odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

日本文学_エンタメ推理小説

鮎川哲也「黒いトランク」(創元推理文庫) 1949年占領期に起きた事件のアリバイ崩しよりも、読みでがある文体を楽しもう。

1949年2月10日、汐留駅の小口貨物受取所で異臭のするトランクが見つかった。警官立ち合いのもとに開封すると、中から藁にまみれた中年男の死体が見つかった。荷札に書かれた受取人と差出人から直ぐに事件は解決するかと思われた。しかし、捜査は行き詰まる。…

鮎川哲也「リラ荘殺人事件 (改版)」(角川文庫) 戦後派は昭和30年代に成人になったときには冷笑と気どりと無責任になっていた。

書肆がややこしい。1957~58年に雑誌連載したときは「りら(ひらがな)荘事件」。出版社を変えて何度か再販されたときに著者の意向とは無関係に「リラ(カタカナ)荘殺人事件」と改題された。さらに1968年の再刊にあわせて著者は改訂した。その結果、タイト…

小泉喜美子「血の季節」(宝島社文庫) 戦前戦中の公使館で起きた少年少女たちのなにか甘美で超越的で決定的な経験。

昭和50年代、青山霊園付近で起きた幼女殺害事件。行きずりの仕業と思えたが、丹念な聞き込みによって、犯人の一人暮らしの初老男性を逮捕することができた。彼は古いマイセルのドイツ人形を大切にしていて、陽にあたることを嫌う不思議な男だった。そのう…

城平京「名探偵に薔薇を」(創元推理文庫) 世紀末に戦前探偵小説類似の小説を書くのは現代にミステリをすることに恥ずかしさを感じているかのよう。

聞いたことのない作家。第8回鮎川哲也賞最終候補作に手を入れて、この文庫版で1998年に出版されたらしい。そのときに作者は25歳だったようで、さまざまな設定は作者の身近からの発想なのだろう。語り手は大学院生で、名探偵は学生。中小企業の社長は高価な輸…

本格ミステリ作家クラブ編「論理学園事件帳」(講談社文庫) ミレニアムが変わったころの古いジェンダー観が読む意欲を減退させる

21世紀に「本格ミステリ作家クラブ」が組織され、講談社文庫でいくつかのアンソロジーが編まれた。そのうちの一冊。自分の趣味にはどんぴしゃなので、でている分を追いかけてみよう。これは2007年にでたもの。初出一覧をみると、各短編が書かれたのは2002年…

井上尚登「ホペイロの憂鬱」(創元推理文庫) プロサッカーのスパイクのメンテ専門家が推理と雑務に駆り出される。

珍しい職業の探偵。ここで登場するのは「ホペイロ(ポルトガル語とのこと)」。自分はたまたまTV番組で知っていたが、多くの人にはなじみのない職業だろう。プロサッカーチームで、スパイクのメンテを担当する人だ。練習や試合で激しい運動をするので、スパ…

今村昌弘「屍人荘の殺人」(創元推理文庫) 古典の引用とパスティーシュが作った「想像だになかった事態」。

1985年生まれの新人第1作(「処女作」という言葉は使わない)。2017年にでたときSNSで話題になっていたのは知っていた。天邪鬼なので時間がたってから読む。 神紅大学ミステリ愛好会会長であり『名探偵』の明智恭介とその助手、葉村譲は、同じ大学に通うもう…

青崎有吾「水族館の殺人」(創元推理文庫) 汚部屋住まいのものぐさが流ちょうなプレゼンを披露する違和感

2013年に20代半ばの作家が出した長編第2作。 夏休み真っ直中の8月4日、風ヶ丘高校新聞部の面々は、取材先の丸美水族館で驚愕のシーンを目撃。サメが飼育員の男性に食いついている! 警察の捜査で浮かんだ容疑者は11人、しかもそれぞれに強固なアリバイが。袴…

小林泰三「アリス殺し」(創元推理文庫) リアルなVRとファンタジックな現実、どちらが真実?

2013年に単行本がでて、2019年に文庫化。今回は文庫版で読む。まずは版元の紹介文から。 最近、不思議の国に迷い込んだアリスという少女の夢ばかり見る栗栖川亜理(くりすがわあり)。ハンプティ・ダンプティが墜落死する夢を見たある日、亜理の通う…

小林泰三「クララ殺し」(創元推理文庫) その名を上げるとネタバレになりかねないという本に関するミステリー。

これはある本に関するミステリーである、と書いた後に困るのは、その本の名前を挙げることができないから。その本自体を読んだことはなくても、どこかに引用されたり通俗化されたりしているので、なんとなくの見当がつく人はいるだろう。ことにキャラの名前…

