odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2012-11-01から1ヶ月間の記事一覧

リチャード・ロービア「マッカーシズム」(岩波文庫) 1950年代アメリカで反共デマとヘイトスピーチに熱狂した人々が民主主義を壊し、個人の自由を侵害した。

ジョゼフ・マッカッシーはおよそエレガントでもジェントルでもインテリジェンスもない人柄。小柄で太っていて、強い飲酒癖をもち、ポーカーと競馬が大好きで仕事中に予想紙を広げていることもある。虚言癖をもち、いつでも支離滅裂ではあるが人を納得させる…

諸井三郎「ベートーベン」(新潮文庫) 戦前に活躍した邦人作曲家はベートーヴェンの晩年様式を「宇宙的人間の霊的感情の映像」とみる。

「ベートーヴェンは、一生を通じて貧困、失恋、耳疾、肉親の問題などさまざまな苦しみと戦いながら、音楽史上に燦然と輝く数多くの傑作を創造した。苦渋の生涯から生まれたそれらの音楽は、人々の心に生きる勇気を与える。本書は、作曲家として、また教育者…

みすず編集部「逆説としての現代」(みすず書房) プラトンの対話編をめざして編んだというが、50年の時間を経ると、ほとんど風化してしまった

老舗の雑誌みすずに掲載された対談集。1959年から1970年まで。誰もかれも亡くなってしまったなあ、という感慨にふけり、2011年7月現在吉田秀和が存命という驚き。書籍をめぐる対談は同社から出版された本の販促も兼ねていたのだろう。 芸術と政治――クルト・…

2012バイロイト音楽祭の「パルジファル」について 近代ドイツとワーグナー家の歴史を楽劇に盛り込む。ワーグナー一族のナチス加担を隠さない。

2012年のバイロイト音楽祭の上演作品のうち、「パルジファル」が放送された。演出が面白かったので、メモを残しておく*1。 ワーグナーの台本に、以下の本を重ね合わせると、演出意図が見えてくると思うので。 ・トーマス・マン「リヒャルト・ワーグナーの苦悩…

エリーザベト・フルトヴェングラー「回想のフルトヴェングラー」(白水社) 人当たりのよい常識人で家庭人であった再婚相手の証言。

フルトヴェングラーの2度目の奥さんであるエリーザベトが書いた記録(1979年刊)。ヴィルヘルムは1886年生まれ、エリーザベトは25歳年下の1911年生まれ(と思う)。1943年に結婚(ともに再婚)。 作曲家 ・・・ 自分は作曲家であると自己規定していたが、指揮者…

志鳥栄三郎「人間フルトヴェングラー」(音楽之友社) 再婚相手のインタビュー。それ以外は二次資料ばかりで新味はない。

フルトヴェングラーは死亡する直前に、コートを着ないで厳寒の散歩に出かけ、肺炎を患った。それは覚悟の自殺としての行為だ、という情報が流れた。この本によるとカール・べームがそれを口にしたらしい。そこでエリーザベト未亡人と知り合いになった著者が…

ヴェルナー・テーリヒェン「フルトヴェングラーかカラヤンか」(音楽之友社) 二人の音楽監督を経験した演奏家による比較。カラヤン存命中なので生存者には辛口。

ヴェルナー・テーリヒェンは1921年生まれで、若い時に戦争に出た。そのあと、1947年にベルリンフィルの打楽器奏者として雇用され、主席演奏家を35年務めた。ベルリン・フィルの理事にもなり、各種の折衝を支配人や音楽監督と行った。たぶん1985年ころに引退…

カルラ・ヘッカー「フルトヴェングラーとの対話」(音楽之友社) 長年の付き合いがあった女性作家による思い出。戦中演奏会を聞いた人による迫真の記録。

カルラ・ヘッカーは20世紀前半のドイツの女性作家。父に音楽家を持つので、素養は十分。1942年からフルトヴェングラーと懇意になり、指揮者との対話を継続的に雑誌や新聞に連載していった。その交友は指揮者の死去まで続き、1961年にこの本にまとめられた。…

クルト・リース「フルトヴェングラー」(みすず書房) ナチ加担を批判する論調に対するフルトヴェングラー擁護の反駁書。

クルト・リースはドイツ生まれのジャーナリスト。ナチス政権時代にスイスに亡命。1945年1月に亡命(?)してきたフルトヴェングラーと出会う。戦後の指揮者の非ナチ化裁判に尽力するなどして、彼との交友を深めた。ここらへんはカルラ・ヘッカーに似て…

清水多吉「ヴァーグナー家の人々」(中公新書) リヒャルト死後のバイロイト音楽祭の政治史。ナチス加担の黒歴史をいかに克服するか。

クルト・リース「フルトヴェングラー」(みすず書房)が同時代の記録であるとすると、こちらは「後世の歴史家(@「銀河英雄伝説」)が記述したもの。フランクフルト学派、とくにアドルノの研究者である著者が40代後半の1979年にバイロイトを訪問したところか…

脇圭平/芦津丈夫「フルトヴェングラー」(岩波新書) 旧制高校の教養主義体現者がカリスマ指揮者を語る。

1980年代に岩波新書がクラシック音楽関連の本を続けざまに出したことがあり、担当した編集者がクラシック音楽愛好家だったから実現したという(「岩波新書の50年」)。別の新書でも同様の企画があったので、勉強に利用した。安いのが何より。 さて、ここでは…

トーマス・マン「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(岩波文庫) ワーグナー批判にみせかけたナチス批判

