odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

宮沢賢治「春と修羅」(青空文庫) ヘッケルの「霊魂不滅」「宇宙的な霊的進化」で書かれた日本型全体主義翼賛の文芸運動。

宮沢賢治にはまったく興味がない。そりゃ小学生のときに童話を読んだり、10代に詩集を読んで関心したりしたさ。20代の時に数冊を読んださ。でも、読んでいくうちに「なんかこいつへん」という感想になってそれっきりになった。見田宗介「宮沢賢治」岩波書店1…

三木清「ゲーテに於ける自然と歴史」「読書遍歴」他(青空文庫) 大正教養主義時代に「非政治的」という政治的な立場から読書の仕方を考える。

青空文庫に収録されている三木清の論文とエッセイから関心をもてそうなのを選んで読んだ。 マルクス主義と唯物論1927.08 ・・・ 新カント派からハイデガーを経由してパスカルに至った哲学者(「読書遍歴」)によるマルクス主義の解説。通俗的な説明に、さま…

小林多喜二「蟹工船・党生活者」(新潮文庫) 北海の船に閉じ込められた工員たちが重労働と低賃金で怒りを溜めていく。

2010年代に「蟹工船」が若い人たちによく読まれて、自分事として工員たちに共感した。あいにく俺は共感(エンパシー)を感じにくいたちなもので、とても冷静に分析的に読みます。自分に重ね合わせて読んでいる人たち、ごめんなさい。 蟹工船1929 ・・・ 特定…

小林多喜二「工場細胞・不在地主・防雪林」(青空文庫) ボルシェビズムを日本の労働問題や農村問題に当てはめるだけでは小説にならない。

小林多喜二のプロレタリア文学の新しさは、文学の場として工場を発見したこと。知的エリートたちが見向きもしなかった場所がとても人間くさい場所で、社会の問題が結晶しているかのような場所だったのだ。新しいのは、機械と騒音。工員も監督も工場との契約…

岡本かの子「老妓抄・他短編」(青空文庫)「家霊」「河明り」「東海道五十三次」 戦前昭和の高級家庭の女性像。

女性の文学をほとんど知らないという体たらくなので、青空文庫にある岡本かの子の小説や随筆を読む。俺が知っている文学史(昭和に書かれたもの)にはほとんど登場しない(か俺が無視していた)ので、あたりがつかない。とりあえず中公文庫の「老妓抄」に載…

原民喜「夏の花・心願の国」(新潮文庫) 「ピカ」の圧倒的な威力を前にすると言葉はまずしい。感情が鈍麻すると激しい揺り戻しがくる。

原民喜は1945.8.6の広島原爆の被災者。ここでは被爆とその後を書いた代表作二つを読む。 夏の花1947 ・・・ 妻を亡くした中年男(書かれていないが高校教師のため徴兵されていないらしい)が1945年8月6日の広島にいる。半裸で起きたばかりに「ピカ」にあう…

「西脇順三郎詩集」(新潮文庫) 西洋古典教養をもつ詩人は自我やエゴに固執しないし、説教も演説もしない。そこが心地よい。

人生三度目の読み直しは老年に入ってから。およそ20年前の感想は以下。 「西脇順三郎詩集」(新潮文庫) 高校生の時の難解さはとうに消え、日本語の美しさを堪能する。 60代の半ばに近づくと、もう〈この私〉が私であることは大きな問題ではない。むしろ自我…

山川方夫「全集」(新日本文学電子大系 (芙蓉文庫)) 日本国憲法で基本的人権尊重が道徳規範になったのに、昭和の男性作家のミソジニーとマチズモは強くなった。

山川方夫やまかわ・まさお(1930—1965)で知っていることは青空文庫の紹介文だけ。短編小説、ショートショート(★をつけたもの)の書き手。雑誌「マンハント」の常連。35歳で交通事故死。彼の同世代は、都筑道夫、筒井康隆、広瀬隆などか。ショートショート…

柴田翔「されどわれらが日々―」(文春文庫) 1950年代の知的エリートの自意識過剰な青春。空虚や貧しさを感じても他人に無関心なので救済されない。

2025/2/21放送のNHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」で、韓国では翻訳された柴田翔「されどわれらが日々―」がとても人気で、共感している読者がたくさんいるとレポートしていた。なるほど。俺も約半世紀前に読んだが、内容をすっかり忘れている。そこで、再読…

