odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

音楽エッセー

高木裕「今のピアノでショパンは弾けない」(日経プレミアシリーズ) のはショパン没後に大改良が加えられたため。西洋では聞き手も弾き手も少なくなった西洋古典音楽は維持できるだろうか。

2015年の宮下奈都「羊と鋼の森」(文春文庫)を読んだときに、主人公の調律師見習いの青年はその先をどう作るのかわからないと思ったが、彼にふさわしいキャリアが本書にあった。思った通り、会社の用意したルートから外れて、より上の仕事を求め海外に行く…

森本恭正「西洋音楽論 クラシックに狂気を聴け」(光文社新書) 西洋音楽は産業革命と植民地拡大時にグローバル音楽になったが、古典派以前にあった音楽の約束事・しきたりが失われた。

著者は1953年生まれ。たとえば坂本龍一が1952年生まれ、桑田佳祐が1956年生まれなのと同時代人。とすると、ドメスティックな音楽がこどものころから身近にあり、西洋音楽を写した歌謡曲を聞き、小学生の時から洋楽やビートルズを聞いていて、戦後の前衛音楽…

青澤隆明「現代のピアニスト30」(ちくま新書) 重要な問題が提起されても素通りされ、深められない。

そういえば最近(俺にとっては1990年以降だ)のピアニストを知らない。でもFMのエアチェックはたまってきて、(自分より)若い演奏家の名前を見ることは多い。でも若い演奏家のことはあまりよく知らない。そこで、2013年にでた本書を見ることにする。 そうい…

最相葉月「絶対音感」(新潮文庫) プロの音楽家になるのに必須の要件ではないのに、日本では戦前からありがたがられている。

絶対音感は、ある音を聞くとそれに対応する音の名前を瞬時にあてることができるという能力。絶対音感をもっていると、一度フレーズを聞いただけでピアノで演奏できたり、楽譜と間違っている音をあてたりできるという。さらには聞こえる音がドレミで流れるば…

小澤征爾/広中平祐「やわらかな心をもつ」(新潮文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第3部「英雄の戦場」。現在進行中の仕事を抱えている日本人のいささか偏狭で屈折したプライド。

リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」になぞらえれば、第3部の「英雄の戦場」に当たる。第2部「敵」第3部「伴侶」に当たる著書は(たぶん)ないが、小澤征爾の半生にてらせば、N響事件が「敵」の章だろうし、その後バーンスタインやカラヤンに教えを乞…

小澤征爾/大江健三郎「同じ年に生まれて」(中公文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第4部「英雄の業績」の2。ウィーン歌劇場の音楽監督とノーベル文学賞受賞者の対談。

小澤征爾と大江健三郎は同じ1935年の生まれ。2001年にハーバード大学で名誉博士号を同時に受賞した。それを受けて二人の対談をが計画され、同年9月秋に行われた指揮者が主催する音楽祭で実施された。数年前に大江がノーベル文学賞を受賞したり、翌年に小澤が…

小澤征爾/村上春樹「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(新潮社) リヒャルト・シュトラウスの英雄の生涯」第5部「英雄の隠遁と完成」。指揮者の仕事はつねに「ワーク・イン・プログレス(試行錯誤中)」。

リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」になぞらえれば、第5部「英雄の隠遁と完成」にあたる。初出の2011年の前に、食道がんになり長期療養をすることになり、ステージにあがることはめったになくなった。本人がいうには「ひまになった」。それまで忙しく…

みつとみ俊郎「オーケストラの秘密」(NHK出版生活人新書) ビジネスからオーケストラをみるのは、市場の縮小に対する危機感の現れ。

西洋音楽がこの国で聞かれるようになってからわずか150年しか経過していない。明治維新以降のクラシック音楽受容の系譜は下記エントリーを参考に。 堀内敬三「音楽五十年史 上」(講談社学術文庫) 堀内敬三「音楽五十年史 下」(講談社学術文庫) 中島健蔵…

宮下誠「カラヤンがクラシックを殺した」(光文社新書) カラヤンのつくる音楽は「嫌な感じ」で「世界苦に無関心」だからダメ、なんだって。

タイトルは大仰であるし、著者は文中でたくさん怒っておられるが、さていったい誰を叱っているのかというと心もとない。なにしろ市場は減少の一途であり、新規参入客も減少中とはいえ、クラシック音楽の演奏会も放送も継続しており、音楽パッケージは販売さ…

中川右介「カラヤンとフルトヴェングラー」(幻冬舎新書) 大衆人気を使ってわがままだった二人のカリスマ指揮者の確執。

自分がフルトヴェングラー関連の本を集めたのは1980年代。フルトヴェングラーは没後30年たったころだが、カラヤンとチェリビダッケは存命中。本書の言葉をつかえば、カラヤンはフルトヴェングラーをその死の後に追い出したのだが、その幻に脅かされていた時…

