odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

菅野覚明「神道の逆襲」(講談社現代新書)-2 過去の人が一所懸命考えた神道の原理や説明は忘れられて、日常の所作と道徳だけが日本人に定着している

後半は近世と近代の神道。儒教や国学の影響や反発において神道の流派が生まれる。 神儒一致の神道 ・・・ 近世の神道は儒学を取り入れて体系化した。その例を山崎闇斎の垂加神道にみる。この神道では朱子学の厳しい上下関係が特長であり、下たる者の道である…

菅野覚明「武士道の逆襲」(講談社現代新書)-1 人を切ってトラブル処理する特殊な少数集団の武士道は日本庶民の徳目とは無関係。

「武士」という階級は誤解されているので、以下の最新研究で補完しておこう。この特殊な職業・階級は最大時でも人口の数パーセントでしかない。大雑把に言えば、士芸を生業とするものは奈良時代からいた。平安中期の9~10世紀ころに武芸の専門家として生まれ…

菅野覚明「武士道の逆襲」(講談社現代新書)-2 元武士らで構成される軍隊があまりにふがいないので、古式武士道に似せた全く別の明治武士道を明治政府は作り上げ、国民に強要した。

2024/07/25 菅野覚明「武士道の逆襲」(講談社現代新書)-1 人を切ってトラブル処理する特殊な少数集団の武士道は日本庶民の徳目とは無関係。 2004年の続き テキストがないために、同時期の説話や物語、歴史のエピソードから中世期の武士道を抽出する。それ…

辻達也「江戸時代を考える」(中公新書) 日本人の知的能力は向上したが、上に弱く下に厳しい従属心が定着した。

列島の国家は連続しているのではなく、古代国家の衰滅後、空白期間(だいたい14~15世紀)があり、権力は断絶している。16世紀後半に江戸幕府ができて、全土に徹底する中央集権国家ができた。朝廷の公の支配があったとされるが、この空白期間以後は精神的で…

坂野潤治/大野健一「明治維新」(講談社現代新書) 維新は4つの指導グループが連合・反目をしあいながら、「富国」「強兵」「憲法」「議会」を実現していった。

明治維新をイギリスやフランス、アメリカなどの欧米革命と比較しない。ではなく20世紀の開発独裁体制と比較する。そうすると、明治維新は後進国が先進国にキャッチアップできたという極めてまれな「革命」といえる。開発独裁では、政変他は過激で、前政権の…

安丸良夫「神々の明治維新」(岩波新書)-1 新政府の扇動で国学者と神道家と民衆が仏寺だけでなく民俗信仰の対象を破壊した。

教科書ではほとんど触れられない明治政府の神仏分離と廃仏毀釈は巨大な転換であった。政権がなくなり他国との交易が始まるときに不安と弱さを払しょくする代償なのである。自分の関心では、19世紀前半の古式神道の流行からの帰結であり、のちの国家神道や国…

安丸良夫「神々の明治維新」(岩波新書)-2 新政府は民間信仰と民俗習俗を抑圧し、神道行事を人びとに押し付けた。廃仏毀釈の先には教育勅語と靖国神社がある。

2024/07/18 安丸良夫「神々の明治維新」(岩波新書)-1 新政府の扇動で国学者と神道家と民衆が仏寺だけでなく民俗信仰の対象を破壊した。 1979年の続き 辻達也「江戸時代を考える」(中公新書)によると、16世紀後半から列島に住み人たちの識字率が上がり、…

毛利敏彦「大久保利通」(中公新書) 列島に住む人々が江戸時代の新思想である国体思想にかぶれて尊皇攘夷の宗教国家を作るまで。

19世紀の日本史を読書するとき不満になるのは、尊皇攘夷論がどこから出てくるのか説明がないことだ。本書にもない。尊皇と倒幕という革命思想は、主従関係を求める儒教や武士道からはでてこない。 俺のつたない読書から説明するとこうだ。17世紀後半に列島で…

内村鑑三「代表的日本人」(岩波文庫) キリスト教道徳に合致する代表的日本人は武士道的日本人。

明治30年代には日本人が英文で日本を紹介する本が続けて書かれた。新渡戸稲造「武士道」1899年、岡倉覚三「茶の本」1906年。もうひとつが本書、内村鑑三「代表的日本人」1908年。なぜかの問いは、日本文学の研究者が答えているだろうから、俺は妄想を書く…

石井正己「NHK こころをよむ 文豪たちが書いた関東大震災」(NHK出版 日本放送協会) 文豪たちの生き生きとした文章で100年以上たった災害を自分事としてとらえる。

1923年9月1日に発生した関東大震災。東京や横浜、鎌倉などの被災地には文士、芸術家が多数すみ、遠方から見舞いに来た者がいて、当時は未成年であったものがいた。彼らの文章は全集を参照しないことにはなかなかめにつかない。著者は長年、関東大震災…

