odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学

川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」(講談社文庫) ほとんどすべての人は彼女に「見ているとイライラする」というが、読者の俺もイライラしました。

まったく感心しなかったので、感想もなおざりに。 まずは出版社の紹介文。 <真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。/それは、きっと、真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思…

三浦しをん「舟を編む」(光文社文庫) 自宅に帰ってからも仕事か読書しかしない松本先生、荒木、まじめくんを配偶者はよく我慢できるものだなあ。

21世紀になってめだってきた(当ブログ調べ)「珍しい職業」の小説。「職業小説」であるためには、その仕事に関する詳細が語られていて、仕事そのもののおもしろさ・難しさ・達成感などを示さなければならない。そうでないと仕事そのものへの興味がわかない…

水村美苗「続 明暗」(新潮文庫) マチズモとパターナリズムで対等に扱われなくても、女性は男を見抜き、自立を目指す。漱石作の不満を解消する傑作続編。

漱石は1916年に「明暗」を書いたが、未完で亡くなった。70年の時を経て、水村美苗が続きを書いて完結させた(単行本は1990年)。あとがきによると、いろいろ批判があったらしい。漱石らしくないとか漱石は偉大だとか漱石はこのような結末を予定していなかっ…

大岡昇平/埴谷雄高「二つの同時代史」(岩波書店) 1909年生まれの二人が70代前半に対談する。拘留・収容所経験を共通する二人は戦後文学をを作ってきたという自負があった。

1909年生まれの二人が1982-83年に雑誌「世界」で連載した座談を収録。作風から発表場所からずっと異なるところにいたので、接点はないものと自分は思い込んでいた。でも、同じ年に生まれたことと、戦前の東京で青春を過ごしていたことあたりが共通点になって…

野間宏「暗い絵・崩壊感覚」(新潮文庫) 普遍的な青春のテーマの小説だが、戦争体験と新しい文体が小説の革命になった。

今回読んだのは新潮日本文学の39巻「野間宏集」。新潮文庫で読んだことはあるが、手放したので同じ作品が収録されているかは不明。 暗い絵 1946 ・・・ 近衛が「東亜新秩序の建設」声明を出したというから1938年ころか。その5年前の滝川事件で京都大学の左翼…

永井荷風「ぼく東綺譚」(岩波文庫) 根無し草の独身老人が遊郭をほっつきまわる。戦前の男の規範から外れた暮らしを描く小説は国民文学にはなれない。

高校時代、現代国語の巻末にのっている文学史年表を参考に小説を読んでいた。その際に読んだ一冊がこれ。17歳にはぜんぜん面白くなかった。土地勘のない場所の風景が書かれ、自分の生活とは切り離された習俗がでてきて当惑する。なによりも59歳の老人(当時…

永井荷風「荷風随筆集 上下」(岩波文庫) 19世紀末西洋文化にどっぷり浸ったディレッタントは日本に幻滅し、世を捨て過去を幻視する。

永井荷風は歩く人。蝙蝠傘(当時はモダンで高価な品)をもち、日和下駄をはき、江戸時代の地図をもって東京中を歩き回った。本書に収録された「日和下駄」をみると、健脚の持ち主で、今の山手線周辺と浅草あたりを自分の散歩道にしていた。 彼の特徴は、反近…

石川啄木「評論集」(青空文庫)

石川啄木の創作にはほとんど興味はないが、彼の評論などを読む。青空文庫に収録されているものから、それらしいのを適当に選択した。 渋民村より 1904 ・・・ 4/28、29、30、5/1の岩手日報に掲載。啄木19歳。日露戦役が開かれて緒戦の勝利(露軍の戦略的後退…

大岡昇平「野火」(角川文庫)

何度も「野火」を読んでいるけど、どうにももどかしいというか、はぐらかされているというか、こちらがテーマをつかみきれていないというか、上手く読めない。とりわけ後半の「人肉食い」を巡る禁忌と乗り越えの議論がわからない。 補充兵として召集された「…

石牟礼道子「苦海浄土」(講談社文庫) 公害を考えることは人権を考えることに等しい。本邦ほとんど唯一の世界文学。

断続的に発表されていたのを1968年にまとめ、出版された。水俣市に嫁いできた作者が奇病を知り、その被害者のところを訪問するうちに、さまざまなことばを聞く。そのことばが沈潜して、このような「小説」が生まれた。昭和の文学における奇蹟。(渡辺京二の…

