odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

エドマンド・クリスピン「消えた玩具屋」(ハヤカワ文庫) 「モンティ・パイソン」の先輩の先輩あたりの人が書いたミステリ風ユーモア小説

「月光に誘われ、深夜オックスフォードの町を逍遥していた詩人キャドガンは、ふと一軒の玩具店の前で足を停めた。 開け放しの戸口に興味を惹かれ中に入った彼は、一人の女の死体を発見した。 余り愉快な光景じゃない、そう想った瞬間、彼は頭部に一撃を受け…

ロジャー・スカーレット「エンジェル家の殺人」(創元推理文庫) 所有の欲望を持たない天使が所有をめぐって争う探偵小説。翻訳の文体が事件に合わないのが残念。

「●江戸川乱歩氏推薦――「『エンジェル』には感歎のほかありません。(中略)筋の運び方、謎の解いて行き方、サスペンスの強度、などに他の作にないような妙味があり、書き方そのものが小生の嗜好にピッタリ一致するのです。(中略)アアなるほどその通りその…

ヘンリ・メリル「メルトン先生の犯罪学演習」(創元推理文庫) こちこちの謹厳な大学教授が語る完全犯罪のすすめ。英国流ブラックユーモア短編集。

法理論とローマ法の権威メルトン教授はしたたかに頭を打った。そのまま講義をすると口に出るのは完全犯罪の話ばかり。事態を憂慮した学部長の権限で精神病院に入院する。もちろん抜け出した教授は偽名でホテルに泊まるが、警察の捜査はそこまで進んでいた。…

フィリップ・マクドナルド「ゲスリン最後の事件」(創元推理文庫) リストに書かれた十人が次々死んでいく。おまえ、それはいくらなんでも、というような解決に仰天。

「イギリスからアメリカへと向かう旅客機が落下し、墜落直前に機外へ放り出された作家のエイドリアン・メッセンジャーは謎の言葉を残して絶命する。ロンドンをたつ前に、彼はスコットランド・ヤードの友人に一枚のリストを手渡していた。それには、十人の氏名…

フィリップ・マクドナルド「ライノクス殺人事件」(創元推理文庫)

「ライノクスの社長フランシス・ザヴィアー・ベネディック、通称F・X。会った者はたいてい彼のことを一目で好きになる。しかし唯一の例外たるマーシュは、彼に恨みを抱き続けているという。積年の確執に決着を図るべくマーシュとの面談を約した夜、F・X…

クリストファー・ブッシュ「100%アリバイ」(ハヤカワポケットミステリ) 鉄壁のアリバイをあまり頭がよくない警察官が捜査する。のんびりしすぎて今日的ではない。

1920年代の欧米ミステリ黄金期の作品として「完全殺人事件」が常にあげられていて、中学生のときに新潮文庫で友人に借りて読んだ(当時は創元推理文庫版もあって、2種類がでていた)。内容はさっぱり覚えていない。クロフツ張りのアリバイ崩しものということ…

クリストファー・ブッシュ「完全殺人事件」(講談社文庫) 「完全殺人」を予告する愉快犯を実直な捜査で追い詰める。乱歩が黄金時代ベスト10の番外に選出した佳作長編。

「その朝、マリウスと署名された慇懃無礼きわまる投書がロンドンの主な新聞社と警視庁に届いた。興味本位に受け止められ、あるいは持て余された文書は、結果的に五紙が掲載、英国全土に話題を撒いた。第二第三の手紙で日時と場所を指定し、正面きって「完全…

イーデン・フィルポッツ「医者よ自分を癒せ」(ハヤカワポケットミステリ) 医師にして殺人者が自分の犯罪を告白するという犯罪小説。自分と他者との間の対称性を意識しない皮相な意識が殺人を犯す。

医師にして殺人者が自分の犯罪を告白するという犯罪小説。ヘクター・オストリッチは頭がいいが、内向的で自尊心の強い青年。彼がチャンスをもとめて田舎町に来た時、その町の不動産会社社長の息子が射殺されるという事件が起きた。警察と探偵が必死に捜査す…

アガサ・クリスティ「ナイルに死す」(ハヤカワ文庫) クリスティは貴族やブルジョアの一見隙のないダンディさの後ろに多くの秘められたことを暴く。

初読かと思っていたら、実に20年前に読んでいた。細部はすっかり忘れているのに、クリスティの仕掛けは途中ですっかりわかってしまった。直前にネットの書き込みで、国内の有名作と同じ趣向(本邦作が後)だということを読んでいたからかもしれない。感想をア…

アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」(ハヤカワポケットミステリ) クリスティの早口の語りと場面の急速な転換が「書かないこと」や「書いていないこと」を隠している。

四半世紀ぶりに再読。1976年にハヤカワミステリ文庫が創刊され、その第1回配本のうちのひとつだった。アイリッシュ「幻の女」、クイーン「ダブル・ダブル」、ロス・マクドナルド「ウィチャリー家の女」などと一緒。いずれもポケミスでは入手難(当時周囲にポ…

アガサ・クリスティ「三幕の悲劇」(創元推理文庫) タイトルとは逆に、おきゃんな娘と退屈している大人がひと夏の恋を楽しむ喜劇。

「嵐をよぶ海燕のように、おしゃれ者の探偵ポワロの現われるところ必ず犯罪がおこる!引退した俳優サー・チャールズのパーティの席上、老牧師がカクテルを飲んで急死した。自殺か、他殺か、自然死か。しかしポワロは、いっこうに尻をあげようとしなかった。…

アガサ・クリスティ「ABC殺人事件」(創元推理文庫) ストーリーがトリックになった大傑作。WW1の戦争犠牲者は戦間の自信を失ったヨーロッパの姿。ポワロがヨーロッパを救う。

「ポワロのもとに、奇妙な犯人から、殺人を予告する挑戦状が届いた。果然、この手紙を裏書きするかのように、アッシャー夫人(A)がアンドーヴァー(A)で殺害された。つづいてベティー・バーナード(B)がベクスヒル(B)で……。死体のそばにはABC鉄…

アガサ・クリスティ「アクロイド殺し」(ハヤカワポケットミステリ) 世界で最も有名な犯人のひとりが登場する探偵小説。ただし、その姓名を正確に指摘できる人は少ないだろう。

名士アクロイドが刺殺されているのが発見された。シェパード医師は警察の調査を克明に記録しようとしたが、事件は迷宮入りの様相を呈しはじめた。しかし、村に住む風変わりな男が名探偵ポアロであることが判明し、局面は新たな展開を見せる。ミステリ界に大…

アガサ・クリスティ「スタイルズ荘の怪事件」(ハヤカワポケットミステリ) イギリス人による差別を受けるベルギー人が憤慨しながら恩義のためにイギリス人の事件を捜査する。

「第一次世界大戦下、イギリス片田舎のスタイルズ荘。ある夜遅く、一家は女主人エミリー・イングルソープがストリキニーネによって毒死するのを目撃する。客として居合わせたヘイスティングズ中尉は事件について、近くのスタイルズ・セント・メアリー村で再…

ジェイムズ・ヒルトン「学校の殺人」(創元推理文庫) 犯人あてとしてはダメダメだが、別の見方をすると大傑作。油断してはならない。

学校といいながらもこの国の軽い小説に出てくるような学校ではない。貴族の師弟が寄宿生活を送るパブリック・スクール。昔ながらの自治が認められ、警察の介入は受け入れず、教師も生徒もジェントルマンとして堅苦しい(と見える)態度を崩さず、なかなか本…

アルフレッド・メースン「矢の家」(創元推理文庫) 「グリーン家」「Yの悲劇」に先行する館ものミステリーの古典

「ハーロウ夫人がなくなって、遺産は養女に残されることになった。そこへ義弟が登場し、恐喝に失敗するや、養女が夫人を毒殺したと警察へ告発した。養女は弁護士に救いを求め、パリからアノー探偵が現地に急行する。犯人と探偵との火花を散らす心理闘争は圧…

アラン・ミルン「赤い館の秘密」(集英社文庫) 人物がやわらかくて暖かく悪人の一人もいない世界で起きた田舎のおとぎ話。

「《くまのプーさん》で夙に知られる英国の劇作家ミルンが書いた唯一の推理長編。それも、この1作でミルンの名が推理小説史上に残った名作である。暑い夏の昼さがり、赤い館を15年ぶりに訪れた兄が殺され、家の主人は姿を消してしまった。2人の素人探偵のか…

ロナルド・ノックス「まだ死んでいる」(ハヤカワポケットミステリ)