江戸川乱歩「大金塊」(青空文庫) 国民学校の優秀な軍国少年は愛国心で苦難を克服する

江戸川乱歩には暗号小説がある。「二銭銅貨」、「算盤が恋を語る話」、「孤島の鬼」、「幽麗塔」をすぐにおもいつくが、なんといっても最高の暗号小説は「大金塊」だ。ということが、竹本健治「涙香迷宮」(講談社文庫)にかいてあったので、青空文庫に収録…

吉川英治「三国志」(青空文庫) 読者の「人生いかに生きるべきか」の問いに、大衆小説は皇軍兵士のように生きろと答える。

20代に羅漢中の「三国志演義」を夢中になって読みふけって、その2か月間の記憶が濃厚に残っている。羅漢中の作を読み返す前に、この国の高名な大衆小説を読もうと考えた。さいわい、有志により電子テキスト化されたものが青空文庫にあるので、この版を手…

奥泉光「雪の階(きざはし) 上下」(中公文庫) 昭和11年2月の雪の日、日本は階段を踏み越えてしまう。

昭和10年1935年の日本を描く。やはり中心になるのは、政治団体化した陸軍だ。すなわち、世界恐慌で深刻な不況に襲われ日本は同時期に起きた凶作のために、貧困化・窮乏化が進んだ。政党はビジネス界や産業界の思惑に振り回されて、農業対策と貧困対策はあと…

高橋正衛「2.26事件」(中公新書) 天皇親政を夢見た青年将校が起こした浅はかな政府要人暗殺テロ。事件後の軍部独裁国家は彼らの計画を採用して戦争にまい進する。

1965年に出版された本書の冒頭では、この事件に参加した兵士たちが集まって死刑になったものを供養する催しの様子が書かれる。なるほど、1936年におきた政府要人暗殺事件に関与した兵士は20歳そこそこだとすると、1965年には50代半ばを超えたくらいか。…

中村光夫「風俗小説論」(新潮文庫)-2 日本文学の歴史を作家の内面と技術だけで語るのは知的エリートたちの「小さな場所で大騒ぎ」。

前回の感想は著者に文句をいっているのか、風俗小説を書いた作家に文句をいっているのかわからないものだった。気になっていたので再読した。 odd-hatch.hatenablog.jp 失望。今後読む必要なし。 日本文学の「自然主義リアリズム」の発展を説明する試み。190…

白井聡「国体論」(集英社新書) 戦後の対米従属構造は対象を変えた国体。先行研究をよせあつめた歴史法則主義。

本書(2018年初出)は前著「永続敗戦論」の続きであり、補完であるらしい。「永続敗戦論」は未読だが、本書第1章から推測すると以下の通り。大日本帝国が敗戦を公布したので、アメリカは占領して戦争を起こさないように体制を変えた。そのやり方は天皇を統合…

筒井康隆「パプリカ」(中公文庫) 父権的な男の欲望を充足させるキャラでできた作者の過去作のパッチワーク。

先にアニメを見た(おもしろいともつまらないとも)ので、原作を読んだ。1993年初出。 精神医学研究所に勤める千葉敦子はノーベル賞級の研究者/サイコセラピスト。だが、彼女にはもうひとつの秘密の顔があった。他人の夢とシンクロして無意識界に侵入する夢…

コリン・ホルト・ソイヤー「老人たちの生活と推理」(創元推理文庫) 被害者の関係をあいまいにし容疑者を増やすのに、犯罪には無縁そうな老人ホームを現場にしてしまう。

ミステリーの現場を拡大する試み。犯罪の動機をわからなくし、被害者の関係をあいまいにし、容疑者を増やすためには、19世紀の大家族は便利だった。しかし21世紀の核家族と個人の孤立化はそのような大集団を作ることが難しい。そこで、寄宿舎、下宿、ホテル…

ピーター・スワンソン「そしてミランダを殺す」(創元推理文庫) ストーリーもプロットも、さまざまな先行作を思い出して懐かしいなあという感想になる最近作。

2014年の作品だが、ずっと懐かしいなあ懐かしいなあと思いながら読んでいた。 実業家のテッドは空港のバーで見知らぬ美女リリーに出会う。彼は酔った勢いで、妻ミランダの浮気を知ったことを話し「妻を殺したい」と言ってしまう。リリーはミランダは殺されて…

ロバート・ハインライン「宇宙の孤児」(ハヤカワ文庫) 世代を超える惑星間航行宇宙船はヨーロッパとアメリカのナショナルアイデンティティを喚起する。

少年ヒュウは友人らといっしょに入ってはいけないところにいき、手にしてはいけない本を見つけた。そこで彼らはミューティの襲撃にあい、命からがら逃げ帰る。老いた〈中尉〉がヒュウに目をかけ、彼を〈科学者〉にする教育を施した。長じたヒュウは再び入っ…

