odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アメリカ文学

アーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」(新潮文庫) 資本主義社会の英雄は聖杯探索に失敗し、村は衰退するしかない。

カリブ海の島にある漁村。WW2のころは活気があったが、大資本の沿岸漁業がでるようになって、小舟による漁はさびれるばかり。若者は島を出ていき、中年以上の漁師しか残っていない。そこにいる老人は84日の不漁に出会っていた。あまりの運のなさに、手伝いの…

マーク・トウェイン「トウェイン短編集」(新潮文庫) 貨幣の秘密に肉薄する好短編が二つ収録

初出が解説に書いていないが(いつ書かれたかの情報は必須!)、最後の中編を除いて1860年代、作家初期のものらしい。 私の懐中時計 ・・・ 正確無比な懐中時計が時を正しく刻まなくなったので、修理してもらう。そのたびに、ますます正しい時刻(とは何か)…

マーク・トウェイン「不思議な少年」(岩波文庫) 宇宙的な死を持ち出して人間の無価値を説く「サタン」はネットによくいる冷笑主義者にそっくり

トウェイン最晩年の作(出版は死後の1916年)。 1590年のオーストリアの片田舎。教会が町の中心で、町長もいるが神父の権威が強いころ。3人の子供が遊んでいるところに、「サタン」を名乗る美少年が現れる。古今東西の面白い話をして子供らを魅了したが、不…

マーク・トウェイン「人間とは何か」(岩波文庫) ゆたかな人々・満足した人々@ガルブレイスが語る冷笑とニヒリズム

1890年代に書かれ、私家版として1904年に出版。正式出版は没後の1917年。 老人が青年に語る。いわく、おまえの信じている人間の権威、尊厳、崇高さなどはないのだよ。なんとなれば人間は外的諸力に強制的に動かされている機械なのであるから(この「機械」は…

オー・ヘンリー「傑作集」(角川文庫)-1「賢者の贈りもの」「献立表の春」「二十年後」 作家がもっとも旺盛に書いていたのは日露戦争の前後のころ。ときどき背景に現れる。

O.ヘンリは昭和の時代にはよく読まれていた。高校時代に新潮文庫の3冊本を読んだが、今回は角川文庫が1969年に改版したものを読む(翻訳は1950年代だろう)。 作者名はペンネーム。30代にこういう短い話で大人気になり(当時、週刊誌が流行していて、平易…

オー・ヘンリー「傑作集」(角川文庫)-2「最後の一葉」「パンのあだしごと」「赤い酋長の身代金」 人間の見方がシニカルで敬意を払うことがない。

2021/05/07 オー・ヘンリー「傑作集」(角川文庫)-1 の続き オー・ヘンリーは数年の間に380編のショートショート(という言葉はまだなかった)を書いた。おおざっぱに、ニューヨークもの、中部もの、南部もの、中米ものに分けられるという。そのうち出来が…

カート・ヴォネガット「カート・ヴォネガット大いに語る」(サンリオSF文庫) 奇想天外で能天気なほら話をする陽気なおじさんが語るペシミスティックな想念と涙もでてこないほどの絶望と孤独。

作家の小説に一時期はまっていて、著者名に「Jr」がついているころから、ずっと追いかけていた。その当時、翻訳されていたものは全部読んでいたのではないかな。どうやって知ったのかというと、たぶん大江健三郎のエッセイで。「坑内カナリア理論」で知った…

マーク・トウェイン「トム・ソーヤーの冒険」(講談社文庫) 子供を抑圧しなければおのずと正義と自由を考えて実践する

そういえば西部劇映画には子供が出てこないなあ、あのころ子供はどういう暮らしだったのだろうと思って、今まで読んでこなかった「トム・ソーヤーの冒険」を読む。完全に読む時期を失したおかげで、うきうきわくわくの時間を持てなかった。 ミシシッピーに住…

マーク・トウェイン「ちょっと面白い話」(旺文社文庫) 正義や道徳を持たない人のシニシズム

この本はオリジナルがあるのではなく、訳者兼編者が作家自身の言葉や作家のエピソードを集めたもの。出典が書かれているわけではないので、読者は検証しようがないが、そこまで気にすることはない。15〜32文字くらいの警句を1ページに配置するという贅沢なレ…

