odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

イギリス幻想文学

リチャード・マーシェ「黄金虫」(創元推理文庫)-1 イギリスホラーの古典。闇バイトに応じた青年は動物や異生物による人体侵襲に恐怖する。

リチャード・マーシュの生没年は1867-1915。本作は1897年出版。すでに読んでいたものでは、ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」1897、ウィリアムソン夫人「灰色の女」1899年、コナン・ドイル「バスカヴィル家の犬」1902年が同時期の作。この国は1980年代の邦訳が…

リチャード・マーシェ「黄金虫」(創元推理文庫)-2 帝国主義の宗主国は植民地からの報復を恐れる

2024/01/16 リチャード・マーシェ「黄金虫」(創元推理文庫)-1 イギリスホラーの古典。闇バイトに応じた青年は動物や異生物による人体侵襲に恐怖する。 1897年の続き 異教の神、昆虫の恐怖(イギリスにはあまり昆虫はいないのではなかったかな)、催眠術、…

M.R.ジェイムズ「短編集」(創元推理文庫)-1 「消えた心臓」「銅版画」「秦皮(とねりこ)の木」「十三号室」20世紀初頭に書かれた古い怪談。

モンタギュー・ロード(ローズ)・ジェイムズは1862年生まれ1926年没。古文書学や聖書学の研究者で、職業作家にはならなかった。生涯に書いた小説は短編31編に長編童話が1編という寡作。その代わり納得いくまで手を入れられたのだろう。完成度は高い。この傑…

M.R.ジェイムズ「短編集」(創元推理文庫)-2 「ハンフリーズ氏とその遺産」。20世紀にゴシック小説をかけたのは流行を無視できるアマチュア作家だったから。

2024/01/12 M.R.ジェイムズ「短編集」(創元推理文庫)-1 「消えた心臓」「銅版画」「秦皮(とねりこ)の木」「十三号室」 の続き ジェイムズの短編のサマリーで何度もディクスン・カーの名前をだしているが、カーの作品(ことに1930年代)はM・R・ジェイム…

ホーレス・ウォルポール「オトラントの城」(国書刊行会)-2 信仰と迷信とメランコリーと崇高な怒りの小説。

10年ぶりの再読。1765年の作品で、会話と地を区別する「」(”)がないから、だれがどこでなにをしているかを把握するのが大変になる。そこで前回読んだ時のメモが本に挟んであったので重宝した。 2012/01/12 ホーレス・ウォルポール「オトラントの城」(国書…

メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」(新潮文庫) 孤立して暴走した科学者は無責任で、差別の助長に手を貸す。

このホラーの古典がつくられた事情は有名なので省略。なんにせよ、この傑作が若干19歳の女性によって1816年に作られたとは信じがたい気がする。書こうと言い出した男連中は途中で筆を投げたのに、誘われた女性一人が完成したというのは痛快なできごと。 家に…

ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」(旺文社文庫) 序文からして回顧調でエピローグでも楽しい時代は終わってしまったという幻滅や悲哀の感情が漂っている。

最初に読んだのは小学館のカラー版名作全集「少年少女 世界の文学」イギリス編で。スティーブンソン「宝島」と「ベオウルフ」も載っていた。たぶん小学1年の5歳の時(早生まれなので)。子供のころから理屈っぽいのが好きで、論理や合理がしっかりしている…

ルイス・キャロル「鏡の国のアリス」(旺文社文庫) 聞き役に徹するアリスは「レディ」のつつしみのようだが、自由を抑制されていて悲哀の雰囲気を漂わせている。

2020/05/08 ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」(旺文社文庫) 1865年の続き 「不思議の国のアリス(1865年)」から6年たって、「鏡の国のアリス(1871年)」が書かれた。アリスは7歳半(作中で自身がいっている)になった。前作で子猫だったダイナが…

ルイス・キャロル「愛ちゃんの夢物語」(青空文庫) 児童文学の文体が確立した1910年の翻訳。聞き分けのよい子供像を押し付ける教育書になった。

著者名はよく知っているのに、不思議なタイトルになっているのは、1910年に丸山英觀が翻訳した版だから。この国の「不思議の国のアリス」の初訳ではないが、とても古いもの。当然、21世紀に本を入手できるわけもなく、青空文庫に復刊されたもので読んだ。 ww…

