odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

イギリス文学_エンタメ

バーソロミュー・ギル「ジェイムズ・ジョイス殺人事件」(角川文庫) ダブリンで起きた殺人事件を捜索する警部は行きがかり上「ユリシーズ」を読まねばならない。わけのわからなさに困惑する。

作者はアイルランド系アメリカ人。そういえば19世紀半ばの飢饉からアイルランド人の多くがアメリカに移住した。20世紀も半ばになると、移民が数世代の代替わりをすると、なかから知識人が生まれたのだろう。著者は修士卒業後に作家になった人。本書のマッガ…

イーデン・フィルポッツ「赤毛のレドメイン家」(創元推理文庫) ゴシックロマンスが20世紀にまだ生きていた印。極端な功利主義が他者への軽蔑と嫌悪による殺人を起こす。

1920年代の長編探偵小説黄金時代の劈頭を飾る大作(1922年)。1970年代までミステリ初心者の必読作品とされた名品。初読の高校生(記憶は中学生だが、記録は高校生。うーん俺の記憶はどうなっている)の時は、もちろんびっくりしましたよ。それからだいぶた…

アントニイ・バークリー「毒入りチョコレート事件」(創元推理文庫)

小説家のロジャー・シェリンガム氏は犯罪学に興味をもっている著名人(貴族の弁護士に、劇作家に、探偵小説家に……)を集めて「犯罪研究会」を主宰していた。きわめて厳格なメンバーシップを決めていたので、定員13人のところ6人しかいない。このメンツでいつ…

アントニイ・バークリー「ピカデリーの殺人」(創元推理文庫)

文庫のサマリーから。 「<ピカデリー・パレス・ホテル>のラウンジで休んでいたチタウィック氏は、目の前で話し合っている二人連れにいつとはなしに注目していた。年配の女性と若い赤毛の男。とそのうちに、男の手が老婦人のカップの上で妙な動きをするのが目…

アントニイ・バークリー「ジャンピング・ジェニイ」(創元推理文庫)

「スティーブンソンが『カトリアナ』のなかで、こういった縛り首の死体をジャンピング・ジャックと呼んでいなかったか。ということは、女性ならジャンピング・ジェニィだろう(P17)」 1920-30年代に地方の閑なアッパークラスの人たちは、互いに招待しあって…

フィリップ・マクドナルド「Xに対する逮捕状」(創元推理文庫)

劇作家シェルダン・ギャレットは自作の劇上演でイギリスに呼ばれた。お茶が好きなので(アメリカ人にしては珍しい)、喫茶店に入る。ふと隣の客の会話を盗み聞きしてしまった。女二人の声で、なにごとか犯罪を計画しているらしい。首謀者は「エヴァンス」と…

コリン・ウィルソン「スクールガール殺人事件」(新潮文庫) 作者が警察小説を書くと、オカルトと異端宗教の蘊蓄語りに歯止めが止まらず、事件はほったらかしになる。

評論家でオカルト研究者のコリン・ウィルソンが1975年になぜ警察小説を書いたのか、といぶかったが、思い返せば著者は殺人事件情報のコレクターでもあった。自分が読んだのは「現代殺人百科」「殺人ケースブック」の二つだが、ほかにもたくさん出ていた。 警…

ピーター・ラヴゼイ「偽のデュー警部」(ハヤカワ文庫) 探偵に化けた殺人犯が自分の殺人を捜査することになった。技巧的な謎解き小説。

1915年、大西洋航行中のルシタニア号がドイツ潜水艦の攻撃を受けて沈没。1200名の死者を出し、700名あまりの生存者がいた。沈没に際し、人格の高潔さと低劣さを示すさまざまな出来事があったらしい。本書にでてくるのは架空の事件だが、グラナドスが似たよう…

ジョン・リア「レニングラードに死す」(河出文庫)

初出の1986年はまだソ連があって、西側と対立。イデオロギーの対立は外交や軍事の対立にもなり、互いの秘密暴きにやっきになっていた。ときに敵対国を支持することに熱心なあまり、極秘情報を敵対国に流すことも起こる。そういう人が見つかると当然収監され…

バロネス・オルツィ「紅はこべ」(創元推理文庫) 女性の自立が許されない抑圧社会でも女性は冒険して他人を救いたい。

時は1792年。フランス革命は恐怖政治に転化し、毎日貴族が処刑されていた。そこに、イギリスの義賊団現る。「紅はこべ Scarlet Piempernel」を名乗る一団が、処刑される貴族を次々とイギリスに亡命させたのである。フランス当局の厳重な警戒も国境封鎖も役に…

