odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

牧逸馬「世界怪奇実話」(光文社文庫) 1929-33年に雑誌連載された西洋の最新猟奇事件に日本人は熱狂した。

いまでこそサイコ・サスペンス、サイコ・ホラーというくくりで、異常犯罪者を題材にする小説がたくさんあり、書店の一角にはこの種のものに加え犯罪実録ものが多数置かれている。ブームの走りはトマス・ハリス「レッド・ドラゴン」とスティーヴン・キング「…

浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」(春陽文庫) 戦前探偵小説は、資本家と官憲の立場から不況と家の解体をみる、プロレタリア文学と表裏一体の文学運動だった。

1933(昭和8)年作。浜尾四郎の長編は「殺人鬼」がハヤカワポケットミステリーや創元推理文庫で入手可能であるが、「鉄鎖殺人事件」は品切れになって久しい。調べてみたら1978年に購入したものだった。 たしかに「殺人鬼」の創元推理文庫版の解説にあるよう…

角田喜久雄「奇蹟のボレロ」(春陽文庫) 日本のメグレ警部が占領下のグランドキャバレーで起きた事件を捜査する。

「旅行帰りの加賀美捜査一課長は、乗船中の汽船「伊勢丸」で楽団「新太陽」のメンバーたちと出会う。楽団長の三田村の話によれば、楽団の広告が新聞を飾るたび、その横に黒枠広告で「楽団の死」を案内する広告が出るという。「なにか不吉なことが怒るのでは…

角田喜久雄「妖棋伝」(春陽文庫) 戦前伝奇小説の傑作。剣術映画やチャンバラ映画といっしょに隆盛したエンタメ分野。

最近(2003年)、伝奇小説をいくつか読んでいるのだが、「伝奇」というジャンルがどういうものなのかよくわからないでいる。とりあえずいくつかのキーワードを拾えば、江戸時代中期・美人/美少女の善男善女・醜面醜女の悪役・秘宝・出生の秘密・正体不明の悪…

伊藤整「若い詩人の肖像」(新潮文庫) 1920年代大正デモクラシー、家族や地域から孤立したインテリ教養青年の自叙伝。この時代は政治で悩まないで済んだ。

最初に読んだのは高校1年、それとも2年? 3年生になって理系クラスにいたが、なぜか文学史には強いということになって(国語の授業で昭和10年代の文学史を略述せよという質問をあてられ、直前によんだ「風俗小説論」を使って、プロレタリア文学と新感覚派、…

今東光「悪太郎」(角川文庫) 大正デモクラシー期の旧制中学生の記録。現代と同じくらいの性的放縦さがあり、神戸で「ガイジン」と交流して自由をみつけられた。

1914年から17年あたりにかけての旧制中学生の記録。旧制中学の生活記録が克明に記された読み物は北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」や畑正憲の「ムツゴロウの青春記」が有名。それらは戦後の新制高校に残った雰囲気を記したものなので、こちらのほうが希少…

中村光夫「風俗小説論」(新潮文庫) 自然主義リアリズムはなくなったかもしれないが、作家=主人公の「私小説」は生き残っている。

この著者の「日本の近代小説」「日本の現代小説」(岩波新書)は、高校生の時のブックリストとして重宝した。昭和35年で記述が切れていたのが残念だったが、これらに載っている小説を文庫で追いかけたのだった。ではどうしてこの本を知ったかというと、「現…

高橋亀吉/森垣淑「昭和金融恐慌史」(講談社学術文庫)

昭和金融恐慌について数冊を読んでいたが、1920年代の恐慌史に思い違いがあったようだ。 徳永直「太陽のない街」(新潮文庫) 追記2011/7/1 - odd_hatchの読書ノート まとめると、 ・第1次大戦によりアジアから撤退した欧州企業の間隙をぬって日本企業が進出…

木々高太郎「人生の阿呆」(創元推理文庫) プロレタリア文学の目と手法で青年の自立と起業の社会悪と探偵小説を盛り込もうとした意欲溢れる失敗作

著者は戦前に「探偵小説芸術論」を唱えて、甲賀三郎と論争。今となっては論争の様子を読むことは相当に困難だと思うが、江戸川乱歩のいくつかのエッセーに様子が書かれている。あるいは、「深夜の散歩」において中村真一郎が「探偵小説は短編を拡大したもの…

佐々木俊郎「恐怖城」(春陽文庫) 1920年代後半にかかれた労働者階級視点の探偵小説。後半の作ほど閉塞感や絶望の度合いが強くなる。

日本探偵小説の最初期を作り、1933年(昭和8年)に32歳で没した作家。「新青年」にはあまり書かなかったし、戦後のアンソロジーに収録されることも少なかったので、知られざる作家だった。恐怖城 ・・・ 北海道の開拓地で牧場を経営する富豪。その娘紀久子は敬…

