odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

笠井潔

笠井潔「天啓の器」(双葉社文庫)-2 小説を書くことは日常性に頽落している存在から宇宙的とか超越的とかの存在との交感ないし飛翔を目指す「革命」運動。そうなんすか?

2016/03/14 笠井潔「天啓の器」(双葉社文庫)-1 の続き このような「探偵小説」の謎解きに同時進行するのが、「ザ・ヒヌマ・マーダー」というテキストの話。読者は物理現実にある中井英夫「虚無への供物」を読んでいて、乱歩賞に前半2章で応募され最終審査…

笠井潔「天啓の器」(双葉社文庫)-1 読書前に「ザ・ヒヌマ・マーダー」「尾を食らう蛇(ウロボロス)I」「尾を食らう蛇(ウロボロス)II」に相当する読者の物理現実に存在する本を読んでおけ。

まず諸言で、「ザ・ヒヌマ・マーダー」「尾を食らう蛇(ウロボロス)I」「尾を食らう蛇(ウロボロス)II」に相当する読者の物理現実に存在する本を読んでおくといいとすすめられる。それぞれ、中井英夫「虚無への供物」1964年、竹本健治「ウロボロスの偽書」…

笠井潔「天啓の宴」(双葉文庫)-2 章が変わるごとにどちらがリアルで、どちらが小説なのか、わからないようにしている。地と図、額縁と絵の関係はぐちゃぐちゃになって、決定不能になる。

2016/03/10 笠井潔「天啓の宴」(双葉文庫)-1の続き。 こういう惑わしというのは、作者名のあいまいさにくわえてもうひとつ。とりあえず第2の影山真沙彦版「天啓の宴」は、奇数章と偶数章の語り手がそれぞれ別にいるのだが、それぞれが自分の作品ないし小説…

笠井潔「天啓の宴」(双葉文庫)-1 「天啓の宴」は失われたテキストである「天啓の宴」を探索する物語。

「天啓の宴」は失われたテキストである「天啓の宴」を探索する物語。かつて「作者」を除くと5人しか読まれたことのない「天啓の宴」は、おそるべき影響力を持ち、読者の文学的生命を失わせるにいたった。そして、この因縁深い「天啓の宴」を読みたいと欲望す…

笠井潔「魔」(文春文庫) 私立探偵・飛鳥井の第2短編集。依頼人に介入してセラピーやコーチングを施すセラピストと家政婦は私立探偵に似ている。

私立探偵・飛鳥井の第2短編集。当初の構想では、もうひとつ中編が加わるはずだったが、大きくなりすぎて長編にするつもり。ということだったが、2015年末現在で続編はでていない。 追跡の魔 ・・・ 解説に初出情報がないが、背景にペルー日本公邸占拠事件が…

笠井潔「道 ジェルソミーナ」(集英社文庫) 私立探偵・飛鳥井の第1短編集。ハードボイルド探偵は日本の問題を皮相的にしか捉えられない。

私立探偵・飛鳥井の第1短編集。出版は長編「三匹の猿」がはやいが、短編のいくつかは先にでていて、「硝子の指輪」では飛鳥井の過去が詳しい。 硝子の指輪 1993.05 ・・・ 飛鳥井の初登場作。アメリカでの結婚生活と破綻が詳しく語られる。私立探偵の不安定…

笠井潔「三匹の猿」(講談社文庫) 私立探偵・飛鳥井シリーズの長編。日本の「父」はあまりに弱弱しく象徴的な父殺しができず、母性の甘ったるさに取り込まれる。

私立探偵・飛鳥井シリーズ。現在(2015年)までの唯一の長編。1995年初出。 飛鳥井は1940年半ばの生まれと想像できて、20歳前後の若いころにアメリカにわたり、私立探偵の仕事をする。現地の女性と結婚したが、折り合いが悪く、エイズで亡くなった後、帰国し…

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-3 自己観念は現実や世界認識との挫折で転倒する「党派観念」。階級意識によって参加する革命党。

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-1 笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-2 4 党派観念 第十章 観念の顛倒 ・・・ 自己観念は現実や世界認識との挫折で、党派観念に転倒する。そのきっかけはこの論ではよくわからないけど、自分の把握し…

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-2 共同体成員が共有する「共同観念」と共同体の外の組織が構成する「集合観念」。

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-1 2 共同観念 第四章 観念の矛盾 ・・・ 個は自分で観念を創出するのだが、一方で所属する共同体が共有する観念を個に押し付けてくる。共同観念は「死」とか「宗教-法-国家」とか「道徳」とか。まあ、その成立…