小林泰三「ドロシイ殺し」(創元推理文庫) 犯罪がない社会において残忍な殺人をしなければならない理由はない。動機探しがテーマ。

2025/03/18 小林泰三「クララ殺し」(創元推理文庫) その名を上げるとネタバレになりかねないという本に関するミステリー。 2016年の続き 前作「クララ殺し」を読んだら、すぐあとに本書「ドロシイ殺し」を発見。本はリンクのある別の本を呼び寄せるのです…

山前譲編「将棋推理 迷宮の対局」(光文社文庫) 女流棋士が名人戦を戦うのはいつになるでしょう

将棋も囲碁もチェスも麻雀もやらないが、竹本健治のゲーム三部作と「涙香迷宮」を読んだので、将棋が登場する探偵小説のアンソロジーを読む。ときに棋譜がでてくるが、自分にとっては電車の時刻表とおなじくらいに意味を見出せない図形、記号にしかみえない…

高野史緒「カラマーゾフの妹」(講談社文庫) 「カラマーゾフの兄弟」の優れた再解釈。兄弟たちは凡庸化してしまったが、たぶん神学論争もあるはずのアンカット版で読みたい。

ああ、やられてしまった。そりゃ俺も「カラマーゾフの兄弟」の続編をこんな感じになるのかなと妄想したりしたものだが、もっとすごいのがここにあった。脱帽。 1874年(というのは著者が推定した事件の年代)にロシア帝国を震撼させた「カラマーゾフ家の父殺…

島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(光文社文庫) ワトソンと漱石の手記が交互に出てくる編集。イギリス人のレイハラやマイクロアグレッションに漱石は悩まされる

1901年、ロンドンの下宿屋で奇妙な事件が起こる。ある婦人が生き別れの弟を見つけ出し、同居を始めたが弟は変人で奇人になっていた。東洋から持ち帰った仏像や甲冑を室内に入れているが、決して他人に触れさせない。その上部屋の暖炉に火を入れないし、食事…

有栖川有栖「乱鴉の島」(新潮文庫) 乱歩「パノラマ島綺譚」1925年のパスティーシュを2006年に書く。なんか意義ある?

ちょっとハードな読書をしていたので(ジェイムズ・ジョイスを集中的に読んでいる)、息抜きに「孤島もの」の探偵小説に手を出す。ストーリーは常に一緒で、しかし無数のバリエーションがあるので、気楽に読めるのだ。 犯罪社会学者の火村英生は、友人の有栖…

柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件 」(集英社文庫) 政治的に中立な人が探偵すると権力のスパイになる

前回の初読で大感激した。それから14年。もういちど同じ気分を味わおうと、再読した。サマリーは前回の感想を参照。 odd-hatch.hatenablog.jp 幻滅、失望。 理由はふたつある。 ひとつは漱石の小説を全部読み直したこと。その結果、夏目漱石も坊ちゃんもこの…

柳広司「百万のマルコ」(集英社文庫) 「2分間ミステリー」と枠物語が反転する快感。

イタロ・カルヴィーノ「マルコ・ポーロの見えない都市」(河出書房新社)の語り手がヴェネチアの牢に入っていると思いなせえ。そこには身代金を払えずに期限のない収容に退屈しているものらがいる。ある時、最も汚いぼろを着たマルコが不思議な話をする。それ…

赤川次郎・有栖川有栖他「金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲」(角川文庫) 日本的なあまりに日本的なキャラとパスティーシュ

ときには、古めかしい謎解きものを読みたいと思って(形式がはっきりしているから読んでいて筋に混乱することがないのだ)、アンソロジーを手にする。2002年初出、2014年文庫化。 金田一耕助のパスティーシュ。都築道夫によると、「名探偵のパスティーシュの…

ミステリー文学資料館編「シャーロック・ホームズに愛をこめて」(光文社文庫) たしかにホームズはミソジニストだが21世紀に踏襲することはないでしょう。

日本のホームズパロディは1980年までは低調だったが、その後急速に増えた。一度1980年代に河出文庫でアンソロジーをつくったときは2巻でほぼ全作を網羅できたが、その後多数でてきたので2010年に再度編み直した。本書の続巻「2」も出ている。とのこと(編者…

乃南アサ「6月19日の花嫁」(新潮文庫) 記憶喪失者はダンジョンから抜け出せるか

ふいに世界に投げ入れらた女性がいる。見知らぬ部屋、見知らぬ人、なによりも恐ろしいのは鏡に映る顔が見知らぬ人であること。 わたしは誰──? 6月12日の交通事故で記憶を失った千尋。思い出したのは、一週間後の19日が自分の結婚式ということだけだ。相手は…