ロバート・スティーブンソン「宝島」(新潮文庫) 拙速な探検プロジェクトが凄惨な事件を起こしたのだが、ジョン・シルヴァーの造形に目を奪われる。

最初に読んだのは小学館のカラー版名作全集「少年少女 世界の文学」イギリス編で。キャロル「不思議の国のアリス」と「ベオウルフ」も載っていた。 病気がちの父が経営している「ベンボ―提督亭」にフリント船長と名乗る船乗りがやってきた。そのときから15歳…

ロバート・スティーブンソン「ジキル博士とハイド氏」(新潮文庫) 厳格なモラルが要請されるビクトリア朝時代、夜が来て闇に包まれると、徳を失った内面が路上を疾走する。

尾之上浩司編「ホラー・ガイドブック」(角川文庫)は、19世紀の怪奇小説で「フランケンシュタイン」「ジキル博士とハイド氏」「吸血鬼ドラキュラ」をあげている。その選択はまことにその通りで(ポオとホフマンとディケンズに挨拶くらいはしてほしいけど)…

アントニー・ホープ「ゼンダ城の虜」(創元推理文庫) 1894年のイギリスからみると東欧はエキゾチシズムを喚起する場所。イギリス紳士は平和を守る英雄になれる。

ルリタリア王国はドイツとチェコの間に位置する(表紙の地図を参照)。若き国王ルドルフ5世が戴冠することになり、ローマ法王が首都を訪れていた(ヨーロッパの王権は神権に承認されないといけないのだ)。しかし、異母兄弟のストレルサウ大公は王位簒奪を…

H・G・ウェルズ「タイム・マシン」(角川文庫) 家族・労働・国家を止揚した社会は必然的に退廃する。ウェルズの社会主義批判とペシミズムが込められたSF。

ウェルズの中編と短編。どれもSFのサブジャンルの始祖であって、SFでやれることの多くはウェルズがやってしまったという感じがする。そのうえ、人類や地球の未来に対する無力感となにもすることがないという諦めが漂う。読後、余韻は深いが、気分はすっきり…

H・G・ウェルズ「タイム・マシン」(旺文社文庫) 20世紀SFの基本的なアイデアを網羅した短編集。人も社会も解放されないという憂鬱な未来観。

旺文社文庫版。角川文庫の収録作品と一部重複。すでになくなってしまった旺文社文庫は訳者などによる解説が充実していた。当時の若手の文学研究者に多くのページを渡して、長い解説を書かせていたとみえる。そこには研究者らしい文献調査や社会学的な知識が…

H・G・ウェルズ「透明人間」(青空文庫) 肌の色がない人は肌の色が濃い人と同じように差別され迫害を受ける。

今回読んだのは海野十三訳の青空文庫版。たぶん戦前訳だと思う(海野は敗戦後断筆)。ジュブナイル向けらしいので、どの程度原作に忠実なのかは不明。戦前訳では都合にあわせてストーリーを変えたりするのはよくあることなので。 イギリスの田舎にあるアイピ…

ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-1 ホームズと同時期の吸血鬼小説。ジョナサンという軟弱な若者が男になっていく成長物語もある。

吸血鬼小説の古典にして代表作。もっとも古い吸血鬼小説ではないが、本書に書かれたアイコンやシンボルが吸血鬼のイメージを決定づけた。1897年初出なので、ホームズと同時期(なのでのちのパロディやパスティーシュでときどき共演する)。 映画が出来たら、…

ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-2 蝋管蓄音機、速記術、タイプライターを駆使して怪奇に挑む。技術革命がキリスト教の信仰強化につながる。

2020/04/13 ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-1 1897年 セワード医師はメモを書く代わりに蝋管蓄音機に吹き込み、ミナは速記術で記録をとってタイプライターで打ち直す。いずれも19世紀末の発明品。記録をとることはとても重要でその…

ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-3 紅一点がチームを結束する鍵であり、人間の知恵と経験が闇や怪異を駆逐し、理性と科学で世界を明るくする。

2020/04/13 ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-1 1897年2020/04/10 ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-2 1897年 教授一行といい加減にかいていたが、改めてメンバーを紹介すると、ヴァン・ヘルシング教授、ジョ…

デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1

イギリスの小説はリアリズムの伝統がある(例えばほとんどの探偵小説)が、一方で幻想を志向し、この世ならぬものへのヴィジョンを物語る系譜もある。このファンタジーの系譜は英国文学史にはあまり重要に扱われないが、少数の愛好家により広められ、この国…

デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-2

2020/04/07 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1 1920年 タイドミン ・・・ マスカルは夫の死に動じないオウシアックスに呆れて別れるつもりであったが、旅をつづけることにする。オウシアックス「私たちはクリスタルマン…

デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-3

2020/04/07 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1 1920年2020/04/06 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-2 1920年 リーホールフィー ・・・ 植物動物(両方の性質をもつ生物)に乗って、…

デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-4

2020/04/07 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1 1920年2020/04/06 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-2 1920年2020/04/03 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリ…

デイヴィッド・リンゼイ「憑かれた女」(サンリオSF文庫) 至高体験による上昇と世俗の重力による下降を繰り返す選ばれた人たち。

サセックスの森林に囲まれたランヒル・コート館。そこにはウルフの塔の伝説があり、中世には最上階がトロール(ヨーロッパの伝承などに登場する妖精)の手で運び去られたという伝説がある。失われた部屋の階下は「イースト・ルーム」と呼ばれている。この館…

E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-1 イギリス中世に極似した彗星の修羅国・魔女国・小悪鬼国などで起きた英雄同士の一大抗争。

レミンガムはある夜、雨燕の誘いで、水星に行く。この世界の異人であるレミンガムは身体をなくした霊となって、英雄同士の一大抗争をことごとく見届け、重厚絢爛たる文体で地上の人々に伝えた(という設定は物語の冒頭ですぐに忘れられる)。 水星はイギリス…

E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-2 魔術を駆使するゴライス12世による水星全土統一に立ち向かう友誼と武術のジャス王たち。ジャス王は深山に捕らわれ脱出のために危険な冒険に向かう。

2020/03/30 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-1 1922年 ジャス王は半年ほどかけて、艦隊を整備した。完成ののち、1800人の兵士を伴い、スピットファイア卿、ダーハ卿とインプランド(小鬼国)に出帆する。途中暴風雨に遭遇。ジャス王の乗った…

E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-3 武の英雄は平和と静謐に性があわない。ソード・アンド・ソーサリーの最高傑作。

2020/03/30 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-1 1922年2020/03/27 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-2 1922年 ジャス王とゴライス12世は、「二人の間に平和を保つには地上の世界が小さすぎる」のであって、戦さはいずれかを殲…

ラフカディオ・ハーン「怪談・奇談」(講談社学術文庫)-1 日本を舞台にしたゴシックロマンス

ラフカディオ・ハーンは1890年に来日。英語教師をしながら、日本文化を紹介する著作を多数執筆。その中には、日本の民話や怪談などを採集し、英語に書き換えたものがある。本書は、その一部を翻訳したもの。 ★印をつけたのは、1965年公開の小林正樹監督の映…

ラフカディオ・ハーン「怪談・奇談」(講談社学術文庫)-2  日本を舞台にしたゴシックロマンス(2)

2019/09/16 ラフカディオ・ハーン「怪談・奇談」(講談社学術文庫)-1 1900年の続き。 引き続き小説。本書にはハーンの話のもとになった原典も収録されている。解説によるとハーンは日本語を読めなかったので、節子夫人や友人などの語りを聞いて、それを英語…

H・G・ウェルズ「宇宙戦争」(ハヤカワ文庫) パンデミックと総力戦において、力を持たない市民・庶民は暴力に対して徹底的に無力だという悲観主義SF。

19世紀末の火星大接近のあった夜、火星の表面で爆発が観測された。それから数日後、ロンドン南西部の郊外に円筒形のロケットが着弾した。その中からおぞましい三脚台に円盤のついたような歩行機械が現れ、高熱ビームと毒ガスで人類を襲撃する。どうやら、寒…

ライダー・ハガード「ソロモン王の洞窟」(創元推理文庫) 英国紳士は植民地の秘境を探検する。

映画「リーグ・オブ・レジェンド」はさほど面白いストーリーではなかったが、登場人物が19世紀の大衆小説のヒーロー、ヒロインたちというのが気に入った。コミックの原作があるそうだが、原作者だけでなく映画の製作者、関係者もみな「わかっている」。ジキ…