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-1 左翼運動がテロリズムに傾斜していく理由について。「自己観念」の発生と欺瞞・背理。

新左翼運動から撤退した著者がフランスにいって書き溜めた。それがこの本のもと。出版するところはなかったが、いくつかの奇縁が重なってエンターテイメント作家として小説を発表するようになり、あわせてこの本も雑誌連載ののち加筆訂正されて1984年に出版…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-3 「閉ざされた山荘」「孤島」では探偵は被害者の一員に含まれてしまい、探偵の優位性や公平性が失われる。不可視の犯人=権力者の意思に探偵も自律的に犯人の規律に従う。

2013/09/27 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 2013/09/30 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-2 ここでは「権力」が問題にされる。というのも「閉ざされた山荘」「孤島」では、犯人と被害者が同じ場所に閉じ込められ、逃げる場所がない。そう…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-2 愛の現象学。共同体から離脱した独我論者には、「殺す」や愛の対象としての他者はいないので、共同体の成員には愛の応答をしない。

2013/09/27 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 前作「哲学者の密室」のラストでナディアは死の哲学を克服するのに、愛の可能性を示唆した。本作で愛の現象学が語られる。きわめて図式的にまとめるとこんな感じ。 愛には様々な形態と対象がある。でも…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 1985年のギリシャの孤島で、ギリシャ神話とフーコーとHIVが邂逅する。

2002年初出。前作「哲学者の密室」の発表から10年。でも、小説内の時間は半年もたっていない1975年。重要なモチーフにHIVと後天性免疫不全症候群があり、アメリカ西海岸のゲイコミュニティで蔓延し始めたという記述がある。そういう報告が実際に出たのは1981…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-4 ブランキとデュパンの会話は、将来書かれるだろうニコライ・イリイチと矢吹駆の対話の前駆か?

2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 2013/09/24 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 2013/09/25 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-3 の続き。 オーギュスト・デュパンはこの事件の全体を「群衆の悪魔」の仕業、、というのだが、その議論はよくつかめ…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-3 連続殺人事件に巻き込まれたシャルルがデュパンの助けでハードボイルド探偵になる。

2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 2013/09/24 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 の続き。 ようやく物語をまとめるところにきた。 1848年パリ周辺で以下の事件が起きる。 1)田舎でベルトラン婦人が暴漢に殺される。彼女は若いころ、貴族の私生…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 絶対王政が打倒され産業革命が進むと、人々は共同体を離れ都市で無名で無階級の群衆になる。

2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 の続き。 その変化を探偵たちはパサージュを通じてみた「群衆」の現れにみる。群衆は都市と産業化によって誕生した新しい人々の群れ。その特徴を探偵は以下のようにまとめる。 1)徹底的に他人 2)階級的性格…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 時代は1848年、場所はパリ。2月革命がなった都市には、バルザック、プルードン、マルクス、デュパンらがいた。

1996年初出。時代は1848年、場所はパリ。 この1848年という年はヨーロッパにとって重要。19世紀前半の政治体制であったウィーン体制が崩壊。まあ、多くの国で君主が追放されたのと、抑圧の権力が新たに生まれたということで。この面は後で詳述。もう一つは、…

笠井潔「梟の巨なる黄昏」(講談社文庫) 世界を破滅させることをもくろむ書物は世界を憎む人の憎悪を増幅し、正当化の根拠を与える。

世界を破滅させることをもくろむ書物。その書物の読者は、世界に対して憎悪をもち、破壊しようとする。そのような書物として作家が構想したものには「黄昏の館」があった。「黄昏の館」ではそれを書くことにより、世界と自分への憎悪と嫌悪が開示されるもの…

笠井潔「国家民営化論」(知恵の森文庫) 国家廃棄や止揚のためのアナルコキャピタリズムの提案。「自己責任論」が行きついた先はこれ。

20世紀を大量死の世紀と定義したときに、大量死をもたらしたものとしてファシズムと共産主義がある。前者は自由主義国家によって壊滅し、後者は自壊した。キーワードは個人の自由である。で、残された自由経済主義的資本主義国家であるがこれが問題の解決を…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-6 本書は「バイバイ・エンジェル」ないし「テロルの現象学」以来の作者の主題である観念論批判の総決算であり観念論の象徴としての現象学批判。

2013/09/17 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-5 1992年に筒井康隆は朝日新聞の書評欄に連載を持っていて、同時期にこの本がでたので取り上げられた。「富豪刑事」の神戸刑事が書評するという趣向。そこで指摘されていたことを思い出すと、 ・現在(1976年)…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-5 本来的自己の可能性を見出す契機は死を見つめるほかにも、愛や他者の発見がある。

