odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

政治

ギュスターヴ・ル・ボン「群衆心理」(講談社学術文庫) 群衆心理に巻き込まれないことにどう注意するかよりも、やってはいけないことをしっかり覚えることが先。

この古典をそのまま読むのは危険。なにしろ1895年の著書。今と同じ前提で書かれていると思うと誤りになる。まず、19世紀末の心理学は20世紀後半の実験や観察、アンケートなどを使った実証的なものではなく、哲学の一分野だった。ニーチェがいう「心理学」み…

デイヴィッド・ミラー「はじめての政治哲学」(岩波現代文庫) イギリス上流階級向けの教科書。

イギリス・オックスフォード大学所属の研究者が2003年に書いた政治哲学の入門書。章立てを見ればわかるように、政治哲学の大問題をわかりやすく解説したもの。日本で政治哲学の入門書を書くと、ソクラテス、プラトン、アリストテレスからカントやヘーゲ…

保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-1 キリスト教とイスラームの場合

著者は比較宗教学者。 日本では、政教は分離されているとたいていの人が認識しているが、政教分離は普遍原理ではない。日本そのものが神権政治の国だった。その精神は日本国憲法施行以後も消えていない。他の国では政治と宗教が一体化しているところがあるし…

保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-2 仏教と神道の場合

2024/04/08 保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-1 キリスト教とイスラームの場合 2006年の続き 後半は通常政治的ではないとされる宗教が政治に関与しているという話。アジアの政教分離はヨーロッパとはかなり違う。 第3章 仏教と政治 ・・・ 仏教には政…

工藤庸子「宗教vs国家」(講談社現代新書) 第三共和政のフランスは公共空間から宗教を排除した

政教分離は近代の国民国家の前提になっているが、国によってありかたは異なる。たとえば、アメリカでは議員が宗教団体の集会に出ることは承認されている。イギリスでは国教会があり、聖職者には一定数の上院議員の割り当てがある。ドイツでは聖職者は国から…

内藤正典「ヨーロッパとイスラーム」(岩波新書)-1 難民受入を進めるドイツと多文化主義のオランダの場合

21世紀になってから、ヨーロッパに居住するイスラムが増えた。2004年(本書初出)現在で1500万人ともいわれる。彼らの受け入れ国社会では摩擦が起きて(彼らを規制する動きとそれに対する反発)、イスラムへのヘイトクライムが発生している。民主主義、平等…

内藤正典「ヨーロッパとイスラーム」(岩波新書)-2 ライシテ(政教分離)を徹底したフランスの場合

2024/04/02 内藤正典「ヨーロッパとイスラーム」(岩波新書)-1 難民受入を進めるドイツと多文化主義のオランダの場合 2004年の続き 「ヨーロッパとイスラーム」を考えるときに、イスラムのひとたちがどのような信仰や社会帰属意識や「個人」観などを持って…

田中克彦「ことばと国家」(岩波新書) 国家は言葉を管理し同化と民族差別を助長する

ナショナリズムと言語についての解説書。35年前に読んだときはさっぱりだったが、ナショナリズムと差別のことを勉強するようになると本書はがぜんとして精彩を放つ。40年前(1981年刊)の本だが、今でも新しい。とはいえ、多くは常識になった(ということは…

鈴木孝夫「ことばと文化」(岩波新書) 日本は同一・同質という思い込みは外国人との交流を妨げる

外国語を習得するにあたり、日本人は様々な困難に直面する。大きな理由は、その言語が置かれているコンテクストを理解しないところにある。すなわち、ことばが社会や文化の中にあり、個々の項目はほかの項目との間で相対的に価値が決まることを無視するため…

渡辺靖「アメリカン・デモクラシーの逆説」(岩波新書) オバマに期待したアメリカ民主主義の修正力

著者はアメリカ研究者。購入後に気づいたが、以下の本の編著者だった。 odd-hatch.hatenablog.jp odd-hatch.hatenablog.jp その彼が8年の共和党政権(子ブッシュ)のあと民主党政権(オバマ)になってからのアメリカをみる。2010年初出。 第1章 アメリカン・…

佐藤百合「経済大国インドネシア」(中公新書) いずれ日本のGDPを抜く東南アジアの大国。

最後の章で、日本人はインドネシアの見方を変えろと主張する。そのとおりであって、インドネシアを観光国、資源供給国とみるのは1930年代の南進論以来の思考。そこにあるアジア人差別は1940年代の占領にあり、抗日の激しい反発を招いた。戦後はODA供与先とし…