「召使のマック・ウィリアムは、空の明るい間は仕事を続ける人間の例に漏れず、早起きだった。 その朝も、山々の頂から夜明けの灰色の光が覗きかかった頃には、もう細君や子供を家に残し、いつものように、ブレアフィニイの方角へと歩いていた。 だが……この…

ロナルド・ノックス「サイロの死体」(国書刊行会)

「イングランドとウェールズの境界地方、ラーストベリで開かれたハウスパーティで、車を使った追いかけっこ〈駆け落ち〉ゲームが行われた翌朝、邸内に建つサイロで、窒息死した死体が発見された。 死んでいたのはゲストの一人で政財界の重要人物。 事故死、…

ロナルド・ノックス「陸橋殺人事件」(創元推理文庫)

「こんなじめじめした日の午後は、気分転換のために人殺しでもやってみたくなるものだが─剣呑な台詞を契機にした推理談義がもたらしたか、雨上がりのゴルフ場で男の死体を発見した四人組。すわこそ実践躬行とばかり、不法侵入に証拠隠匿、抵触行為もなんのそ…

イズレイル・ザングウィル「ビッグ・ボウの殺人」(ハヤカワ文庫) 乱歩が激賞した密室トリックの古典。19世紀末倫敦の風俗と労働運動事情がわかる貴重文献。

というわけでしばらくイギリス探偵小説を特集する。 「12月初めのその朝、ロンドンのボウ地区で下宿屋を営むドラブダンプ夫人は、いつもより遅れて目を覚ました。下宿人のモートレイク氏は労働運動指導のため、すでに出かけてしまったと見える。霧深い冬の朝…

大岡昇平「最初の目撃者」(集英社文庫) 探偵小説好きな作家は必ずしも創作が得意なわけではない。

良かれ悪しかれ、自分の探偵小説の知識は九鬼紫郎「探偵小説百科」(金園社)に基づくのであって、そこには1975年までの出来事までしか書いていないから(その年に初版出版)、それ以後のことは良く知らない。 イギリスでは本格小説の書き手や大学教授が余技…

田中啓文「銀河帝国の弘法も筆の誤り」(ハヤカワ文庫) 先行する作品のパロディになっているので、SF史に詳しいと二重に楽しめます。

タイトルは、筒井康隆や星新一がやっていたことわざの無理やり合体。本文は、ダジャレ落ちのための無理やりな展開、グロテスク描写と、漫才の会話。強烈なにおいのするくさやの干物ですか。好悪が極端にわかれるだろう。まあ、難しいことは考えず、2時間を…

菊地秀行「吸血鬼ハンターD」(ソノラマ文庫) ひとところに定住できない遍歴者の冒険譚。少年の成長を促して自分は姿を消す。

「辺境の小村ランシルバに通じる街道。吸血鬼から“貴族の口づけ”を受けたドリスは、吸血鬼ハンターを探していた。西暦12090年、長らく人類の上に君臨してきた吸血鬼は、種としての滅びの時を迎えても、なお人類の畏怖の対象であり、それを倒せる吸血鬼〈バン…

田中芳樹「銀河英雄伝説 1」(徳間ノヴェルス) いくつかの大会戦で大敗しても、政治危機が起こらず、経済負担を気にする様子もない帝国と共和国。

アニメを見た。原作を読んだ。面白かった。 どのあたりに惹かれるのか。 気のついた一つの理由は、彼らの銀河帝国が、多くの問題を解決した社会であること。ここには、貧困の均衡はない(か、あっても誰も問題にしない)、人口爆発(とその後の高齢化社会)…

筒井康隆「馬の首風雲録」(文芸春秋社)

オリオン星座のなかの馬の首星雲にある太陽。そこには2連の惑星サチャ・ビがあり、犬に似た生命が暮らしていた。一方の星ビシュバリクは寒かったので開拓されていなかったが、地球人コウン・ビの技術供与と軍事連携により開拓を始めた。そのうち、ビシュバ…

井上ひさし「偽原始人」(新潮文庫) 第2次ベビーブームで子供が多すぎる時代に競争社会。大人は子供を使いすてる。

池田東大(わが子に東大(読みはとうしん)という名前をつけるってありそうで怖い)くんはやせっぽちで運動がよくできないし、勉強もそれほど好きではない。特技は物語を作ること、いろいろな計画をたてること。しかしそういうところは親はまったく評価して…