odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

歴史・地理

弓削達「ローマはなぜ滅んだか」(講談社現代新書) 奴隷制と民族差別が帝国を滅ぼした

古代帝国の中では文献や資料が豊富であり、なによりヨーロッパの前身であるローマ帝国はヨーロッパ中心の世界史では重要な位置を占める。その栄枯盛衰(Rise and Fall)を見て、滅亡した理由を考える。 古代帝国は大陸にいくつもできたが、それとローマ帝国…

菊池良生「神聖ローマ帝国」(講談社現代新書) ヨーロッパを神権体制にする〈ローマ帝国〉は挫折したが、資本主義による世界システムがのちに世界を制覇した。

よくわかったのは、ヨーロッパはローマ帝国の遺風や遺産を強く意識していて、その後継者であることを誇りにしていること。たとえば皇帝はローマ帝国の制度において成り立つとされるから権威と権力をもてるのだ。しかも勝手に名乗ってはならず公的な手続きを…

岡崎勝世「聖書vs世界史」(講談社現代新書) 普遍史は聖書の記述に基づいて書かれた世界史。聖書より古いエジプトや中国の歴史にとまどう。

普遍史(ユニバーサル・ヒストリー)は聖書の記述に基づいて書かれた世界史。普遍史がかかれるようになったのは、古代ローマ時代で異教とされていたころ。キリスト教護教のために正当性を明かすために書かれた。以後、さまざまな教父が普遍史を記述してきた…

レオポルド・ランケ「ランケ自伝」(岩波文庫) 戦前の教養主義が規範とするべき保守的な学究によるプライベートがまったく書かれない自伝。

レオポルド・ランケは19世紀ドイツの歴史家。1795年に生まれて1886年に亡くなるという当時としては長命な人だった。この国では戦前から知られていた模様。本書の訳者の林健太郎が主要著作を翻訳している。でも、手軽に入手できたのは岩波文庫にあ…

川北稔「世界システム論講義」(ちくま学芸文庫)-1 世界システム論は、近代世界を一つの生き物のように考え、象徴としての「コロンブス」以降の世界はヨーロッパ世界システムの展開である

歴史をみるときに、国を単位として展開するとみる一国史観と、国は同じ一つのコースに沿って競争するという単線的反転段階史観。これらの見方はやめよう。かわりに、近代世界を一つの生き物のように考え、近代の世界史を有機体の展開道程としてみるシステム…

川北稔「世界システム論講義」(ちくま学芸文庫)-2 ヨーロッパは政治的統合体を作らなかったから世界システムを作れた

2024/06/04 川北稔「世界システム論講義」(ちくま学芸文庫)-1 世界システム論は、近代世界を一つの生き物のように考え、象徴としての「コロンブス」以降の世界はヨーロッパ世界システムの展開である 2016年の続き なぜヨーロッパは世界システムをつくるこ…

川北稔「世界システム論講義」(ちくま学芸文庫)-3 世界システムのヘゲモニー国も、せいぜい50年ほどしか覇権をとれない。次の覇権国はまだ見えてこない。

2024/06/04 川北稔「世界システム論講義」(ちくま学芸文庫)-1 世界システム論は、近代世界を一つの生き物のように考え、象徴としての「コロンブス」以降の世界はヨーロッパ世界システムの展開である 2016年2024/06/03 川北稔「世界システム論講義」(ちく…

インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-1 地中海貿易を遮断されたヨーロッパが新大陸での民族浄化と奴隷制、国内の性差別で資本主義を発展させた。

「新版」であるのは1983年にでた「史的システムとしての資本主義」に、「資本主義の文明」二編を追加した版を1995年に出版したため。近代史を「世界システム」の変遷とみるやりかたはだいぶ普及しているが、その嚆矢になった論文。 川北稔「世界システム論講…

インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-2 資本・企業家は資本蓄積だけが目的であるように、労働者は自らの生存と負担軽減だけが目的。反システムの社会主義は資本主義的世界システムの援軍になる。

2024/05/30 インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-1 地中海貿易を遮断されたヨーロッパが新大陸での民族浄化と奴隷制、国内の性差別で資本主義を発展させた。 1995年の続き 前言撤回。人種差別(レイシズム…

インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-3 資本主義的世界システムは危機。その先は新封建国家か民主的ファシズムか。

2024/05/30 インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-1 地中海貿易を遮断されたヨーロッパが新大陸での民族浄化と奴隷制、国内の性差別で資本主義を発展させた。 1995年2024/05/28 インマニュエル・ウォーラー…