あらえびす「楽聖物語」(青空文庫)  戦前日本にはバッハからストラビンスキーまでが一度におしよせ日本人はけんめいに咀嚼した

昭和16年(1941年)初出。あらえびすは、野村「銭形平次」胡堂がレコード評論をするときのペンネーム。SPレコードしかない時代に1920年代から西洋古典音楽のSPレコードを集め、人を呼んで聞きあい、筆で紹介の労をとった。戦前から西洋古典音楽を紹介するも…

五味康祐「オーディオ遍歴」(新潮文庫) オーディオ機器をいじることは自己修養を目的にした芸であり道である

LPを聞くには作法がある。真空管が温まるまで時間がかかるから聞く20分前にアンプの電源をいれておきましょう。レコードプレーヤーの水平確認と回転むらがないことをチェックしよう。針圧を調整し、針先のゴミを丁寧に取り除いておこう(このときノイズがス…

ジュリアス・ファスト「ビートルズ」(角川文庫) 年上からみたビートルズ現象。若者の熱狂に大人は眉をひそめていた。

御多分にもれず、自分がビートルズを知ったのは、中学生の時に悪ガキがクラスに持ち込んだラジカセからだった。そこで聞いた「She Loves You」のメロディとビートにびっくりした。さっそく、若いみのもんたのDJで、ビートルズの曲を片端からかけるというラジ…

無量塔蔵六「ヴァイオリン」(岩波新書) 演奏だけでなく楽器製作でも西洋に追いつきたいのが日本人の欲望

この本にはヴァイオリンの歴史がかかれているが、それをみるとヨーロッパは遅れていたのだなあと思う。すなわち、たとえば雅楽の楽器は7-8世紀には完成しているし、アラビアでは弦楽器が古代にはあったが、ヨーロッパでは10世紀ころまで弦楽器はなかった。よ…

中村紘子「ピアニストという蛮族がいる」(文芸春秋社) 規範からはずれた神話的なスケールの奇人変人ピアニストと挫折した日本人女性ピアニスト。

ピアニストが同業他社のユニークな所業を紹介した。観客としてだと、ステージか録音/録画でしかピアニストを知るしべはなく、おおむね会話ができない。なので、ステージの下やスピーカーの前にいるものは、ピアニストにスター性やカリスマ性をみたりする。そ…

片岡義男「ぼくはプレスリーが大好き」(角川文庫) アメリカの20世紀ポピュラー音楽の歴史と現代(1971年)における意義。白人の若者は窮屈で退屈に反感し、黒人の若者は低賃金労働と差別に抗って歌を作る。

ずいぶん長い間品切れ状態。1970年に請われて書いた文章をまとめて、1971年に出版。のちに角川文庫に入ったが、彼の小説のブームがとりあえず終わった1990年代にはもうこれだけは書店で見つからなかった。自分はどこかの古本屋で2000年ころに買ったらしい。 …

芥川也寸志「音楽の旅」(旺文社文庫) 「父」を「龍之介」と呼ぶ作曲家の軽妙な語り口の自伝。でもこの人はしゃべりのほうがおもしろかった。

「父・龍之介の書斎でストラビンスキーを聞き入った幼少の思い出から、現在の作曲家・指揮者の生活までを語る自伝抄「歌の旅」、人びととの出会いや外国旅行記を含む「出会ったこと忘れ得ぬこと」、音楽教育への直言「私の音楽教育論」などを収録。すべての…

大町陽一郎「楽譜の余白にちょっと」(新潮文庫) 初めてウィーン国立歌劇場でオペラを指揮した日本人指揮者。巨匠時代のエピソードがクラオタにささる。

著者は1931年生まれ。戦後芸大に入学。同期が岩城宏之や山本直純、大賀則雄。すぐにウィーンの音楽大学指揮科に入学。同期にはズービン・メータがいた。先生はスワロフスキーになるのかな。また同じころにヴィオラの土屋邦雄も留学中(のちに日本人初のベル…

武満徹/小澤征爾「音楽」(新潮文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第4部「英雄の業績」の1。世界に追いつき、追い越せたとき、その先のヴィジョンがない昭和一桁世代の典型。

1979年から1980年にかけての3回の対談を収録。このとき、武満徹50歳(1930年生まれ)、小澤征爾45歳(1935年生まれ)ともっとも精力的に活動していた時期。ふたりとも、かつて(20代前半)は徹夜でいろいろ話をしたことがあるけど、この頃は忙しくてねえと嘆…

小澤征爾「ボクの音楽武者修行」(新潮文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第1部英雄。アジア人がスクーターに乗ってヨーロッパに乗り込む。

著者が26歳のときに発表。この若々しさやういういしさというのはまぶしいし、西洋に対する不安やおののき、それを凌駕しようという自信と努力、こういうのは戦前生まれの人(著者は昭和10年、1935年の生まれ)によくみられるものだ。とりあえずこの本で明か…

