正木典膳という中高年の法学者がいる。彼の法理論は世界的な名声を得ていて、都内の国立大学で法学部長を務めている。学内や学界だけでなく、折からの警職法改正問題で国会から参考人として招致されたりもしている。そのような栄達をした人物が突然スキャン…
高橋和巳は長編を主に書いていて、短編は極めて少ない。たぶんこの一冊だけ。解説には発表場所と年が書いていない。いつどういう状況書かれたものかはとても重要な情報なのに、そこに触れない解説や評論は無用。おそらく「悲の器」の前に書かれた習作だろう…
28から30歳くらいの元教師・西村がいる。彼は結婚し子供もいるが、この5年間熱中していたのは、父母らが入居していた長屋の住人36人の伝記を書くこと。出生も仕事も年齢も共通していない36人であるが、共通しているのは1945年8月6日8時15分に広島で死亡した…
2024/03/15 高橋和巳「憂鬱なる党派 上」(新潮文庫) 六全協で挫折した活動家たち。大島渚「日本の夜と霧」と同じ主題。 1965年の続き 20世紀にはこの小説は社会運動や革命運動のやりかたについての議論をどう評価するかで読んできただろう。革命家になる…
なんとも辛気臭い話がだらだらと続くなあと読んでいたが、下巻に入って疑問氷解。これはドストエフスキーの「罪と罰」を日本で再演しようとした小説なのだ。松本健一「ドストエフスキーと日本人」に高橋和巳の名がなかったので、注意していなかった。松本の…
個人的な思い出から。最初に小遣いで買った文庫本は「路傍の石」と「二十四の瞳」だったが、大人びた文庫として本書を買ったのは12歳の中学一年生のとき。学校に持ちこんで読んでいた。あいにく級友で関心を示すものはなく、孤独な読書だった(担任の女性教…
大学教員をしながら大長編を書き、そこに大量の随筆・随想を書いていたから、高橋和巳は忙しすぎたのだよなあ。資料を読むこむ時間も、題材を深く考える時間もなくて、どのレポートも不十分なのだ。たとえば、「人間にとって」には「現代思想と文学」「戦後…
明治の半ばに、神懸かりになった中年女性が救霊の啓示を受け、人救いの道に入る。彼女の人柄に惹かれた人々が入信し、ある被差別部落が部落を上げたりして参加した。そしてやりての中年男性が教組に拾われ、幅広い信仰運動を始める。最初は(たぶん)奈良県…
2024/03/07 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。 1966年の続き 前の要約は、教団の第1から第2世代の大人たちの物語。組織にがんじがらめになって、…
2024/03/07 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。 1966年2024/03/05 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-2 人に言えない秘密を持つ少年は常に苦労…
2024/03/04 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆・庶民は政治参加する楽しみを得る。窮乏による不満と不安はマイノリティにぶつけられる。 1966年2024/03/04 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆…
前作「悲の器」で法科系エリートを虚仮にした作家、今度は組合活動家を虚仮にする。という方向で読んだ。 特攻隊になったが一命を永らえた学生は機械工学の技術を得て、地元の機械製造会社の研究員となっている。欧米の高額な特許料を払うのも片腹痛いという…
高橋和巳の小説は書かれた思想に注目が集まるのだが、本書ではサスペンスに注目。すなわち、とある家に闖入し金品を要求して少額の紙幣を奪取した男がいる。よくある間抜けな強盗事件に思えたが、担当した警官は巧妙な仕掛けではないかと疑う。調べると、彼…
2024/02/27 高橋和巳「日本の悪霊」(新潮文庫)-1 狡猾な容疑者を中年警官が追いかけるサスペンス巨編。 1969年の続き 容疑者・村瀬は朝鮮戦争のころに大学生であった。入学当初から鬼頭を名乗る元坊主が始動する革命組織に加入していた。彼らは武装革命を…
40歳になる前に夭逝した作家のほとんど最後の作品。この後京都大学文学の教授になる大学闘争の調停に消耗し、がんを患って亡くなってしまった。多忙と多筆は想像力を枯渇させたのか、この中編はそれまでに発表した長編をつまみぐいしてこしらえた。 青木隆造…
