odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フランス文学_エンタメ

トマス・ナルスジャック「贋作展覧会」(江戸川小筐訳) これまで紹介されなかったのもしゃーないなというでき。

トーマス・ナルスジャックの第1作で、全編がパロディという異色作。ハヤカワポケットミステリでは21編中の7編が訳出された。 odd-hatch.hatenablog.jp 有志が未訳短編を訳していた。そこにある3編を読む。労多謝。(感想のあとのURLは翻訳を公開しているペ…

ブリジット・オベール「マーチ博士の四人の息子」(ハヤカワ文庫) 殺人者の手記を読んだメイドはサイコパスを探し出そうとするが、その手記をサイコパスも読んでいた。恐怖と共犯の歪んだ関係。

タイトル「マーチ博士の四人の息子」は、日本では「若草物語」で知られるオールコット「マーチ博士の四人の娘」のパロディだという。この少女小説のタイトルを借用しているのであれば、息子の確執が語られるのではないか。読書前の予断をメモ。 医者のマーチ…

アンドレア・H・ジャップ「殺人者の放物線」(創元推理文庫) シリアルキラー物はどれも同じ話になるので、何か別の物語を追加しないといけない。

アメリカ東部で「レディ・キラー」と警察が名付けた連続殺人犯(シリアル・キラー)がもう数年事件を起こしている。被害者、土地などの要因を分析しても、プロファイリングしても犯人が浮かび上がらない。そこでFBIは天才的な女性数学者(データ分析による予…

ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1860年代の殺人事件ではすでに科学的捜査が行われている。ホームズ譚によくあるギミックはすでに出そろっていた。

前回から干支をひとまわりして再読。 odd-hatch.hatenablog.jp 150年前の小説なので、ある程度詳しくストーリーを紹介することにしよう。 パリのうらぶれた居酒屋で深夜、銃声が聞こえる。駆けつけた警察官のみたものは、3人の男の死体と銃を持った一人の男…

ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-3  二世代にわたるロマンス。親の世代の恨みつらみとこの世代の愛憎関係は正反対。頑張るほどに生きにくくなる。

2022/05/11 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1869年の続き 1815年の「ワーテルローの戦い」でナポレオンが失脚。すると、王党派が権力の奪還に来るのである。フランス革命以来、四半世紀近く放逐されていたセルムーズ侯爵領はラシュメール一家が管…

ジョルジュ・シムノン「13の秘密」(創元推理文庫)-1 シムノンデビュー時の謎解き短編。全体に漂うアンニュイ(倦怠)や重苦しさはメグレに引き継がれた。

探偵趣味のジョゼフ・ルボルニュが新聞記事を見て、13の謎を解く(というより、君には解けるかい、僕には簡単だったよ、と高慢なところを見せるのが目的か)。 リンク先が詳しい。 d.hatena.ne.jp 1. L'affaire Lefrançois ルフランソワ事件 «Détective» 192…

ジョルジュ・シムノン「13の秘密」(創元推理文庫)-2「第1号水門」 運河を利用する水上輸送の拠点で起きた事件。メグレ警部ものとしては最初期。

「第1号水門」は1932年作で、メグレ警部ものとしては最初期。「男の首」よりあと。 次の水曜には警察を退職することになっているメグレ。妻はすでに郊外の家に引っ越していて、メグレは行き場がなさそう。 ある夜、第一号水門で事故が起きる。酒に酔った爺さ…

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」(創元推理文庫) WW2でドイツの捕虜になったフランス人が幽閉中に書いた外連味たっぷりの密室ミステリ。

フランスに本格探偵小説好きがいたと思いなせえ。第2次大戦中にドイツ軍の捕虜になったとき、退屈を紛らわすためにミステリーを考え、書いていた。秘密裏に原稿を収容所から出しておく。収容所脱走後はレジスタンスになったが、戦後原稿をもとにして3つのミ…

ジュール・ヴェルヌ「海底二万リュー」(旺文社文庫)-2 ネモ船長とクルーたちの男社会はナショナリズムをもたず、国家から離脱して自由を謳歌するが、博物調査くらいしかやることがない。

2016/07/21 ジュール・ヴェルヌ「海底二万リュー」(旺文社文庫)-1 1870年 の続き その他気になったところを箇条書きに。 ・この小説には女性が一切登場しない。これはメルヴィル「白鯨」、ポー「アーサー・ゴードン・ピムの物語」、スティーブンソン「宝島…

ジュール・ヴェルヌ「海底二万リュー」(旺文社文庫)-1 冒険小説のアクションはなく、博物調査の詳細がえんえんと描かれる。19世紀の博物学が海洋生物に注目しだした事情が反映している。

昔読んだ旺文社文庫版では「リュー」、今回読んだ集英社文庫版では「里」。ほかに「リーグ」「海里」など表題の単位表記にはさまざまなヴァリアントがある。 きわめて高名な冒険小説。1870年に書かれてから、この国で何度も翻訳され、ジュブナイル版も出たり…

モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-2 フランスのショートショートを昭和初期の本邦探偵小説家はこぞって手本にした。

2016/07/19 モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-1 の続き。 続いて後半15編。ルヴェルがこの国の小説史に刻まれ、今でも読み手がいるのは(翻訳後80年たとうというのに)、この作家に惚れた翻訳者がいるから。「新青年」を編集するとき、編集者が小…

モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-1 20世紀初頭のフランス版ショートショート。残虐でユーモラス。人間は愚かだが愛おしい。

モーリス・ルヴェルは本国(フランス)でも忘れられた作家になっているらしい。解説および序文を書いた人たちによると、どうもこの一冊だけが翻訳されたらしい(長編一つが翻訳されたかされないか)。しかし、この一冊の翻訳によって、ルヴェルの名はこの国…

ノエル・カレフ「死刑台のエレベーター」(創元推理文庫) アルジェリア独立戦争帰還兵が感じる孤独と疎外。身勝手な男がかってに破滅していく。

会社社長は高利貸しからの返済催促に苦慮していた。資金繰りのめどがたたなくなり、ついに義兄をはめ、さらに高利貸しを殺すことを決意する。実行は土曜日夕方、そうすれば月曜朝の発覚までに時間稼ぎができる。犯行は成功したが、自室に小切手他の証拠を残…

ボワロ&ナルスジャック「技師は数字を愛しすぎた」(創元推理文庫) 作家は密室状況を愛さず、専従捜査の警察官の憂愁ばかりを描く。

パリの原子力関連施設で殺人事件が起きた。調べないで書くと、初出の1958年当時にはまだ原子力発電は実験段階。それもアメリカの企業が開発していたので、この施設は核兵器の開発施設だったのではないかと思う。なにしろ、核燃料を詰めたチューブが同時に盗…

ミシェル・ジュリ「不安定な時間」(サンリオSF文庫) 現実と夢の境界の消滅、ループした「現実」からの脱出、自己同一性の不確かさと自己回復のための聖杯探究というテーマを持っているが、エンタメ要素はまったくない。

2060年、ロベール・オルザックは時間溶解剤を飲んだ。この薬は、現実から意識が遊離して<溶時界><不安定界>なる時空体に入ることになる。そこでは継時的な時間はなく、タイムスリップに似た感覚をもつことができる。初出の1973年には、現実と夢の境をま…

フィリップ・キュルヴァル「愛しき人類」(サンリオSF文庫) シュールリアリストの作者は世界の設定やガジェットの案出の方に気がいったらしく、物語の進行は滞りがち。

フランスのシュールレアリストで作家のキュルヴァルが1976年に書き、翌年のアポロ賞を受賞した、という。 奔放なイメージが錯乱し、いくつもの物語が同時に進行している。なので箇条書きにするしかない。 ・20年前にマルコム(旧ヨーロッパ共同体)は国境を封…

ジョン・ガッテニョ「SF小説」(文庫クセジュ) SFは方法とテーマの文学。人間や社会にペシミスティック出会っても科学への信頼は揺るがない。

これを読むと、ミステリ(探偵小説)は形式の文学だなあと思う。形式は犯罪→探偵→捜査(解決)で構成される。そこにはしばしばテーマはない。形式を踏まえていれば、何の内容もなくてかまわない。量産されるミステリ(探偵小説)はそういうものだ。また作品…

ボワロ&ナルスジャック「探偵小説」(文庫クセジュ) 科学的な知識を持って論理的に神秘や謎に取り組む作家・読者と無責任な大衆社会のセンセーショナリズムが探偵小説を作った

フランスのミステリ事情はあまりこの国では知られていない。ガボリオ、ボアゴベ、ルルー、ミシェル・ルブラン、シムノン、アルレー、ジャブリゾ、カレフ、本書の作家を除いて、複数の翻訳があるのはあと何人いるのだろう。これを続けると、自分の無知を天下…

カミ「エッフェル塔の潜水夫」(講談社文庫) 古い「飛びゆくオランダ人」伝説とモダンなエッフェル塔のミスマッチが生む数々のコント。フランスのエスプリが効いたコメディ。

1870年代にエッフェル塔ができてから、好きにしろ嫌いにしろ、この建物を意識しないわけにいかなく、この建物をめぐる物語はたくさんあった。これがそのひとつ。建設当時の苦労はやはり神話になっていて、しかもその動力に関する話は1929年当時には人の記憶…

セバスチャン・ジャブリゾ「シンデレラの罠」(創元推理文庫) 一人が探偵=被害者=犯人=証人の四役をこなすという仕掛け。

病院で目覚めた娘がいる。彼女は全身を(顔ですら)包帯で巻かれた重傷人だった。それは全身に負った火傷のためであり、彼女の外観は皮膚移植などで元の顔を知らない医師たちによって人工的に作られたものであった。しかも彼女は記憶を失っている。医師たちは…

ミシェル・ルブラン「未亡人」(創元推理文庫) 不倫夫婦で起きた事件。夫視点ではよくあるストーリーを女性視点にしたのが1960年ころには目新しい。

自分の持っているのは1981年印刷のもので、カバーにはNHK銀河テレビ小説「鏡の中の女」の原作であるとクレジットされている。主演は多岐川裕美。1981年8月17日から9月1日までの全20回(1回20分)。自分は未見。 未亡人 ・・・ 貿易商ダニエルは事業は成功して…

ミシェル・ルブラン「殺人四重奏」(創元推理文庫) 意地の悪い女優を殺したと4人の関係者が自白する。誰が本当の犯人?