イーデン・フィルポッツ「闇からの声」(創元推理文庫) 数年前の不審死を独自に調査する。法の裁きの届かない犯人を私的に裁くことができる考えるのは危険。

引退した元判事ジョン・リングローズは、イギリス海峡に面したオールド・マナー・ハウスホテルで、深夜子供の叫び声を聴く。「そいつに僕を見させたりしないで、ビットンさん」。それが二回続き、隣室の老婆から一年前に少年が脳膜炎に似た症状で亡くなった…

エドワード・アタイヤ「細い線」(ハヤカワ文庫) 殺人の発覚を恐れるイギリス男の焦燥。どうするかを決めるのはカントとソクラテス。

その夕方、ピーターは憔悴しきっていた。妻の眼をかいくぐって、不倫を楽しんでいた相手を絞殺してしまったのだ。疲れてはいるのに、心は無感動で無関心。呆然としているのみ。パブで強い酒を飲もうとしていると、殺した相手の夫ウォルター(四半世紀来の友…

ジョン・ル・カレ「寒い国から帰ってきたスパイ」(ハヤカワ文庫) 冷戦時代、東西のスパイは組織のミッションの優先と個人主義をどう折り合いつけるかをはてしなく議論し続ける。

1961年に東ドイツが西ドイツとの国境線に沿ってベルリン市内に壁をつくる。建設途中から西ドイツに逃れようとする市民がいたが、国境を警備する軍隊は容赦なく射撃した。西側からは壁の向うの東側の様子はほとんどわからなくなり、漏れ伝えられる情報では、…

D・M・ディヴァイン「悪魔はすぐそこに」(創元推理文庫) 錯綜したプロットをきれいにほぐす技術で書かれたミステリ。

ハートゲート大学の無能と評されるハクストン博士が横領の疑いで教授会の審問を受けようとしている。失職を恐れた博士は友人の息子ピーターに仲裁を頼むがはぐらかられる。審問で博士は過去のスキャンダル(ピーターの父にかかわること)を暴露すると息巻き…

フレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」(角川書店) アサシンはプロジェクトマネジメントの達人。追われるものと追うもので情報の密度や速度に差がなかったので、警察は「ジャッカル」になかなか追いつけない

第2次大戦前からアルジェリアはフランスの植民地だった(なのでアルジェリア出身のフランス人がいる。アルベール・カミュが有名。サッカー選手には多数)。戦後、独立運動が起きて、フランス軍と独立派の戦闘が起きた。フランスは最終的に撤退することを決め…

イアン・ワトソン「スローバード」(ハヤカワ文庫) 1967年から数年間日本に滞在したイギリス人作家の短編集。キッチュな未来風景に意識の拡大と認識の共約不可能性をぶち込む。

イアン・ワトソンは1943年生まれのイギリスの作家。1980年代には、このblogで取り上げた3冊だけ翻訳出版された。そのあと、「黒い流れ」シリーズがでた。他は「エンベディング」「オルガスマシン」がでているくらい。よく比較されるクリストファー・プリース…

イアン・ワトソン「マーシャン・インカ」(サンリオSF文庫) 無理やりに邦訳すれば「火星(人)化されたインカ」。言語は人間という存在の拡大ないし進化を妨げる原因らしい。

タイトルの「The Martian Inca」を無理やりに邦訳すれば「火星(人)化されたインカ」とでもなる。キーワードは「火星」と「インカ」。 米ソ(書かれたのは1977年だからね)で惑星開発競争が盛んになり、アメリカは火星で「ウォーミング・パン(加熱装置)」…

イアン・ワトソン「ヨナ・キット」(サンリオSF文庫) 意識が拡大したクジラと自閉する人類をつなぐのは呪術的で神秘的な意識を持つニホン人。な、なんだって。

タイトルはいくつもの意味が隠されているとみえる。まず「ヨナ」は登場するクジラの名前であるし、ソ連の研究所が推進しているプロジェクトの名前であるし、もちろん聖書に登場するクジラに飲まれたヨナでもある。「キット」はそのまま部品とか一部を構成す…

ロバート・ホールドストック「アースウィンド」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の易経と風水に従って生きる人たちが異星人に遭遇。

遠い未来でどうやら銀河連邦のような組織をつくっているらしい。読者であるわれわれの現実からずれているのは、未来予測に易経を使い、その卦をみて行動を決めているらしいこと。なので、他の惑星に交易などで駐留する宇宙線には「義理者」と呼ばれる易の担…

マイクル・コニイ「ブロントメク!」(サンリオSF文庫) 改革意欲をなくした植民地惑星を巨大企業が買収し、全体主義社会を作ろうとしている。

地球から移住可能な惑星アルカディア。ここに住むマインドというプランクトンは50年おきに大発生し、人間の脳波に影響を与えてうつ症状を引き起こし、集団で入水自殺する事態を起こしていた。それを抑えるのは自生している植物から抽出した イミュノールとい…