高橋和巳は自分を孤立者、単独者としてみていて、さまざまな問題を一人で抱え、一人で解決しようとする。そこには強い責任感があるが、他人に開かれていないのでユーモアやゆとりがなくて、近寄りがたさを感じる。 わが解体 ・・・ 1970年の状況。数年前から…
俺は高橋和巳の小説は日本の教養主義者を描いたものだと思う。日本の教養主義は以下のアイデアに基づく。なので、小説やエッセイの主題になっている社会主義と共産主義運動、組織論、政治と文学はかっこにいれたほうがよい。なにしろ21世紀にはそれらの運動…
2024/02/20 河出文芸読本「高橋和巳」(河出書房)-1 若い人にはウケたが、年上の人は批判的だった「苦悩教」の作家。 1980年の続き 没後に編集された高橋和巳評。 座談会 高橋和巳の文学と思想(大江健三郎/小田実/中村真一郎/野間宏/埴谷雄高) ・・・ 作…
中国の歴史は断片的にしか知らないので手軽な通史を読む。高校生時代に、この3巻を通読したとはいえ、半世紀近くたっているとなると、初読に等しい。また1964年初出なので、学問的には不備があるはず。とくに考古学などの科学的知見に乏しい。本書でも上巻…
2024/02/16 貝塚茂樹「中国の歴史 上」(岩波新書)-1 古代から春秋戦国まで。宗教都市国家が官僚制国家に成長する。 1964年の続き 中国の歴史の中でも最も人気がある「史記」と「三国志」の時代。たいていはパワーゲームや戦略・戦術に目を奪われるようだ。…
2024/02/15 貝塚茂樹「中国の歴史 上」(岩波新書)-2 秦・漢から三国志の時代まで。都市国家連合から官僚による専制国家が誕生。 1964年の続き 最初のミレニアム期を駆け足ですぎる。前半は国がころころ変わるので、高校の歴史でもあっさりと通り過ぎるとこ…
2024/02/13 貝塚茂樹「中国の歴史 中」(岩波新書)-1 五胡十六国・南北朝から隋・唐まで。中国はいつも人口過剰なので、労働生産性をあげたり機械化する意欲に欠けていた。 1969年の続き 古代中国史の泰斗も、中世になると学識は及ばないのか、平坦な記述に…
2024/02/12 貝塚茂樹「中国の歴史 中」(岩波新書)-2 五大十国・宋から元まで。同じ中国文化圏のなかで分裂と統合を繰り返す。 1969年の続き 明から中華人民共和国の建国までの600年を新書一冊で取り上げるのは無理がありすぎた。そのうえ、著者はこの時…
トーマス・ナルスジャックの第1作で、全編がパロディという異色作。ハヤカワポケットミステリでは21編中の7編が訳出された。 odd-hatch.hatenablog.jp 有志が未訳短編を訳していた。そこにある3編を読む。労多謝。(感想のあとのURLは翻訳を公開しているペ…
1901年、ロンドンの下宿屋で奇妙な事件が起こる。ある婦人が生き別れの弟を見つけ出し、同居を始めたが弟は変人で奇人になっていた。東洋から持ち帰った仏像や甲冑を室内に入れているが、決して他人に触れさせない。その上部屋の暖炉に火を入れないし、食事…
1999年にでた第3短編集。でたばかりのノベルスをすぐ買ったはずなのに、中身をすっかり覚えていなくて、今回の文庫は再読とはいえまったく初読に等しい。何も思いだせなかった。 背信の交点 1996.10 ・・・ 信州からの帰りで「あずさ68号」に乗っていると、…
2001年の作。推理作家が推理小説を書いている、あるいは読者が推理小説を読んでいると、さまざまなトラブルと誘惑とアドバイスがやってくる。その先にある売れ行きと賞賛の期待ないし落胆。推理作家はほんと、つらいよ。 超税金対策殺人事件 ・・・ 大いに売…
ちょっとハードな読書をしていたので(ジェイムズ・ジョイスを集中的に読んでいる)、息抜きに「孤島もの」の探偵小説に手を出す。ストーリーは常に一緒で、しかし無数のバリエーションがあるので、気楽に読めるのだ。 犯罪社会学者の火村英生は、友人の有栖…
前回の初読で大感激した。それから14年。もういちど同じ気分を味わおうと、再読した。サマリーは前回の感想を参照。 odd-hatch.hatenablog.jp 幻滅、失望。 理由はふたつある。 ひとつは漱石の小説を全部読み直したこと。その結果、夏目漱石も坊ちゃんもこの…
イタロ・カルヴィーノ「マルコ・ポーロの見えない都市」(河出書房新社)の語り手がヴェネチアの牢に入っていると思いなせえ。そこには身代金を払えずに期限のない収容に退屈しているものらがいる。ある時、最も汚いぼろを着たマルコが不思議な話をする。それ…