odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

イギリス文学

田中仁彦「ケルト神話と中世騎士物語」(中公新書) ローマ帝国が入る前のケルト文明。民族は消えたが記憶は中世騎士物語に残った。

そういえばヨーロッパのことは、ゲルマン民族の大移動から世界史に登場するのだが、それ以前のことは知らなかった。高校の教科書には載っていなかったので記憶がないはずなので、本書でおぎなうことにしよう。 そうすると、考古学的な証拠からすると太古には…

ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-1 漂着後の生活はプロジェクトマネジメントと個人経営ビジネス起業の見本

夏目漱石が低評価をくだしたデフォー(1660-1731)の小説を読み直す(夏目漱石「文学評論 3」(講談社学術文庫))。本文庫には「完訳」がうたわれているが、解説を見ると昭和の時代に文庫になったものも完訳としてよさそうだ。おそらく大きな異同はないは…

ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-2 神は直接ロビンソンに現れ、ロビンソンは差別的な植民地経営にいそしむ

2020/05/18 ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-1 1719年 神を待ち望んでいたシモーヌ・ヴェイユの前に神は現れなかったが、ロビンソン・クルーソーの前には現われた。その神は慈愛に満ちた許すものではなく、不信心で徳行…

ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-3 ヨーロッパは南国にユートピアを見て、ロビンソンは差別と収奪の植民地を自慢する

2020/05/18 ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-1 1719年2020/05/15 ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-2 1719年 不思議なのは、中南米を舞台にしているのに、でてくる動植物がヨーロッ…

アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-3 本が捨てられ思考しなくなった人々の社会で、知識を求める「たったひとりの反乱」。

2015/12/07 アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-1 2015/12/08 アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-2 かんたんにストーリーをまとめると、歴史教師のベブ・ジョーンズは組合運動史ばかりを教える公教育にすっかり…

アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-2 労働者が国家公務員になる大多数のワーキングクラスが少数の特権階級と異端者(アノマリー)を抑圧するディストピア小説。

2015/12/07 アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-1 では「1985年」の社会をみることにしよう。 オーウェル「1984年」では人口の1.5%の特権階級が「党」を作って、国家を統制する社会になっている。バージェス「1985年」ではそのような特…

アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-1 オーウェル「1984年」は1937~47年までのイギリスとソ連の関係そのもの。

このエントリーを読む前に、オーウェル「1984年」を読むことをお勧めします。このエントリーは、「1984年」の感想とつながっていますので、先に以下のエントリーを読むことを希望します。 2015/12/01 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-1 2…

ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-4 全体主義運動は、国家の内と外にいる敵に憎悪と敵意をかきたて、貧困における平等と格差を固定する。

2015/12/01 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-1 2015/12/02 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-2 2015/12/03 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-3 オーウェルが「1984年」でみた全体主義社会は次の…

ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-3 異端者スミスは文化・政治・存在革命を経験して真の革命家になる。

2015/12/01 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-1 2015/12/02 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-2 さて、物語は39歳のうだつのあがらない(うだつをあげることがこの社会で可能かどうかはおいておくとして)ウィンストン…

ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-2 国家が実施するニュースピークと二重思考政策で今日より明日が貧困であり教育水準が下がっても、国民は満足する。

2015/12/01 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-1 日常風景で細部が語られる。物資は極端に少なく、かつてあったものは入手できないようになり、教育水準は年々低下する。人々は労働で疲労していて、少ない余暇も党活動やボランティアや集会…

ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-1 終わりのない戦争で強大な権力を持った国家が国民の逐一を監視するディストピア小説。

タイトルの1984年が現実の年になった時、書店には翻訳と原書が山積みになり、雑誌で特集が組まれたりした。当時は、なるほどこの小説の内容は圧倒的ではあるが、その社会描写は現在(当時)のリアルには即していない、というような評価だったように思う。実…

ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-2 聖杯探索に成功した後、ミッションを達成した英雄はいかに生くべきか死すべきか。

2013/12/11 ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1 第18章から最終章までは、聖杯の探求を終えたランスロットがアーサー王に叛旗を翻し自滅するまで。文庫の半分以上を占める。ここはほかの本で読んだことがないので、要約しておく。 聖杯…

ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1 ローマに抵抗するケルトの神話。アーサー王とランスロットとアーサー王妃グウィネヴィアの三角関係。

例によって書誌はややこしい。15世紀半ば1469年にトーマス・マロリーという騎士であり罪人が1年で「アーサー王の死」のフランス語版などを参照して書いた。それを同世代のウィリアム・キャクストンが編纂して出版した。どうやら別の版をみると、だれか一人の…