森島恒雄「魔女狩り」(岩波新書) マイノリティと女性を嫌悪するプロパガンダが起こした大殺戮

魔女という概念は古代からあったが、中世のキリスト教社会では寛容だった。懺悔を白という命令だけでおしまいになることが多かったという。それが転換するのは、13世紀の南フランスやカタルーニアなどで異端(アルビ派、ヴィルドー派、カタリ派など)が活動…

上杉忍「アメリカ黒人の歴史」(中公新書) 黒人奴隷制に支えられた白人の国アメリカはいかにして世界システムの覇権を取ったか。

20世紀後半に書かれた「アメリカ黒人の歴史」を先に読んだ。感想は以下。2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年2022/03/19 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 1990年 本書は2013年に書かれた。21世紀になっ…

ジェームス・M・バーグマン「黒人差別とアメリカ公民権運動」(集英社新書) 1950-60年代の公民権運動。白人レイシストと行政・司法が結託して黒人に暴力・リンチを行い、どう対抗するかが重要課題。

アメリカ黒人の歴史のうち、1950-60年代の公民権運動を描く。黒人の歴史(アメリカでは大学の授業がある)の通史は以下を参照。 odd-hatch.hatenablog.jp odd-hatch.hatenablog.jp 上杉忍「アメリカ黒人の歴史」(中公新書) 本書を呼んだ限りでは、「公民権…

平野千果子「人種主義の歴史」(岩波新書) 16世紀のアフリカ黒人奴隷制から始まる差別目的の人種主義(racism)が存在しない「人種」を作ってきた。

本書で人種主義としているのはレイシズム(racism)の日本語訳。この言葉が使われるようになったのは19世紀末からだが、差別の意味をもつraceは古くから使われてきた。「人種」は存在しないが、差別目的の人種主義が人種をつくってきた。それぞれの時代の思…

阿部謹也「『教養』とは何か」(講談社現代新書) 教養主義は職業選択の自由と学歴社会があって成立する

著者は高名な西洋中世史研究者。1980-90年代は人気があった人だったと記憶する。その人が「教養」について書くから、竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)で触れられなかった西洋の教養の歴史がわかると思って読んだ。1996年刊行。あとがきによ…

片山杜秀「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」(文春新書) 発注者・買い手・消費者・観客などのステークホルダーが作曲家と作品を変えていく。

煽情的なタイトルだが、漫然とベートーヴェンを聴くだけでは世界史はわからない。ベートーヴェンが作品を書くに至った背景を知らないと、世界史は見えてこない。ことに彼の作品を価値あるものと認めた「受け取り手」の存在が重要なのだ。すなわち、発注者・…

小宮正安「モーツァルトを『造った』男」(講談社現代新書) 批判ばかりのケッヘル番号を作った凡庸なディレッタントの生涯。市民社会が大衆社会になるまで。

ルートヴィヒ・ケッヘル(1800-1877)は19世紀ハプスブルグ帝国の地に生まれる。ルートヴッヒは高等教育を受けたのち、貴族の家庭教師となり、のちに貴族に列せられた。そのために無税になり、年金をうけとることができる。鉱物のコレクションを続けていた(…

増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-1 3世紀のローマ帝国に東洋の国家観が入り皇帝と官僚に権限が集中すると、経済が停滞する。

ヨーロッパとは何かの問いに本書で答えると、地中海地帯と西ヨーロッパと東ヨーロッパに分けられる大きな地域の総称であり、古典古代(ギリシャ、ローマ)とキリスト教とゲルマン民族の精神を共有している集団であるといえる。ただ、内実を詳細にみると、地…

増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-2 極少数のゲルマン民族にローマ民は進んで同化する。ゲルマン民族は強制的な単一国家を求めるより、下から自発的な集団から国家を作る

2022/04/11 増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-1 1967年の続き これまでの章では古代の終焉をそれまでの支配者であったローマの側から見てきた。以降は、新しい支配層になったゲルマン民族の側からみる。当時のゲルマン民族は無文字だったので、資…

弓削達「ローマ 世界の都市の物語」(文春文庫) マグダラのマリアを中心にする女性イエス集団が信仰を伝導していた

著者は 弓削達「世界の歴史05 ローマ帝国とキリスト教」(河出文庫)を書いた人。このエッセイでは、ローマという都市でおきた約2000年のできごとをみる。 ちょっと話をずらせば、この国ではエッセイは身辺雑事の「心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく…

