odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

日本文学

外山正一、矢田部良吉、井上哲次郎撰「新体詩抄」(ネット版) 浄瑠璃や浪曲の文体をまねた英国の戦場詩の翻訳は、帝国日本の大衆文学の源泉。国民はこれをまねした軍歌を大量に作った。

辻田真佐憲「日本の軍歌 国民的音楽の歴史」(幻冬舎新書)に、「新体詩抄」は軍歌に影響を及ぼしたという指摘があった。そこで、「新体詩抄」を読む。通常であれば、明治文学大観のような選集のひとつにあるようなもの。手軽に読めるものではなかった。でも…

正岡子規「歌よみに与ふる書」「俳諧大要」(青空文庫) 政府主導の翼賛和歌制作運動に対するカウンターの書。

1898年、正岡子規31歳。新聞に載せた記事で、のっけから、 「貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候」 と喧嘩を売るのだった。和歌は振るわないという。どれくらい振るわないかというと、(源)実朝より後は全部だめ。(紀)貫之は下手で、…

正岡子規「墨汁一滴・病床六尺」(青空文庫) 書斎の博物学者は、1900年当時の明治を見事に切り抜き、後世に伝えた。

子規は記者として日清戦争に従軍するつもりだったが、旅の途中で喀血。結核が脊髄におよび、30代になると根岸の家でほぼ寝たきりとなった。という話は、司馬遼太郎「坂の上の雲」に詳述されているのでここでは繰り返さない。 子規の介護は母と妹が担った。男…

ドナルド・キーン「正岡子規」(新潮文庫) 日本語ネイティブの書き手とは異なる視点が違和になるし、斬新な見方にもなる。不思議な書物。

正岡子規のいくつかを読んだだけで言いたい放題したので、評伝を読む。手軽に入手できるのはこの一冊だけだった。日本人は日本の過去や伝統や文化に関心をもたなくなったのかしら。 正岡子規の生涯は司馬遼太郎「坂の上の雲」でも描かれる。創作が大半を占め…

山田美妙「武蔵野」(青空文庫) 源家崩壊時の関東武者の奇譚。日本文学の「本流」から離れたジャンル小説の開祖。

山田美妙は1868年生まれで1910年没。享年42歳。同級生に尾崎紅葉などがいて在学中に硯友社を作る。この程度の文学史の知識で、小説「武蔵野」を読む。1887年に読売新聞に連載された。 全体は上中下の三部構成。ころは足利尊氏、新田義貞のころ。源家絶えて…

二葉亭四迷「翻訳・随筆」(青空文庫) 日本文学を開拓するべく翻訳・実作・宣伝・批評を一人で始めたがどれも中途半端で、自分を無用の人と断じてしまう。

青空文庫から抜き出した二葉亭四迷の翻訳と随筆を読む。 ツルゲーネフ「あいびき」1888 ・・・ 元はツルゲーネフが1852年に出した短編集「猟人日記」の19編目。それを二葉亭四迷が1888年、24歳で訳した。もとよりこれが西洋文学の初訳ではない。それ以前にも…

二葉亭四迷「浮雲」(新潮文庫) 立身出世から脱落した日本のエリートのダメなところはすでに1890年代に出そろっていた。

日本で最初の「小説」とされるもの(1891年)。この前に小説がまったくなかったかというとそんなことはない。江戸の草紙や貸本、明治の読み本など多数あった。「最初の」とされたのは、西洋の小説をモデルにして日本を舞台にしようという志で書かれたから。…

二葉亭四迷「平凡」(岩波文庫) 自分を無用の人と規定する二葉亭はモッブ(@アーレント)、ダス・マン(@ハイデガー)を生きたたぶん最初の日本人。

25歳で「浮雲」を書いてから、しばらく創作から遠ざかっていた(のだったっけ?小田切秀雄「二葉亭四迷」(岩波新書)を読んだのがほぼ半世紀前なのでよく覚えていない)二葉亭、14年後の39歳になってふたたび筆を執る。あいにく二葉亭自身と思われる書き…

内田魯庵「二葉亭四迷 随筆集」(青空文庫) 二葉亭四迷は日本最初の「苦悩教」。この人の煩悶はのちの文学者を長く拘束した。

内田櫓庵は1868年生まれ。英語を学んで、1892年にドスト氏の「罪と罰」第1部を翻訳(日本最初のドスト氏小説の翻訳)。ここまでは知っていたが、のちに二葉亭四迷らと交友をむすぶ。1911年に二葉亭が客死したのち、全集を編集した。青空文庫に二葉亭四迷の…

