odd_hatchの読書ノート

エントリーは3600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2026/7/3

ジョン・ディクスン・カー「魔女の隠れ家」(創元推理文庫)-2 幽霊屋敷の謎を幽霊ハンターは解けないので、合理精神と科学知識で武装した探偵が解決する。

 過去に大半のカーを読んだので、そこから俺が厳選した秀作を読み返すことにする。その初め。
 サマリーと前回の感想は以下。
 ジョン・ディクスン・カー「魔女の隠れ家」(創元推理文庫)
 M.R.ジェイムズを読んだときに、この短編を発端にしてカーは探偵小説を書いているのだなと思った。まさにそれが本作(と30年代の諸作)だと確認した。
 英仏海峡沿いの街チャターハムにある牢獄は代々スターバース家が所長を務め、厳格な長子相続の掟をもっている。当主の死後、所長室に一人で閉じこもり巨大な金庫の中身を確認するという儀式をしなければならない(まるでピーク「ゴーメンガースト」みたい)。しかも所長になったものは首の骨を折って死ぬというジンクスがある。この呪われた家で、アメリカに逃げていた息子が帰ってきて、この儀式を執り行うことになる。不吉な予感があるので嵐のなかフェル博士らが監視している。深夜、明りが消えたのをみて、彼らが「魔女の隠れ家」となずけられた塔に向かうと、息子は塔の下で首の骨を折って死んでいた。塔には誰も出入りしていないのに、多くが監視していたのに、どうして死んだのか。
 こうしてみると、本作は幽霊屋敷に起きた怪異譚を幽霊ハンターが謎解きしようとしたが失敗したので、オカルティズムではなく合理精神と科学知識で武装した探偵が解決する話になる。ここがカーによる怪談の近代化。というかポー「モルグ街の殺人」の直系であることが明白になる。このあと、カーはそこにこもると必ず死ぬといわれる部屋に閉じこもり衆人の監視があるなかで殺されるというストーリーをたくさん作った。思い出すだけでも「赤後家の殺人」「プレーグ・コートの殺人」「三つの棺」「震えない男」などがそう。。カーは「密室」派といわれるけど、彼はもう少し設定に縛りを入れている。迷信や妄想に基づく人間の行為、それを不審に思う衆人の監視というのがあるのだ。そこには「幽霊屋敷」の憑き物落としというテーマもある。なので幽霊ハンターが出てこないアメリカの「密室」殺人や幽霊屋敷ものとは一線を画している(「グリーン家」「Yの悲劇」など)。30年代のカーの探偵小説はこういう怪奇小説の約束事が前提にある。気を付けるようにしよう。
(乱歩はカーの「怪奇趣味」とまとめるが、それだけでは不十分。シェリー「フランケンシュタイン」以降のイギリス怪奇小説の歴史を継承していること。イギリス怪奇小説の趣向(幽霊屋敷、吸血鬼、動物磁気、催眠術、テレパシー、ドッペルゲンガーなど)を再解釈していること。この二点でみるべき。)
 主人公はタッド・ランポールというアメリカの青年。作中では「魔女の隠れ家」の関係者がアメリカ人を嫌い不審がっている。ヨーロッパで異邦人であるアメリカ人がどう思われているかがよくわかる。他の作でもアメリカ人は揶揄や嘲笑の対象だった(イギリス人のクリスティが見るアメリカ人も同じ)。でもあからさまな差別の対象にならないのは、見た目で区別できず、金をもっているところ(あと反ユダヤ主義が猖獗していた)。複雑な見方をされていたのだ。
 そのランポールくん(このあと「帽子収集狂」「三つの棺」に登場)はロンドンの鉄道駅でスターバース家のお嬢さんに一目ぼれ。こうしてスクリューボール・コメディが始まる。ゴシック小説にはロマンスが付き物。お嬢さんも家の中のごたごたにはうんざりしているので、新風を吹き込む異邦人の自由に心奪われる。カーの特長はこういうところ。謎解き以外の物語も同時進行しているのだ。読者は二つかそれ以上の物語を同時に読むことが必要になる。(あと、1933年当時、イギリスではウィージャー・ボード(日本のこっくりさん)が流行っていたとか、テニスに注目が集まっていたとか(プロが巡業していた。女性プロテニスプレーヤー「ランラン」が人気)、クロスワードや暗号などのパズルを熱心にやっていた(19世紀初頭の婦人雑誌にのっていた数学問題が大人気なって以来の伝統)などの風俗描写もみましょう。
 小説はロンドンの駅で始まり、犯人逮捕はチャターハム(架空の町)の駅で行われる。汽車に始まって汽車で終わるという仕掛け。「連続殺人(自殺)事件」に継承されるし、当時のロマンス映画でも駅は出会いと別れでよく使われたところ。映画的な書き方をしているのだね。
 事件の解決もさまざまな人がそれぞれの思惑で動いたので複雑になったのを解き明かすというもの。なかなか複雑なのをひとつにまとめている。一見不可解な事件も、関係者の思惑をみるとリアルあるものと納得する(トリックの新規性などで評価しないでね)。怪奇趣味をはぎとって事件の構図だけを見ると、クリスティみたいです。涙香の「幽霊塔」みたいな暗号が出てくるのもよい。バンコランものはいま一つという感じだったのが、ここで一皮むけて世界作家になれました。カーの秀作トップ10に入るか入らないかくらいの佳作です。もっと高評価しましょう。

