odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大江健三郎

小澤征爾/大江健三郎「同じ年に生まれて」(中公文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第4部「英雄の業績」の2。ウィーン歌劇場の音楽監督とノーベル文学賞受賞者の対談。

小澤征爾と大江健三郎は同じ1935年の生まれ。2001年にハーバード大学で名誉博士号を同時に受賞した。それを受けて二人の対談をが計画され、同年9月秋に行われた指揮者が主催する音楽祭で実施された。数年前に大江がノーベル文学賞を受賞したり、翌年に小澤が…

大江健三郎 INDEX

2017/02/16 大江健三郎「死者の奢り・飼育」(新潮文庫) 1958年 2017/02/15 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-1 1958年 2017/02/14 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-2 1958年 2017/02/13 大江健三郎「見る前に跳べ」(新潮文庫) 1958年…

大江健三郎「美しいアナベル・リイ」(新潮文庫) 70歳を超えた作家と妻と障害を持つ息子の3人だけの「静かな生活」に来たはた迷惑な闖入者の物語でメイキング・オブ・同時代ゲーム。

自分は1994年以降の大江の作品を追いかけていないので(「宙返り」を除く)、長江古義人のシリーズはまったく知らない。なので、この2007年の作品では、説明抜きで古義人やその家族の名前が出てきて戸惑った。過去に彼らに起きた事件やその顛末も知らない。…

大江健三郎「死者の奢り・飼育」(新潮文庫) 「奇妙な仕事」「偽証の時」 閉じられた状態にある人間を造りあげられた言葉や慣用句をできるだけもちいないで書く。

エントリーのタイトルは1960年にでた短編集に倣った。ただし、読んだのは「全作品 I-1」で収録作は全作品に倣う。文庫収録情報はタイトルのあとに入れた。また「死者の奢り・飼育」(新潮文庫)の収録作品は「死者の奢り」「他人の足」「飼育」「人間の羊」…

大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-1 戦時中、感化院の少年たちが無人の山村に置き去りにされる。

(おそらく)昭和20年の冬。指導教官に引率された感化院の少年14人と「僕」の弟の計15人が山間の村に到着した。都会にあったと思われる感化院を疎開させる必要があり、山村が選ばれたのだ。その村は奇妙な緊張感が漂う。村人は少年たちを警戒して遠巻きにし…

大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-2 沈滞して生産力を失った共同体に活気をもたらすトリックスターはスケープゴートになって懲罰を受け放逐させられる。

2017/02/15 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」(新潮文庫)-1 1958年の続き。 山の中の村。それはすでに生産力を失っていて沈滞している。そこに外部のものが現れて、村をかきまわし、活性化して、彼はスケープゴートとなって懲罰を受けたり破滅する。このプロッ…

大江健三郎「見る前に跳べ」(新潮文庫) 「暗い川 重い櫂」「鳥」「喝采」閉塞状況に受け身でいた人々を行動的にしようという呼びかけ。

エントリーのタイトルは1960年にでた短編集に倣った。ただし、読んだのは「全作品 I-2」で収録作は全作品に倣う。文庫収録情報はタイトルのあとに入れた。また「見る前に跳べ」(新潮文庫)の収録作品は「奇妙な仕事」「動物倉庫」「運搬」「鳩」「見るまえ…

大江健三郎「われらの時代」(新潮文庫)-1

1958年を同時代としてみる。そうすると、敗戦から12年、占領開放から5年を経過している。この国は自立して戦争の債務を返すために若く健康になっているはずであった。とはいえ、朝鮮戦争から占領軍は名前を変えてこの国に駐留し、保守政党は占領軍の顔色を窺…

大江健三郎「われらの時代」(新潮文庫)-2

2017/02/10 大江健三郎「われらの時代」(新潮文庫)-1 1959年の続き。 もうひとつの物語が進行する。靖男より若い連中。靖男の弟・滋(16歳)が所属する「アンラッキー・ヤングメン」というジャズトリオ(クラリネット、ピアノ、ドラムという特殊編成)のメ…