中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。

高校生のときに文学史の知識を得るために買った。教科書の後ろにあった文学年表をなんども見ていて(次に買う文庫を決めるため)、さらに本書を読んだので現国の文学史は完璧でした。以来半世紀を経ての再読。いやあ懐かしい。 とはいえ内容には不満。先に書…

中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-2 立身出世に背を向ける「落伍者」による日本の近代小説は、都市-田舎、金持ち-貧乏人の4グループの中で中心が移動していった。

2025/11/04 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。 1954年の続き 前のエントリーでは1890年代の頭の方までを取り上げた。漏れていることが二点。 ひとつは1890年代に帝国大学の方…

中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-3 タイトルは「大日本帝国時代の日本文学」とするほうが適切。

2025/11/04 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。 1954年2025/11/03 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-2 立身出世に背を向ける「落伍者」による日本の近代小説は、都市-…

川西正明「小説の終焉」(岩波新書) 日本の小説がオワったというより、家父長制の上位にいる異性愛者の男がいかにだらしないかがあきらかになった。

十代半ばから小説を読み始め、爾来四十年たち、あらかた日本文学を読んでしまった。そんな著者が言うには、昭和の終わりまでに日本の近現代小説は終焉を迎えた。日本の小説の歴史は終わった。 結論は同意するけど、そこに至る思考には不同意。俺には、日本の…

プロスペ・メリメ「カルメン」(岩波文庫)-1 フランスに圧倒されている王政スペイン。国内の少数民族は抑圧され差別されている。

メリメの原作(1840年)よりも、ビゼーの歌劇(1875年)のほうが有名。そのせいか純朴な若者が性悪な女にたぶらかされて、悪の組織に転落したが、女の浮気がやまないのでついカッとして殺人を犯してしまったという物語として理解されている(俺がそう)。フ…

プロスペ・メリメ「カルメン」(岩波文庫)-2 ロマの掟に忠実なカルメンは法を破ったホセの誘いには乗らない。アウトローがストーキングの末に殺人を犯すまで。

2025/10/29 プロスペ・メリメ「カルメン」(岩波文庫)-1 フランスに圧倒されている王政スペイン。国内の少数民族は抑圧され差別されている。 1840年の続き ドン・ホセはナヴァラ州生まれでバスク語を母語にするバスク人。バスクとバスク人は下記参照。もと…

シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-1 19世紀半ばのフランスの状況について

1855年に発表されてからずっと埋もれていたが、今世紀になって日本の翻訳者が発見して、原文付きの論文を発表した。するとフランスでも反響があって、復刻されたという。慶賀。 本文に入る前に前書きを読んで、この中編の背景を探ろう。 ・フランス革命は、…

シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-2 気難しく激高しやすいクレマンは積極的無神論者で、過去を隠す。妻の死と自分に似ていない息子に耐えられない。

2025/10/27 シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-1 19世紀半ばのフランスの状況について 1855年の続き パリで気ままな「放浪芸術家(ボエーム)」生活をしている青年マックスは、最近成金として名をあげているクレマン氏の夫人ロザリ…

シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-3 無神論と「法に罰せられないのであれば、人間はすべてが許される」は19世紀フランスの流行思想。

2025/10/27 シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-1 19世紀半ばのフランスの状況について 1855年2025/10/24 シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-2 気難しく激高しやすいクレマンは積極的無神論者で、過去を隠す…

アルチュール・ランボー「地獄の季節」(岩波文庫)-2 オカルティズムに影響をうけ、母国に居場所がないために生まれた脱出と自立の願望を書いた詩集。

人生三度目の読み直し。もう高校生時代の熱狂はないし、中年のときの高揚もない。詩想に溺れるよりも、なぜランボーはこういう想像力を持ったのか、という視点で読んだ。これまでの読書ではすっかり頭の中になかったが、ランボーが詩を書いたのはハイティー…

ガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」(ハヤカワ文庫) 19世紀のフランス長編探偵小説の集大成で、20世紀パズラー長編探偵小説の嚆矢。

探偵小説のベストリストを作れば上位に必ず入る有名作。百年以上前(1907年刊行)の作品がなぜいまでも人気があるのか。 初出1907年の15年前に起きた事件というので1892年のこと。アメリカ帰りの科学者が世界をあっと言わせる研究を進めていた(まだノーベル…

