odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

自然科学

青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」(講談社現代新書) ひとつしかない宇宙が人間に合うように作られたのではなく、無限ともいえる宇宙のなかにたまたま人間が生存可能な物理定数をもつものがあってそこに人間がいる、という考え。

人間はこの世界(宇宙)はどのようにできているかをどうにかして説明しようとしてきた。あいまいなままであるより、起源が明らかであり規則や秩序がわかるほうが安心できるからだ。古代の宇宙論や中世の占星術の試みの後、近世になって科学もそれにこたえよ…

サイモン・シン「暗号解読 上」(新潮文庫) 西洋、とくにイギリスは暗号好き。チューリングがひとりでブレークスルーを果たしたわけではない。

モルテン・ティルドゥム監督の「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」2014年をみたので、エニグマ解読のことを知りたくて本書を入手した。 映画はアラン・チューリングを主人公にして、彼の功績で解読に成功したように見せているが、実際は…

金子隆芳「色彩の科学」(岩波新書) 色をどう見るかは人間の個性がでて科学的な記述にはあまり向かないので、いかに指標化・平準化するかが色彩の科学の歴史。

色彩学は、物理学、化学、生物学、心理学、哲学などからのアプローチが可能でそれぞれの知見を積み重ねる学際(1980年代に文部省が広めようとした言葉)の学問なのだそうだ。著者は実験心理学の研究者なのだが、この啓蒙書ではもっぱら自然科学の研究史が振…

大山正「色彩心理学入門」(中公新書) 西洋の持つ価値観やバイアスが色にまとわりついているので、色彩を研究するときは注意してください。

以前、ゲーテ「色彩論」を読んだときに、本書が参考書として見つかった。 odd-hatch.hatenablog.jp 入手できたので読んでみる。 主要な関心はゲーテの論をどのように評価しているかというところ。ゲーテによるニュートン批判は物理学としては意味がない(や…

井上栄「感染症 増補版」(中公新書) ウィルスは飛沫感染するので、ワクチン・疫学調査・行動変容で対策する。

感染症は感染源が人から人へと移り重篤な症状を起こすもの。とくに感染性が強く、症状が重いものは伝染病と呼ぶ。感染源はウィルス、病原菌、微生物、寄生虫など。人類はずっと感染症や伝染病の対策をしてきた。人間は生物学的にはあまり変わらないが、行動…

米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 人体改変や人体の資源化の技術をどう制御するかを検討する新しい考え方。

1990年代に完了したヒトゲノム解析、ES細胞などによって、人体の交配や臓器提供などが実現できる見通しができた。しかしこれは人間の人体観・死生観に大きな影響を及ぼす。一方で、企業は商用化に向けて研究を加速し、南北や国内の経済格差はマイノリティや…

米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-2 人体のパーツが商品化されて、グローバルな経済圏を作っていることと経済格差を原因とする人体棄損が起きている。

2021/10/29 米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 2006年の続き 後半はより政治に近い問題になる。人体のパーツが商品化されて(輸血や角膜移植などで古くから使われていた)、グローバルな経済圏を作っていることと経済格差を原因とする人体棄損が…

内田亮子「生命をつなぐ進化のふしぎ」(ちくま新書) 観察を続けても人類と霊長類の差異は明らかにならないし、行動の起源を確定することもできない。

生物人類学、進化生物学、行動進化学など1990年以降に生まれた科学の新分野の紹介。かつてはおおざっぱに動物行動学とでもされていた研究を細分化すると同時に、「動物行動学」が内包していた差別や蔑視などをのぞこうとする(どこかで読んだが、「動物行動…

坂巻哲也「隣のボノボ」(京都大学学術出版会) コンゴのジャングルで20年類人猿を観察していると、共感を感じるとも疎外されているとも感じる。

以前ピグミーチンパンジーと呼ばれていた類人猿は今ボノボと呼ばれる。体格はチンパンジーに似ているが、詳細にみると違いがあるし、行動がとても異なる。この類人猿がほとんど知られていないのは、生息域はコンゴ(旧ザイール)の一部に限られ、秘境にある…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 人為的な選抜によって新しい種を作れるのだから、自然状態でも同じことが起きているに違いない。偶然におきた変異は子孫の残しやすさで種に定着していく。