ハロルド・ウィンター「人でなしの経済理論」(バジリコ) 「正義の対立」はトレードオフで解決可能(でも功利主義は万能ではない)

原著は2005年で邦訳は2009年。複数のステークホルダーがいて、解決の調停や交渉が難しい時、それぞれの費用と便益を数値化して(下にあるようにデータにバイアスがあるとか、統計がとりにくいとか問題はあるが)、トレードオフを考慮することを推奨する。な…

小林和之「『おろかもの』の正義論」(ちくま新書) 「生命」「自由」はメタ価値ではない。「特別な」価値だ。

「正しさ」を考えるやり方について。2004年刊行。 第1章 「正しさ」は必要か ・・・ 「正しい」を説明する際に、本書では、「絶対」に依拠しない、内面の問題にしない、約束事を作り上げるというやり方で考える。なお「正しさ」は具体的に語る(あるいは具…

粟屋憲太郎「昭和の政党 昭和の歴史6」(小学館文庫)-1 昭和(1927年)になってから以降の政党の動き。普通選挙法施行によって票が読めなくなり、政党は大衆相手の政治活動に変わる。

本書では昭和(1927年)になってから以降の政党の動きを見る。それ以前の政治状況は以下のエントリーを参考に。金原左門「昭和への胎動 昭和の歴史1」(小学館文庫)-1金原左門「昭和への胎動 昭和の歴史1」(小学館文庫)-2 政党はそれまでなかったわけで…

粟屋憲太郎「昭和の政党 昭和の歴史6」(小学館文庫)-2 国民は戦争に熱狂し、戦争に期待し、ファシズムの国民運動に参加した。戦後政治の形はこの国民運動で形成された。

2022/12/20 粟屋憲太郎「昭和の政党 昭和の歴史6」(小学館文庫)-1 1988年の続き 1920年代後半の経済トピックは金解禁。本書では記述は少ない。そこは経済史の本で補完しておきたい。2015/03/23 中村隆英「昭和恐慌と経済政策」(講談社学術文庫)2015/03/2…

鹿野政直「日本の近代思想」(岩波新書)

本書の紹介を出版社のページから引用(2002年刊行)。 軍事大国から,敗戦を経て経済大国へ.そしてその破綻による閉塞感.このような歴史を背負いつつ,百年余にわたる日本の近代は思想において,どのような経験を重ねてきたのだろうか.戦争と平和・民主主…

カレル・ヴァン・ウォルフレン「人間を幸福にしない日本というシステム」(潮OH!文庫) アーレント「全体主義の起源」の方法に基づく日本の全体主義社会分析。

長年、日本を調査しているオランダ人ジャーナリストによる日本批判。1994年に出版され、ベストセラーになったという。 以下を読むときのポイント。彼の観察によると、日本は「管理者たち」という流動性のある階層にいる少数者が権力を独占している。だれか個…

中野晃一「右傾化する日本政治」(岩波新書) 日本の21世紀の政治は右傾化しているか。答えは、Yes。それもかつてないほどに。欧米のネオナチや極右が日本をうらやむほど。

日本の21世紀の政治は右傾化しているか。答えは、Yes。それもかつてないほどに。自由民主主義を標榜する国家の中では突出して。欧米のネオナチや極右が日本をうらやむほどに。 どのような特徴があるか。1.政治主導(首相官邸に権限集中)2.国家主義(戦…

村山富市/佐高信「「村山談話」とは何か 」(角川oneテーマ21)

第81代総理大臣になった村山富市の一代記。 1924年に大分の漁村に生まれる。小学校卒業と同時に東京に奉公。勉強して大学に進学(当時は入学資格にうるさくなかったとみえる)。無料の下宿が社会運動家で薫陶をうける。1944年に招集され、熊本で訓練中に敗戦…

大江志乃夫「靖国神社」(岩波新書) 1879年に明治政府が作った招魂社が靖国神社に改名。1952年に宗教法人に格下げされ、A級戦犯合祀以降天皇は参拝しない。

日本の軍事史を専門にする研究者による啓蒙書。1983年初出。戦後、靖国神社を政治家が参拝することはあっても閣僚が参拝することはなかった。それが1975年に三木武夫が現職首相として初めて参拝した。それに対する批判が高まった時期のこと。靖国神社は右翼…

