odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2013-10-01から1ヶ月間の記事一覧

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 下」(創元推理文庫) 1920年代のロシア・アバンギャルドと1930年代の社会主義リアリズムのSF短編。

上巻は革命以前の帝政時代で、下巻は革命後。1920年代のロシア・アバンギャルドの時代と1930年代の社会主義リアリズムの時代。SFは1930年代には当局に快く思われず、作品が没になったり、書くことを停止された作家もいたとの由。たぶんその一方で、人民教育…

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 上」(創元推理文庫) 帝政ロシア時代のSF短編。

1988年の東欧・ソビエト革命以来、ロシア文学の人気は落ちていく一方であって(と勝手に妄想。ドスト氏は例外的に読まれているのかな)、細々と翻訳が行われていたレムやストルガツキー兄弟のSFも新刊がでなくなってしまった(と見たのは2005年ころ)。この…

フセヴォールド・ガルシン「あかい花」(岩波文庫) 19世紀末ロシアの夭逝した作家の短編集。青春の若々しさよりも苦さを感じさせる作風。

19世紀ロシアの作家。活動時期はドストエフスキー後期に重なるかな。折からのナロードニキ運動に共感する一人。将校の息子というからそれなりのインテリ家族であったのだろう。そのままでいけば有力な社会運動家、理論家であったとおもわれるものの、この人…

外川継男「ロシアとソ連邦」(講談社学術文庫) ヨーロッパの周辺にある強い民族主義と近代化に葛藤する巨大国家の歴史を概観するのに手ごろな一冊。

まあ以下のような妄想を書く人もいないだろうから、「トンデモ」認定を受けることを甘受して妄言を記しておこう。すなわち19世紀以降のロシアとこの国の歴史には類似と平衡関係が認められると。 ・19世紀前半において、両国は農業を主産業とする封建国家であ…

INDEX ギルバート・チェスタトン関連

2013/08/19 ギルバート・チェスタトン「奇商クラブ」(創元推理文庫) 隠された新規事業を探せ。最も奇妙な謎解き探偵。 1905年 2013/08/20 ギルバート・チェスタトン「木曜の男」(創元推理文庫) 共産主義や無政府主義に嫌悪と憧憬を同時にもつアンビバレ…

村上龍+坂本龍一「EV cafe」(講談社) 1980年代の愚かしくも懐かしい時代のカンズメ

1984年に村上龍と坂本龍一がゲストを読んで対談した記録。ゲストで呼ばれたのは、吉本隆明、河合雅雄、浅田彰、柄谷行人、蓮実重彦、山口昌男。 この時代、浅田彰の「構造と力」が売れて、ニューアカデミズムという名前で若手の哲学者・評論家の本が大量に流…

山口昌男「道化の宇宙」(講談社文庫) 秩序と安定に逆らい挑発する道化・放浪者・亡命者・マイノリティ。

山口昌男の文章を読むと、元気が湧いてくる。大量の引用、大量の書肆、たくさんの人名、たくさんの作品、幾多の地名。自分の知らないことはたくさんある、それを知ることは楽しい、それがつながることは楽しい。こんな気分になって、知的エネルギーがわいて…

山口昌男「歴史・祝祭・神話」(中公文庫) 「中心と周縁」理論の説明と実例。「トロツキー」が罵倒語だった時代に民族学・神話学の用語でトロツキーを描く戦略的な論文。

1973年初出で、雑誌「歴史」に一挙掲載されたとか。たぶん著者の基本的な考えがまとめられている。「中心と周縁」理論は以下の引用で概要を理解できるので、とても長くなるが引用しておく。自分の備忘をかねて。 「政治権力の究極的なよりどころは生賛を神に…

山口昌男「本の神話学」(中公文庫) 知を狭い領域の閉鎖された学問の中で捉えるのではなく、他の学問分野とかある観念でもって集結すると、新しいことが見えてくるんじゃね。

1970年代前半の論文が収録。哲学・思想系の「オカタイ」雑誌に掲載されたものだと思うけど、高校の世界史と倫理社会(今はなんて学科名だい?)の知識を持っていればだいたい理解できる。面白いのは、いくつかのキーワードを元にそこにリンクするほかの本・著…

