odd_hatchの読書ノート

エントリーは2800を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2022/10/06

日本文学_エンタメ

森村誠一「ミッドウェイ」(講談社文庫) IFを重ねて歴史を捏造しようとしても日本海軍は勝てない

1976年のジャック・スマイト監督の映画「ミッドウェイ」は、海戦・空戦のシーンになる後半になると、ドラマがなくなる。どうにかして戦争や戦闘の全体を伝えたいという意欲があるものの、カメラの眼は目前のシーンに注目してしまう。なにしろ、戦闘の帰趨を…

吉川英治「牢獄の花嫁」(青空文庫)

黒岩涙香の「死美人」に触発されて、吉川英治が昭和6年1931年に雑誌「キング」に一年間連載した。「死美人」もまたボアゴベの長編の翻案で、元の作があるのだが、その仔細は黒岩涙香「死美人」のエントリーを参照してください。 2022/04/29 黒岩涙香「…

宮下奈都「羊と鋼の森」(文春文庫)

日本文学はいつからモラトリアム時代の青少年を主人公にするようになったのだろう。この頃の傾向か?(あ、「浮雲」や「三四郎」のころからそうか。) 「僕」は山里くらし。中学生の時にピアノ調律の仕事を見学する機会があった。調律の仕事がしたいという希…

有川浩「明日の子供たち」(幻冬舎文庫)

児童養護施設は児童福祉法によると、「児童養護施設は、保護者のない児童、虐待されている児童など、環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設」だとのこと(w…

黒川博行「破門」(角川文庫)

中年の建設コンサルタントがいる。新規プロジェクトの際には、土地の買収やら建築会社の人夫手配やらのもめごとがあり、それの解決には大阪という土地柄やくざの力を借りねばならない。そのためやくざと腐れ縁ができ、時々持ち込まれてくる儲け話はいつもも…

村田沙耶香「コンビニ人間」(文春文庫)

感想が書きにくいなあ。悪口をいいだしたらとめどなくなりそうだけど、そうすると自分の社会や他人に対する偏見をあらわにすることになりそう。なので、ブッキッシュな話題で韜晦することにしよう。 他人と道徳や規範を共有していなくて、他者危害をしてしま…

池井戸潤「アキラとあきら」(徳間文庫)

零細工場の息子・山崎瑛と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向…

佐伯泰英「万両ノ雪 居眠り磐音(二十三)決定版」(文春文庫

新聞広告でこのシリーズの宣伝が派手に行われているのを見てきたが、興味をひかれたことはない。なぜか手元に回ってきたので、読んでみた。このシリーズの23巻ということだが、その前がどうなっているかは知らない。 「磐音不在の江戸を島抜け一味が狙う!/…

川村元気「億男」(文春文庫)

図書館勤務の一男君。災厄が訪れる。弟が3000万円の借金を残して失踪したので、肩代わりを引き受ける。夜間のアルバイトをするようになったら、妻と娘が家を出て行ってしまう。でも、宝くじで3億円を当ててしまう。高額当選者が悲惨な人生を送るようになる…

板倉俊之「蟻地獄」(新潮文庫)

19歳の「俺」は数か月の特訓の成果を見せるために、闇カジノにはいる。純正のブラックジャックをだすと、ボーナスがついて大金を手に似れることができるのだ。数時間かけて素人であり、かつ負けが込んでいるという演技をして、その瞬間を迎える。成功したが…

又吉直樹「火花」(文春文庫) 無理くりいえば、師匠探しとその乗り越えがテーマの「私小説」

小説には、珍しい職業をテーマにしたものがあって、例えば最近作(でもないか)では有川浩「空飛ぶ広報室」(幻冬舎文庫) あたり。この中編もそのひとつ。ここでは漫才師の世界。読者は成果をテレビなどで見ることはあるが、その裏側でやっていることは知ら…

