odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トーマス・ペイン「コモン・センス 他三篇」(岩波文庫) 独立に当たって重要なのは、自分自身の法律を作ること。これに参加した記憶が国家統合の象徴になる。

 前回読んだときは、アダム・スミスアメリカ分離論も、アーレントの「革命について」も深くは知らなかった。再読では彼らの考えを参考にする。前回の感想。

odd-hatch.hatenablog.jp


 イギリスは7年戦争(1754-1763)で疲弊していた。ヨーロッパのほとんどの国が参戦した長期間の戦争は勢力図を変えるのであった。このときイギリスは戦費の調達に苦しみ、植民地であるアメリカに負担させようとした。植民地議会は反対するが、決定権はイギリス議会と国王の決裁にある。当時の通信技術では返事が来るのに数か月、決定が下されるまで数年かかる。その間、税を払わねばならず、幾多の法令が追加でアメリカに送られる、政治が遅滞するうえ、イギリス軍はきわめて横暴であった(植民地の住民を人とみなさなかったのだろう)。

ja.wikipedia.org


 これに反対する動きが大陸に出てきて、次第に強くなる。このとき、トーマス・ペインが書いたパンフレットが世論の形成に大きな影響を及ぼした。f:id:odd_hatch:20190708092830p:plain

コモン・センス 1776.01 ・・・ 前回のサマリーに補足する。王政は現場の情報を知らないから不合理。貴族制(イギリス上院)は世襲なのでバカが権力を持つから不合理。これらの政治体制は人間を王と臣民に差別する。それに宗主国は自国のために自国の敵から守るのであり、植民地のためにではない。祖国・母国という言葉に騙されるな(このころすでに植民者のうちのイギリス出身者は大多数ではない)。このような体制を子々孫々まで認めてはならない。未解決にするのは次の世代の借金になり、子孫を利用することだ。なので、分離独立し貿易をしよう。それは双方の利益になり、平和と友好を実現する。
(この議論は、ほぼ同時期にアダム・スミスが「国富論」で主張したことと一致する。双方が富を増すことは、正義と公正を実現するのだ。)
2021/12/14 堂目卓生「アダム・スミス」(中公新書)-2 2008年
 独立に当たって重要なのは、自分自身の法律を作ることである。具体的には、州議会を作り定期的に選挙で議員を入れ替え、自治州と連邦議会を作り、憲法を制定するのである。この活動が妨げられないように、軍隊は防衛を基本とし、宗教には寛容であり、国際的には中立である。
(この部分は「革命について」でアーレントアメリカ革命で重視したところ。革命で重要なのは旧体制の転覆ではなく、憲法と国の仕組みを国民が作り上げること。さまざまな草の根民主主義組織が討議し代表を選出して、州議会などに派遣してさらに討議する。こういうプロセスを通じて、憲法制定と国の仕組み策定に国民が参加した。その記憶が共有されて、国家統合の象徴になっていく。集落や町単位の自治組織や集会、寄り合いは植民開始時からのアメリカの伝統だ。ペインの総意ではないが、ここで重要性を再確認したのだろう。軍隊、宗教、国際についての提言は、たぶん独立宣言に反映され、このあと1世紀ほどのアメリカの政策の基本になった。)
(植民者は故郷の宗教を継続したので、キリスト教のさまざまな分派がアメリカ国内にあった。なので、アメリカでは国家と宗教は一致することがなかった。憲法を制定する際にも、特定の宗教を国家の宗教にすることはなかった。議員は自分の宗派の様式で専制するし、宗教団体のロビー活動を認めている。これはヨーロッパのやり方と異なるところ。)
2022/03/29 深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-2 2017年
保坂俊司「国家と宗教」(光文社新書)-1

