odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学_エンタメ推理小説

高野史緒「カラマーゾフの妹」(講談社文庫) 「カラマーゾフの兄弟」の優れた再解釈。兄弟たちは凡庸化してしまったが、たぶん神学論争もあるはずのアンカット版で読みたい。

ああ、やられてしまった。そりゃ俺も「カラマーゾフの兄弟」の続編をこんな感じになるのかなと妄想したりしたものだが、もっとすごいのがここにあった。脱帽。 1874年(というのは著者が推定した事件の年代)にロシア帝国を震撼させた「カラマーゾフ家の父殺…

島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(光文社文庫) ワトソンと漱石の手記が交互に出てくる編集。イギリス人のレイハラやマイクロアグレッションに漱石は悩まされる

1901年、ロンドンの下宿屋で奇妙な事件が起こる。ある婦人が生き別れの弟を見つけ出し、同居を始めたが弟は変人で奇人になっていた。東洋から持ち帰った仏像や甲冑を室内に入れているが、決して他人に触れさせない。その上部屋の暖炉に火を入れないし、食事…

有栖川有栖「乱鴉の島」(新潮文庫) 乱歩「パノラマ島綺譚」1925年のパスティーシュを2006年に書く。なんか意義ある?

ちょっとハードな読書をしていたので(ジェイムズ・ジョイスを集中的に読んでいる)、息抜きに「孤島もの」の探偵小説に手を出す。ストーリーは常に一緒で、しかし無数のバリエーションがあるので、気楽に読めるのだ。 犯罪社会学者の火村英生は、友人の有栖…

柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件 」(集英社文庫) 政治的に中立な人が探偵すると権力のスパイになる

前回の初読で大感激した。それから14年。もういちど同じ気分を味わおうと、再読した。サマリーは前回の感想を参照。 odd-hatch.hatenablog.jp 幻滅、失望。 理由はふたつある。 ひとつは漱石の小説を全部読み直したこと。その結果、夏目漱石も坊ちゃんもこの…

柳広司「百万のマルコ」(集英社文庫) 「2分間ミステリー」と枠物語が反転する快感。

イタロ・カルヴィーノ「マルコ・ポーロの見えない都市」(河出書房新社)の語り手がヴェネチアの牢に入っていると思いなせえ。そこには身代金を払えずに期限のない収容に退屈しているものらがいる。ある時、最も汚いぼろを着たマルコが不思議な話をする。それ…

赤川次郎・有栖川有栖他「金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲」(角川文庫) 日本的なあまりに日本的なキャラとパスティーシュ

ときには、古めかしい謎解きものを読みたいと思って(形式がはっきりしているから読んでいて筋に混乱することがないのだ)、アンソロジーを手にする。2002年初出、2014年文庫化。 金田一耕助のパスティーシュ。都築道夫によると、「名探偵のパスティーシュの…

ミステリー文学資料館編「シャーロック・ホームズに愛をこめて」(光文社文庫) たしかにホームズはミソジニストだが21世紀に踏襲することはないでしょう。

日本のホームズパロディは1980年までは低調だったが、その後急速に増えた。一度1980年代に河出文庫でアンソロジーをつくったときは2巻でほぼ全作を網羅できたが、その後多数でてきたので2010年に再度編み直した。本書の続巻「2」も出ている。とのこと(編者…

乃南アサ「6月19日の花嫁」(新潮文庫) 記憶喪失者はダンジョンから抜け出せるか

ふいに世界に投げ入れらた女性がいる。見知らぬ部屋、見知らぬ人、なによりも恐ろしいのは鏡に映る顔が見知らぬ人であること。 わたしは誰──? 6月12日の交通事故で記憶を失った千尋。思い出したのは、一週間後の19日が自分の結婚式ということだけだ。相手は…

宮部みゆき「パーフェクト・ブルー」(創元推理文庫) 社会正義よりも家族の問題のほうを優先してしまうし、家族も「責任」の取り方があいまい。

著者の第一長編で、1989年にでた。 元警察犬のマサは、蓮見家の一員となり、長女で探偵事務所調査員・加代ちゃんのお供役の用心犬を務めている。ある晩、高校野球界のスーパースター・諸岡克彦が殺害された。その遺体を発見した加代ちゃん、克彦の弟である進…

宮部みゆき「龍は眠る」(新潮文庫) 未成年の探偵は犯罪捜査にかかわってよいのか

もしも江戸川コナンや金田一一のような未成年が犯罪捜査にしゃしゃりでて、いろいろとでしゃばってきたら? 勝手に動いて捜査をかく乱するのに、説明はろくすっぽせず、説教するとふてくされていなくなってしまう。ときどき鋭いことを指摘するのは波乱が起き…

