odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

中南米文学

中南米文学 INDEX

2014/11/04 アドルフォ・ビオイ=カサーレス「豚の戦記」(集英社文庫) 2014/10/31 アドルフォ・ビオイ=カサーレス「モレルの発明」(書肆風の薔薇) 2014/11/10 アレッホ・カルペンティエール「失われた足跡」(集英社文庫) 2014/11/07 アレッホ・カルペ…

今津晃「世界の歴史17 アメリカ大陸の明暗」(河出文庫) 西欧が植民地経営にこだわったカリブ海周辺と南アメリカは停滞し、手を引いた北アメリカは奴隷制があったために発展した

中南米文学を読んでいながら、ラテンアメリカの歴史を知らないのに気付いて、手軽な通史を読むことにする。 アメリカの歴史は15世紀の西洋による「発見」以降として書かれないのは不幸で、不当なこと。マヤ文明やインカ帝国の長い豊かな歴史があるはずなのに…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「汚辱の世界史」(岩波文庫) 断片であって、全体は判然としないとしても、そこにはすべてが書かれている、その断片でもってその小説世界のすべてはわかる。

ボルヘスについてはたくさんの研究本がでている(たとえば、持っているのに雑誌ユリイカ1989年3月号「ボルヘス」がある)ので、素人読者の自分がなにかを訳知り顔でなにごとかいうこともあるまい。 集英社文庫の「砂の本」には、「汚辱の世界史」ほかの短編…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「伝奇集」(岩波文庫)「八岐の園」 伽藍のすばらしさに感嘆させておいて、足元をすくって、どこにも足場とか根拠がないのを示し、読者を不安にさせて、そのまま終結。

ボルヘスの(たぶん)真骨頂である短編集を読む。 八岐(やまた)の園(1941年) プロローグ ・・・ 「長大な作品を物するのは、数分間で語りつくせる着想を五百ページにわたって展開するのは、労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。よりましな方法は、それ…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「伝奇集」(岩波文庫)「工匠集」 一個の固有名にたくさんの情報を圧縮。固有名から広がる連想やイメージが豊穣にあり、読者が想像を楽しむ。

工匠集(1944年) プロローグ ・・・ 「出来は多少ましだが、この本の作品は前の本におさめられた作品と同工異曲である。」とはなんと御謙遜を。「ショーペンハウアー、ド・クィンシー、スティーヴンソン、モースナー、ショー、チェスタートン、レオン・ブロ…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス/アドルフォ・ビオイ=カサーレス「ボルヘス怪奇譚集」(晶文社) 二人の書淫(解説者の言)が図書館中の本を読み漁って、「物語の精髄」を精選した92個。

二人の書淫(解説者の言)が図書館中の本を読み漁って、「物語の精髄」を精選した92個。その作者にはチェスタトン、モーム、スティーブンソン、モーム、ヴァレリー、Oヘンリー、カフカというなじみの名前もある一方、知らない中国やイスラムの物語作家の名前…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「ブロディーの報告書」(白水社) 登場人物はブエノスアイレスのならず者か、草原地帯のガウチョたち。1900年から1930年ころまでのマッチョな連中の物語。

1970年。作者70歳。登場人物はブエノスアイレスのならず者か、草原地帯のガウチョたち。1900年から1930年ころまでのマッチョな連中の物語なので、とりあえずBGMは、Carlos Gardelの歌とAstor Piazzollaの「El Tango」にしてみた。初期タンゴのスターである前…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス「砂の本」(集英社文庫) 極度に圧縮されて乾いているような文体と、非歴史的な時間と、「奇妙な味@江戸川乱歩」風の作風。

集英社文庫版は「砂の本」と「汚辱の世界史」の合本。このエントリーでは、13の短編からなる「砂の本」を読む。1975年初出。 他者 ・・・ 1969年、ボストン近郊ケンブリッジで、懐かしい歌の一節をうたっている青年がいた。70歳の「わたし」は青年にこえをか…

イサベル・アジェンデ「神と野獣の都」(扶桑社文庫) インディオという異郷・異文化のルールや世界認識を自覚し、自分の住む世界の変革を志す。英雄は西洋化された世界では異端であり、孤独。

「アメリカ人少年アレックスは、母の病いに意気消沈する、気弱な15歳。そんな彼が、ひょんなことからアマゾンへの探検隊に参加する羽目に!探検の目的は、謎の人間型生物「野獣」の探索だ。アレックスは、同じ年ごろの少女ナディアと出会い、現地の呪術的…

イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 資産家トゥルエバ一族のほぼ四代にわたる家族の肖像。軍事政権・不況から脱出する未来ないし希望というのはこの「女性的なるもの」の豊穣さにこそある。

ガルシア=マルケス「百年の孤独」を読んだ(1990/6/18)半年後に、この本を購入しておきながら十数年放置してしまった。今世紀初頭にチリの荒野に入植してきた家族に起こる様々な出来事の奔流にのることができず、ほんの数ページで数年分が記述される圧縮さ…

イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-2

2017/06/30 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 1982年 の続き 十年ぶりに再読(2017年1月)。以前は登場人物表しかつくらなかったので、今回はメモを取りながら、章ごとのサマリーをつくった。 小説は、三人称で説明される部分で大枠ので…

イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-3

2017/06/30 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 1982年 2017/06/29 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-2 1982年 の続き 第2世代(クラーラたち)の物語。旧来の大農場経営がうまくいっている一方で、首都は近代化される…

イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-4

2017/06/30 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 1982年 2017/06/29 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-2 1982年 2017/06/28 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-3 1982年 の続き 物語は第3・第4世代…

イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-5

2017/06/30 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会) 1982年 2017/06/29 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-2 1982年 2017/06/28 イサベル・アジェンデ「精霊たちの家」(国書刊行会)-3 1982年 2017/06/27 イサベル・アジェ…

マリオ・バルガス=リョサ「継母礼賛」(中公文庫) 行為そのものの快楽ではなくて、現実の関係や妄想の中から浮かびあがる官能性。

実業家リゴベルトは先妻をなくし、後妻ルクレシアをめとう。リゴベルトは尻の大きなルクレシアを女神のように崇拝し、ほとんど儀式のように愛撫する。家には先妻の息子アルフォンソ(フォンチート)がいて、継母ルクレシアの周囲をつきまとう。彼女の入浴を…

マリオ・バルガス=リョサ「都会と犬ども」(新潮社)-2 現在を語る3つの文体と過去を語るナラティブ。文体に仕掛けられたトリックに気づけるか。

マリオ・バルガス=リョサ「都会と犬ども」(新潮社)-1 の続き。 今度は書かれている内容ではなく、書き方について。 ドストエフスキーの小説をポリフォニックというけど、バルガス・リョサの小説もポリフォニック。すなわち、複数の語り手と文体があり、時…

マリオ・バルガス=リョサ「都会と犬ども」(新潮社)-1 1945年。ペルーの士官学校。軍隊生活は少年たちを鬱屈と暴力的なはけ口にむかわせる。

ころは1945年。ペルーの士官学校。どうやら5年制で13歳から18歳前の少年が集まっている。日中は教育と訓練。それ以外の時間も厳しい生活を強いられる。ベッドメイキングに、歩哨に、朝夜の行進に、模擬戦闘に、武器や軍装の手入れに、と息つく暇がない。と…

アレッホ・カルペンティエール「失われた足跡」(集英社文庫)

1953年作。物語の進行は単純なのにとても読みずらかったのは、時間がさまざまに入り乱れているところ。とりあえず、場所を手掛かりにストーリーを見てみよう。情報を詰め込んだ圧縮された文章で書かれていて、読むのに時間がかかった。細部を忘れているので…

アレッホ・カルペンティエール「時とのたたかい」「種への旅」「夜のごとくに」(集英社) 循環する時間、複層する時間、神話と現実のあいまいな境。

このエントリでは短編集「時とのたたかい」について。併録の「失われた足跡」は別エントリーで取り上げる。 聖ヤコブへの道 ・・・ 時は16世紀の宗教戦争時代か。元学生でいまは巡礼のフアンはインディオス帰りの男の話をきき、ペストで死にかけた運命の贖罪…

アレッホ・カルペンティエール「バロック協奏曲」(サンリオSF文庫) メキシコの新大陸の歴史と西洋の歴史が交錯する幻想交響曲でジャムセッション。

18世紀前半と思しきころのメキシコ。巨富を得た鉱山主が、思い立ってマドリッド詣でに出ることになった。先祖をたどればスペインの生まれであろうが、メキシコ生まれメキシコ育ちの鉱山主にとっては故郷に錦を飾るくらいの意であったのだろう。大量の荷物に…