国木田独歩「武蔵野・忘れえぬ人々・牛肉と馬鈴薯・酒中日記」(青空文庫)-1 19世紀の小説。知的エリートは苦悩し、駄弁をやめない。

国木田独歩は1871年生まれ1908年没。漱石や鴎外、二葉亭より若いのに先に亡くなった。クリスチャンであったという。 武蔵野1898 ・・・ 二葉亭四迷訳のツルゲーネフ「あひびき」を持って、武蔵野(小手指の古戦場を見に行くというから所沢や瑞穂のほうかな)…

国木田独歩「富岡先生・少年の悲哀・運命論者」(青空文庫)-2 20世紀の小説。家父長制とミソジニーまみれで無責任な男たちばかり。

2025/11/20 国木田独歩「武蔵野・忘れえぬ人々・牛肉と馬鈴薯・酒中日記」(青空文庫)-1 19世紀の小説。知的エリートは苦悩し、駄弁をやめない。 1898年の続き 後半は20世紀に入ってから書かれた短編。 富岡先生1902 ・・・ 元士族の男は民間にでることな…

三木清「ゲーテに於ける自然と歴史」「読書遍歴」他(青空文庫) 大正教養主義時代に「非政治的」という政治的な立場から読書の仕方を考える。

青空文庫に収録されている三木清の論文とエッセイから関心をもてそうなのを選んで読んだ。 マルクス主義と唯物論1927.08 ・・・ 新カント派からハイデガーを経由してパスカルに至った哲学者(「読書遍歴」)によるマルクス主義の解説。通俗的な説明に、さま…

小林多喜二「蟹工船・党生活者」(新潮文庫) 北海の船に閉じ込められた工員たちが重労働と低賃金で怒りを溜めていく。

2010年代に「蟹工船」が若い人たちによく読まれて、自分事として工員たちに共感した。あいにく俺は共感(エンパシー)を感じにくいたちなもので、とても冷静に分析的に読みます。自分に重ね合わせて読んでいる人たち、ごめんなさい。 蟹工船1929 ・・・ 特定…

小林多喜二「工場細胞・不在地主・防雪林」(青空文庫) ボルシェビズムを日本の労働問題や農村問題に当てはめるだけでは小説にならない。

小林多喜二のプロレタリア文学の新しさは、文学の場として工場を発見したこと。知的エリートたちが見向きもしなかった場所がとても人間くさい場所で、社会の問題が結晶しているかのような場所だったのだ。新しいのは、機械と騒音。工員も監督も工場との契約…

岡本かの子「老妓抄・他短編」(青空文庫)「家霊」「河明り」「東海道五十三次」 戦前昭和の高級家庭の女性像。

女性の文学をほとんど知らないという体たらくなので、青空文庫にある岡本かの子の小説や随筆を読む。俺が知っている文学史(昭和に書かれたもの)にはほとんど登場しない(か俺が無視していた)ので、あたりがつかない。とりあえず中公文庫の「老妓抄」に載…

原民喜「夏の花・心願の国」(新潮文庫) 「ピカ」の圧倒的な威力を前にすると言葉はまずしい。感情が鈍麻すると激しい揺り戻しがくる。

原民喜は1945.8.6の広島原爆の被災者。ここでは被爆とその後を書いた代表作二つを読む。 夏の花1947 ・・・ 妻を亡くした中年男(書かれていないが高校教師のため徴兵されていないらしい)が1945年8月6日の広島にいる。半裸で起きたばかりに「ピカ」にあう…

「西脇順三郎詩集」(新潮文庫) 西洋古典教養をもつ詩人は自我やエゴに固執しないし、説教も演説もしない。そこが心地よい。

人生三度目の読み直しは老年に入ってから。およそ20年前の感想は以下。 「西脇順三郎詩集」(新潮文庫) 高校生の時の難解さはとうに消え、日本語の美しさを堪能する。 60代の半ばに近づくと、もう〈この私〉が私であることは大きな問題ではない。むしろ自我…

山川方夫「全集」(新日本文学電子大系 (芙蓉文庫)) 日本国憲法で基本的人権尊重が道徳規範になったのに、昭和の男性作家のミソジニーとマチズモは強くなった。

山川方夫やまかわ・まさお(1930—1965)で知っていることは青空文庫の紹介文だけ。短編小説、ショートショート(★をつけたもの)の書き手。雑誌「マンハント」の常連。35歳で交通事故死。彼の同世代は、都筑道夫、筒井康隆、広瀬隆などか。ショートショート…

柴田翔「されどわれらが日々―」(文春文庫) 1950年代の知的エリートの自意識過剰な青春。空虚や貧しさを感じても他人に無関心なので救済されない。

2025/2/21放送のNHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」で、韓国では翻訳された柴田翔「されどわれらが日々―」がとても人気で、共感している読者がたくさんいるとレポートしていた。なるほど。俺も約半世紀前に読んだが、内容をすっかり忘れている。そこで、再読…