加納朋子「掌の中の小鳥」(創元推理文庫) 男の「悪気のない」行為があるから女は「掌の中の小鳥」をいとおしむ

登場人物はみな固有名をもっているのに、それが個人を識別する記号にならない。むしろ行動や発話の違いで個人を見分けることになるのだが、その違いもとてもあいまいで誰が誰なのかを区別することができないという不思議な小説空間。でも、そこには解かれる…

加納朋子「いちばん初めにあった海」(角川文庫) 記憶の曖昧な女性のモノローグは夢野久作「ドグラ・マグラ」の変奏

1996年に出た著者の第4作。それまでは連作短編集だったが、これは独立した中編二編が収められている。 いちばん初めにあった海 ・・・ ある若い女性がアパートで一人暮らし。周囲の傍若無人な人たちの喧騒で生活のリズムはすっかり狂っている。耐えがたい環…

加納朋子「モノレールねこ」(文春文庫) 「大切な人との絆」を大事にしすぎると現状維持がよいことになってしまう

2006年に出た短編集。ミステリーというよりは「ふしぎ小説@都築道夫」の味わい。 モノレールねこ ・・・ 小学校5年生のサトルのところにふとったものぐさな猫がやってくる。あるとき首輪にメモを挟んでみたら、返事が届いた。そこからタカキとモノレールねこ…

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」(創元推理文庫) 地場産業の栄枯盛衰を経営に携われない女の側から見る。男よりも女の反抗や忍従のほうが社会を変える。

鳥取県の山間部にある紅緑町。ふるくから製鉄をするたたら場があったが、恐らく20世紀初頭に赤朽葉家がドイツから製鉄プラントを輸入して大きな事業にすることに成功した。町の高台に巨大な屋敷をつくり、一族が住まっている。その下には工場の従業員家族が…

大崎梢「平台がおまちかね」(創元推理文庫) 犯罪性がない日常的な謎の理由を解く。俺は他人に無関心でいられたいので、こういうのはおせっかいで苦痛。

これまでフィクションで探偵をしてきたのは、職業探偵か素人のディレッタントだった。そこに警察官が加わり、以後さまざまな職業が探偵になる。シリーズ探偵になるには時間に拘束されないことが大事なので、新聞記者やルポライターが多かったが、ここでは出…

三木笙子「クラーク巴里探偵録」(幻冬舎文庫) ホームズ-ワトソン関係にひとひねりを加えた趣向は興味深い。1920年代風の作風なのでその時代に書かれていれば大傑作。

花の都パリへの憧れというと、荷風の「ふらんす物語」に始まり、久生十蘭に金子光晴が集い、笠井潔が駈込むという具合に繰り返し書かれてきた。ここにタイトルの最新作(2014年刊)があり、日本人はどのようにパリを観るのか、そこの興味を持って読むことに…

深木章子「猫には推理がよく似合う」(角川文庫) 21世紀には珍しい弁護士事務所が舞台になるミステリー。女性も人間らしく扱われなければならないというサブテーマ付き。

弁護士事務所が舞台になる探偵小説は久しぶりだなあ。古いのは浜尾四郎や大阪圭吉が書いていたし、昭和では和久俊三などが法曹ものを書いていた。弁護士や検事の出身者が探偵小説作家になることは珍しくはなかった。それが平成以降になると激減。本書は久し…

柳広司「漱石先生の事件簿 猫の巻」(角川文庫) シニシズムとニヒリズムの漱石キャラに常識や理性の持主を挿入すると、社会と世間が見えてくる。

もしかしたら漱石の「吾輩は猫である」は探偵小説として読めるのではないか、という試み。ときに漱石の原文をそのまま引用(「天璋院様のご祐筆・・・」のくだりなど)したり、原作のシーンを別視点で書き直したりしているので、原本を読んだうえで本書に取…

山本周五郎「寝ぼけ署長」(新潮文庫) 探偵小説にみせかけた「遠山の金さん」。上からの善政は民主主義を弱くする。

発表は、各短篇にあるように戦後すぐだが、舞台は戦前。wikiによると内務省時代の官職などがでるという。 五年の在任中、署でも官舎でもぐうぐう寝てばかり。転任が決るや、別れを悲しんで留任を求める市民が押し寄せ大騒ぎ。罪を憎んで人を憎まず、“寝ぼけ…

間羊太郎「ミステリ百科事典」(現代教養文庫) 昭和20~30年代の国産と翻訳探偵小説のデータベース

1963年から雑誌「宝石」に連載されたエッセイ。当時は江戸川乱歩が編集長だった時代(の最後)。連載途中で、出版社が変わった。文庫になったのは1981年。 内容は乱歩の類別トリック集成をもとにして、トピック別に実例を挙げていくというもの。目次を引用す…

