odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

2012-04-01から1ヶ月間の記事一覧

タン・ヨウ「人、中年に至るや」(中公文庫) 文化大革命で仕事と自由を奪われた中国インテリの不遇。面倒と困難の後始末は女性に押し付けられる。

「−−−これはインクではなく私自身の血と涙の一滴一滴で煉り上げられた作品だ−−−中国文化革命の嵐の中で苦悩し、その抑圧から立ち直ろうとする眼科医師と技師夫婦の、すべてをすてて仕事にかける中年世代としてのよろこび・悲しみを通して、中国がかかえてい…

アンドレ・マルロー「人間の条件」(新潮文庫) 1927年3月の南京事件。巨大な政治事件と暴力が出動するとき、行動する人々はみな破滅に向かっていく。

1933年の作。この前にマルローは1925年にインドシナにわたり、帰仏の途次、中国に渡り国民党政権に協力した。1926年に帰国した。 小説の背景は1927年3月の南京事件。共産党指導のもとに労働組合がゼネストを開始。それにあわせて、党員の武装部隊が警察その…

横光利一「上海」(岩波文庫) 1925年の上海騒乱に遭遇した日本の高等遊民は、外国に鈍感で、軽蔑と無視を露骨に示す。

この小説は、横光利一の最初の長編。1925年の上海騒乱に触発されて、1929年から2年ほど改造に連載されたとの由。この作家は、この20年ほど品切れ状態になっていて、ほとんど入手不可能になっていた。これも2000年の岩波文庫復刊で出版された…

郭沫若「抗日戦回想録」(中公文庫) 中国共産党の長征、第2次国共合作後の抗日宣伝の回想。

先のコリン・ロス「日中戦争見聞記」(講談社学術文庫)を補完する本。ロスは1939年に重慶に飛び、そこに首都を移動した国民党政府首領・蒋介石と会おうとしている。 こちらは、前年1938年の国共合作時代に武漢で抗日戦線宣伝に携わっていた著者の記録。有名…

コリン・ロス「日中戦争見聞記」(講談社学術文庫) ドイツの新聞記者による1939年戦時下日本と植民地のようす。日本政府の監視下にあったはずなのでバイアスあり。

われわれが外国を旅したときに、風景・文物・風習がどれも珍しくて、それとわれわれの日常に在るものの差異を考えてしまうことがある。それと同じことは日本を訪れた外国人にも起こっているはずで、彼らが記録したことは、そこに住んでいるものにはあたりま…

スウェン・ヘディン「さまよえる湖」(角川文庫) ロシア革命、中国の動乱で行くことができなかった時代のタクラマカン砂漠探検の記録。

砂漠という場所は、なぜかくもわれわれの心を震えださせるのだろうか。そこに住む苦労や苦痛に対して何らの想像力をはたかせることなく、砂漠という場所にあることを夢想し、そこに在ることにあこがれる。 現実の砂漠に住んではいないわれわれにとって、想像…

郭沫若「歴史小品」(岩波文庫) 中国の歴史上のよく知られた人物を史実・史書にできるかぎり近づけて書いた短編集。建国前戦時中の共産主義者と知識人の迫害と重ねて鑑賞。

中国の歴史上のよく知られた人物を史実・史書にできるかぎり近づけて書いた短編集。 彼らの問題をわれわれの問題にからませて書く力、みごと。とりわけ「項羽の自殺」「孟子妻を出す」「賈長沙痛哭す」の3編が知識人のあり方をよく捕らえている。「人、中年…

武田泰淳「司馬遷」(講談社文庫) 昭和19年「言論の自由」がないとき、知識人は古典と歴史から現実を批判する。

中国の古典を読むときによくある失敗は、本の中に入り込みすぎ、しかも「神」のような超越的な場所から人物評をするということ。そうなると、項羽はどうこう、劉表はあれこれ、呂后はなんだかんだ、という具合に読者の身の丈を超えて、彼らを評価し、現代の…

(たぶん)500エントリー目

「日記」と「PDF自炊」を除いたエントリーの数。 まあ、「ドイツ民衆本の世界」「ヴァンパイア戦争」「銀河英雄伝説」のように複数冊を1エントリーにしたり、「フーコーの振り子」のように上下巻で2エントリーにしたりで、そのまま500冊と同じというわけで…