立花隆「日本共産党の研究 3」(講談社文庫)

さて最終部。1933年から34年にかけて。重要なことは、 ・スパイMに指導された共産党幹部と全協幹部の大規模な逮捕があって、非常時共産党はほぼ壊滅した。 ・残された宮本、袴田、大泉、小畑ら数名が幹部となって再建したが、袴田の指摘により宮本といっしょ…

立花隆「日本共産党の研究 2」(講談社文庫)

引き続き、1930年から1932年までを記述。この間の情勢で重要なことは、 ・コミンテルンの方針により、「天皇制打倒」が主スローガンになったこと。共産党の主張のみならず、傘下の労働組合にも綱領に掲げるように要請した。その結果は、労働組合が治安維持法…

立花隆「日本共産党の研究 1」(講談社文庫)

戦前の共産党の実態はどうだったか。その成立のいきさつ、コミンテルンによる支配、資金の出所、組織、相次ぐ転向者など──戦時下の弾圧による党崩壊までの激動の歴史を実証的に追い、当時の関係者の証言を記録する。理論や主張としてではなく、生きた人間研…

小林多喜二「工場細胞・オルグ」(青木文庫) 工場における労働運動のやり方および党の拡張方法、シンパの獲得方法を小説化。

小樽市と思われる漁港街の製缶工場における労働運動を描いた文学。書かれたのが1930年なので、前年の株暴落から始まる世界恐慌のあおりを受けた状況と思われる。この時期、おそらく伊藤整はすでに上京していたはずだ(小樽市出身で、伊藤は小樽商業高校で小…

黒島伝治「渦巻ける烏の群」(岩波文庫) 農村で地主・官憲の弾圧にあう小作農民の状況を描いた2編と、シベリア出兵の下級兵士が上官の非道によって憤死する様を描く2編。

作者は坪田繁治と同郷、同級生であったというのが最初の驚き。『渦巻ける烏の群』『橇』『二銭銅貨』『豚群』の4編を収録。 農村での地主、官憲の弾圧、それに対する小作農民の状況を描いた2編と、シベリア出兵の下級兵士が上官の非道によって憤死する様を描…

徳永直「太陽のない街」(新潮文庫) 追記2011/7/1  金解禁でダメージを受けた工場労働者の争議。生活組合を作って組合員家族の生活を維持する。

前日のエントリーで「1920-40年までの経済史を知っておくことは重要」と書いたけど、それにぴったりの記事があったので、ここでアップ。 昭和5年から10年の間の労働争議。多くの場合は、工場労働者の悲惨な現実と、資本家および為政者の腐敗弾劾として読むこ…

黒岩涙香/小酒井不木/甲賀三郎「日本探偵小説全集 1」(創元推理文庫) 学生や貧乏サラリーマン向け日本のモダニズム文学は謎解きよりも人間心理の暗黒面(無意識、情動)に関心を持つ

1984年刊行の日本探偵小説全集はあと3巻で完結する(という書き出しで感想を書いたのは1986/10/29のこと。完結したのは10年後の1996年。以下ほぼ書き替え)。文庫で手軽に戦前の探偵小説を読むことは、江戸川乱歩、横溝正史の大御所を除くと、ほとんど難しい…

谷崎潤一郎「犯罪小説集」(集英社文庫) 作者が誘惑する共犯関係にはいると、作者のマゾヒズムやピーピングはもう読者そのものの行為になってしまう

谷崎潤一郎の初期短編のうち、犯罪に関係しているものを集めた。谷崎潤一郎はこれしか読んでいない、恥ずかしながら。「春琴抄」「鍵」など気になる小説はあるのだがねえ。もう読む時期を失してしまったのだろう。柳湯の事件1917 ・・・ 弁護士事務所に駆け込…

押川春浪「明治探偵冒険小説集3」(ちくま文庫) 海外を舞台にした冒険奇談小説。20世紀初頭には情報が少なすぎて江戸戯作風。

東宝特撮映画「海底軍艦」のオリジナルを書いた人であったり、武侠小説の創始者であったりするなど高名な人ではある。横田順弥が評伝を書いている。にもかかわらず、その小説を読むことは難しかった。明治の小説全集あたりでは一部を読めたとはいえ、一般読…

押川春浪「海底軍艦」(ほるぷ出版) 秘密軍団は近代の労働者のパラダイス

東宝特撮映画「海底軍艦」のオリジナルということになっているが、それはタイトルだけ。ストーリーは異なる。 西欧を放浪していた青年がある名家の主人に妻と子供の帰国を助けるよう依頼される。しかし、奇怪な軍船に追跡された後、暴風雨に出会い、船は沈没…