福永武彦/中村真一郎/丸谷才一「深夜の散歩」(講談社、創元推理文庫) 戦中派の知的エリートはいかにミステリーを読んだか

いくつかの本の情報を拾ってつないでみると、戦後の探偵小説史はこうなるか。1938年ころに洋書の輸入が禁止され、1941年以降に紙の配給体制が行われて、娯楽雑誌はほぼ廃刊。探偵小説の執筆は禁止され、捕り物帳かスパイ小説くらいしか発表できない。そのと…

日影丈吉「ミステリー食事学」(現代教養文庫) ミステリー読みのために欧米の食事の基本やマナーを紹介した啓蒙書

1972年から74年までミステリー・マガジンに連載したエッセイを1974年に単行本化。そのあと1981年に現代教養文庫で再刊。読んだのはこれ。あいにく現代教養文庫は廃刊になってひさしく、ほかで再刊された様子もないので、入手は難しそう。 本書のはしばしから…

小泉喜美子「殺人はお好き?」(宝島社文庫) アメリカ人元兵士が日本で起こした無国籍アクション映画風ハードボイルド。隠れテーマは女によるマンハント(亭主狩り)。

1962年羽田空港。 「アメリカ人私立探偵のロガートはかつての上司の依頼で来日した。上司の妻ユキコが麻薬密売に関係しているらしいというのだ。だがロガートがユキコの尾行を始めた途端、彼女は誘拐されてしまう。ロガートも襲われ、現場には新聞記者の死体…

天藤真「遠きに目ありて」(創元推理文庫) この短編集がでた1976年から半世紀近くたっても、信一少年を囲む状況は全く変わっていない。

1976年に雑誌「幻影城」に連載。翌年、単行本で出版(1981年に改訂)。探偵は信一少年。脳性マヒをもっていて、自立運動ができるのは右手の一部。たまたま知り合った現職の刑事が少年に魅了され、毎日のように通う。事件の話を聞いた少年の慧眼が事件を解決…

貫井徳郎「プリズム」(創元推理文庫) 素人の荒っぽい捜査による多重解釈という知的遊戯。

小学校の若い女性教師が自宅で死体で発見される。睡眠薬を飲まされ(ホワイトデーのお返しのチョコレートに混入)、思いアンティークの時計が凶器だった。部屋の窓はガラス切りで開けられていて、複数の人物が事件の前後に侵入したらしい。とりあえずの容疑…

二階堂黎人「名探偵の肖像」(講談社文庫)「対談 地上最大のカー問答」にはよいところはある、だけどわるいものもある。

1993年発売直後に「聖アウスラ修道院の惨劇」を読んだのだが、エーコ「薔薇の名前」を表層だけなぞると、こんなにうすっぺらになるかと怒って投げ捨て、ずっと読んでいなかった。それから四半世紀をへての再会。 ルパンの慈善 ・・・ ルパン物のパスティーシ…

森谷明子「千年の黙(しじま)」(創元推理文庫) 宮廷では政治(祭祀と人事)では女性の出番はない。そこにおいて物語を書くことは政治的な行動だった。

この国の奈良から平安の王朝を舞台にするのがサブカルで行われるようになったのは、大和和紀「あさきゆめみし」や山岸凉子「日出処の天子」の1980年代初めのころであったか。この森谷明子「千年の黙」2003年は上にあげた漫画に触発されているのではないか、…

東川篤哉「館島」(創元推理文庫) 孤島に建てられた館の密室殺人事件の謎解きより、先行作はなにかが気になった。

サマリーを書くのも面倒なので、版元の紹介文を使用。 「天才建築家・十文字和臣の突然の死から半年が過ぎ、未亡人の意向により死の舞台となった異形の別荘に再び事件関係者が集められたとき、新たに連続殺人が勃発する。嵐が警察の到着を阻むなか、館に滞在…

恩田陸「木漏れ日に泳ぐ魚」(文春文庫) 荷物を運び出した後の安アパートで、コンビニで買ってきた総菜で酒を飲むという風景のわびしいこと

サマリーを書くのも面倒なので、出版社のものを引用。 舞台は、アパートの一室。登場人物は、一組の男女。あの男の最期の姿、子供の頃の思い出——夜を徹して語り合ううち、共有する過去の風景に違和感が混じり始める。2人の会話のみで展開する濃密な心理戦、…

柳広司「はじまりの島」(創元推理文庫) 博物学航海は進化論の始まりで、植民地主義の開始。

一時期進化論の本をある程度読んだので、ダーウィンは気難しく偏屈で陰気な人物というイメージを持っている。なので、本書にでてくる20代前半のダーウィンの快活さや他者への配慮、なにより活動的な社交性には違和感があった。でも最終章で、引きこもりにな…