 あとはトリビア風に。フェル博士は

「昔のイギリスの数々の栄光やスポーツのこととなったら、それこそ大変だ。彼の好きなものは、バンド音楽、メロドラマ、ビール、ドタバタ喜劇なんだ。偉大な子供さ。きみも好きになるよ」

という具合に、「オタク」という言葉概念が出てくる前にいた元祖オタクのひとり。

「いわゆる〝殺しの仕掛け〟についてはよく知っている。暗闇の中へ人をすべり落す階段、天蓋が下降してくるベッド、毒針が隠されている家具、弾丸を発射したりナイフで人を刺したりするする時計、中に銃が仕掛けてある金庫、分銅が落ちてくる天井、体温であたためられると毒ガスを発射するベッド等々――実際にあり得るのもあれば、奇想天外なのもある。ここで白状すれば」

とフェル博士は殺しの仕掛けに関する事例収集家。ここに集めた事例も、この後の事件で使われたものがありそう(タイトルをあげられないのが残念)。ああそう。乱歩も「奇妙な殺人方法(「探偵小説の謎」所収)」のエッセイで、収集した「殺しの仕掛け」を展示していました。二人は気が合いそう。

 

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カーター・ディクスン「黒死荘殺人事件」(講談社文庫) 霊媒師のいかさまを暴いたら密室殺人が不可解になってしまった。平井呈一が訳した海外探偵小説3つのうちのひとつ。

 平井呈一訳の「黒死荘殺人事件」をグーテンベルク21のKINDLE版で入手できたので、8年ぶりに再読した(理由不明だが、平井呈一訳はグーテンベルク21からなくなり、別人訳に変えられました)。
前回の感想は下記。
ジョン・ディクスン・カー/カーター・ディクスン「プレーグコートの殺人」(ハヤカワ文庫)
 前回に詳しく読んだものだから、特に付け加えることはないや。いくつかをメモ代わりに。
1.1930年代は不安の時代で、その反映でオカルトが流行していた。その時代の1934年にオカルトをコケにする本書が出ているのが興味深い。前半の怪奇性を醸すためにカーの筆が立っているので、後半のデバンキングが際立つ。いかさま霊媒師の部屋を捜査しながら設置された機器を解体してるとき、それを見ているビリーバーのお婆さんが声を出さずに涙を流しているのが印象的。
〈参考〉霊媒師のデバンキングの例
2020/09/07 アガサ・クリスティ「シタフォードの秘密」(ハヤカワ文庫) 1931年
 ヘイク・タルボット「魔の淵」(ハヤカワポケットミステリ)1944年
2.デビューからしばらくの間、カーの小説は前半の怪奇性と不可能犯罪がとてもよくできているのに、後半になるとグダグダになる展開が多かった。バンコランものや「赤後家の殺人」など。本書がその癖に引っ張られなかったのは、HM卿初登場で彼にコメディリリーフをさせたことと、1の霊媒実験のデバンキングをさせたこと。おかげで、第二の事件からわかる「証拠」「伏線」をすっかり見逃してしまい、しかし読む興味が損なわれなかった。
3.HM卿登場時に、マスターズらとこの事件の密室を検討する。彼らは探偵小説にも造詣が深そうで、読書に裏打ちされたこういう発言をする。