石牟礼道子「天の魚」(講談社文庫) 「物わかりの悪い素人」となって権利を侵害するものに異議を申し立てる。

タイトルは「天の魚」。サブタイトルは「続・苦海浄土」。 初出は1972年。 第一章 死都の雪 ・・・ 1971年から72年に代わる時間。水俣病患者たちは団体交渉に応じないチッソに抗議するために東京本社の前に座り込みを始める。 「大道に座りかつねむる、とい…

石川啄木「雲は天才である」(角川文庫)

石川啄木にはほとんど興味はないのだが(一握の砂などのエントリー参照)、角川文庫の小説集は高校時代に読んで、なんだこりゃと思っていた。青空文庫に入っているのが分かったので、読み直してみた。うーん、少し後悔。 石川啄木「一握の砂・悲しき玩具」(…

中島敦「李陵・山月記」(新潮文庫)-1 「文字禍」「悟浄出世」「虎狩」の完成された文体。高校の「山月記」の読み方は現状の肯定と内省に基づく自制を読者に要求

新潮文庫に収録されていたのは、表題作の他「弟子」と「名人伝」の計4編。ここではさらに青空文庫に収録された短編のいくつかを加える。 1909年生まれ、1942年気管支ぜんそくで33歳の若さで没した。 文字禍 1942.02 ・・・ 昔、アッシリアの博士、エジプト…

中島敦「李陵・山月記」(新潮文庫)-2 「悟浄歎異」「斗南先生」「狼疾記」他人の旺盛な行動力を羨望する知的エリートたち

2019/01/21 中島敦「李陵・山月記」(新潮文庫)-1 1942年 盈虚 1942.07 ・・・ この難しい字は「盈虚(えいきょ)」と読み、 満ちることと空っぽのことから繁栄と衰退、また月の満ち欠けのことという。さて、紀元前5-6世紀の春秋か戦国の時代。親によって放…

中島敦「光と風と夢」(青空文庫) 本国でうだつがあがらない「二流作家」は植民地でよそ者になってぐだるしかない

「宝島」「ジキル博士とハイド氏」などで知られていたロバァト・ルゥイス・スティヴンスン(本書の表記)は、35歳(1884年)に肺結核で最初の吐血。以来、イギリスを離れて療養に努めてきたが、身体に合う土地は見つからず、1889年になってようやくサモア島…

森敦「意味の変容」(ちくま文庫) ここには「神」とか「超越」とかはない、そのような「小説」があるということだけで、これは傑作である。

「光学工場、ダム工事現場、印刷所、およそ「哲学」とは程遠い場所で積み重ねられた人生経験。本書は、著者がその経験の中から紡ぎ出した論理を軸に展開した、特異な小説的作品である。幽冥の論理やリアリズム1.25倍論など独自の世界観・文学観から宗教論・…

武者小路実篤「真理先生」(旺文社文庫) 金のない素人芸術家たちが作ったモリス風の芸術共同体。でも誰が彼らの世話をしているかをみていないので想像的、創造的に読むのは困難。

1949-52年にかけて連載されて1952年に単行本にまとめられた著者の60代半ばの長編。個人的な体験を思い出すと、中学一年生の時に旺文社文庫版を購入して読んだ。11歳の早熟な生徒が背伸びして(あるいは早期に厨二病に罹患して)、「真理」の探究を目指したの…

道浦母都子「無援の抒情」(岩波同時代ライブラリ) 全共闘運動体験者の短歌集。デモや集会に参加する「われら」から生活と労働にいそしむ「われ」へ。

著者の大学生時代は全共闘運動と重なる。東京の大学で学生運動に参加し、デモか別の件かで逮捕された経験があり、紆余曲折があって、大学を離れた。その間、短歌を詠み、1980年にタイトルの歌集を出した。過去には学生運動の短歌を作ったものもいたが(岸上…

田村隆一「詩集」(現代詩文庫)

それは堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫)を読んでいた時に不意打ちのように現れた。 「『欠けっぱしだよ……』/と言って、ノートか何からしい紙切れに書きつけたものを見せてくれたことがあった。 空は われわれの時代の漂流物でいっぱいだ…

高見順「死の淵より」(講談社文庫) 「とざされたままの部屋」にある「おれ」を暴くことが20世紀の日本文学のテーマだったのだなあ、と納得。

高校生の時に、だれもがそうするように、おれも詩を書いたり、読んだりした。自作のものはぜんぜんだめだったので、プロの詩人の作品をあれこれ読んだ。好みがはっきりしたときには、西脇順三郎と田村隆一の二人が気に入った。気に入ると、自作のはますます…

