odd_hatchの読書ノート

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チェルヌイシェフスキー「何をなすべきか 下」(岩波文庫)-1

長かった。ほとんどはヴェーラの恋愛と家庭生活について。いれかわりたちかわりにヴェーラの前に男が現れる。ヴェーラは気をひかれたり、幻滅したり。結婚して愛想をつかし、別の男と結婚し。長じてからは若い娘の指南役になり、家族や夫の束縛をいかに解き…

チェルヌイシェフスキー「何をなすべきか 下」(岩波文庫)-2

「宮殿」の比喩が二回出てくる。この比喩には同時代のドスト氏が「地下室の手記(地下生活者の手記)」で批判しているので注目。 一回目は、第3章の終わりに出てくるラフメートフの人となりにおいて。ヴェーラの前に現れた男は、軍人や医学生などロシア帝国…

フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-1

タイトルは米川正夫がつけたもの。江川卓訳(新潮文庫)では「地下室の手記」。原題に即すると「地下室」が正しいというが、本書がチェルヌイシェフスキー「何をなすべきか」批判の書というとき、同書(岩波文庫版)に出てくる「地下室の人」の意味を持って…

フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-2

2020/01/23 フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-1 1864年 「ぼく」が普通の部屋住まいであるにもかかわらず、「地下室」の住人、「地下生活者」であると自認するのは、チェルヌイシェフスキー「何をなすべきか」の…

フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-3

2020/01/23 フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-1 1864年2020/01/21 フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-2 1864年 第2部「ぼた雪にちなんで(米川訳では「べた雪の連想…

フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-4

2020/01/23 フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-1 1864年2020/01/21 フョードル・ドストエフスキー「地下生活者の手記(地下室の手記)(河出書房)-2 1864年2020/01/20 フョードル・ドストエフスキー「地下生活者…

フョードル・ドストエフスキー「賭博者」(河出書房)

「罪と罰」連載中にどうしても長編を書かねばならなくなり、にっちもさっちもいかないので、速記ができる女性を雇い(のちの妻)、27日間で口述筆記した。すでに構想ができていたのと、舞台がなじみの賭博場であったので取材が必要なかったので、驚異的なス…

フョードル・ドストエフスキー「永遠の夫」(河出書房)

「白痴」1868年と「悪霊」1871年の間の1870年に出た中編。 中年(38-39歳)の独身男ヴェリチャーノフはとみに老いを感じ、ヒポコンデリー(というが記述をみるとうつ病だ)にかかっている。町で帽子に喪章をつけた男が妙に気になり、あとを追いかけていたら…

フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 上」(河出書房)-1「ロシア文学について」

ドストエフスキーが書いた創作・手紙以外で、かつ「作家の日記」以外の媒体で発表したもの。このあとでてくる「ヴレーミャ」はドスト氏の兄ミハイルと一緒に出していた雑誌。収録されたものの多くは匿名であるが、のちになってドスト氏の筆になるものと確認…

フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 上」(河出書房)-2

ここでは政治的なもの、論争的なものを集める。ドスト氏のジャーナリスティックな側面がうかがわれる。同時に、創作ではなかなか見えない政治的主張や偏見が顔をのぞかせる。 アポロン・グリゴリエフについて 1864.09 ・・・ N.ストラーホフの論文をネタにし…

フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 下」(河出書房)-1

政治的なもの、論争的なものの続き。たいていは雑誌に匿名で発表されたもの。内容などからドスト氏の筆になるものと研究者によって認定された。 理論家の二つの陣営 1862.02 ・・・ ペテルブルグの論壇批評。西洋派とスラブ派の両方をけなす。匿名の文章で、…

フョードル・ドストエフスキー「エドガー・ポーの三つの短編」(米川正夫訳)

フョードル・ドストエフスキー エドガー・ポーの三つの短編 エドガー・ポーの二、三の短編は、すでにロシヤ語に翻訳されて、わが国の雑誌に掲載された。われわれはまた新しく三つの短編を読者に捧げる。彼はじつに奇妙な作家である、――大きな才能を持っては…

フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 下」(河出書房)-2

「第2部」に収録されたのは、思想や文芸批評など。 土地主義宣言 1861.01から ・・・ 兄ミハイルの主宰した雑誌の趣旨を説明する文章(寄稿者にはツルゲーネフがいた。のちにドスト氏はツルゲーネフと仲違い)。農奴解放でロシアは新しい時代になったが、「…

ドストエフスキー後期短編集

ドストエフスキーの後期短編集は下記のようにいくつか出版されているが、このブログで紹介したものでだいたい全部読めます。 「賭博者」「永遠の良人(夫)」のような後期の中編を出版する際に、いくつかの短編も併録してほしいなあ。「 ボボーク」「キリス…

フョードル・ドストエフスキー「ボボーク」(米川正夫訳)

ボボーク 今度は『ある男の手紀』を掲戦することにしよう。それはわたしではない。まったく別な人なのである。これ以上の前置きは不必要と思う。 『ある男の手記』 セミョーン・アルダリオーノヴィチが、おとといわたしをつかまえてだしぬけに、「ねえ、イヴ…

フョードル・ドストエフスキー「作家の日記 上」(河出書房)-1(1873年)「ボボーク」

「作家の日記」は「本来の日記ではなく、雑誌『市民』でドストエフスキーが担当した文芸欄(のちに個人雑誌として独立)であり、文芸時評(トルストイ『アンナ・カレーニナ』を絶賛)、政治・社会評論、エッセイ、短編小説、講演原稿(プーシキン論)、宗教…