E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-3

2014/04/18 E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-1 2014/04/21 E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-2 ダニエルの不安定さは、小説の書き方に表れている。表向きの話は、博士号を取得した25歳の若者が就職先を探してニュー…

E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-2

2014/04/18 E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-1 1は息子の話だったが、こちらは父の話。 アイザックソン事件はローゼンバーグ事件を模しているのはあきらか。 ローゼンバーグ事件 - Wikipedia ローゼンバーグの獄中書簡は山田晃訳「愛は…

E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-1

自分の知り合いだった人に、大正生まれで共産党員の父を持つ昭和30年代生まれの人がいた。都内の高校から大学に進学するにつれ、1970年代のこととして新左翼の運動に共感をもっていく。その結果、家族内では当時の左翼運動を巡る議論が白熱したという。とき…

トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」(サンリオSF文庫) 陰謀論風味の巻き込まれ型サスペンス。趣向や仕掛けをいろいろ解釈できるが全部小説内に書かれていたorz

ある夏の日の午後、エディパ(オイディプスの女性名とのこと)・マース夫人(夫はラティーノのDJ)はカリフォルニア州の不動産業者大立者であるピアス・インヴェラリティ(これもなにかのもじりらしい)の遺言執行人に指名された。かつて付き合ったことがあ…

ジョン・バース「旅路の果て」(白水ブックス) オデュッセイの仮面をかぶれないジェイコブくんは世界を混沌と不浄にすることしかできない。

「ある意味で、ぼく、ジェイコブ・ホーナーだ」で始まるのは、メルヴィル「白鯨」を意識しているのかな。異なるのは、バースの主人公は、強い主張で自分の名を言上げするのではなく、とりあえずの記号の意味しかないということ。読み進むにつれて、この30歳…

ヘレン・ケラー「わたしの生涯」(角川文庫) 19世紀末のアメリカでは障害者自身や支援者たちは自力で組織を作って、援助体制を作っていた。ヘレンはじぶんらができることで社会に参加させてくれと主張する。

ヘレン・ケラーは1880年生まれ。2歳で高熱の病気を発症。以来、視力と聴力を失う。話すこともできなくなり、わがままでしつけができないで育つ。転機は彼女が7歳の時。グラハム・ベルの紹介でパーキンス盲学校の卒業生、20歳のアン・サリヴァンが派遣される…

ブルフィンチ「中世騎士物語」(岩波文庫) 19世紀の前半にアメリカで書かれたアーサー王伝説のダイジェスト。「トリストラムとイザーデ」「聖杯伝説」が収録。

「トリスタンとイゾルデ」のバリアント。今度はイギリスの場合(著者はアメリカ人だけど、この本のもとにした伝承や中世文学はイギリスのもの)。 最初に中世物語の起源が書かれる。きわめて簡略化したまとめをすると、もともとは口承であったのが、11世紀く…

ウィリアム・ブラッティ「エクソシスト」(新潮社) 〈悪魔〉のやることはちゃちだが、悪魔を見た人は自分のトラウマ・孤独・暴力性を暴かれてひどく傷つく。

「女優クリスの娘リーガンを突如襲う異変。教会で発見された黒ミサの痕跡。映画監督の惨殺。一連の異常事は次第に《悪魔憑き》の様相を見せはじめた。神父カラスに助けを求めるクリス。が、ここから善と悪との闘争が始まろうとは知るよしもなかった! 壮絶な…

ジョン・サマヴィル「人類危機の十三日間」(岩波新書) 1962年10月キューバ危機に対応したアメリカ政府の対応をほぼそのまま収録した戯曲。

「ジョン・サマヴィル教授の戯曲『危機』The Crisis の訳である。主題は一見してわかるように、一九六二年のいわゆるキューバ危機を扱った半ドキュメンタリー・ドラマ。キューバ危機とは、一九六二年十月に突発した、文字通り世界が全面核戦争、一触即発の危…