木下順二「木下順二戯曲選 I」(岩波文庫)木下順二「木下順二戯曲選 I」(岩波文庫)「風浪」「蛙昇天」 作者の初期作品。自分の立ち位置を決めることの困難。

「風浪」は明治8年から10年にかけての熊本が舞台。大政奉還後、廃藩置県、廃刀令、四民平等などの西洋化政策が上からの浸透で進められているころ。下級武士は殿様との関係が切れ、行く末が定まっていなかった。直前に地租改正もあり百姓は困窮状態。熊本県で…

木下順二「木下順二戯曲選 II」(岩波文庫)「彦市ばなし」「夕鶴」「山脈」「暗い火花」 1950年代の作品。実験と告発の時代。

1950年代に書かれた作品が主に収録。 彦市ばなし ・・・ 熊本弁で書かれている。怠け者の彦一が天狗の隠れ蓑を騙し取ろうとし、一方殿様から河童つりと称して鯨の肉を奪い取ろうとする。その結末は・・・ せいぜい20分くらい。のちに狂言の演目として定着し…

木下順二「木下順二戯曲選 III」(岩波文庫)「オットーと呼ばれる日本人」「神と人とのあいだ」 インテリはどのように状況にコミットするのかという問題

オットーと呼ばれる日本人 ・・・ 1930年代の上海。ドイツのナチスに席を置くジョンソンと呼ばれるドイツ人を首魁を中心にしたアメリカ人、中国人、日本人たちの国際共産主義スパイ活動。その一員である「男(とだけ呼ばれるので「オットー」)」が主人公。…

木下順二「木下順二戯曲選 IV」(岩波文庫)「子午線の祀り」「龍の見える時」「沖縄」 1980年代作品。辺境から日本を考える。

子午線の祀り ・・・ 平家物語から取った戯曲(この人は「平家物語」の解説本を書いている。「古典を読む 平家物語」岩波現代文庫)。主人公は平知盛と源義経。前者は貴族の息子で粗暴な武者だったのが、木曽義仲に京をおわれてからリーダーに変身した人。天皇…

ハドリー・チェイス「ある晴れた朝突然に」(創元推理文庫) 1950年代暴力描写を「快感」に感じる読者が生まれて、ハードコアなハードボイルドが書かれる。

ジャン・ポール・ベルモンド主演の映画も作られているのだね。本書は現在(2008/06/30)、絶賛絶版中。まあ、仕方がない。簡単に梗概を書くことにしよう。 引退した元ギャングのもとに、弁護士の自殺の連絡が入る。弁護士は元ギャングの資産管理をしていたが…

ジョナサン・ラティマー「処刑六日前」(創元推理文庫) タイムリミットテーマ+密室殺人の古典。でも記憶に残るのはへべれけな探偵たちのかけあいと美女のくどきのほう。

ラティ―マーの長編第1作。冬のシカゴを探偵たちが歩き回り、ジン、マティーニ、バーボンを飲みまくる。一度は飲みすぎで倒れているというのに、まったくタフな連中だ。 株式仲買人が死刑執行を待っている。別居して離婚する予定だった妻が、半年前のある深夜…

ジョナサン・ラティマー「モルグの女」(ハヤカワポケットミステリ) 「なぜ死体は盗まれたか」という魅力的な謎。記憶に残るのはへべれけ探偵たちの憂さ晴らしと上司の悪口。

「夜中の死体置場。卓上の寒暖計は既に91度に達している……。気狂いじみた暑さと死体の異臭に満ちたシカゴの死体置場には、安ホテルで自殺した若い女の死体が収容されていた。そして、この女の身許を確かめようと三人の男が押しかけていた。二人の新聞記者と…

ウィリアム・マッギヴァーン「ビッグ・ヒート」(創元推理文庫) マッカーシーズムの渦中のハードボイルド。大いなる怒りをもって腐敗した市政と警察と戦え。

原題を日本語訳すると「大いなる怒り」になる。1953年刊になる前にチャンドラーが「大いなる眠り」を出しているので、混同を避けたのだろう。1940−50年代は「big」が最大級の強調語だったのだ(のちには「great」「dynamites」などに変わる)。 警官を主…