有川浩「空飛ぶ広報室」(幻冬舎文庫) 職業や仕事についての批判や問い返しがない職業小説は自衛隊の「広報」に堕する。

小説には、珍しい職業をテーマにしたものがあって、たとえば井伏鱒二の「駅前旅館」。あるいは都筑道夫のホテル・ディックシリーズ。ノンフィクションだと、特殊清掃とか、南極越冬隊の食事担当など。まあ、読者の周囲にある「世間」では想像つかないような…

池井戸潤「七つの会議」(集英社文庫) 日本型経営システムは保身と現状維持と社内ライバルとの競争ばかりで、民主的な合意を形成できない。

年商1千億円の中小企業(おれにとっては「え、その売り上げで中小だって!!」)。そこで起きる7つの会議を詳細に描く。部内の営業会議、下請け企業の役員会、企画会議、計数会議(全社の営業会議の前の利益確認用)、連絡会議(複数部署の情報交換)、役員会…

宮部みゆき「荒神」(朝日新聞出版) ゴシックロマンスと怪獣特撮映画を合体してみたのだが...

朝日新聞夕刊に連載されたもの(そういえば載っていたなあ)を改稿して2014年に出版。タイトルは「こうじん」と読むのだそうだ。俺は石川淳「荒魂」が頭にあったので、「あらがみ」と読んでしまったよ。 俺のようにすれっからしになると、小説にノレないとき…

宮部みゆき「小暮写真館」(講談社文庫) 理想化された「ヨイコ」の高校生が問題解決をしても、彼らの行く先の社会には閉塞感が漂う。

目白に住んでいたサラリーマン一家が千川に引っ越す。引っ越し先は築数十年の元写真館で、この家には亡くなった店主の幽霊が出るといううわさがある。酔狂な父が面白がり、改装しないでそのまま使うことにしたのだ。写真館が営業を再会したと思い込んだ人が…

伊坂幸太郎「残り全部バケーション」(集英社文庫)

5つの短編を収録した連作集。物語の中心にいるのは、溝口という始末屋。上からの命令で汚れ仕事、濡れ仕事を行う暴力的な男だ。岡田という若い男を助手にして、当たり屋をやったりゆすりをしたり。最初のうちは、内省的な助手の岡田の話が続くので、彼の物…

入江徳郎「泣虫記者」(春陽文庫)

作者はジャーナリスト、ニュースキャスターで、1960年代に「天声人語」を書いていたこともある(へえ)。文庫にまとめられたのは1961年だが、1952年から断続的に描かれていたみたい。なるほど、明神礁がでてきたり(1952年のできごと)、戦争孤児の行く末が書…

司馬遼太郎「空海の風景 下」(中公文庫) 宗教者であり、思索家であり、詩作家であり、書家であり、経営者であり、教師であり、技術者であり、起業家であり、一体いくつの顔をもっているのやら

下巻は恵果から密教の法を伝授され、帰国後、密教の指導者になるまで。多くのページでは最澄との関係が描かれる。 自分もよく知らない時代なので、年表を形式で空海の後半生をまとめておくことにするか。 805年: 最澄帰朝。最澄高雄山寺でわが国最初の灌頂…

司馬遼太郎「空海の風景 上」(中公文庫) 思想家としては、ほとんど唯一世界的なところに立つことのできる日本生まれの巨人。その前半生。

思想家としてみると、ほとんど唯一世界的なところに立つことのできる巨人。華麗な漢文を書かせると唐人を驚かせ、書を書かせると本邦最大の達人。治水工事の技術者、巨大プロジェクトのリーダー、組織の執行者、当代最高の呪術者。これだけのことを一身に背…

池井戸潤「ルーズヴェルト・ゲーム」(講談社文庫) 熱血少年野球マンガを大人の視点でみたらビジネスに通じるところがあった。

往年の栄光はどこへやら、今は廃部寸前の野球部に転校生(新入生)が入部する。部員たちは彼らを白眼視するが、転校生(新入生)はわき目も振らずに猛練習。反目していた部員たちは彼の熱意に打たれたか、あるいは喧嘩のすえの和解でか、いっしょに練習をは…