ジャック・ケルアック「路上」(河出文庫) アメリカ人のセルフイメージは20代のはつらつとした青年なんだろう。彼らの厚顔さを見出した感じ。

読んだタイミングが悪かったな。もしも自分が20代で、何をしていいのかわからず、あまりある時間を無為に過ごすことがちっとも惜しくない時代に出会っていたら、この本は聖典のようになっていただろう。さらには、60年代のアングラロックやヒッピームー…

トマス・ピンチョン「スロー・ラーナー」(ちくま文庫) 「少量の雨で」「エントロピー」「秘密のインテグレーション 」

きわめて寡作でありながら、どんな長編を書いてもそれが文学史的事件になるという稀有な作家、ピンチョンの若いころの短編集。「重力の虹」邦訳の出版直前にこの短編集がハードカバーで出版されたが、しばらくして絶版。このほど文庫に収録。とりあえず慶賀…

リリアン・ヘルマン「眠れない時代」(サンリオSF文庫) マッカーシズムの非米活動委員会で証言を拒否し、不幸になることを進んで選ぶ。

「未完の女」は戦争終了までのことがおもに書かれている。そして1976年に出版されたこちらの「眠れない時代」はまさに非米活動委員会の証言の模様が描かれる。 非常に単純化して、この時代とヘルマンのことを書いてみると、 ・非米活動委員会は1937年設立。…

リリアン・ヘルマン「未完の女」(平凡社ライブラリ) 20世紀前半のアメリカでリベラルを貫いた意志の強い女性の自伝。

リリアン・ヘルマンは1905年生、1984年没のアメリカの劇作家。代表作は「子供の時間(1934年)」。しかし彼女の名前は、ダシール・ハメット(ハードボイルド小説の創始者。「マルタの鷹」「血の収穫」など)との同棲生活と、1950年代のマーッカシー旋風時に…

ノーマン・メイラー「鹿の園」(新潮文庫) マッカーシズム時代の戦後アメリカを舞台にした自我の目覚めの物語

世間に無知な青年が都会に来て、次第に社会知と自我に目覚めていくという話は、一般的だ。「赤と黒」「三四郎」などを持ち出したいように、無垢な青年の目が社会の批評になっているという構図を作ることになるから。この小説は、戦後アメリカを舞台にしたそ…

ヘンリー・ミラー「南回帰線」(新潮文庫) 「事実は重要ではない、真実が重要なのだ」と語り、真実らしきことの周辺をたゆたう。

世界文学史年表にのっていたミラーの「北回帰線」を読んだのは高校2年のときだったが、何を読み取ったのだろうか。今回同様に最初のページから最後のページまで活字をトレースしていったことに過ぎなかったのだろう。 (脱線するが、文学に興味をもったとき、…

アーネスト・ヘミングウェイ「危険な夏」(角川文庫) フランコ政権下の闘牛見物旅行とスペイン市民戦争の記録と記憶

ヘミングウェイは最晩年に、雑誌ライフの後援を得て(かどうかはわからないが)、スペインを訪れることになった。作者は市民戦争時代の元義勇兵であるものの、その数年前にノーベル文学賞を受賞したというのであれば、軍事政権も門戸を開かぬわけにもいくま…

アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」(岩波書店) 1920年代のドル高フラン安はアメリカの若者をパリに引き寄せた。軽薄で刹那な暮らしを老人になってから懐かしむ。

「「パリは移動祝祭日だ」という言葉で始まる本書を1960年に完成し,ヘミングウェイは逝った.「20年代のパリ」を背景に,スタイン,フィッツジェラルド,パウンド,ジョイスら「失われた世代」の青春を回想した不朽の名作.」 1961年に自殺した後に発表され…

アーネスト・ヘミングウェイ「われらの時代に」(福武文庫) 1920年代ロスト・ジェネレーションの孤立と放浪。食描写はぴか一。

「第一次世界大戦に席捲され、暴力と死の翳におおわれた「われらの時代」の行き場のない不安と焦躁、そこからの脱出の苦闘を、日常生活の断片のスケッチによって描き上げた初期傑作短篇集。ドス・パソス、F.S.フィッツジェラルド、フォークナーら「失われた…