ウィリアム・マッギヴァーン「悪徳警官」(創元推理文庫) 悪に加担したことを反省するなら、正義を実行して悪を排除せよ。

主人公は警官。長年、市を牛耳るギャングと関係を持ち、彼らから利権を得ていた。しかし、彼の弟がギャングの犯罪の現場に居合わせ、告発する。ギャングは主人公を通じて、弟を工作しようとするが、正義漢である弟は撤回しない。そのため弟は殺される。怒り…

ウィリアム・マッギヴァーン「緊急深夜版」(ハヤカワポケットミステリ) 市政の腐敗が発覚した、市民全員は緊急集合して対処せよ。

「緊急深夜版(Night Extra)」はたぶん朝刊の号外みたいなこと。朝刊の一面を作り終えたころに、事件が入ってくると至急作り返さないといけなくなって、新聞社の全員(記者から写真の現像担当から活字ひろいまで)を緊急招集してことに当たらないといけない…

朝比奈菊雄編「南極新聞 上」(旺文社文庫) 敗戦と占領で自信喪失した日本人がおっかなびっくりで国際社会の顔色をうかがっていた時代

「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号はオタクの天国だよなあ、と妄想していて、ではリアルではどうなのかを考えていたら、それに近いのは南極観測隊だと連想した。あそこでは、冬季になると外部からの資材が届かなくなるし、以前は連絡もなかなかつけにく…

アーサー・クラーク「2001年宇宙の旅」(ハヤカワ文庫)-3 主体を拘束する共同体から離脱したHAL9000は殺人を許さない人の掟から自由になる。

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)を読んでいたら面白い議論があった。 「人が人を殺すことは許されるのか。この設問は、僕たちが生きている近代社会では契約に応じた者が他の契約者を殺すことは許されるか、という命題に変換される。むろん許されない…

アーサー・クラーク「2001年宇宙の旅」(ハヤカワ文庫)-2 ディスコミュニケーションなディスカバリー号は心地よいおたくのユートピア。

もう何度も繰り返し見ているのだが、どうしてこの小説と映画はかくもわれわれを魅了するのだろうか。そんなことを考えていたら、繰り返し読む/見るとはいってもそれは物語やフィルムの最初から最後までをきっちりとスクロールするようなやり方ではないことに…

アーサー・クラーク「2001年宇宙の旅」(ハヤカワ文庫)-1 宇宙的な視点にたつと人類の未来はペシミスティック。

自分が購入したのはあとがき(文庫旧版)にある1978年の映画再公開にあわせて出版されたとき。「スターウォーズ」にあわせてのリバイバルと思うが、この映画を見るために苦労したなあ。新宿の武蔵野館まででかけたが満員で入館できず、午後の模擬試験のために…

チェスタトン「ブラウン神父」について(メモ) イギリスにはアッパークラスとロウアークラスが厳然として存在し、相互に交流がないが、神父は行き来できるので謎を解ける。

チェスタトンのブラウン神父譚を発表順に並べると下記のようになる。1911年 『ブラウン神父の童心』(The Innocence of Father Brown) 1914年 『ブラウン神父の知恵』(The Wisdom of Father Brown) 1926年 『ブラウン神父の不信』(The Incredulity of Fa…

探偵小説の被害者を類型化すると

1)家、共同体で権力をふるう「君主」 2)空位になった権力を奪取しようとする「簒奪者」 3)庇護されなければならない弱者(子供、老人、病人) 4)過去の犯罪を断罪されていない「犯罪者」 5)現在の犯罪の真相を知っている「証人」「探偵」 6)過去…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-3 「閉ざされた山荘」「孤島」では探偵は被害者の一員に含まれてしまい、探偵の優位性や公平性が失われる。不可視の犯人=権力者の意思に探偵も自律的に犯人の規律に従う。

2013/09/27 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 2013/09/30 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-2 ここでは「権力」が問題にされる。というのも「閉ざされた山荘」「孤島」では、犯人と被害者が同じ場所に閉じ込められ、逃げる場所がない。そう…