高橋哲哉「靖国問題」(ちくま新書)-1 靖国神社は日本人の生と死を吸収し尽し、生と死の意味付けをする国家的な宗教とする機能をもっている。

大江志乃夫「靖国神社」(岩波新書)1983年で靖国神社の戦前戦中の歴史を学んだので、戦後と現代の問題を本書で把握することにする。 極右や右派の宗教カルトは、古代からの神道と明治政府による国家神道をあえてごっちゃにして、靖国を正当化する。その違い…

高橋哲哉「靖国問題」(ちくま新書)-2 靖国神社はかつての日本の戦争と植民地支配がすべて正しかったという歴史観に立っている。政府も「民主主義」を口実として、歴史認識を問われる国家としての責任から逃走している。

8月15日に全国戦没者追悼式典が行われるようになった経緯は以下のエントリーを参考に。この式典の前に首相が靖国神社参拝をするようになったのは中曽根康弘から。佐藤卓己「八月十五日の神話」(ちくま新書)佐藤卓己/孫安石 「東アジアの終戦記念日―敗北と…

山崎雅弘「日本会議 戦前回帰への情念」(集英社新書) 21世紀になって自民党政府の首相と内閣の多くは、日本会議と神道政治連盟所属者であり、政府の政策は日本会議の主張と一致している。

21世紀になって自民党政府の首相と内閣の多くは、日本会議と神道政治連盟所属者であり、政府の政策は日本会議の主張と一致している。ことに安倍晋三、菅義偉、岸田内閣とその閣僚は日本会議の制作を実現するように動いている。日本会議の目的は戦前(とくに1…

青木理「日本会議の正体」(平凡社新書) エスノセントリズム=自民族優越主義。天皇中心主義。国民主権の否定。過剰なまでの国家重視と人権の軽視。政教分離の否定。

2015年の反安保運動から日本会議と政府の関係が取りざたされるようになり、翌年に複数の親書が出た。先に読んだ山崎雅弘「日本会議 戦前回帰への情念」(集英社新書)はこの団体の復古思想の分析に頁を裂き、本書では日本会議の成り立ちと背景を詳しく説明す…

今野晴貴「生活保護」(ちくま新書) 生活保護のバッシングとヘイトデマを止めるためには本書の知識を持つことが必要。

差別者、レイシストは外国人生活保護の廃止を要求する。それに対抗するために、連中が言っていることを調べて、デマばかりであることを明らかにしたことがある。 odd-hatch.hatenablog.com メディアの報道など断片的な知識は入っても全体の知識がないので、…

本田良一「ルポ・生活保護」(中公新書) 日本では江戸も明治政府も「隣保相扶」で貧困や公共サービスにはまったく関心・興味をもたず、常にコストを惜しんで、公の責任を放棄しようとしてきた。

日本では1970-80年代に貧困の話を聞くことはとても少なかった。まったくなかったわけではないが、メディアが報道することがなかったからだろう。佐和隆光/浅田彰「富める貧者の国」(ダイヤモンド社)が2001年にでたとき、「貧者」は景気回復が進まず、公共…

ジョン・ロック「市民政府論」(岩波文庫)-1

本書の概要 『統治二論』(とうちにろん、Two Treatises of Government)は、1689年にイギリスの政治学者ジョン・ロックによって著された二篇の論文から成る政治哲学書である。『統治論二篇』『市民政府論』『市民政府二論』とも呼ばれる。アメリカ独立宣言…

ジョン・ロック「市民政府論」(岩波文庫)-2

2021/12/21 ジョン・ロック「市民政府論」(岩波文庫)-1 1689年の続き ロック「市民政府論」はパブリックドメインなので、英語の原文はネットに公開されている。たとえば、リンク先のPDF。下記で原文の単語をあたるときの参考にした。 Two Treatises of Gove…

ジョン・ロック「市民政府論」(岩波文庫)-3

2021/12/21 ジョン・ロック「市民政府論」(岩波文庫)-1 1689年2021/12/20 ジョン・ロック「市民政府論」(岩波文庫)-2 1689年の続き ・ ロックは、絶対主義王国や専制は市民社会の一種ではないという。その理由は、これらの国家は構成員の財産権(くどいが…

堂目卓生「アダム・スミス」(中公新書)-1

アダム・スミスは1727-90の生涯で、「道徳感情論」と「国富論」だけを出版し、繰り返し改定した。通常は「国富論」の「神の見えざる手」にばかり注目するが、彼の自由市場は放任ではなく、市場の参加者が一般的諸規則を守り正義を実現する「同感(エンパシー…