大江健三郎「青年の汚名」(文春文庫) 不漁にあえぐ北海道の漁村。村の権力者と青年会と聖なる力を一身に集めた若者の確執、奪権闘争。

著者の小説の舞台は都会か四国の山の村がほとんどだが、めずらしくソ連領に近い北海道の島(ほかにあるのは「幸福な若いギリアク人」くらいか)。この島も荒海に囲まれて、周囲とは隔絶状態にあるというのは同じだし、古い因習と長老による集団統治、村の中…

大江健三郎「孤独な青年の休暇」(新潮社) 「上機嫌」「勇敢な兵士の弟」「幸福な若いギリアク人」豊かな生活をしている若者の孤独と不安を書いた短編集。

エントリーのタイトルは1960年にでた短編集に倣った。ただし、読んだのは「全作品 I-3」と「全作品 I-4」。それぞれの短編のあとに文庫化情報を追記。いくつかの短編は未収録で、初出誌か「全作品」でないと読めないと思う。タイトルの「孤独な青年の休暇」…

大江健三郎「セヴンティーン」「政治少年死す」-1 自己肯定感が低く孤独な未成年が「自分が特権的で万能でありうるという幻想」で極右の一員になり他人の権利を侵害する。

1960年上半期の安保反対運動は、6月19日の自然承認のあと沈静化する。岸信介が首相を辞めたのが大きな理由(反対運動のミッションのひとつを達成したから)。そのあと、10月12日に日比谷公会堂で行われた三党首立会演説会で、社会党党首・浅沼稲次郎が刺殺さ…

大江健三郎「セヴンティーン」「政治少年死す」-2 「政治的人間」「性的人間」「犯罪的人間」のいずれでもある未成年は社会の規範を逸脱しテロルに傾斜する。裏「遅れてきた青年」。

2017/02/06 大江健三郎「セヴンティーン」「政治少年死す」-1 1961年の続き。 純粋天皇と直接コンタクトする、その回路を持っている唯一の人間。その確信は「おれ」の死や無の恐怖を克服できる(つもりになるだけ)。そこからテロルの実行にはさらにいくつか…

大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-1 最大の価値を国家=天皇に見出していた少年は戦争に遅れ、自己破壊衝動にかられる。

文庫版のカバー説明には「フィクショナルな自伝」の文言が見えるが、囚われないほうがよい。むしろ「自伝的な装いを帯びたフィクション」とみるべき。なるほど、敗戦の年に12歳であるとか、長じて東大文学部に進学するとか、いくつかは著者の経歴をなぞって…

大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-2 「うまくたちまわって、騙して良い子になってみせる」を決意した若者は成功の直前で自己懲罰衝動にかられる。

2017/02/02 大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-1 1961年 の続き。 第1部の終わりで教護院に入院されることになった「わたし」。「うまくたちまわって、騙して良い子になってみせるぞ」と宣言した通りに、優秀な生徒として卒業し、あまつさえ東大文…

大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-3 社会でのし上がろうとして失敗した青年は「セヴンティーン」「政治少年死す」の高校生と表裏一体。

2017/02/02 大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-1 1961年 2017/02/01 大江健三郎「遅れてきた青年」(新潮文庫)-2 1961年の続き。 昭和10年代の軍国主義、そのあとの占領時代の民主主義。この国では価値の激変がおきたわけだが、1952年に独立を承認…

大江健三郎「世界の若者たち」(新潮社) 毎日グラフに連載された若者たちのインタビュー集と海外旅行記、

35年前にたまたまどこかの古本屋で入手して、それ以後見かけたことがない。珍しい本だと思う。1962年初出。 デビュー以来ずっと図書館か書斎で小説を書いてきたが、閉鎖的で室内的な性格をつくりかえあければならないと思って、海外旅行(および他の国の作家…

大江健三郎「叫び声」(講談社文庫) 「人間みなが遅すぎる救助をまちこがれている恐怖の時代には、誰かひとり遥かな救いをもとめて」あげえる叫び声を作家は自分事として聴こうとする。