石川啄木「一握の砂・悲しき玩具」(青空文庫)

著者のことはほとんど知らない。高校生の時に唯一の小説「雲は天才である」を読んだが、ピンと来なかった。 石川啄木「雲は天才である」(角川文庫) それ以外は読んでこなかった。それは短歌をどのように読めばよいのかわからないから。もちろんいくつかの…

奥泉光「シューマンの指」(講談社文庫) シューマンに取り憑かれた人が本体と影、実体とイデアというような二元論の罠にからめとられる。

音楽好きの高校生たちが、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」をなぞって同じ名前のグループを結成し、シューマンが作った「新音楽雑誌」と同じタイトルの雑誌を発行しようとする。それくらいにシューマンへの愛情がある連中なのだ。というわけで、この小…

大西巨人「天路の奈落」(講談社)

1950年のこの国の共産主義運動を自分の知っている範囲で書き出すと、大きなのはレッドパージ。朝鮮戦争勃発後のGHQの指導方針変更(民主主義定着のために労働運動を隆盛にするから、反共へ)があって、公務員や企業労働者のうち党員が解雇された。内部では所…

大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-3

2015/04/07 大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-1 2015/04/08 大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-2 敗戦が決まり、山中などに潜伏していた日本軍兵士が俘虜になる。新旧の俘虜は微妙な違いを見せ、反目する。米軍は豊富な物資と給与を俘虜に与え、衣食住が提供さ…

大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-2

2015/04/07 大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-1 アメリカ軍の捕虜となり、マラリアの治療が進むと、息切れと立ちくらみで動けない。診断は弁膜症。2か月の療養ののちに、病院棟をでて一般収容所に移動する。昔習った英語が、せっぱつまって口からほとばしる…

大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)-1

1948年に発表した連作小説。断続的に発表されて、のちに一冊にまとめられた。 戦前に帝国大学仏文科を卒業した男がいる。翻訳の腕を買われていくつかの会社で棒給生活者をしながら、スタンダールの研究をしていた。状況が一変するのは、1944年3月に36歳の高…

竹山道雄「ビルマの竪琴」(新潮文庫) 軍隊の行為は意図において正しく捕虜になった日本兵も心根が澄んでいたというお伽話。ビルマの戦禍の加害責任を一顧だにしない日本人の無責任を隠蔽している。

昭和21から23年にかけて連載された「童話」。童話としてはもとより市川昆監督の映画でも有名。作者の童話/小説はこれだけで、むしろ社会評論で名が知られている。自分はニーチェの翻訳者として知っていた。 15年戦争末期のビルマ戦線。孤立した小隊は部隊長…

石野径一郎「ひめゆりの塔」(旺文社文庫) 本土決戦の時間稼ぎで行われた沖縄戦で、腐敗した日本軍は現地住民を殺し、死を命じる。

昭和19年夏ごろから本土上陸阻止のために、周辺地域の軍配備を強化した。対象になったのは、フィリピン・台湾・沖縄。大本営などは沖縄上陸は当面あとと考えたので、沖縄駐留師団をフィリピンに移動する。本土からは、指揮官・参謀などの少数チームが派遣さ…

野間宏「真空地帯」(新潮文庫)-3 兵隊暮らしで社会性や公共心、正義観などはスポイルされ、感情と思考をなくし自由の意味を喪失した「兵隊」に純化されていく。

2015/03/27 野間宏「真空地帯」(新潮文庫)-1 2015/03/30 野間宏「真空地帯」(新潮文庫)-2 「暗い絵」「崩壊感覚」でみられた句読点のない長い文章、対象の執拗な描写、内面で噴き出す声、現在と過去のカットバック、生硬な思想を交わす会話、そういう「…

野間宏「真空地帯」(新潮文庫)-2 ささいな窃盗で営倉入りになった経理部勤務兵士が事件を再調査する。関係者は上からの命令で口が重い。

2015/03/27 野間宏「真空地帯」(新潮文庫)-1 木谷の過去の事件は、当時彼が勤務していた経理部でのできごと。新任の経理部担当尉官が赴任すると、それまでの尉官と対立が生じる。二人は派閥をそれぞれつくり、敵対する。前者がインテリ風で老獪であるとす…