2013/09/16 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-4 というわけで、ハルバッハの死の哲学とその兄弟的なところにあるレーニン主義では、20世紀の収容所群島を克服できない。 では、どこに希望を持つか、ということになる。ハルバッハの死の哲学では、死は特権的…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-4 絶滅収容所をみたドイツ人の衝撃と、戦時の大量殺戮を隠蔽し続けた日本人の欺瞞。

2013/09/13 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-3 もちろん1940年代前半、このような絶滅収容所の存在は秘匿されていた。しかし多くのドイツ市民はうわさを聞いていたという。なぜか。隣人が突然失踪し、あるいは隣人が前線から傷病兵として帰還していたから…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-3 日常的堕落の消費社会は人を無個性化・無名化し、死の哲学の組織(絶滅収容所とか前線の軍隊とかテロ組織とか)もまた人を無個性化、無名化する。

2013/09/12 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-2 ハルバッハは、死の不可能的可能性が生の可能性を照射し、生を有意義なものに変えて本来的自己を回復するものであるという。とはいえ、自分らのような凡庸な頭脳の持ち主はこの図式を倒錯させてしまう。とい…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-2 大哲学者ハルバッハ曰く「死は恐れるものではなく、むしろそこに積極的に関与し死をまっすぐ見つめることが自己の改革を実現する道」

2013/09/11 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-1 以下は誤読を含む自分のまとめ。 19世紀は1918年の第1次大戦の終了とともに終わる(あと同年のロシア革命も契機)。1789年のフランス革命から始まった19世紀を特徴つけるのは「市民の時代」であること。ここ…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-1 事件の関係者のほとんどがナチの絶命収容所の脱走事件にもかかわる。現代の密室事件は生と死の決定不可能性を暴露する。

1975年初夏のパリ。今年は冷夏と思われる寒い日が続く。現象学の権威ハルバッハ教授がパリを訪れ、講演会や対談を行っている。高齢のため最後の外遊と思われ、哲学科の学生ナディアは彼に興味を持ち、主著「実存と時間」を読んでいた。 さて、フランス屈指の…

笠井潔「黄昏の館」(徳間文庫) 遅れてきた正統派日本版ゴシックロマンス。複数あるらしい「黄昏の館」は入れ子状態。

宗像冬樹という作家がいる。この呪われた作家は「天啓」シリーズの重要キャラクターであるので、覚えておくこと。現在29歳で2年前に「昏い天使」という小説で新人賞を取り、ベストセラーになっていた。しかし第2作「黄昏の館」はタイトルのみ発表しているも…

笠井潔「エディプスの市」(ハヤカワ文庫) 1980年代に書かれた短編、ショートショート。

1980年代に書かれた短編、ショートショートを収録。 エディプスの市 ・・・ 地球壊滅状態のドーム型都市。母親と息子の同棲、娘の共同生活、サイココンサルタントだけが年の住人らしい。その都市の自己保存システム。家族を解体しても、性の衝動は残る。それ…

笠井潔「ヴァンパイア戦争 1」(角川ノヴェルス) 1980年代のオルタナティブな流行思想をごった煮にして世界革命を妄想する日本版吸血鬼伝記小説。

もとは野生時代に連載され、直後に角川ノヴェルスで単行本化。その後角川文庫になり、今世紀になって講談社文庫に収録された。ノヴェルス版ではイラストは生頼範義氏だったが、講談社文庫になるとキャラクターを昨今の美少女アニメ風のイラストで紹介してい…

笠井潔「サイキック戦争」(講談社文庫) 日本の根っこにつながる一族の血に覚醒した英雄が人類の巨悪=ファシズムを打倒して宇宙革命に参加する。

あなたは炎の竜に君臨する王者――謎の女の言葉はいったい何を意味するのか。呪われた地を封印するべく信州山深く籠っていた竜王翔は、虐殺と地獄絵さながらのカンボジアに潜入。密林の中で翔と<金色の目の男(レジュー・ドール)>との超能力が激突する。未…

笠井潔「復讐の白き荒野」(講談社文庫) 本土決戦に参加できなかった右翼青年の遅れてきた戦争。大江健三郎「政治少年死す」と三島由紀夫「豊穣の海」に対する作家の返答。

北方四島近海で漁船が拿捕される。当時、ソ連の漁船を対象にしたテロ攻撃が頻繁にあったからだ。その漁船からは武器弾薬などが発見されスパイ容疑がかけられ乗組員は収容所に収監される。それから5年、国後島の収容所を脱走した間島勲は己の無実を証し、彼を…