サミュエル・バトラー「エレホン」(岩波文庫) 不合理でめちゃくちゃなユートピアはイギリスの現状をさかさまに書いた風刺文学。

サミュエル・バトラーの詳しい情報がない。とりあえず文庫の解説をまとめると、1835年イギリスで牧師の息子として生まれる。1854年にケンブリッジの聖ジョーンズ・カレッジに入学し、神学を勉強。卒業後、貧民街の牧師になるも、懐疑を抱いて断念。ニュージ…

チャールズ・ディケンズ「ディケンズ短編集」(岩波文庫)「狂人の手記」「ある自虐者の物語」「信号手」 起承転結の明快な近代的な小説

「クリスマス・カロル」は読んだという読者が次のディケンズを読むときにいいだろう。なにしろディケンズの長編はたいてい2分冊、ときには4分冊にもなって、つまらないと感じたら(めったにないけど)苦痛になるほどの長さを誇るから。 墓堀り男をさらった…

チャールズ・ディケンズ「エドウィン・ドルードの謎」(創元推理文庫) 最後の長編は構想を展開できないまま1870年に中絶した探偵小説。奇怪な悪人のキャラは近代人。

長編探偵小説の創始者のひとりの遺作。ディケンズの長編はたいてい探偵小説風味の風俗小説という趣があるが、これは不可解な事件の謎解きがメインテーマのひとつ。たぶん構想の3分の1か4分の1で中絶したために、伏線は張りきれていないし、犯罪捜査が始ま…

オルダス・ハックスリー「すばらしい新世界」(講談社文庫) 失業がなく娯楽が十分に提供されるディストピア世界では生活も精神も充足するのでみんな幸福にみえる。

1932年初出のディストピア小説。ディストピアであると思えるのは読者だけであって、登場人物たちは幸福そうに見える。失業がなく、娯楽が十分に提供されている世界では生活も精神も自足するようだからね。 冒頭で、人間が人工授精されて容器で発育するという…

アンナ・カヴァン「氷」(サンリオSF文庫) 「私」が希望を断念するところから、世界の氷化が一挙に進む。

奇妙な小説だ。世界が突然、氷で覆われることになり、行政・国家機能が停止する。北の国から徐々に氷河に襲われるようになり、次々と氷の下に埋もれてしまう。人は南に逃げていくが、氷の速度が上回る。この環境激変の理由は一切説明がないし、それに対抗し…

グレアム・グリーン「情事の終わり」(早川書房) 無神論者の三角関係のライバルは神様。

新潮文庫の田中西二郎訳ではなくて、早川書房全集版の氷川玲二訳。そのため人物名が変わっていて、Sarahがセアラとなっている。 「私たちの愛が尽きたとき、残ったのはあなただけでした。彼にも私にも、そうでした―。中年の作家ベンドリクスと高級官吏の妻サ…

グレアム・グリーン「第三の男」(ハヤカワ文庫) 米ソ英仏の共同管理にある1947年ウイーンで起きた闇ペニシリン流通事件。

「作家のロロ・マーティンズは、友人のハリー・ライムに招かれて、第二次大戦終結直後のウィーンにやってきた。だが、彼が到着したその日に、ハリーの葬儀が行なわれていた。交通事故で死亡したというのだ。ハリーは悪辣な闇商人で、警察が追っていたという…

ジョナサン・スウィフト「ガリバー旅行記」(新潮文庫) 1726年初版の近代小説は大航海時代と天文学と力学の科学革命を反映。

かつては新潮文庫の中野好夫訳で読んだが、今回は青空文庫の原民喜訳。後者は小学高学年か中学生向けに作られた簡略版と見える。スウィフトの細かい社会や政治の描写はかなり省略されている。たしかに大人の読者であっても18世紀のイギリス統治の状況がのみ…

イギリス古典「ベーオウルフ」(岩波文庫) 聡明で勇敢な若い英雄も老いると暗愚な王になる。古英語で書かれたもっとも古い文書のひとつ。

1960年代に小学館がカラー版名作全集「少年少女 世界の文学 1〜30巻」を出していた。そのうち2冊を親が買い、小学生の時に繰り返し読んだ。一つは日本のもので、宮沢賢治「風の又三郎」に黒岩涙香「死美人」があり、イギリス編にはスティーブンソン「宝島」…

グレアム・グリーン「おとなしいアメリカ人」(早川書房) 1950年代前半、覇権国から没落したイギリスからみると新しい覇権国アメリカの言動はナイーブなのに厄介ごとばかり起こす青二才。

「ヴェトナム戦争直前のサイゴンで一人のアメリカ人青年が無惨な水死体となって発見された。引退間際のイギリス人記者ファウラーは青年と美しい地元娘を争っていたものの、アジアを救うという理想に燃えていた純真なライバルの死に心を痛める。しかし、ファ…