諸井誠「名曲の条件」(中公新書) オリジナリティよりも借用・引用・コラージュを楽しもう。選んで聞こうからなんでも聞いてやろうに変わろう。

さまざまな楽曲をみて、「名曲の条件」を探るという試み。もちろん、「条件」は明示できなかったけど、そのかわりに聞き方とか見方とかそういうものが変わった。 ・英雄の条件 ・・・ 英雄の調性は「変ホ長調」。この調性で「英雄」を描く際に、ベートーヴェ…

諸井誠「ロベルトの日曜日」(中公文庫) 「西洋に追いつけ追い越せ」と「日本伝統を見直せ」を同時にやろうとした昭和一桁世代。

およそ25年ぶりの再読。そうかそれほどの時間がたったのか。最初に読んだときは、わくわくしながら読んで、今度は懐かしさを感じながら。個人的な記憶にある懐かしさであるのと同時に、ここに書かれた1960年後半から70年にかけての音楽事情がそろそろ半世紀…

岩城宏之「楽譜の風景」(岩波新書) しゃべりも文章もうまい指揮者の本のなかで最も面白い。

1983年に岩波新書で初出。永遠の未完成 「第9の謎」 ・・・ 前者(シューベルトの交響曲第7番:当時は第8番)第1楽章の最終音、後者(ベートーヴェン交響曲第9番)は第4楽章の最初の歓喜の歌合唱の最後でティンパニだけがデクレッシェンドするのはおかしい。…

岩城宏之「オーケストラの職人たち」(文春文庫) 本書より「フィルハーモニーの風景」(岩波新書)を読んでね。

晩年の指揮者が「週刊金曜日」に連載したエッセイ。音楽活動の裏方にいる人たちの仕事を紹介したもの。たとえば、楽器運搬、ステージマネージャー、調律師、チラシ配布、そういう人たち。同じような内容を「フィルハーモニーの風景」(岩波新書)で書いてい…

岩城宏之「指揮のおけいこ」(文春文庫) 素人がやりたがる指揮マネは指揮者の訓練にはまったく不要で無駄。知識とテクニックと情熱が必要というにべもない答え。

クラシック音楽を聴いているだけの立場からすると、もっとも魅力的に思えるのは100人のオーケストラを前にしてタクトを振る指揮者。ここにはたとえばカラヤンあたりのイメージ戦略に乗せられているところがきっとあるに違いないにしても(またこのような思い…

あらえびす「名曲決定盤」(中公文庫) 1万枚のSPレコードを収集したマニアの在庫管理(分類と整理)の方法は21世紀にも通用する。

ここではおまけのように書かれているSPの保管方法について紹介。ここに書かれている分類と整理の方法を会得すると、他に応用が利くから。これを参考に自分は蔵書の並べ方を検討し、管理ファイルを作成した。その経験は実は、ビジネスの現場、というよりバッ…

小林秀雄「モオツァルト」(角川文庫) 音楽を聴くより音楽について書いた本を読むほうが理解に至る、という戦前の主張。

自分の若いころには大学入試の論文解読の練習のために小林秀雄の「考えるヒント」を読むべし、といわれていた。一冊だけ目を通したことがあり、何が書いてあるのかわからなかった。で読むのを辞めたわけだが、これだけ例外。「モオツァルト」は、少しクラシ…

中野雄「丸山真男 音楽の対話」(文春新書) ベートーヴェンが最高の音楽家であり、ソナタ形式が最高の音楽とするロマン主義的な旧制高校の音楽観。

中野雄という人は「ウィーン・フィル 音と響の秘密」(文春新書)を前に読んでいて、どこかのクラシックレーベルでプロデューサーの仕事をしていることを知っていた。どこかの音楽大学あたりを経由していたのかと思ったが、東大の丸山真男門下というのは知ら…

中野雄「クラシック名盤この1枚」(知恵の森文庫) 「音楽評論家」の権威が落ちたのでマニアの推薦盤を集めたが、文章それ自体が玉石混交。

クラシック音楽を聴くという趣味に入ると、どうしても自分の聞いた演奏のことを語りたくなるものだ。あるいは、自分の聞いた演奏の評価を他人を比べたくなるものだった。かつては、「音楽評論家」を名乗る人たちの文章を読むしかなかった。レコードやVTRの価…

中野雄「ウィーン・フィル 音と響の秘密」(文春新書) 雇用の機会均等の原則が機能していない時代を懐かしむインサイダーの自慢本。

著者はどこかのレコードレーベルの録音技術者かプロデューサー。クラシック分野で仕事をしていたので、ウィーン・フィルやそのメンバーと一緒になることが多かった。ウィーンその他のヨーロッパ諸国や来日公演などいろいろな場所で、演奏−録音をともにしてい…