貝塚茂樹「世界の歴史03 中国のあけぼの」(河出文庫) 帝国の誕生は文字による記録が作られる前。国家の起源はよくわからない。

先に鈴木良一「織田信長」を読んでいたのだが、信長の時代である1500年代の100年間に起きたことは、中国では春秋戦国時代の約500年間(紀元前700年から紀元前200年まで)に起きたことなのだ、と考えた。ということは、中国は日本より約2000年早く歴史を進み…

司馬遼太郎「項羽と劉邦 下」(新潮文庫) 始皇帝が身罷ったあとの中国古代帝国誕生の物語。英雄の巨大さは日本人からは計り知れない。

ふむ、四半世紀前のほぼ同じ月に読んでいたのか。 そのときは、中国の歴史にはほとんど無知だったので、この小説にはほとほと苦労させられたのだった。作者のほかの小説との差異を考えれば、僕らとしては、中国古典と中国古代史を基礎知識として持たないので…

ピーター・ディキンスン「緑色遺伝子」(サンリオSF文庫) 白・黒・赤・黄の肌は差別しあい、そのいずれでもない色の肌はもっと差別される。

時代はわからないがたぶん1973年ごろ(小説の初出時の年)。100年ほど前から遺伝子の突然変化が形質化したのか、肌の色が緑色の子供が生まれるようになった(肌の色が白・黒・赤・黄のいずれでもないことに注意)。アングロサクソン系の人たち(もちろんイン…

ピーター・ディキンスン「キングとジョーカー」(扶桑社文庫) 並行世界にあるイギリスの国王が皇室殺人事件を推理する。少女が自立する物語も同時進行。

現在の並行世界にあるイギリス。1977年当時のイギリス国王とその一家(架空の家族)。国王ビクター(医師の免許を持っているというのがおもしろい)に王妃イザベラに、皇太子アルバート(高校生)に、王女ルイーズ(14歳)。そこに国王の秘書ナニー(国王の愛…

P・D・ジェイムズ「黒い塔」(ハヤカワポケットミステリ) 不治の病が集まる療養所では余所者の警部に誰も心を開かない。

「ドーセットにある障害者用の療養所で教師をしていたバドリイ神父が急死した。長年の知人であるダルグリッシュ警視が、折り入って相談があるという手紙を受け取った直後のことだった。はたして神父の相談ごととは何だったのか。休暇を利用して調べをはじめ…

ロバート・フィッシュ「友情ある殺人」(ハヤカワ文庫) 行く先々で人びとに迷惑をかけずにいられない老作家三人組最後の冒険。人気ものはつらいよ。

「懐かしい殺人の事件で人類愛財団から高額の賞金を受け取ったミステリ作家クラブの三人が、楽しい船旅を終え、イギリスに帰ってくる―――悪党二人組がこんな新聞記事を読んでひらめいたこととは、この三人のうちの一人を誘拐して大金をせしめとろうということ…

ロバート・フィッシュ「お熱い殺人」(ハヤカワ文庫) 「殺人同盟」が巻き込まれた巨大客船の中で起こる殺人事件は船旅もろともノスタルジック。

「懐かしい殺人で2万ポンドの意外な大金が転がり込んだ殺人同盟の老作家たち三人は、豪華船サンダランド号に乗り込んで、念願の船旅に出た。彼らの大金を騙し取ろうとした詐欺師夫婦から逆に金をせしめたり、いよいよ旅は順風満帆。思われた矢先、詐欺師の奥…

ロバート・フィッシュ「懐かしい殺人」(ハヤカワ文庫) うらぶれた探偵作家の「殺人同盟」は貧乏ではあっても矜持を失わず、礼儀作法にうるさい

「英国ミステリ作家クラブの創立者である三人の老作家の経済状態は、まさに逼迫していた。原稿の依頼もなく、ただ世に容れられぬ身の不遇を嘆くだけ・・・そこで協議の結果考え出されたのが殺人請負業《殺人同盟》の結成だった。彼らの本領である伝統的な殺…

