odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

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黒岩涙香「紳士のゆくえ」明治24年(別冊幻影城「黒岩涙香集」から全文採録)

紳士のゆくえ 黒岩涙香 一 不思議、不思議、煙の如く消え失せて更にゆくえの知れざる一紳士あり。 甲「何処へ行った」 乙「夫が分らぬから不思議じゃないか」 甲「何処で居なくなった」 乙「夫も分らぬ」 甲「ではまるで消えて仕舞った様な者だネ」 乙「爾々…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 01

ベンガル美人 一度彼女を見た、しばしば彼女を見た。彼女は消えたが、わが夕の空に残した輝きの一つ星・・・その額に印さる小さき紅の符号。黄金の縁取れる水色のサリー身に纏い、椅子に横たわる彼女をわれは見た、恋を夢見る一匹の蛇。微笑む彼女を見た・・…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 02

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 01の続き アジャンダ壁画題賛 何と言う気違いじみた生の追求だ、幸福の世界を称える飾りなき歌、彼らは今日の法悦に全身を供える、自分共は人間の歴史から分離して、花や鳥の生活に帰へる。直截に、衝動的に、自由に、彼ら…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 03

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 02の続き 賢い人は語るらく 「存在」の戸は錆びたり、開け放ち、君の心に狂喜の風を吹き入れよ・・・風だ、風だ、風だ。風に時代の塵を一掃させ、風に吹き飛ばされて、人生を改まるという世界の涯へ。廃墟を見ること長きに…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 04

雨のラクノウ 秋雨が降る、歌の遺産を心の酒杯にそそぐ、妖魔は器用で愛すべし、お前は糸を紡いで、銀針金の小さな籠を編む。猿はお尻と額を赤く塗る、樹下の聖者を気取るぶら提灯、或は枝から枝へと橋をかける虹。花は恋の格子戸により添って、恥ずかしそう…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 05

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 04の続き 真夜中の散歩 甘い強い花の香気が鼻をつく。真暗でも何かしらない花が一面に咲いていることが知れる。道は広いか狭いか分らない・・・小さい柔軟でしかも粘り強い鳶のような雑草が、両側を覆っているらしい。私は…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 06 タゴール叙情詩 劇詩

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 05の続き そよ吹く四月よ漂泊ふ四月よ そよ吹く四月よ、漂泊ふ四月よ、 .お前の音楽の律動で私を揺さぶれ。甘い驚愕で私に触れ、お前の妖術で私の枝を慄かせよ。お前は路傍の眠りから私を驚かし、私は人生の夢から目覚めさ…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 07 タゴール「アマとヴァナヤカ(劇詩)」

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 06 タゴール叙情詩 劇詩の続き アマとヴァナヤカ(劇詩) 戦場の一室、アマは父ヴァナヤカに出会う。 ヴァナヤカ回教徒の夫を恐れない無恥の浮気女め。お前が呼ぶお父さんは我でない。 アマあなたは不誠実にも私の夫をお殺し…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 08 タゴール「ソマカとリトヴィク(劇詩)」

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 07 タゴール「アマとヴァナヤカ(劇詩)」の続き ソマカとリトヴィク(劇詩) ソマカ王は幽霊戦車に乗って天国へ急ぐ途中、路傍に他の幽霊団を見る。そのなかに嘗てリトヴィク王室の高僧であったリトヴィクがいる。 声王様、何…

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 09 タゴール「母の祈願(劇詩)」

野口米次郎定本詩集第3巻 印度詩集 08 タゴール「ソマカとリトヴィク(劇詩)」の続き 母の祈願(劇詩) カウラワの盲目王ドリタラシュトラと女王ガンダリの子ヅュチョダナは、従兄弟であるバンダバの諸王から領土をいかさま手段によって奪った。 ドリタラシュト…

江戸川乱歩「探偵作家としてのエドガー・ポオ」(1949)(エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)から全文採録)

探偵作家としてのエドガー・ポオ 江戸川乱歩 1 推理三味(ざんまい) 探偵小説史は一八四一年から始まると云われているとおり、ポオの処女探偵小説『モルグ街』は、その年の四月フィラデルフィアの〈グレアム雑誌〉に発表されたのだが、彼はそれ以来一八四…

江戸川乱歩「カー問答」(1950)(ミステリマガジンNo255,1977年7月号から全文採録)

略歴 「あなたはカーがひどくお好きなようだから、いろいろお訊ねして見たいと思いますが、先ず彼の略歴から一つ」 「そうだね、僕も詳しいことは知らないが、ここにあるヘイクラフトの『娯楽としての殺人』(探偵小説史)と、やはりヘイクラフトの執筆してい…

フョードル・ドストエフスキー「エドガー・ポーの三つの短編」(米川正夫訳)