池井戸潤「下町ロケット」(小学館文庫) 「努力・友情・勝利」で日本人の琴線に触れる国民文学。御都合主義なところもふくめて愛される小説。

ロケットの開発研究者が試作に失敗し、父の町工場を継ぐことになった。以来7年、売り上げを三倍に伸ばすくらいの手腕を発揮したが、売る当てのない水素エンジン用バルブの開発に巨額な研究費を投資している。そのことに社内の風当たりは強いが、利益の出て…

池井戸潤「不祥事」(講談社文庫) 銀行を舞台にした「水戸黄門」。印籠のかわりに理性に科学にディベート能力あたりを使う。

全国に支店を構える都市銀行・東京第一銀行の事務部には臨店チームという組織がある。これだけ支店が多いと同じシステムを使っていても支店ごとに業務の仕方が異なるので指導教育を担当したり、人事リソースの不足した支店に応援に出かけたり、不祥事やミス…

池井戸潤「銀行総務特命」(講談社文庫) 銀行の破綻や不祥事が続発していた時代に書かれた,銀行が自浄作用を持つというファンタジー。

都市銀行でも有数の大手である帝都銀行には、総務部企画Gの特命担当という組織がある。彼らのもとには行内の不祥事を処理する依頼がやってくる。どの部署に行っても嫌われる特命課・指宿修平調査役が巨大銀行の闇と対決する!! こんなあおりでいいかな。テ…

高野和明「ジェノサイド 下」(角川文庫)

2014/07/23 高野和明「ジェノサイド 上」(角川文庫) 全体は3部構成。第1部「ハイズマンレポート」はネメシス計画の準備とターゲットの補足まで。ここでは、小松左京「復活の日」、笠井潔「オイディプス症候群」などの人工的な病毒ウィルスをめぐるパニック…

高野和明「ジェノサイド 上」(角川文庫)

登場人物のすべてがプロであって、そのプロがおのれのプライドにかけて任務を達成しようと意気込んでいる。そうすると、どのような危機も克服できるのであって、その克服の方法が素人のわれわれの予想を超えているのであるから、われわれは神のごとき「上か…

伊坂幸太郎「SOSの猿」(中公文庫)

二つの物語が交互にかたられる。ひとつは、エアコン販売員でエクソシストの資格を持つ中年男性が、引きこもりの高校生をカウンセリングする話。ローマに絵の勉強にいったが、そちらはものにならず、代わりにエクソシストの資格を取ったという変わり種。彼は…

伊坂幸太郎「あるキング」(徳間文庫)

昔、千葉県松戸市にパイレーツという職業野球団があって、これがめっぽう弱くてのう。9回の試合がいつ終わるか見当もつかなかったもんじゃ。そこに富士一平なる優秀、生真面目なピッチャーが入団することになって、すこしはわしらも期待したものじゃ。 とい…

百田尚樹「幸福な生活」(祥伝社文庫)

あとがきによると作者は長年放送作家をしていたそうな。なるほど藤本儀一、井上ひさし、辻真先、景山民夫の系譜にある人だな。こういう人の作品は、読者を楽しませることに関しては手間を惜しまないはず。以下の18編のショートショートが収録されている。い…

曽野綾子「太郎物語」(新潮文庫)

昭和30年1月23日生まれの山本太郎くんは、高校生。大学教授の父と翻訳家の母を持つ一人っ子。でもって、成績はそれなりに優秀(勉強している描写はなくてもどうやら上位にいる模様)、個人でするスポーツ好きで陸上部に所属し県の大会で11秒3を出して2位。…

司馬遼太郎「竜馬が行く」(文春文庫) 実在の龍馬ではない「竜馬」は、伝奇小説とハーレクインロマンスの主人公

最初に読んだのは中学1年生のとき。「国盗り物語」の大河ドラマを欠かさず見ているときに、「国盗り物語」「の原作を読み、これほど面白い小説があるのかと図書館にいって、同じ著者のこの小説を借りてきたのだった。(自慢することにしよう。それから1年を…