう(ときに国民を弾圧して搾取する)。一方ネーションは社会正義や福祉の義務を国民が引き受けるモチベーションになる。20世紀後半からは国民国家を超える動きができている。グローバル企業や国家間経済協力圏など。国民国家に代わるグローバルな政治的権威は構想されるが、人々の政治参加ができない、専制化、政治運動で選抜されたものではないものに権力集中などの問題がある。
(内容は薄いので、参考文献などで補完しましょう。「政治」や「経済」カテゴリーにも参照できるエントリーがあります。)
2017/05/26 宮島喬「ヨーロッパ市民の誕生」(岩波新書) 2004年
2019/07/12 庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1 2007年
2019/07/11 庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2 2007年

 

 

デイヴィッド・ミラー「はじめての政治哲学」(岩波現代文庫)→ https://amzn.to/4a8jhal

 

 イギリスの上流階級が政治や経済のリーダーシップをとることになるような人々に向けて解説したという趣き。女性やマイノリティの生活がしにくいとか、グローバル化で資本主義のゴミを一手に押し付けられているグローバルサウスの人たちの苦しさとか、失業で金も家もない人の厳しさとかは遠くにあるよう。国際会議で議論している人たちが参考にしているのだろうな、とも。
 もっと地面にちかいところで政治哲学を学ぶべきなので、とりあえず有斐閣が大学生向けに出版している政治学や政治哲学の教科書のほうが読みでがあります。
2020/11/05 北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-1 2003年
2020/11/03 北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-2 2003年
2020/11/2 加茂利男/大西仁/石田徹/伊藤恭彦「現代政治学 新版」(有斐閣アルマ)-1 2003年
2020/10/30 加茂利男/大西仁/石田徹/伊藤恭彦「現代政治学 新版」(有斐閣アルマ)-2 2003年
2020/10/29 川崎修/杉田敦編「現代政治理論(新版)」(有斐閣アルマ)-1 2012年
2020/10/27 川崎修/杉田敦編「現代政治理論(新版)」(有斐閣アルマ)-2 2012年
2020/10/26 藤田弘夫/西原和久編「権力から読みとく現代人の社会学・入門(増補版)」(有斐閣アルマ)-1 2000年
2020/10/23 藤田弘夫/西原和久編「権力から読みとく現代人の社会学・入門(増補版)」(有斐閣アルマ)-2 2000年