「人気絶頂の映画女優シルヴィーが殺された。報せをうけた映画監督、脚本家、俳優たちの表情は硬い。素人から、瞬くうちにスターの階段を駆けあがったシルヴィー。傷つかずにやりすごせた者など、はたしていたのか? かくて、殺したのは自分だと皆が言う、巧…

トマス・ナルスジャック「贋作展覧会」(ハヤカワポケットミステリ) 1945年の退屈な日々に文学部教授が書いた贋作探偵小説。

訳者解説によると、これはトーマス・ナルスジャックの第1作。船乗り一家に生まれたが、8歳で空気銃の暴発で片目を失明。長じては文学部の教授に就任。シムノンを読み漁り、1945年の退屈な日々に贋作を書いた。楽しかったらしく、10編たまっていた。さらに同…

フレッド・カサック「殺人交叉点」(創元推理文庫) マザコンの気のある大学生の死から10年、真相を知るものは犯人と母親をゆする。最後の一ページにあるすばらしいトリック。

マザコンの気のある大学生がいる。あるいは母の干渉が過ぎて、意気阻喪しているのか。息子の取り巻きを集めたサロンに学生の友人が集まるが、母は息子に近寄る女を排除する。息子は数人の女を捨てた後、バカンスの最中に殺されてしまった。状況は一緒に死ん…

S=A.ステーマン「殺人者は21番地に住む」(創元推理文庫) 連続殺人犯〈スミス氏〉が逃げ込んだ下宿の怪しげな面々。だれが殺人犯?

「霧深いロンドンの街を騒がす連続殺人。犯人は不敵にも、現場に〈スミス氏〉という名刺を残していた。手がかりもなく途方に暮れる警察に、犯人の住居を突き止めたという知らせが入る。だがしかし、問題のラッセル広場21番地は下宿屋なのだ。どの下宿人が犯…

S=A.ステーマン「六死人」(創元推理文庫) 6人の限られた人物が連続して殺され、最後に残った一人は犯人ではない。

「「世界はぼくたちのものさ!」大志を抱き、五年後の再会と築いた富の分有を約して、世界に旅立った六人の青年たち。月日は流れ、彼らが再び集う日がやってきた。だが、そのうちの一人が客船から落ちて行方不明になったのを皮切りに、一人、また一人と殺さ…

カトリーヌ・アルレー「白墨の男」(創元推理文庫) 豊かな生活に倦怠と諦念を持つ中年女性作家のアヴァンチュール。カーチェイスより人間観察が大事。

「最後のバラ色の三日間。あとはみなさん、さようなら!」 イリスが車に乗せた青年は、こう言うと笑った。自殺志願者の最後の三日間! 人生に破れ、死を思っていた女流作家イリスが、偶然にも自殺志願者を拾ったのだ。「あんたも三日延ばさないかい? それか…

ボリス・ヴィアン「死の色はみな同じ」(早川書房) WW2直後にジャズ評論家が描いたノワール小説。物語の加速感が戦後を感じさせる。

兄と称する黒人が現われた時から、白い肌のダンは、愛する白人の妻を抱けなくなり、傷ついた野獣のように追いつめられていった……黒い血への怯えが生む狂った犯罪をスピーディに描く! この作品が書かれた背景を簡単に書くと、第2次大戦直後、高尚な文学を出…

ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫) フランスの最も初期に書かれた探偵小説のひとつ(1869年)。ありふれた強盗殺人に隠されたフランス革命以来の確執。

パリのうらぶれた居酒屋で深夜、銃声が聞こえる。駆けつけた警察官のみたものは、3人の男の死体と銃を持った一人の男。容疑者は自分が行ったことだと説明した。誰もがありふれた強盗殺人事件と考えた。しかし、野心に燃える若い警官はその事件の背後に隠され…

ガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」(創元推理文庫) 人気新聞小説から20世紀初頭フランスの科学の体制化を読みとる。

1900年になったばかりの時代の探偵小説(1907年作)。 主要登場人物の一人、スタンガースン博士の研究テーマは「電気作用による物質の解離」「帯電物質に紫外線を照射して疲労を測定する方法」「差動蓄電式検電器」というものだった。最初のは、のちの密室で…