マイクル・コニイ「カリスマ」(サンリオSF文庫) とても運の悪い男がどこのパラレルワールドでも殺害事件に巻き込まれて真犯人を追いかける。男の身勝手さが気に障る。

パラレルワールドないし並行世界論というのがあって、この物理現実の世界の<横>にほんのわずかだけ違った別の世界がある、その横にはその差異にほんのわずかの違いが加わった別の世界がある。すこしずつ差異を増やしながら無限の数の世界が連なっている。…

リチャード・カウパー「クローン」(サンリオSF文庫) 知能化したチンパンジーと最初のクローン人間という「ニュータイプ」を人類は嫌う。

2072年(本書出版年の100年後)のイギリス。人口爆発のために3億5千万人が住み、ロンドンは5千万都市になっている。このころまでにチンパンジーの知能化に成功し、英語を喋り、人間の労働の一部を代行する。それもだいぶ時間がたち、チンパンジーの一部は労…

ジョン・ブラックバーン「小人たちがこわいので」(創元推理文庫) 短い枚数に情報を詰め込みすぎ、英国紳士のつつましさでアクションとサスペンス控えめ。

ウェールズはキリスト教化される以前の文明が残る場所とされる。古代の巨石遺跡もあって、ファンタジーの舞台になることがある。現在でも、生粋のウェールズ語が残っていて、それをしゃべられるとロンドンのイングランド人には通じないくらい。 この小説でも…

コリン・ウィルソン「迷宮の神」(サンリオSF文庫) 「意識の拡大」論者が性的遍歴をしながら異端宗教「不死鳥教団」を発見する。追放された精神分析医ヴィルヘルム・ライヒの主張の小説化。

作家ジェラード・ソームはある出版社から18世紀後半の貴族エズマンド・ダンリイについて書くように求められる。エズマンドは1748年生まれ1832年死去の放蕩者。性的遍歴をポルノチックにつづった日記によってのみ知られていたとされる。18世紀後半には無名氏…

ブライアン・オールディス「兵士は立てり」(サンリオSF文庫) 1944年インパール作戦に参加したイギリス兵士の回顧談。軍隊内部の暴力がないイギリス軍は日本軍を圧倒する。

ニューウェーブの担い手としての作品ではなく、自伝的なホレイショ・スタブス3部作の第2作。第1作「手で育てられた少年」第3作「突然の目覚め」もサンリオSF文庫で出版されたが、そちらは未入手・未読。なのでこの一作だけを取り上げることになる。 1971年に…

ブライアン・オールディス「世界Aの報告書」(サンリオSF文庫) 誰かがだれかを監視している多層構造。のぞきと引用は読書することの比喩。

イギリスとおぼしき国の郊外に館がある。マリイ氏とその妻が住んでいるらしい。その周囲にはバンガロー、煉瓦の納屋、馬車格納庫などがあり、G(元庭師)、S(元秘書)、C(元運転手)がこもっている。彼らの目的はマリイ氏を監視すること。望遠鏡や双眼鏡を使…

C.H.B.キッチン「伯母の死」(ハヤカワポケットミステリ) 目撃者がいる前でどうやって毒をもったのか、謎はすべて解けたが、証拠がないので犯人はあかせないのをどうしよう。

本を開くと、登場人物表はなくて、かわりにカートライトとデニスの一家の家系図が乗っている。総数30人くらいで、こんなにたくさんの人物を読み分けないといけないのかと重い気持ちになったが、会話のある人物はほんの数人。肩透かしをくらったけど、こうい…

マージェリー・アリンガム「判事への花束」(ハヤカワポケットミステリ)

故ジャコビイ・バーナビスの創立したロンドンの出版社は老舗で、(書いていないけど)大戦の影響も受けずに安定していた。この会社はジャコビイの親族(いとこばっかり)で経営されている。本来は、トムという甥が後を継ぐべきだったのに、なぜか20年ほど前に…

ボブ・ショウ「見知らぬ者たちの船」(サンリオSF文庫) しょぼくれた調査船による「宇宙船ビーグル号の冒険」。イギリス人は危機にあっても取り乱さない。

測量調査船サラフォード号は、辺境の惑星をめぐって地図を作る仕事。開発予定もない異境の地であっても地図は必要だというのでひどい条件で仕事をしている。そのため、短期間で金を稼ぐ目的の連中しか来ない。タイトル「見知らぬ者たち」というのはすぐにメ…

ボブ・ショウ「おれは誰だ」(サンリオSF文庫) 善良ではあっても人に迷惑をかけずには旅のできない男の遍歴は「キャンディード」のSF版。

2386年では徴兵に応じたものは過去一年間の記憶を消されることになっていた。しかし、今回応募したウォーレン・ピース(この名前の由来は笑える)は施術に失敗したのか、過去すべての記憶を失ってしまった。まっさらのタブラ・ラサの状態でいきなり兵士にな…