中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。

高校生のときに文学史の知識を得るために買った。教科書の後ろにあった文学年表をなんども見ていて(次に買う文庫を決めるため)、さらに本書を読んだので現国の文学史は完璧でした。以来半世紀を経ての再読。いやあ懐かしい。 とはいえ内容には不満。先に書…

中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-2 立身出世に背を向ける「落伍者」による日本の近代小説は、都市-田舎、金持ち-貧乏人の4グループの中で中心が移動していった。

2025/11/04 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。 1954年の続き 前のエントリーでは1890年代の頭の方までを取り上げた。漏れていることが二点。 ひとつは1890年代に帝国大学の方…

中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-3 タイトルは「大日本帝国時代の日本文学」とするほうが適切。

2025/11/04 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-1 文学や小説を明治社会が排除したのは帝国大学を頂点にする立身出世主義。 1954年2025/11/03 中村光夫「日本の近代小説」(岩波新書)-2 立身出世に背を向ける「落伍者」による日本の近代小説は、都市-…

川西正明「小説の終焉」(岩波新書) 日本の小説がオワったというより、家父長制の上位にいる異性愛者の男がいかにだらしないかがあきらかになった。

十代半ばから小説を読み始め、爾来四十年たち、あらかた日本文学を読んでしまった。そんな著者が言うには、昭和の終わりまでに日本の近現代小説は終焉を迎えた。日本の小説の歴史は終わった。 結論は同意するけど、そこに至る思考には不同意。俺には、日本の…

中村文則「掏摸」(河出文庫) 神による救いがない時代と、神を中心にした共同体がない場所でドスト氏の「罪と罰」は可能か

松本健一「ドストエフスキーと日本人」(朝日新聞社)は1990年ころで記述を終えているが、21世紀の章を書けば、本書は必ず登場する。キャラにラスコーリニコフのことを度胸がなかったといわせているくらいだから。他にも「罪と罰」とリンクしている、シンク…

内村鑑三「代表的日本人」(岩波文庫) キリスト教道徳に合致する代表的日本人は武士道的日本人。

明治30年代には日本人が英文で日本を紹介する本が続けて書かれた。新渡戸稲造「武士道」1899年、岡倉覚三「茶の本」1906年。もうひとつが本書、内村鑑三「代表的日本人」1908年。なぜかの問いは、日本文学の研究者が答えているだろうから、俺は妄想を書く…

中村光夫「風俗小説論」(新潮文庫)-2 日本文学の歴史を作家の内面と技術だけで語るのは知的エリートたちの「小さな場所で大騒ぎ」。

前回の感想は著者に文句をいっているのか、風俗小説を書いた作家に文句をいっているのかわからないものだった。気になっていたので再読した。 odd-hatch.hatenablog.jp 失望。今後読む必要なし。 日本文学の「自然主義リアリズム」の発展を説明する試み。190…

川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」(講談社文庫) ほとんどすべての人は彼女に「見ているとイライラする」というが、読者の俺もイライラしました。

まったく感心しなかったので、感想もなおざりに。 まずは出版社の紹介文。 <真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。/それは、きっと、真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思…

三浦しをん「舟を編む」(光文社文庫) 自宅に帰ってからも仕事か読書しかしない松本先生、荒木、まじめくんを配偶者はよく我慢できるものだなあ。

21世紀になってめだってきた(当ブログ調べ)「珍しい職業」の小説。「職業小説」であるためには、その仕事に関する詳細が語られていて、仕事そのもののおもしろさ・難しさ・達成感などを示さなければならない。そうでないと仕事そのものへの興味がわかない…

水村美苗「続 明暗」(新潮文庫) マチズモとパターナリズムで対等に扱われなくても、女性は男を見抜き、自立を目指す。漱石作の不満を解消する傑作続編。

漱石は1916年に「明暗」を書いたが、未完で亡くなった。70年の時を経て、水村美苗が続きを書いて完結させた(単行本は1990年)。あとがきによると、いろいろ批判があったらしい。漱石らしくないとか漱石は偉大だとか漱石はこのような結末を予定していなかっ…

大岡昇平/埴谷雄高「二つの同時代史」(岩波書店) 1909年生まれの二人が70代前半に対談する。拘留・収容所経験を共通する二人は戦後文学をを作ってきたという自負があった。

1909年生まれの二人が1982-83年に雑誌「世界」で連載した座談を収録。作風から発表場所からずっと異なるところにいたので、接点はないものと自分は思い込んでいた。でも、同じ年に生まれたことと、戦前の東京で青春を過ごしていたことあたりが共通点になって…