ジェセフィン・テイ「時の娘」(ハヤカワポケットミステリ) 薔薇戦争とリチャード三世を自分の歴史にしている人には大傑作。この国では問題の重大さがピンとこない。

高校時代を思いだすと、世界史授業の中で英国が出てくるのは、12世紀のマグナ・カルタと17世紀の名誉革命と19世紀の産業革命と20世紀の2つの大戦。途中に大航海時代と東インド株式会社がはいるか。たぶんそれくらい。「時の娘」がテーマにしている薔薇戦争(…

ウィリアム・モール「ハマースミスのうじ虫」(創元推理文庫) 匿名の恐喝者をわずかな手がかりからあぶりだす。素人が犯罪捜査をしていいかは疑問。

マンハント(人間狩り)の物語。前半はピーピングと尾行が語られるが、そこに背徳とか罪悪感はない。バルビュス「地獄」との差異は作者の国籍の違いによるのか(実務家のロックと理想家のルソーの違いとか)。主人公が上記のような負の感情を持たないのは、…

マイケル・ギルバート「捕虜収容所の死」(創元推理文庫) 1943年7月の北イタリアにある捕虜収容所の脱走計画と連続殺人。欧米の士官や兵士は収容所の中でも戦闘を続ける

「第二次世界大戦下、イタリアの第一二七捕虜収容所でもくろまれた大脱走劇。ところが、密かに掘り進められていたトンネル内で、スパイ疑惑の渦中にあった捕虜が落命、紆余曲折をへて、英国陸軍大尉による時ならぬ殺害犯捜しが始まる。新たな密告者の存在ま…

ジェイムズ・M・スコット「人魚とビスケット」(創元推理文庫) WW2時代の海難とサバイバルの物語。極限状況で尊厳を貫くことは可能か。

「1951年3月7日から2カ月間、新聞に続けて掲載され、ロンドンじゅうの話題になった奇妙な個人広告。広告主の「ビスケット」とは、そして相手の「人魚」とは誰か?それを機に明かされていく、第二次大戦中のある漂流事件と、その意外な顛末。事実と虚構、海洋…

エリザベス・フェラーズ「私が見たと蠅は言う」(ハヤカワ文庫) 戦初期のまだ安全だったころのロンドンで、貧乏な下宿人たちにおこる殺人事件。孤独な個人は隣人を知らない。

「ロンドンの安アパートは、女流画家のケイ、評論家のテッドとその愛人メリッサ、建築家のチャーリーに、作家志望のナオミなど一癖も二癖もある住人揃い。ある日、フランスへ行くとアパートを出たナオミの部屋からピストルが発見された。みんなが不安を煽ら…

マイケル・イネス「ある詩人への挽歌」(現代教養文庫)

「ラナルド・ガスリーはものすごく変わっていたが、どれほど変わっていたかは、キンケイグ村の住人にもよく分かっていなかった……狂気に近いさもしさの持ち主、エルカニー城主ガスリーが胸壁から墜死した事件の顛末を荒涼とした冬のスコットランドを背景に描…

マイケル・イネス「ハムレット復讐せよ」(国書刊行会)

訳者解説によると、英国探偵小説作家は、舞台もの・学園もの・田園ものの3つをたいていものするそうだ。これは舞台ものの代表作。なんて英国人は演劇が好きなのだろう。だれもがシェイクスピアの台詞を暗唱できるくらいに習熟しているなんて。たとえばスコ…

レイモンド・ポストゲイト「十二人の評決」(ハヤカワポケットミステリ)

「第一部―陪審。ある殺人事件を裁くために選ばれた十二人の陪審員。彼らのなかには誰にも知られてはいけない秘密を持つ者もいる。そんな陪審員たちの職業や経歴、思想などが浮き彫りにされ、各々が短篇小説を読むような面白さとなっている。第二部―事件。莫…

ニコラス・ブレイク「野獣死すべし」(ハヤカワ文庫) よくある「館もの」ミステリに見えないようにした書き方の勝利。

「推理小説家のフィリクス・レインは、最愛の息子マーティンを自動車のひき逃げ事故で失った。警察の必死の捜査にもかかわらず、その車の行方は知れず、半年がむなしく過ぎた。このうえは、なんとしても独力で犯人を探し出さなくてはならない。フィリクスは…