アンドレ・ジイド「田園交響楽」(岩波文庫) 20歳近い息子をもつ中年男が15歳の娘を教育名目で従属させようとする。家父長制に漬かった男の妄想恋愛小説。

牧師(明示されていないがすなわちプロテスタント)の「わたし」はある娘に呼び出されて村から離れた湖のほとりにある家に連れていかれた。老婆が死んでいて葬儀の段取りを決めたのち、そこにいた15歳くらい娘を引き取ることにする。彼女は盲目であり、教育…

仲野徹「エピジェネティクス」(岩波新書) 遺伝子の突然変異がなくても形質(表現型)は変わる。個体の多様性の原因のひとつ。

この30年間の生命科学の発展がよくわかる本。1980年代にヒトのゲノム解析をするのが国家プロジェクトになったのだが、数十年がかりで多数の研究者を必要とすると思われていた。それがシーケンサーの発明によって塩基配列決定が短時間でできるようになった。…

ジェイムズ・ワトソン「二重らせん」(講談社文庫) 生物学の科学革命の渦中にいた人の証言。女性科学者へのミソジニーはひどい。

DNAの構造解析が生物学のホットトピックだった1940~1950年代前半にかけての記録。著者はDNAの構造模型を提唱して、1962年にノーベル賞を受賞した。この研究に従事していたのは22~25歳にかけてのこと。なんとも早熟で、鼻っ柱が強く、傍若無人で怖いもの知…

佐々木力「科学論入門」(岩波新書)-1 古典科学、17世紀の科学革命、フランス革命以後の科学でみる科学の特性と発展

科学の専門教育に挫折した時、学生の残り時間で科学論を独習した。村上陽一郎や柴谷篤弘、トーマス・クーンなどの読書感想エントリーがあるのはそのなごり。しばらく離れていたので、数十年ぶりに科学論を読む。なお、科学論と科学哲学は重なるところが多い…

佐々木力「科学論入門」(岩波新書)-2 社会に直接インパクトを与える技術とは何か。社会的モラルに欠くエンジニアや開発者が問題を起こしている。

2025/10/15 佐々木力「科学論入門」(岩波新書)-1 古典科学、17世紀の科学革命、フランス革命以後の科学でみる科学の特性と発展 1996年の続き 続いて後半。テクノロジーが主題になる。 第3章 技術とはなにか、それは科学とどう関係するか? ・・・ 日本で…

木下尚江「評論集」(青空文庫) 田中正造と幸徳秋水の思い出。足尾鉱毒事件の貴重な記録。「火の柱」は微妙。

著者木下尚江は、すみません、よく知らない人。調べないで書くと、明治初期の生まれで若いときにキリスト教に感化。1900年前後に毎日新聞に入社。幸徳秋水、田中正造らと知り合う。当時の毎日新聞は経済的と政治的自由主義を主張する新聞社だった。彼の上司…

新田次郎「ある町の高い煙突」(文春文庫) 明治から大正にかけての日立銅山による煙害抗議運動。政府や企業の公害隠しの策謀は網羅されている。

明治から大正にかけての反公害運動をフィクション化したもの。題材になった日立鉱山の煙害のまえに、足尾銅山の鉱毒事件があった。田中正造の直訴と谷地中村消滅で有名だが、足尾の場合は公害被害者は国家の支援を受けられず離村離散してしまった。一方、日…

黒木登志夫「新型コロナの科学」(中公新書) 過去を思い出すと、政治家と官僚の不作為と無関心に腹が立つ。

2023年夏に第8波か第9波の流行があり、その次の波はとても小さくなった。すでにコロナウィルス感染で重症化する人は少なくなり、死亡者もほぼいなくなった。そしてなし崩し的に緊急事態宣言が解除され、三密やソーシャル・ディスタンスなども言われなくなり…

鬼頭昭雄「異常気象と地球温暖化」(岩波新書) 二酸化炭素排出の削減に成功しても、すぐに元の環境・生態系に戻るわけではない。数百年続く可能性がある。

2023年(感想を書いた年)は世界的に暑い夏。国連事務総長は「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代(the era of global boiling)が来た」と発言した。https://www.asahi.com/sdgs/article/14969821 地球がおかしなことになっている。それは新聞やテレ…

ギリシャ悲劇とギリシャ哲学 INDEX

2025/10/07 アイスキュロス「ペルシア人」(KINDLE) ギリシャ悲劇を政治学の教科書として読む。サラミス海戦大勝をペルシャの側から描くことで、愛郷心と愛国心をを喚起し民主制の大事さを教える。 BC472年2025/10/06 アイスキュロス「テーバイ攻めの七将」…