井上浩一「生き残った帝国ビザンチン」(講談社現代新書) ビザンチンに残されたローマ帝国の遺風とその後の革新を遅れたヨーロッパが模倣する。

ヨーロッパ史を読むと、西ローマ帝国の滅亡からあと十字軍まではあまり関心を持てない時代。古代帝国が消えた後に、部族社会に後戻りした感があるから。一方、コンスタンティノープルに遷都した東ローマ帝国はというと、ほとんど記述されないで15世紀初頭の…

中谷功治「ビザンツ帝国」(中公新書) ヨーロッパの「正義の十字軍」はビザンチンからみると恐怖と略奪と殺戮の「蛮族の大移動」

井上浩一「生き残った帝国ビザンチン」(講談社現代新書)1990年を最近よんだときに、 以上のサマリーはあまりにヨーロッパ中心的な見方で、これではギリシャ・ローマの伝統文化をヨーロッパに伝達する中継者という役割に限定している。それはよろしくないわ…

堀越孝一編「新書ヨーロッパ史 中世篇」(講談社現代新書) 中世のヨーロッパは領邦の集合と教会の二重権力体制。キリスト教化がいきわたると、宗教的情熱は外に向かう。

クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)を読んで(だけではないけど)、ヨーロッパという摩訶不思議な地域に関心をもった。ヨーロッパが成立するまでは増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)、ヨーロッパの中世は鯖田豊之「…

澤井繁男「イタリア・ルネサンス」(講談社現代新書) ルネサンス文学の記述は専門的すぎるので、政治と経済と外交の情報を読み取ろう。ルネサンスは自律した運動というより、ビザンツやイスラムの文化の咀嚼運動。

本書を読む際に、ルネサンスを大まかに知っていた方がよいので、このエントリーを参照。会田雄二「世界の歴史12 ルネサンス」(河出文庫)-1会田雄次「世界の歴史12 ルネサンス」(河出文庫)-2 ルネサンスという時代(だいたい1300年から1600年まで)をイ…

吉村正和「フリーメイソン」(講談社現代新書) 陰謀団ではなく、開かれた友愛団体

フリーメイソンはモーツァルトの「魔笛」に関係しているという話(キャサリン・トムソン「モーツァルトとフリーメーソン」法政大学出版局)と、トンデモ陰謀論によく登場することで知っているくらい。そこで本書を読む。冒頭にエドガー・A・ポー「アモンテイ…

深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-1 宗教改革運動は社会の体制に組み込まれるものと、個人の選択と意思を重視する政治運動に分派する。

著者には問題がある。 (本書「プロテスタンティズム」の)第19回「読売・吉野作造賞」授賞取り消しのお知らせ 2019/5/17https://www.chuko.co.jp/news/112323.html「深井氏の別の著書と論考(『ヴァイマールの聖なる政治的精神』、「エルンスト・トレルチの…

深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-2 近現代のプロテスタンティズム。欧州の保守主義とアメリカのリベラリズム。

2022/03/30 深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-1 2017年の続き 以降の章は、18世紀以降。もの凄く駆け足。中心になる地域は、ドイツとアメリカ。とても大雑把に言うと、ドイツは北部のプロテスタントに南部のカソリックがあり、周辺にはカソリッ…

山内昌之「民族と国家」(岩波新書) 中世から近世のイスラム世界。シルクロード交易が海上交易ですたれると、イスラム〈帝国〉のタガが緩み反乱や独立が頻発。

民族と国家は新しいがむずかしい。塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)を読んでもよくわからないうえ、国によって大きな違いがある。でも、国民国家が生まれたのは、イギリスとフランスなので、その国をモデルとし、おもに西洋の基準で考えてしまう。…

渡部哲郎「バスクとバスク人」(平凡社新書) 国家と民族が一致しない人々のナショナリズムと自治権。

バスクはフランスに隣接する大西洋に面したスペインの一部。地中海に面したカタルーニアもそうだけど、スペインには多数の「地方」があって、それぞれ独立した民族とみなされている。ことにバスク地方は、海や険峻な山地のために他の人たちが入りづらく、独…

上田和夫「ユダヤ人」(講談社現代新書) 古代から19世紀末までのユダヤ史。教科書が教えない歴史を知って偏見をなくそう。

西洋史を勉強するとユダヤ人の話題はそこかしこで出てくるがたいていは点の描写。反ユダヤ感情やホロコーストがどのように起きたかをしるには情報が不足。そこで、ユダヤ人の側から見た民族史をみることにする。初出は1986年なので情報は古い。とくに21世紀…