A.M.ウィリアムスン「灰色の女」(論創社) 黒岩涙香「幽霊塔」の原作はゴシックロマンスとミステリのアマルガム。「灰色」が持つ複数の意味に注意。

アモリー家に伝わる由緒ある屋敷、ローン・アベイ館。一族ゆかりの屋敷を下見に来たテレンスは、屋敷の時計塔で謎の美女コンスエロと出会う。婚約者ポーラよりもコンスエロの美しさに惹かれるテレンス。だが、それは次々と起こる奇怪な出来事の幕開けだった……

黒岩涙香「明治探偵冒険小説集1」(ちくま文庫)_「幽霊塔」所収 涙香翻案の最高傑作。女性目線で見ると、謎の女「秀子」によるマンハント(亭主探し)の物語。

1.「幽霊塔」が収録。ずっと原作不明だったが、1990年代の調査により、A.M.ウィリアムソン「灰色の女」(1898)が原作であることが判明した。いずれは原作の翻訳がでるのかもしれない(これを書いたのは2005年。その後翻訳はでました)。まあ、日本でだ…

江戸川乱歩「幽霊塔」(創元推理文庫) 黒岩涙香「幽霊塔」の翻案は同じ話を少しずつ意匠を変えて語っている。

江戸川乱歩の「幽霊塔」はこれで4度目の読み直しになる。なぜこんなに惹かれるのだろうな。 長崎県の片山里に建つ寂れた西洋館には、幽霊が出ると噂される時計塔が聳えている。このいわくつきの場所を買い取った叔父の名代で館を訪れた北川光雄は、神秘のベ…

江戸川乱歩「吸血鬼」(角川文庫) 冒頭は「カラマーゾフの兄弟」のゾシマ長老一代記の引用。これで読者にしっかりをフックを打ち込んだ。

「雨続きに増水して、不気味ににごる川面。岩角にぶち当たってすりむけたのか、顔全体がグチャグチャに崩れ、醜くふくれ上がった溺死体! 死後十日以上経過している。恋に狂った男たちの奇妙な毒薬決闘の果て、<死の淵>へ誘い込まれた哀れな男の末路? 艶…

いま眼下に見える地球の景観は・・・おいっ、富士山だ

では江戸川乱歩「吸血鬼」を読む。 の代わりの小ネタ。3月13日に飛行機からみた富士山。駿河湾越しの富士山。 手前は房総半島、その先に東京湾、ずっと奥に富士山。 今度は、5月5日。山梨県側から。山頂部。 全体像。 新田次郎「芙蓉の人」を高校生で読んだ…

松山巌「乱歩と東京」(ちくま学芸文庫) 1920年代の乱歩作品を都市分析のツールにすると、東京の多面性が見えてくる。

探偵小説作家・江戸川乱歩登場。彼がその作品の大半を発表した1920年代は、東京の都市文化が成熟し、華開いた年代であった。大都市への予兆をはらんで刻々と変わる街の中で、人々はそれまで経験しなかった感覚を穫得していった。乱歩の視線を方法に、変…

島田荘司「本格ミステリー館」(角川文庫) ミステリ文学を科学する試み。本書のやりかただとニセ科学やニセ学問を「リアル」とみなしてしまう。

島田荘司は、ミステリーをリアルとファンタジーの軸、それに直行する論理と情動の軸にわけて、過去の名作をプロットする。彼によると、「本格」というのは論理の軸をつきつめたところで、かつリアルかファンタジーの趣に富んだものであるという。リアルで論…

南條竹則「ドリトル先生の英国」(文春新書) ビクトリア朝の英国中産階級の暮らしをみる。植民地支配と先住民差別を指摘していないので、各自補うように。

自分も幼少期の読書でドリトル先生に魅了された。最初は、母親が移動図書館から借りてきた「郵便局」だった。それからしばらくの間にすべて読むことになった(そういう子ども時代に熱中したシリーズには、「ムーミン」と「アマゾン号」がある)。そういう経…

ショウペンハウエル「読書について」(岩波文庫) 熟練した読書家によるニセ学問を見分ける方法

読書指南の上級編。素人が手を出すと、強烈な熱に犯されかねない。 「読書は思索の代用品にすぎない。」 「読書は自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。」 「読書は他人にものを考えてもらうことである。」 「良書を読むための条件は、悪書を読ま…

三木清「読書と人生」(新潮文庫) 大正教養主義時代に「非政治的」という政治的な立場から読書の仕方を考える。

三木清は1897年生まれ(1945年没)。第一高等学校から京都帝国大学に進み、西田幾多郎に師事する。昭和16年にかかれた表題作では、有名人が続出する。京大にいたのは西田幾多郎、波多野精一、田辺元。同世代には戸坂潤、大内兵衛、羽仁五郎、天野禎祐、九鬼…