「ひょっとすると、犯人が行っちゃってから、(被害者の)ダーワースが自分で閂を締めたり、心ばり棒をかったりしたんじゃないかなと、そんな気がしたものですから。」
「犯人が学問上まだ知られていない毒ガスを、部屋の外から鍵穴を通して吹きこむ。部屋のなかの男は、その毒ガスを吸って、たちまち頭がへんになって、自分でのどをしめて死んでしまうというんだ。ははは。それからまだある。睡眠中にやはり毒ガスを吸って、きゅうに体にえらく元気がついて、ベッドの上でえいととび跳ねたら、天井のシャンデリアの先に頭を突き刺して死んでしまう、というのも読んだ」
「こんどの事件だって、これを詩的に比喩的に考えれば、犯人の手口を的確にいうとすると、鍵穴からこっそり忍びこんだともいえるからな」

 本書では「ありえん」と一笑に付されたこれらの発言をカーは拾い上げて、のちの長編にしたのではないか。思わず筆が滑ってできたこれらの文をこねくり回して、カーはアイデアをえたのではないか。「三つの棺」1935年の密室講義も本書のHM卿の口のはずみから生まれたのではないか。そういう妄想をするのは楽しい。
4.平井呈一の膨大な翻訳のうち、探偵小説3つ(ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」、クイーン「Yの悲劇」と本書)を全部読めた。怪奇ものの翻訳までは手が回らない。
ヴァン・ダイン「僧正殺人事件

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クイーン「Yの悲劇」

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カーター・ディクスン「赤後家の殺人」(創元推理文庫)-2 そこで寝た人はすべて不審死を遂げるという古い家にある開かずの間の殺人事件