フョードル・ドストエフスキー「キリストのヨルカに召されし少年」(米川正夫訳)

キリストのヨルカに召されし少年 けれど、わたしは小説家であるから、どうやら自分でも一つの「物語」を創作したようだ。なぜ「ようだ」などと書くのかといえば、なにしろわたしは創作したことは自分でもたしかに知っていながら、それでもこれはどこかで、ほ…

フョードル・ドストエフスキー「百姓マレイ」(米川正夫訳)

百姓マレイ しかし、こんなprofessions de foi(信条声明)を読むのは、退屈至極なことと思うから、わたしはある一つのアネクドートを語ろうと思う。もっとも、アネクドートというのはあたらない。要するに、一つの遠い昔の思い出にすぎないのだが、わたしは…

フョードル・ドストエフスキー「百歳の老婆」(米川正夫訳)

百歳の老婆 その朝、わたしは大へん遅くなりました。――この間ある婦人がわたしにこんな話をした。――で、家を出たのは、もうかれこれ午ごろでした。しかも、その時にかぎって、まるでわざと狙ったように、用事がたくさんたまっていました。ちょうどニコラエフ…

フョードル・ドストエフスキー「作家の日記 上」(河出書房)-2(1876年上半期)「キリストのヨルカに召されし少年」「百姓マレイ」「百歳の老婆」

しばらく休止していて、再開は1876年から。すでに「未成年」を上梓している。ここからしばらくは「作家の日記」に注力していて、「カラマーゾフの兄弟」の取材を始めていたころかしら。というのも、出てくるトピックに子供の虐待(および男性農民による女性…

フェードル・ドストエフスキー「宣告」(米川正夫訳)

4 宣告 ここでついでに、退屈のために自殺したある男、もちろん、唯物論者のある考察をお目にかけよう。 「……まったくのところ、いったい自然はどういう権利があって、何かえたいの知れない永遠の法則のために、このおれを世の中へ生み出したのだろう?おれ…

フョードル・ドストエフスキー「おとなしい女」第1章(米川正夫訳)

おとなしい女――空想的な物語―― 著者より わたしはまずもって読者諸君に、今度、いつもの形式をとった『日記』の代わりに、一編の小説のみを供することについて、お許しを願わねばならぬこととなった。しかしながら、事実一か月の大部分、わたしはこの小説に…

フョードル・ドストエフスキー「おとなしい女」第2章(米川正夫訳)

フョードル・ドストエフスキー「おとなしい女」第1章(米川正夫訳)の続き。 第2章 1 傲慢の夢 ルケリヤはたった今、このままわたしのところに住みつこうと思わない、奥さんの葬式がすんだら、早速お暇をいただくと言明した。わたしは五分ばかりひざまつい…

フョードル・ドストエフスキー「作家の日記 上」(河出書房)-3(1876年下半期)「宣告」「おとなしい女」

上半期から「近東問題」が話題になっているが、これは露土戦争(1877-78年)を控えてのロシアとトルコの緊張を指してのこと。調べないで、記述から推測されることを書くと(ドスト氏がちゃんとレポートしないので)、オスマン・トルコが勢力拡張をめざしてバ…

フョードル・ドストエフスキー「3 ロシヤの誕刺文学 処女地 終焉の歌 古い思い出」(米川正夫訳)

3 ロシヤの誕刺文学 処女地 終焉の歌 古い思い出 わたしは今月文学、つまり美文学、「純文学」にも精進した。そして、なにやかや夢中になって読破した。ついでながら、わたしはさきごろロシヤの調刺文学、――といって、現代の、今日のわが調刺文学なのである…

フョードル・ドストエフスキー「おかしな人間の夢」(米川正夫訳)

おかしな人間の夢 ――空想的な物語―― 1 おれはおかしな人間だ。やつらはおれをいま気ちがいだといっている。もしおれが依然として旧のごとく、やつらにとっておかしな人間でなくなったとすれば、これは、位があがったというものだ。だが、もうおれは今さら怒…

フョードル・ドストエフスキー「作家の日記 下」(河出書房)-1(1877年上半期)「おかしな人間の夢」

下巻は1877年から。近東問題は急を呼び、ついには露土戦争の開始にいたる。 そこでドスト氏は、汎スラブ主義と反ユダヤ主義を強く主張するようになる。ことに3月号は前編が愛国主義的な論。すなわち、この戦争は政党であり、コンスタンチノーブルはロシア領…

フョードル・ドストエフスキー「作家の日記 下」(河出書房)-2 (1877年下半期)

個人雑誌としての「作家の日記」。1877年夏ごろに、ドスト氏は体調不良を覚え、同年内の中止を決める。最終号では翌年から長編の連載を開始すると予告していたが、実際は1879年から開始された(「カラマーゾフの兄弟」)。 「作家の日記」を発行するにあたっ…

フョードル・ドストエフスキー「プーシキン論」(米川正夫訳)

第2章 プーシキン論 六月八日、ロシヤ文学愛好者協会の大会においてなされたる演説 プーシキンはなみなみならぬ現象である、おそらくロシヤ精神の唯一の現われであろう、とゴーゴリはいった。わたしはそれに加えて、予言的現象であるといおう。しかり、彼の…

フョードル・ドストエフスキー「後掲『プーシキンに関する演説』についての釈明」(米川正夫訳)

一八八〇年八月 第1章 後掲『プーシキンに関する演説』についての釈明 『作家の日記』の本号(一八八〇年の唯一号)のおもなる内容をなす、次にかかげるプーシキンとその意義に関するわたしの演説は、本年六月八日、ロシヤ文学愛好者協会の大会で、多数の聴…