宮部みゆき「パーフェクト・ブルー」(創元推理文庫) 社会正義よりも家族の問題のほうを優先してしまうし、家族も「責任」の取り方があいまい。

著者の第一長編で、1989年にでた。 元警察犬のマサは、蓮見家の一員となり、長女で探偵事務所調査員・加代ちゃんのお供役の用心犬を務めている。ある晩、高校野球界のスーパースター・諸岡克彦が殺害された。その遺体を発見した加代ちゃん、克彦の弟である進…

宮部みゆき「龍は眠る」(新潮文庫) 未成年の探偵は犯罪捜査にかかわってよいのか

もしも江戸川コナンや金田一一のような未成年が犯罪捜査にしゃしゃりでて、いろいろとでしゃばってきたら? 勝手に動いて捜査をかく乱するのに、説明はろくすっぽせず、説教するとふてくされていなくなってしまう。ときどき鋭いことを指摘するのは波乱が起き…

加納朋子「掌の中の小鳥」(創元推理文庫) 男の「悪気のない」行為があるから女は「掌の中の小鳥」をいとおしむ

登場人物はみな固有名をもっているのに、それが個人を識別する記号にならない。むしろ行動や発話の違いで個人を見分けることになるのだが、その違いもとてもあいまいで誰が誰なのかを区別することができないという不思議な小説空間。でも、そこには解かれる…

加納朋子「いちばん初めにあった海」(角川文庫) 記憶の曖昧な女性のモノローグは夢野久作「ドグラ・マグラ」の変奏

1996年に出た著者の第4作。それまでは連作短編集だったが、これは独立した中編二編が収められている。 いちばん初めにあった海 ・・・ ある若い女性がアパートで一人暮らし。周囲の傍若無人な人たちの喧騒で生活のリズムはすっかり狂っている。耐えがたい環…

加納朋子「モノレールねこ」(文春文庫) 「大切な人との絆」を大事にしすぎると現状維持がよいことになってしまう

2006年に出た短編集。ミステリーというよりは「ふしぎ小説@都築道夫」の味わい。 モノレールねこ ・・・ 小学校5年生のサトルのところにふとったものぐさな猫がやってくる。あるとき首輪にメモを挟んでみたら、返事が届いた。そこからタカキとモノレールねこ…

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」(創元推理文庫) 地場産業の栄枯盛衰を経営に携われない女の側から見る。男よりも女の反抗や忍従のほうが社会を変える。

鳥取県の山間部にある紅緑町。ふるくから製鉄をするたたら場があったが、恐らく20世紀初頭に赤朽葉家がドイツから製鉄プラントを輸入して大きな事業にすることに成功した。町の高台に巨大な屋敷をつくり、一族が住まっている。その下には工場の従業員家族が…

大崎梢「平台がおまちかね」(創元推理文庫) 犯罪性がない日常的な謎の理由を解く。俺は他人に無関心でいられたいので、こういうのはおせっかいで苦痛。

これまでフィクションで探偵をしてきたのは、職業探偵か素人のディレッタントだった。そこに警察官が加わり、以後さまざまな職業が探偵になる。シリーズ探偵になるには時間に拘束されないことが大事なので、新聞記者やルポライターが多かったが、ここでは出…

三木笙子「クラーク巴里探偵録」(幻冬舎文庫) ホームズ-ワトソン関係にひとひねりを加えた趣向は興味深い。1920年代風の作風なのでその時代に書かれていれば大傑作。

花の都パリへの憧れというと、荷風の「ふらんす物語」に始まり、久生十蘭に金子光晴が集い、笠井潔が駈込むという具合に繰り返し書かれてきた。ここにタイトルの最新作(2014年刊)があり、日本人はどのようにパリを観るのか、そこの興味を持って読むことに…

深木章子「猫には推理がよく似合う」(角川文庫) 21世紀には珍しい弁護士事務所が舞台になるミステリー。女性も人間らしく扱われなければならないというサブテーマ付き。

弁護士事務所が舞台になる探偵小説は久しぶりだなあ。古いのは浜尾四郎や大阪圭吉が書いていたし、昭和では和久俊三などが法曹ものを書いていた。弁護士や検事の出身者が探偵小説作家になることは珍しくはなかった。それが平成以降になると激減。本書は久し…

柳広司「漱石先生の事件簿 猫の巻」(角川文庫) シニシズムとニヒリズムの漱石キャラに常識や理性の持主を挿入すると、社会と世間が見えてくる。

もしかしたら漱石の「吾輩は猫である」は探偵小説として読めるのではないか、という試み。ときに漱石の原文をそのまま引用(「天璋院様のご祐筆・・・」のくだりなど)したり、原作のシーンを別視点で書き直したりしているので、原本を読んだうえで本書に取…