フョードル・ドストエフスキー エドガー・ポーの三つの短編 エドガー・ポーの二、三の短編は、すでにロシヤ語に翻訳されて、わが国の雑誌に掲載された。われわれはまた新しく三つの短編を読者に捧げる。彼はじつに奇妙な作家である、――大きな才能を持っては…

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著作権が切れた文章をテキスト起こししました。 江戸川乱歩 江戸川乱歩「探偵作家としてのエドガー・ポオ」(1949)(エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)から全文採録) 江戸川乱歩「カー問答」(1950)(ミステリマガジンNo255,1977年7月号…

フョードル・ドストエフスキー「ボボーク」(米川正夫訳)

ボボーク 今度は『ある男の手紀』を掲戦することにしよう。それはわたしではない。まったく別な人なのである。これ以上の前置きは不必要と思う。 『ある男の手記』 セミョーン・アルダリオーノヴィチが、おとといわたしをつかまえてだしぬけに、 「ねえ、イ…

フョードル・ドストエフスキー「キリストのヨルカに召されし少年」(米川正夫訳)

キリストのヨルカに召されし少年 けれど、わたしは小説家であるから、どうやら自分でも一つの「物語」を創作したようだ。なぜ「ようだ」などと書くのかといえば、なにしろわたしは創作したことは自分でもたしかに知っていながら、それでもこれはどこかで、ほ…

フョードル・ドストエフスキー「百姓マレイ」(米川正夫訳)

百姓マレイ しかし、こんなprofessions de foi(信条声明)を読むのは、退屈至極なことと思うから、わたしはある一つのアネクドートを語ろうと思う。もっとも、アネクドートというのはあたらない。要するに、一つの遠い昔の思い出にすぎないのだが、わたしは…

フョードル・ドストエフスキー「百歳の老婆」(米川正夫訳)

百歳の老婆 その朝、わたしは大へん遅くなりました。――この間ある婦人がわたしにこんな話をした。――で、家を出たのは、もうかれこれ午ごろでした。しかも、その時にかぎって、まるでわざと狙ったように、用事がたくさんたまっていました。ちょうどニコラエフ…

フェードル・ドストエフスキー「宣告」(米川正夫訳)

4 宣告 ここでついでに、退屈のために自殺したある男、もちろん、唯物論者のある考察をお目にかけよう。 「……まったくのところ、いったい自然はどういう権利があって、何かえたいの知れない永遠の法則のために、このおれを世の中へ生み出したのだろう?おれ…

フョードル・ドストエフスキー「おとなしい女」第1章(米川正夫訳)

おとなしい女――空想的な物語―― 著者より わたしはまずもって読者諸君に、今度、いつもの形式をとった『日記』の代わりに、一編の小説のみを供することについて、お許しを願わねばならぬこととなった。しかしながら、事実一か月の大部分、わたしはこの小説に…

フョードル・ドストエフスキー「おとなしい女」第2章(米川正夫訳)

フョードル・ドストエフスキー「おとなしい女」第1章(米川正夫訳)の続き。 第2章 1 傲慢の夢 ルケリヤはたった今、このままわたしのところに住みつこうと思わない、奥さんの葬式がすんだら、早速お暇をいただくと言明した。わたしは五分ばかりひざまつい…

フョードル・ドストエフスキー「3 ロシヤの誕刺文学 処女地 終焉の歌 古い思い出」(米川正夫訳)

3 ロシヤの誕刺文学 処女地 終焉の歌 古い思い出 わたしは今月文学、つまり美文学、「純文学」にも精進した。そして、なにやかや夢中になって読破した。ついでながら、わたしはさきごろロシヤの調刺文学、――といって、現代の、今日のわが調刺文学なのである…

フョードル・ドストエフスキー「おかしな人間の夢」(米川正夫訳)

おかしな人間の夢 ――空想的な物語―― おれはおかしな人間だ。やつらはおれをいま気ちがいだといっている。もしおれが依然として旧のごとく、やつらにとっておかしな人間でなくなったとすれば、これは、位があがったというものだ。だが、もうおれは今さら怒ら…

フョードル・ドストエフスキー「プーシキン論」(米川正夫訳)

第2章 プーシキン論 六月八日、ロシヤ文学愛好者協会の大会においてなされたる演説 プーシキンはなみなみならぬ現象である、おそらくロシヤ精神の唯一の現われであろう、とゴーゴリはいった。わたしはそれに加えて、予言的現象であるといおう。しかり、彼の…

フョードル・ドストエフスキー「後掲『プーシキンに関する演説』についての釈明」(米川正夫訳)

一八八〇年八月 第1章 後掲『プーシキンに関する演説』についての釈明 『作家の日記』の本号(一八八〇年の唯一号)のおもなる内容をなす、次にかかげるプーシキンとその意義に関するわたしの演説は、本年六月八日、ロシヤ文学愛好者協会の大会で、多数の聴…