厳粛な思い 1775.10.18 ・・・ イギリスがインドで行っている蛮行が知られているので、ペインは同じことをアメリカで行わせないようにするために分離独立を主張する。インディアンと黒人の差別撤廃も主張する(こちらは遅々として進まない)。
<参考エントリー> アメリカ黒人の歴史。
2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年
2022/03/19 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 1990年
上杉忍「アメリカ黒人の歴史」(中公新書
ジェームス・M・バーグマン「黒人差別とアメリ公民権運動」(集英社新書

対話 1776.06 ・・・ 故モントゴメリー将軍が、弱気になり現状維持(イギリスの特許状をえた植民地待遇)を望む議員に喝をいれる。日和見主義をやめろという。王政に対して、自然権と抵抗権で自立することを主張する。

アメリカの危機 1776.12 ・・・ 激戦状態にあるときに、弱気にならずに独立を勝ち取ろうという檄。
(以上3つの小論文は、2022年2月に始まったロシアに侵攻されているウクライナ市民を思いながら読むと感動的。ゼレンスキー大統領がSNSやビデオメッセージで伝えていることは、トーマス・ペインが言っていることとほとんど同じ。)

 

 以下はネットで見つけたトーマス・ペインの小論。
土地をめぐる公正 1797 ・・・ 入手先は下記のリンクで。翻訳や解説ページですでに要約ができているので、自分が付け加えることはないが、とりあえずやってみよう。

genpaku.org

cruel.hatenablog.com


 土地自体は本来万人のものなので、個人所有するものではない。でも耕作地に改良することで生産性が伸びたから、改良部分だけは所有権が認められる。でも代替わりや貧困などで所有者が変わってしまうと、現在の耕作者の所有権が認められないことがあるし、土地を奪われた人は耕作による利益を受け取れない。そこで、このような不公正を糺すために、国民基金を作り、21歳の成人になったら、毎年定額の金を受け取れるようにする。定年より上の年齢になったら年金とする。このベーシックインカムは投資(金融にではない。設備や公共施設など)に使うことが望ましい。また死亡時の財産の10分の1を基金に拠出するものとする。基金国立銀行が運用し、年金などの原資にする。
 ベーシックインカム制度の最も早い時期の提案ではないかしら。大開拓時代で未開拓の土地がきわめて多数あり、経済成長とインフレがとてもゆっくりと進行する時代であったのがペインの構想の根拠になっただろう。自分はベーシックインカムにはとても慎重な考えを持っていて、ペインの時代ならまだしも、21世紀の資本主義の時代にはうまくいかないのではないかと悲観的。とりわけ懸念されるのは、個人に配布されたベーシックインカムを男が女や子供などから暴力的に奪うこと。弱者の経済的自立が損なわれるし、男は食・酒・性に浪費し、宴会や祭りで蕩尽してしまう。家父長制とホモソーシャルな社会では絶対にこうなる。それを回避する仕組みつくりはたぶんうまくいかない。
 それよりもペインが土地を「社会的共通資本」のように見ているのがよいと思った。たいていの経済学やビジネス本では土地もふつうの商品と扱うものだから。とはいえマルクスは「資本論」などで地代を商品の価格とは別に扱っている。20世紀以降はどうなっているだろう。また農業経済学では土地の扱いがどうなっているかは知りません。勉強不足です。
2013/06/06 宇沢弘文「社会的共通資本」(岩波新書)
(ヨーロッパでは土地は王や貴族が私的所有したり、教会がもっていたり、国の公有地があったり、農地は権力から賦与されたという歴史があった。土地の所有はいろいろ難しい。でもアメリカは誰の所有でもないものを開拓者が自分らで分配した。ペインの考えには土地の所有や共有の違いが反映されているだろう。念のためにペインの時代では、土地を先住民から奪い取ったり安く買い取ったという意識はない。)

 独立期の共和主義がさらなる人口増と移民増によって、20世紀には革新主義に変貌する。以後の流れは以下を参照。
2020/10/12 有賀夏紀「アメリカの20世紀 上」(中公新書) 2002年
2020/10/09 有賀夏紀「アメリカの20世紀 下」(中公新書) 2002年

 

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