 前回から14年を経ての再読。きちんとメモを取らなかったので、初読に等しいのだが、犯人と方法は鮮明に覚えていた。そこでカーのうまさを確認することになった。

2010/11/25 ジョン・ディクスン・カー/カーター・ディクスン「赤後家の殺人」(創元推理文庫)
 ロンドンの真ん中に1751年に建てられた古い屋敷がある。この家には因縁があって、建築した当主の二代目がとんだ冒険家。1792年にフランスに渡り美しい娘と恋仲になったものの、フランス革命後の恐怖政治とイギリスの参戦は彼の立場を危うくした。娘に窮地を伝えたら、実家に逃げようと言い、着いたのは代々処刑事務を担当しているサムスン家。のちに夫婦は2人でロンドンに逃れ、結婚祝いの家具を持ち込んでいた。この夫婦が亡くなった後、家具を入れた部屋では一人で寝ると毒殺される事件が相次いで起こった。1850年ころに部屋は開かずの間になったが、1933年の不況のおり、土地を買いたいという業者が現れたので、現代の当主は売却することにした。そして解体が始まる前に、開かずの間に一晩籠って伝説のように殺されるものを決めようといいだす。
 そこでサー・マントリングの通称「赤後家(red widow)」に一族の関係者が集まり(閑だ退屈だという語り手にこの時刻にここに行けばキミを呼び止める者がいるといわれ、そのとおりにすると屋敷に招待され事件に巻き込まれるという冒頭はとてもよい)、トランプのカードをひいて選ぶことになった。ひとくせもふたくせもある連中がポーカーフェイスで札を開けていくシーンはスリリング。最近出入りするようになった精神科医がスペードのエースを引き当てて、部屋にこもる。15分ごとに声をかけるときちんと返事がある。では規定の二時間が過ぎたので出て来いというと、こと切れているのが見つかった。しかも死んだのは1時間も前。いったい誰がどうやって出入りした。この「実験」に関わったものは全員アリバイがある!
 高校時代の初読の時にもっとも昂奮したのは古い家にある開かずの間という設定。百年人の出入りがないのに、カギはスムーズに開き、室内はきれいに掃除してある。ここで、おお、といってしまったのは、「グリーン家殺人事件」と「Yの悲劇」を読んでいたからに他ならない。あいにくここには本は収蔵されていなかったが、フランス革命時代の家具は怨念を醸造するに十分である。
 この家には何もしないぐうたらがいるが、古代の武器に関心があり、多数の古武器が置いてある。どうやら死因になったクラーレは矢じりから抽出されたものと思われる。さらに最近犬やインコがむごたらしく殺されていて、殺された精神科医がいうように「異常者」が邸内にいるとしか思えない(というのは偏見であるが、1933年当時では問題にされなかった。小栗虫太郎「黒死館殺人事件」
(という感想をもったが、ここは英国怪奇小説の伝統である幽霊屋敷であると考えるべき。)
 エンタメなので、登場人物はどれも類型的であるが、それを会話だけで区別できる筆力がカーにはある。上流階級に住まうものは、ジェントルでなければならず、物腰やわらかで丁寧な口調であるのだが、口にする言葉の端々から、気どり・慇懃無礼・皮肉・見下し・ヒステリー・冷笑などの区別がつくのである。こういう会話の妙は日本のエンタメにはまずみられない(地の文で説明してしまうのは本邦作のわるい所)。前にあげた二作が屋敷のひとだけが登場するのに、カーではそうでないキャラも重要になる。家庭医ではない医師がふたりいたり、フランス人の家具専門家が呼ばれていたり。彼らがその家にいる理由も合理的。キャラの配置と役割分担もうまいんだよね。
 捜査が進むと一人に容疑が進み逮捕状を出そうというところで殺されてしまう。振り出しに戻る。家にいるものたちは、邸内で喧嘩したり、秘密を暴露しあったりと角突き合わせる。毒の出所が分からなくなる。ますます事態は紛糾し、誰にも容疑がありそうで決定的な証拠も推論も生じない。でも、ひとつのできごとから一気に推論が動き出す。被害者がひげ剃りで傷をつけて洗面台に血がたくさん流れていたという証言がそれ。ここから怒涛の勢いで推理が進行する。前半3分の1までに書かれたさまざまな伏線が犯行の物語に回収されていくさまはみごと。
 犯人逮捕のコンゲームや解決のみごとさは、なるほど江戸川乱歩のいうように、カー作品の中で第一級。ここには文句のつけようがないが、400ページの間ほとんど屋敷の中に閉じこもっていて、外に出る機会がないのでどうにも息苦しいな。H・M卿もどたばたをやらないし。チェスタトンみたいな哲学論議もやらないし。最後の3分の1はサスペンスももりあがらず、グダグダ気味です。前半の不可解事件や捜査の緊迫感はよかったのに。再読して評価は少し落ちた。
 イギリス上流階級が閉鎖的な密室を作って、貴族的なふるまいをしている中で起きた物語。これはゴシックロマンスの方法で、カーのほとんどは踏襲している。でも、1930年代になると、上流階級はほぼ没落している。本書でもマントリング卿は家を売らなければならないし、係累はのこっていないし。ゴシックロマンスは20世紀前半でも時代遅れだった。そのアナクロを埋める視点や技法はカーにはなさそう。本書で最も生き生きしているのは、フランス革命時のイギリス貴族の冒険を語る時だった。WW2以後になって、上流階級もジェントルもなくなってしまえば(カズオ・イシグロ「日の残り」のように貴族の消滅は執事もなくなることを意味する)、カーは「現代」を書くことができない。「ビロードの悪魔」「火よ!燃えよ」のように探偵小説味を残した歴史冒険小説に移行するのも必然だった、といえる。

 

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