odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2017-04-01から1ヶ月間の記事一覧

ヴァン・ダイン「カナリア殺人事件」(創元推理文庫) ファイロ・ヴァンスは美学的方法による探偵

アメリカの戦前バブル全盛期である1927年のベストセラー。のちの探偵小説に多大な影響を与えた作品。 ニューヨーク・ブロードウェイ(って1927年にあったのかな)の名花マーガレット・オデール(通称カナリア)が自室で殺されていた。その夜には数名の出入り…

ヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」(創元推理文庫) 現場検証と尋問だけではつまらない? なら事件を増やしましょう

大量生産・大量消費、メディア革命、家庭電化推進、モータリゼーション革命など現代化が進んでいる1920年代のニューヨーク。そこに前世紀からの古めかしい館がある。20年前に死んだ当主の遺言で、遺族は25年間その館に住まないと莫大な遺産の相続権を放棄し…

ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」(創元推理文庫)-1 ミッシングリンクとサイコパス殺人の元祖

ニューヨークの高級住宅街にある世界的な理論物理学者ディラード教授邸と「数学の天才」ドラッカーの家が並ぶ敷地で若者が殺されていた。アーチェリーの矢で射ころされた青年は本名からつけられたあだ名が「クック・ロビン」。彼のライバルは雀でもあるスパ…

ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」(創元推理文庫)-2 とヴァン・ダインの二十則「探偵小説を書くときの二十則」について

2017/04/26 ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」(創元推理文庫)-1 1929年の続き。 ヴァン=ダインの「カナリア殺人事件」「グリーン家殺人事件」「僧正殺人事件」を読みながら、探偵小説は二つの物語が同時進行するのだなあ、というのを思った。すなわち、死体…

ヴァン・ダイン「カブト虫殺人事件」(創元推理文庫) 学術研究に没頭する資産家も世界不況では優雅なことをいっていられない

ヴァン・ダインはエジプト美術の専門家だったのかしら。ファイロ・ヴァンスにさかんに蘊蓄を語らせているうえ、エジプトの古文書の翻訳もさせている(「グリーン家」「僧正」の事件で中断したらしい)。では、その蘊蓄が事件にどうかかわっているか、という…

ヴァン・ダイン「ケンネル殺人事件」(創元推理文庫)-2 エラリー・クイーン「奇蹟の年」のヴァン・ダイン作品は一気に古めかしくなってしまった

前回の感想(ヴァン・ダイン「ケンネル殺人事件」創元推理文庫)では、サマリーがなかったので、10年以上たってから再読した。作者は満足のいく探偵小説は半ダースしかつくれないといっていて、これがその6作目。時代(1932年初出)を考慮しての評価では及…

ヴァン・ダイン「グレイシー・アレン殺人事件」(創元推理文庫) 知的エリート・ミーツ・はすっぱ庶民娘

ヴァン・ダインの探偵小説は評判をとってすぐに映画化された。でも、犯人当ての映画はあまり当たらなかったようだ。小説を忠実に再現しようとすると、室内の尋問か会議ばかりでシーンの変化が少なく、アクションがない。配役を見れば(役者の顔を見れば)犯…

芥川也寸志「音楽の基礎」(岩波新書) 西洋古典音楽のスコアを読めるようになるための基礎知識の紹介。

「音楽の基礎」というタイトルで、内容は西洋古典音楽のスコアを読めるようになるための基礎知識の紹介。初版の1971年はニクソンショックやオイルショックの前で、高度経済成長の最後の年。このころにオーディオとピアノのブームがあって、多くの人がこぞっ…

T・G・ゲオルギアーデス「音楽と言語」(講談社学術文庫)-1 西洋古典音楽のミサ曲の歴史。中世以来の音楽と言語の研究はパレストリーナとラッススで完成。

ゲオルギアーデス(1907〜1977)はギリシャ出身のドイツ音楽学者。本にもネットにも情報がほとんどない。 テオドール・アドルノ「ベートーヴェン 音楽の哲学」(作品社)にゲオルギアーデスの名前が出ていたので、高名な学者であったらしい。 この本で、音楽…

T・G・ゲオルギアーデス「音楽と言語」(講談社学術文庫)-2 教会の機能と社会的な役割が変わり市民社会・資本主義が定着して以降は教会音楽が世俗化する。

2017/04/18 T・G・ゲオルギアーデス「音楽と言語」(講談社学術文庫)-1 1954年の続き。 12 音楽的現実の諸段階 ・・・ ルネサンス(パレストリーナ)、バロック(J.S.バッハ)、ウィーン古典派(ロココ)のの特長と発展史を図式的にまとめる。パレストリー…

田村和紀夫「交響曲入門」(講談社選書メチエ) 古典派交響曲の主題は劇の主人公であり、交響曲は全体として人間を表現している。音楽の形式化とそれからの逸脱を探求する交響曲の二世紀。