富原眞弓「ムーミンを読む」(ちくま文庫) シリーズを通じた家族の解体と再生。男性キャラはひがみやで空回りしてばかりで子供っぽい。

トーヴェ・ヤンソンのムーミンシリーズを「謎とき」風に読む。テキストに書かれていることを頼りに謎や意味を見出そうとする。過去に一通り読んだので、ストーリーのサマリーは作らず、読み達者による興味深い指摘を読む。なので、以下はそれぞれのストーリ…

富原眞弓「ムーミン谷のひみつ」(ちくま文庫) ヨーロッパの個人主義は、エゴと対立する他人をどうするかということを一生懸命考えて行動することなのだな

「ムーミンを読む」ちくま文庫で一冊ごとの分析をしたので、今度はキャラ分析を読む(出版は「ひみつ」が先)。 冒頭のムーミンシリーズのまとめが秀逸。・やさしくわかりやすく、ときとして説明的すぎる。・年齢や欲求に応じて、多重的に読み解く余地を与え…

富原眞弓「ムーミンのふたつの顔」(ちくま文庫) 作家であり挿絵画家である作者のシリーズにはいくつもの「ふたつの顔」がある。

「ふたつの顔」は多重的。この国ではムーミンはアニメ→児童文学→コミックスの順に知られているが、ヨーロッパではコミックス→アニメ→児童文学の順に知られているそう。アメリカではほとんど人気がない(なのでWWEがフィンランド遠征した時、日本出身のTAJIRI…

荒井献「ユダとは誰か」(講談社学術文庫) イエスの愛弟子の一人であり、ローマ当局によるイエスの十字架刑に至らしめた。それ以上のことは不明。

キリストの十二弟子の名前を諳んじることはできないが、ペテロとユダは例外的に覚えている。それはこの二人にはとても有名なエピソードがあり、信仰の核に触れるような問題を提起しているから。ことにユダは近代以降、自我の問題をみるようになってさまざま…

大貫隆「聖書の読み方」(岩波新書) あまり構えず、細部に拘泥しないでわかりやすいところから読みましょう。本書は内容を概説した「入門」ではないので注意。

聖書は、岡本喜八「肉弾」のセリフのように、「適当に面白くて、適当につまらなくて、どこから読んでもよくて、いつまでたっても読み終わらない本(引用は適当)」として読める。でも、聖書にアクセスしようとすると無数の問題がある。宗教書として読め、読…

弓削達「ローマはなぜ滅んだか」(講談社現代新書) 奴隷制と民族差別が帝国を滅ぼした

古代帝国の中では文献や資料が豊富であり、なによりヨーロッパの前身であるローマ帝国はヨーロッパ中心の世界史では重要な位置を占める。その栄枯盛衰(Rise and Fall)を見て、滅亡した理由を考える。 古代帝国は大陸にいくつもできたが、それとローマ帝国…

菊池良生「神聖ローマ帝国」(講談社現代新書) ヨーロッパを神権体制にする〈ローマ帝国〉は挫折したが、資本主義による世界システムがのちに世界を制覇した。

よくわかったのは、ヨーロッパはローマ帝国の遺風や遺産を強く意識していて、その後継者であることを誇りにしていること。たとえば皇帝はローマ帝国の制度において成り立つとされるから権威と権力をもてるのだ。しかも勝手に名乗ってはならず公的な手続きを…

岡崎勝世「聖書vs世界史」(講談社現代新書) 普遍史は聖書の記述に基づいて書かれた世界史。聖書より古いエジプトや中国の歴史にとまどう。

普遍史(ユニバーサル・ヒストリー)は聖書の記述に基づいて書かれた世界史。普遍史がかかれるようになったのは、古代ローマ時代で異教とされていたころ。キリスト教護教のために正当性を明かすために書かれた。以後、さまざまな教父が普遍史を記述してきた…

小泉丹「ラマルク『動物哲学』」(KINDLE) 普遍史が終わり人類の歴史が書きだされた時代に、ラマルクは種は変化すると主張した。フランス革命の時代精神が反映している。

ラマルクの「動物哲学」が電子書籍で入手できると喜んで購入したら、実は邦訳者による解説でした。もとは「岩波書店刊行 大思想文庫23」に収録とのことだが、いつの出版かKINDLEには記載がない。文庫版の「動物哲学」が出たのは1954年。ネットにでてきた「…

レオポルド・ランケ「ランケ自伝」(岩波文庫) 戦前の教養主義が規範とするべき保守的な学究によるプライベートがまったく書かれない自伝。

レオポルド・ランケは19世紀ドイツの歴史家。1795年に生まれて1886年に亡くなるという当時としては長命な人だった。この国では戦前から知られていた模様。本書の訳者の林健太郎が主要著作を翻訳している。でも、手軽に入手できたのは岩波文庫にあ…