ダーウィン「種の起源」1858年を読むのは35年ぶり、二回目。前回は長い長い記述にへこたれて、文字を目でトレースしただけだった。ダーウィンの考えはほとんど読み取れなかった。でも、進化論や科学史に興味があったので、そのあと今日までに、多数の進化論…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 自然淘汰は個体数の増加と(構造と行動の)多様化をもたらす。遺伝的浮動、性淘汰、地理的隔離、ニッチェ等のアイデアはすでにできていた。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年 リンネ、キュヴィエ、ビュフォン、ラマルクらの18世紀の博物学者やナチュラリストと、彼らより50年後のダーウィンの違いは、生物の知識が圧倒的に増大、地質学その他の他…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 ダーウィニズム批判にダーウィン自身が答える。今もある進化論への難癖はすでに回答済。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年2020/05/28 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年 上巻はダーウィンの考えの理論編。下巻(と上巻の一部)は自然淘汰説に対する難題への…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 下 」(光文社古典新訳文庫)-2 種を固定したものとしてみるのではなく、生存闘争(競争)をおこない、繁殖で自然淘汰がおき、移動して新しい居場所を獲得し、個体数を増やすという空間的・時間的なダイナミクスとしてみる。生物は居場所を得るために変異しているので、完成や完璧はない。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年2020/05/28 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年2020/05/26 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年 …

エルヴィン・シュレーディンガー「生命とは何か」(岩波文庫) たくさんのあやまりと、大きな可能性を示唆した分子生物学や生物物理学のマニフェスト。その後の研究の筋道を作った

エルヴィン・シュレーディンガーの生涯と業績はリンク先を参照。20世紀前半の物理学者で、量子力学成立の立役者。 ja.wikipedia.org もとは1944年の講演。この国では1951年に岩波新書ででて、2008年に岩波文庫に入った。すなわち、岩波新書では最新の科学啓…

森田邦久「科学哲学講義」(ちくま新書) 「科学は信じられるか」という人に科学の方法と特徴と範囲を丁寧に説明する。

科学に信頼を置いているのは、科学の方法が日常生活で知識を得て正当化する方法を洗練させたものだから。でも、詳しく見ると「日常生活で知識を得て正当化する方法」がつねにいつでも正当化できるかというとあやしい。というわけで、そのあやしい理由を探る…

池内了「疑似科学入門」(岩波新書)  疑似科学(ニセ科学とも)と陰謀論には「お前の主張はバカだ」といおう

著者は疑似科学を3種に分類する1種: 占い(血液型性格占い、占星術など)、超能力・超科学、擬似宗教。<参考エントリー>渡邊芳之 「「モード」性格論」(紀伊国屋書店)-2 なぜ心理学者は血液型性格診断を信じないか。 2種: 科学を装いながら科学でない…

J・リチャード・ゴット「時間旅行者のための基礎知識」(草思社) 過去にはタイムトラベルできるし、宇宙はそれでできたんだよ。それホント?、それとも高度に知的なホラ?

時間旅行(タイムトラベル)というテーマはフィクションから始まる。とりあえず元祖をウェルズ「タイム・マシン」に求めるとして、SF内の一つのジャンルになるくらいに作家と読者を魅了した。タイムトラベルにはパラドックスがあり、過去や未来に介入するこ…

ポール・ホフマン「放浪の天才数学者エルデシュ」(草思社文庫)-2 帝国崩壊後のハンガリーは共産主義政権と軍事政権で亡命者を大量に出し、社会不安と停滞が続いた。

2018/06/05 ポール・ホフマン「放浪の天才数学者エルデシュ」(草思社文庫)-1 1998年 この本の記述は面白くて、エルデシュの生涯をそのままなぞらない。筆は現在と過去を自由に行き来し、エルデシュの少年時代のつぎには高年時代が記述される。生涯のエピソ…

ポール・ホフマン「放浪の天才数学者エルデシュ」(草思社文庫)-1 読者の理解を越えた奇人の天才数学者の一代記。天使ははた目にはほほえましいが、付き合うにはうっとうしい。

数論のおもしろさは、数(かず)という日常で使い慣れた(と思い込んでいる)ツールから、思いがけずに深淵な世界をかいまみさせること。でも、その世界の奥深さと幽玄さは自分のような凡庸な頭には全く理解ができない。いまよりももっと計算になれていて、…

F.ハプグッド「マサチューセッツ工科大学」(新潮文庫) 科学やエンジニアリングは自由主義となじんでいて、問題解決にあたっては個人は平等である(でも日本は民主主義運営なので個人の裁量は限定的)

テーマはふたつ。 まずエンジニアリングについて。この国の「技術」とは一致しないし、「科学」でもない。エンジニアリングは科学とは補完関係にあって、互いに相手を包含しているという、やっかいな概念。本書では、数回説明があるが、腑に落ちるのはエンジ…