クラシック音楽を聴くようになったのは20歳に近くなってからだから、聞きとおすことに困難があったのをよく覚えている。友人と酒を飲みながら、ブラームスの交響曲全4曲をいっきに聞いた。友人が「ここすごいだろ」といっても、初めて聞く音楽だったので、…

ルートヴィッヒ・ベートーヴェン「音楽ノート」(岩波文庫) 「苦悩する天才」像でまとめられているが、ユーモア好きで小言ばかりの人間臭いところも散見。

ベートーヴェンは、当時の人と同じく手紙をたくさん出していて、それだけで一冊の本になるくらいの量になる。それとは別に、手帳や楽譜などの書き込みなどがたくさん残っている。というのも、耳疾疾患のために難聴になり、晩年は筆談になった。そこに書いて…

青木やよひ「ベートーヴェン・不滅の恋人」(河出文庫) ベートーヴェンの創作意欲が高まるときは彼に恋人ができたとき、創作が減るのは金がないとき。

1826年3月26日にベートーヴェンが56歳で亡くなった時、唯一の資産といえる株券が見つからなくなっていた。部屋を探したところ秘密の引き出しから発見され、そこに日付と宛名のない手紙3通と女性の肖像画2枚もあった。手紙は熱烈な自筆の恋文(ただし、相手を…

アラン「音楽家訪問」(岩波文庫) ベートーヴェンのヴァイオリンソナタをサンプルにして調性の形而上学を語る。

パリの郊外でもあるような一軒家に住むミッシェルのところに、「わたし(アラン)」は16歳のピアニストであるクリスチーヌとともに赴く。ミッシェルはピアノの調律をすると、ヴァイオリンを手にし、クリスチーヌとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを順…

テオドール・アドルノ「ベートーヴェン 音楽の哲学」(作品社) 「ベートーヴェンに関する哲学的仕事」のための断片集。素人にはアドルノの論を抽出・再構築するのは無理だった。

編者解説によると、アドルノには「ベートーヴェンに関する哲学的仕事」をまとめる構想があったらしい。大量のメモが書かれた。いくつかは短い文章になったものがあり、「美の理論」「楽興の時」などに収録された。それらは「哲学的仕事」を網羅するまでに至…

グロウヴ「フランツ シュウベルト」(岩波文庫)グロウヴ「フランツ シュウベルト」(岩波文庫) 1881年に出版されたたぶんシューベルトの評伝としては最初期のもの

フランツ・シューベルトは1797年生1827年没、享年31歳。ほぼ全分野(協奏曲がないくらい)にわたって作曲した。生前はほとんど売れず、貧困のうちに死亡。極端な内気(ベートーヴェンに二度会うも一言も口をきけず)もあるけど、チビ(5フィートちょっと)…

浅井香織「音楽の〈現代〉が始まったとき」(中公新書) 1848~1871年の第二帝政時代フランスの音楽事情。王宮、貴族の占有・ブルジョアの簒奪から大衆と労働者の消費へ。

フランスの音楽史を作曲や作品からみると、19世紀は妙に空白なのだ。18世紀には、ジル、カンプラから始まってラモー、リュリ、クープランなどの名が綺羅星のように現れるのに、19世紀ではベルリオーズとショパンを除くといきなり、サン=サーンス、フランク、…

エドゥアルド・ハンスリック「音楽美論」(岩波文庫)

本書の議論にはいるまえに、ヘルムート・プレスナー「ドイツロマン主義とナチズム」(講談社学術文庫)で当時の状況を確認していおこう。図式化すると、ドイツは西洋諸国に比べ遅れていて、民主主義の未成立と宗教の世俗化によって情熱の持っていき場が哲学…

小宮正安「ヨハン・シュトラウス」(中公新書) ハプスブルク帝国はワルツの人気上昇とともに隆盛し、ワルツが飽きられると没落する。

タイトルこそヨハン・シュトラウス(息子)個人であるが、主人公はハプスブルク帝国そのもの。なるほどこの帝国の栄光と没落はこのワルツ音楽の大家に具現しているわけか。 この本の記述にそうと、19世紀のハプスブルク帝国の歴史はこんな感じになる。前の世…

作者不詳「ペピの体験」(富士見ロマン文庫) WW1前に匿名者が書いた官能小説。ハプスブルク王朝最盛期を懐かしむ追憶の書。

1908年にウィーンで作者不詳で私家出版された好色文学。タイトルを直訳すると、「ヨゼフィーネ・ムッチェンバッヒュル――あるウィーンの娼婦の身の上話」となる。ペピはヨゼフやヨゼフィーネを呼ぶときの愛称とのこと。 まえがきには、ペピは1852年2月20日生…