アレッホ・カルペンティエール「この世の王国」(サンリオSF文庫) 史上初の黒人国家「ハイチ共和国」成立までを無学な奴隷視点で描いた。

この世の王国1947 ・・・ 18世紀半ばから19世紀初頭までのハイチの歴史を語る。視点は奴隷ティ・ノエルにある。この志摩は、アフリカ奴隷貿易の中継基地で、フランスの植民地になっていた。ルノルマン・ド・メジーというフランス人の大農園があり、ティ・ノ…

アドルフォ・ビオイ=カサーレス「豚の戦記」(集英社文庫) ブエノスアイレスで突如起きた青年たちが老人を襲い始める「対豚戦争」の顛末。

1960年代末と思しき。ブエノスアイレス、アルゼンチン。この国を簡単に振り返ると、1900年代初頭から移民を受け入れてきた。主に、スペイン、イタリアから。というのも、欧米企業がプランテーション型農園の経営に投資していたから。一時期は好景気。フリッ…

アドルフォ・ビオイ=カサーレス「モレルの発明」(書肆風の薔薇) 「語り手が事実を抜かしたり歪めたりしていろいろな矛盾を犯し、小説の背後に隠された真実は、ごく少数の読者にしか推測することができない」一人称の小説。

ベネゼエラの犯罪者の「私」(終身刑を宣告されている)が怪しげな漁師だったか船員だったかの誘導で、ソロモン諸島にあると思しき無人島に隠れ住む(近くの都市がラバウルだから、この辺なのだろう)。この島は周囲から隔絶していて、船は来ない。人がいない…

マヌエル・プイグ「このページを読む者に永遠の呪いあれ」(現代企画室) モチーフはマチズモの敗北、それによる人生の孤独。映画的な書き方であるが、映画化できない小説だ。

ニューヨークの養護院にいるラミーレスという老人と、彼を介護するアルバイト・ライリーの会話のみで進む小説(最後に数通の手紙が現れる)。ラミーレスはアルゼンチンの労働組合活動家で、投獄・拷問を受け、記憶喪失になり、人権擁護委員会の手によってア…

マヌエル・プイグ「蜘蛛女のキス」(集英社文庫)

これまでの三作では軍事政権の様子は背景にあったが、ここでは前面に現れている。軍事政権は、反政府運動の指導者であるヴァレンティンを捕らえて、組織の情報を聞き出そうとしたが、彼は拷問に屈しない。そこで、同室人のモリーナ(未成年者の猥褻幇助罪で…

マヌエル・プイグ「ブエノスアイレス事件」(白水社)

1973年の第4作。 タイトルからすると探偵小説みたいで、実際に犯罪小説のプロットを借りてそのとおりに物語が進む。とはいえくせもののプイグのことなので、見かけだけで判断すると足をすくわれかねない。 主要な登場人物は二人。女性グラディスは彫刻家の…

マヌエル・プイグ「赤い唇」(集英社文庫)

1969年出版のプイグ第3作。この国への紹介は1990年とちょっと遅れた。文庫本は1994年。 1947年に伊達男のフアン・カルロス・エッチェパーレの死亡記事が新聞に載ったところから始まる。享年29歳で結核にかかっていた(まだ抗生物質は高値で、庶民には買えな…

ホセ・ドノーソ「三つのブルジョワ物語」(集英社文庫) マドリッドのスノッブで小金持ちたちのなんとも空虚で、保守的で無責任なブルジョアを描く。

ホセ・ドノーソはチリの作家。1925年生まれなので、この短編集を書いた1972年は47歳。著作は若いときからあるが、注目されるようになったのは1960年代ころで遅咲き。その間、西洋、メキシコ、スペインなどの国外生活もしているし、カルロス・フエンテスの家…

フリオ・コルタサル「悪魔の涎・追い求める男」(岩波文庫) 中南米という場所への偏執はないパリ在住アルゼンチン作家による「ふしぎ小説」。

コルタサルは1914年生まれ1984年没。ベルギー生まれで両親の住むブエノスアイレスに戻る。戦後にパリにわたり、生涯をフランスで過ごした。この短編集でしか知らないので、断定するのは危険だけど、ほかの中南米の作家ほどに中南米という場所への偏執はない…

カルロス・フエンテス「アウラ・純な魂」(岩波文庫) 母性の強さ。進む時間、ブロック化された時間の解体。引力を持つのはメキシコという特別な場所。

メキシコの作家カルロス・フエンテスの短編集。例によって初出が書いてないが、たぶん初期の作品ばかり。ネットで発表年を調べた。 チャック・モール 1954 ・・・ タイトルはメキシコの雨の神。この偶像が販売されているらしい。キリスト教に反感をもつ小役…