マイケル・ファラディ「ロウソクの科学」(岩波文庫) 燃焼という現象をみることから、どこまで議論や考えを広げることができるか。この好奇心の広げ方こそが科学者の在り方。

高校時代に読んだのだが、どこかにいってしまったのを、ネットで公開されている翻訳で読み直す。 Chemical History of A Candle: Japanese 岩波文庫版には、実験器具や実験風景の挿絵があったと記憶するのだが、ここには載っていない。また、もともとは1847-…

福岡伸一「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書) 21世紀の科学エッセイのベストセラーは教養不足でとっちらかった構成。

2007年のベストセラー。生物学の最先端(当時)の研究成果も書かれた本がたくさん売れるというのは珍しい。自分はあまのじゃくなので、売れていた時には読まず、ほぼ10年たって影響力が消失してから読む。 さて、自分は1980年前後に大学で生理学や生化学の講…

マーカス・デュ・ソートイ「素数の音楽」(新潮文庫) 数学の話は自分にはさっぱりだったが、研究方法やスタイルが変わってきたことは興味深かった。

素数は、自然数のうち正の約数が 1 と自分自身のみであるなので、理解は簡単。でも、どの数が素数なのか、どの程度の頻度で出現するのかを明らかにしようとすると途方に暮れる。たとえばこういう1000万(!)までの素数表をみるのは楽しい。素人目には、素数…

アルバート・アインシュタイン「物理学はいかに創られたか 上下」(岩波新書) のちに出てくる相対性理論の啓蒙書は本書のバリエーション。

1939年翻訳初版。wikiによると初版は1950年刊行になっているが、どうしてだろう。なので原著がいつ書かれたのかわからない。本文の記述からすると1925年から1939年の間に執筆されたと思う。新書は1963年に改訳されているので、その間に改訂されたのだろう。 …

G.L.シャックル「楽しい数学」(現代教養文庫) 高校までの数学の復習だが、ときにハイデガーより理解困難な説明がでてきて面食らった。

イギリスの統計学者がかいた若い人向けの数学入門書。 小川洋子「博士の愛した数式」を読んで数の世界がおもしろいと思ったら、この本にトライしてみてはいかが。下記のように高校までの数学の復習になる。 扱う題材は、数(整数、分数、無理数、虚数など)…

吉田光邦「日本科学史」(講談社学術文庫) 日本の科学とタイトルにあるが、中身は文学史。明治以降の記述は雑。

厳密に言えば、「科学」の方法と思想はヨーロッパ由来のものなので、日本の科学史は幕末から明治にかけて洋書を購入したりお雇い教師を招いたりしたところから始まる。そうすると日本の「科学」はたかだか200年にも満たないような歴史しか持っていない。われ…

グレゴール・メンデル「雑種植物の研究」(岩波文庫) 実験デザインが重要、生命現象を個別から一般記述に変更、確率と統計を博物学に導入。結論よりもこの点を読み取りましょう。

グレゴール・メンデルは1822年生まれで1884年没。モラヴィア地方にいた。教職志望であったが検定試験に2度失敗し、僧職につく。29歳のとき、僧院の推薦でウィーン大学に留学し、主に物理学を研究。帰国後、僧院の教職につき、博物学・物理学全般を指導。あわ…

柴谷篤弘「今西進化論批判試論」(朝日出版社) ネオダーウィーニズムの優れた解説書。ラマルキズムや今西進化論はマルキシズム(と全体主義)と相性がよい

著者は今西進化論批判の本をいくつか書いているが、これがもっとも古くて、最も網羅的。取り上げているのは今西進化論だが、実のところはネオダーウィニズムの優れた紹介になっている。これを準備するにあたり「種の起源」の前の草稿をファクシミリ版で読み…

柴谷篤弘/藤岡喜愛「分子から精神へ」(朝日出版社) 今西錦司の薫陶を受けた生物学者と心理学者の対談。基礎知識もあいまいな「専門家」の妄言。

自分は心理学のよい勉強家ではない。新書を10冊くらいと岸田秀や秋山さと子らの通俗解説書とフロイトの「精神分析入門」とラカンの一冊くらいなものだ。なので、藤岡喜愛がロールシャッハテストの話をしてもさっぱりわからない。あと柴谷によると、今西錦司が…

柴谷篤弘「構造主義生物学原論」(朝日出版社)

初出は1985年。いみじくも「週刊本」シリーズの最終巻で、唯一のハードカバーである。 それはさておき、初出年にあるように「構造主義生物学」を名付けた邦書の最初である(と思う)。この時代には池田清彦は自説を発表していないので、柴谷との邂逅は後の話…