ふたつの講演が収録されている。最初の「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」は1933年2月10日ミュンヘン大学でのもの。ヒトラーの首相任命の10日後。反響はすさまじく、のちにマンがドイツにかえれなくなる原因となった。のちにドイツの音楽家からこの講演…

アルバート・E・カーン「パブロ・カザルス 喜びと悲しみ」(朝日新聞社) 二重に疎外されたカタルーニャ人の数奇な半生。

神田にカザルス・ホールと呼ばれる演奏会場ができたほど人気のあるチェロ奏者。今はどれほどの人気になっているのかしら。この人は1877年(明治だと10年になるのかな)の生まれ。1970年にも存命で、プエルト・リコに住んでいるところに(孫ほどの年齢の女性と…

ホセ・マリア・コレドール「カザルスとの対話」(白水社)-2 音楽は、身体を通じて「理解」するもの。自然でない二十世紀音楽は退廃している。

一時期絶版だったけれども、新装版にかえて流通しているらしい。慶賀のいたり。感想をエントリーにしたことがあるけど、再読したので、もう一度感想をまとめておく。 ・フランコ政権樹立後、スペイン国境に近いプラドの村にカザルスは隠遁していた。そこにア…

エドウィン・フィッシャー「音楽を愛する友へ」(新潮文庫) 「精神」がキーワードになるドイツ教養主義を体現したドイツのピアニスト。

作者は1886年生まれのドイツのピアニスト。主要レパートリーは、ドイツの作曲家。戦中はドイツに在住し、フルトヴェングラーと共演している。1960年に死去。多くの録音が残っていて、下記のサイトでダウンロードできる。 クラシック音楽mp3無料ダウンロード …

チャールズ・ローゼン「シェーンベルク」(岩波現代選書) 聞かれるよりも語られるほうが多い作曲家。

シェーンベルクは聞かれるよりも語られるほうが多い作曲家、になるのかな。彼の生涯を概観すると、1)神童、2)ウィーンでの無視、3)ベルリンからの追放、4)ハリウッドの疎外、みたいなストーリーを描ける。彼の作品を概観すると、1)表現主義、2)…

テオドール・アドルノ「アルバン・ベルク」(法政大学出版局) アドルノが師事した作曲家の評伝。記述の向こうにぼんやりと1920-30年代のウィーンとベルリンが見えてくる。

自分はベルクの良い聞き手ではないし、アドルノのよい読み手でもない。前者は作曲後100年を経ていても難渋なところがあるし、後者のドイツ人が読んでもわかならない文章の日本語訳で彼の考えを理解しているともいえない。そういう言い訳を前に置くことにして…

テオドール・アドルノ「楽興の時」(白水社)-1 「ベートーヴェンの晩年様式」「異化された大作『ミサ・ソレムニス』によせて」は必読論文。

最初に金になった文章が音楽評論であるという著者の、若い時から晩年までに書かれたエッセイを収録。哲学や音楽の専門家を読み手に想定していないので、とっつきやすい。「音楽社会学序説」「不協和音」からアドルノに入るものいいけど、これのほうがいいの…

テオドール・アドルノ「楽興の時」(白水社)-2 アドルノがみると20世紀音楽は反動と進歩の昆明状態。

2012/11/09 テオドール・アドルノ「楽興の時」(白水社)-1の続き 続いて後半。 クシェネックの観相学のために1957-8 ・・・ クシェネック(1900-1991)は知らない作曲家。下記で詳しい。「クレ(ー)ネク」「クシェ(ー)ネク」「クジェーネク」「クルシェ…

マーティン・ジェイ「アドルノ」(岩波現代文庫) アドルノはなにかを構築することには興味はなさそうで、むしろ批判すること、否定することを優先。

翻訳ではなにをいっているのかわからず、人の話によるとドイツ語ネイティブの人でも原文は難解な文章であるという。そういうアドルノへの興味は新ウィーン学派の音楽を聴きだしたことにあったが、アドルノの文章を読んでみてもわからない。というわけで、199…

都筑道夫「未来警察殺人課」(徳間文庫)

その時代では強い殺意を持った人間は事前に察知することができるようになり、矯正することによって殺人を防いでいた。しかし、その種のスクリーニングでは判別できない殺人傾向を持つ者がいて、それは「殺人課」が担当する。すなわち事件を解決するのではな…

都筑道夫「ロスト・エンジェル・シティ」(徳間文庫)

冒険スパイ映画は観光映画でもあって、主人公のスパイは世界(とはいえヨーロッパの高級リゾート地ばかりだが)の観光地を経巡りしていたのだった。このパロディ小説でも世界のリゾート(の複製)を訪れる。あと、体内に爆薬を仕掛けられ、あんまり活躍が過ぎ…

都筑道夫「東京夢幻図絵」(中公文庫) 昭和の頭から敗戦までの東京の風俗をベースにした探偵小説ないし怪奇小説ないしリドルストーリー。この本自体がもうすぐ注釈抜きでは読むことの難しい内容になった。

昭和の頭から敗戦までの東京の風俗をベースにした探偵小説ないし怪奇小説ないしリドルストーリー。その時代に学生だった遊び人が誰かに問われて想い出話をするという趣向。岡本綺堂「半七捕物帳」の枠組みを借りてきたというわけですな。例外作は入っていて…

都筑道夫「怪奇小説という題名の怪奇小説」(集英社文庫)

作者とよく似た境遇の作家に怪奇小説を書く依頼が届く。書き出すテーマが見つからないので、無名の洋書で盗作をすることにした。そのままでは具合が悪いので、時代小説じたてにする。なかなかうまくいかないので街中を散歩しているときに、謎めいた女をみか…