odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

東欧・北欧文学

ヤコブセン「サボテンの花ひらく」(プロジェクト杉田玄白) 娘への求愛物語で語られる諦念と悲嘆、運命への呪詛。

杉田玄白プロジェクトによって、ヤコブセンの「サボテンの花ひらく」が翻訳されているので読む。ここには、シェーンベルクの「グレの歌」の歌詞が収録されているので前から気になっていた。 blaalig.a.la9.jp 訳者の解説によると、「サボテンの花ひらく」は1…

バルドゥイン・グロルラー「探偵ダゴベルトの功績と冒険」(創元推理文庫) WW1前のオーストリア=ハンガリー二重帝国を舞台にする短編探偵小説集。

工場所有者のグルムバッハ氏とその妻ヴィオレット(元女優)の家に招待されるのは、ダゴベルト氏。ソクラテスに似た風貌で、音楽と犯罪捜査の道楽者。ヴィオレットの誘いに乗って、晩餐のあとに犯罪捜査を物語る。時代は19世紀末ウィーン。マーラーとリヒャ…

ユリウス・フチーク「絞首台からのレポート」(青木文庫) ナチスに捕らえられたチェコスロヴァキアの共産党員の獄中手記。牢獄で書かれすこしずつ看守が運び出し戦後出版した。

ユリウス・フチーク「絞首台からのレポート」は出版にいたる状況が感動的だ。一九四〇年代、チェコスロヴァキア(当時)の文芸評論家にして共産党党員である著者は、ナチス政権支配下のチェコで逮捕される。拘禁された収容所(拘置所かは不明)で、彼の状況…

ヤコブセン「ここに薔薇ありせば」(岩波文庫) 19世紀半ばの夭逝したデンマーク作家の短編集。死の親近性と繊細で震えるような感受性の持主。

著者の名は、クラシック音楽ファンにとってはシェーンベルクの大作「グレの歌」の原作者であるということで知られている。杉田玄白プロジェクトによって、グレの歌の元が収録されている「サボテンの花ひらく」が翻訳されて読むことができる。まことにありが…

イヴァシュキェヴィッチ「尼僧ヨアンナ」(岩波文庫) 尼僧に悪魔が取り憑く。敬神の果てに神は悪魔に転化するのか、悪魔がうちに住み着くのか。

バブルの時代の1980年代後半、深夜のTVでこの小説を原作にする映画が放送された。その録画をみたときには、荒野とそこにある修道院が印象的だったが、ストーリーがまったく謎であった。この小説を読むと、謎はどこにもなくて、とても明晰。もう一度映画…

カレル・チャペック「ロボット」(岩波文庫) ここでいうロボットは機械人間ではなく、感情と生殖機能を持たず使用期間が限られた人造物。「プロレタリア」のアナロジー。

「ロボットという言葉はこの戯曲で生まれて世界中に広まった.舞台は人造人間の製造販売を一手にまかなっている工場.人間の労働を肩代わりしていたロボットたちが団結して反乱を起こし,人類抹殺を開始する.機械文明の発達がはたして人間に幸福をもたらす…

カレル・チャペック「山椒魚戦争」(岩波文庫) 全体主義国家による他国侵略と人権侵害、それに隷属する個々人、暴力におびえる人々を傍観する知識人や理性のありかなどへの批判

「赤道直下のタナ・マサ島の「魔の入江」には二本足で子供のような手をもった真黒な怪物がたくさん棲んでいた。無気味な姿に似ずおとなしい性質で、やがて人間の指図のままにさまざまな労働を肩替りしはじめるが…。この作品を通じてチャペックは人類の愚行を…

深見弾編「東欧SF傑作集 上」(創元推理文庫) 共産主義政権下のポーランド、ハンガリー、ブルガリアのSF短編。

東欧SF傑作集の上巻。この地方のSFの読書はレムを数冊くらい。頼りない読書からの印象ではあるが、東欧共産主義国家のSFにはどこか冷たい空気が流れている。それはあまり心地よくない温度であって、その物語世界にいることは気持ちのいいものではない…

深見弾編「東欧SF傑作集 下」(創元推理文庫)  共産主義政権下のチェコスロバキア、ユーゴスラヴィア、東独、ルーマニアのSF短編(国名は当時のまま)。

東欧SF傑作集の下巻。1980年に編まれた時には下記の国別分類が有効だったが、1989年の東欧革命で分裂したり、なくなってしまった国もある。チェコスロヴァキアの作家はかろうじてチャペックとパリに亡命したミラン・クンデラをしっているだけ。その他の国…

イエールジ・コジンスキー「異端の鳥」(角川文庫) 黒い髪と黒い瞳は異端の印。方言がわからない少年に向けられた信じがたい残虐行為。

第2次大戦直前のポーランド(と明示されているわけではないが)。ワルシャワから田舎に疎開させられた6歳の少年ははぐれてしまい、村に寄宿することになる。彼の黒い髪と黒い瞳は、藁色の髪と青い瞳の村人にはユダヤとジプシーに見られてしまう。方言を理解…

モルデジャイ・ロシュワルト「レベル・セブン」(サンリオSF文庫)

1959年作。 主人公の軍人「ぼく」に突然、召喚命令が下る。命令受領と同時に、地下施設に行けというのだ。身の回りのものはもちだせず、別れの挨拶もできない。関係者には失踪扱いされたということになっている。すなわち、彼は全面核戦争に対処する最終対応…