冒頭に「人間みなが遅すぎる救助をまちこがれている恐怖の時代には、誰かひとり遥かな救いをもとめて叫び声をあげる時、それを聞く者はみな、その叫びが自分自身の声でなかったかと、わが耳を疑う」とあって、小説の主題が提示される。高度経済成長があって…

大江健三郎「性的人間」(新潮文庫) 孤独で内省的であり、妄想の実現にあたって他者を目的ではなく手段として利用する「性的人間」の主題は21世紀には時代遅れ。

「性的人間」新潮文庫と同じ内容であるが、自分の読んだのは新潮社版の「大江健三郎全作品 I-6」。新潮文庫には「セヴンティーン」「共同生活」が入っているが、それらは別エントリーで。 性的人間(1963年5月) ・・・ 大企業創業社長の息子Jは、仕事をしな…

大江健三郎「日常生活の冒険」(新潮文庫)-1

著者のよくある技法である「はた迷惑な闖入者」の物語。 20歳になるまえの大学生で小説が認められ、そのまま職業作家になる。必ずしも平穏無事にあるわけではなく、書斎に閉じこもり気味な生活がストレスになり、22歳ころに書いた政治的小説でバッシング…

大江健三郎「日常生活の冒険」(新潮文庫)-2

2017/01/25 大江健三郎「日常生活の冒険」(新潮文庫)-1 1964年の続き。 孤独で悲惨な現代生活。周りは高度経済成長で仕事にはげめば高収入が得られ、およそ20年前の敗戦とその後の窮乏から抜け出せる。この小説が書かれた1964年はそのような気分があったこ…

大江健三郎「空の怪物アグイー」(新潮文庫)「不満足」「スパルタ教育」 作家は自己自身の反省や創作物への批判を小説の中に取り入れる。

「空の怪物アグイー」新潮文庫と同じ内容であるが、自分の読んだのは新潮社版の「大江健三郎全作品 I-6」。なので、新潮文庫版とは収録作品が異なり、並び順が違う。この感想では、とりあえず「空の怪物アグイー」にならう。「大江健三郎全作品 I-6」には「…

大江健三郎「個人的な体験」(新潮文庫) 「逃げ回り続けることを止める」。「個人的な体験」から「人間一般にかかわる真実の展望」を見出そうとする試み。

27歳4カ月の鳥(バード:あだ名)は鬱屈していた。妻の出産が思いかけず難産であり、赤ん坊に異常があると知らされたから。町の産婦人科はただちに大学病院を紹介し、そこで赤ん坊が「脳ヘルニア」であることを知る。手術をしなければ命が危ういし、成功して…

大江健三郎「ヒロシマノート」(岩波新書)

原爆投下から20年にもなる1964年。政府は被爆者問題や支援に無関心で、通常の生活保護でしか対応しない(それでは不十分)。原水爆反対運動は二つに分裂しつつあり、多くの国民も無関心になろうとしている。一方、健康と思われた人にも原爆症の症状がでて有効…

大江健三郎「大江健三郎全作品 第1期」巻末エッセイ(新潮社)「大江健三郎同時代論集第7巻 書く行為」に収録。模索時代の曖昧模糊とした文章

1965年から翌年にかけて、「大江健三郎全作品第I期」全6巻(新潮社)が刊行された。その際に、各巻末にエッセイが収録された。のちに、岩波書店で刊行された「大江健三郎同時代論集全10巻」のたしか第9巻 第7巻「書く行為」にまとめられた。ここでは「全作…

大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-1 都市の反権力運動とは全く異なるやり方で起こした抵抗運動の高揚と挫折の物語。デビューから当時までの集大成であり、その後の作品の出発点。

障害のある子供が生まれて鬱屈して大学の英語講師をやめた「僕」は、数年ぶりに帰国した弟・鷹四の誘いで生まれた四国の森の中の村に帰ることにする。この兄弟の根所家がもっていた巨大な蔵屋敷を、「スーパーマーケットの天皇」と及ばれる地域の商人資本家…

大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-2 村の余所者家族がもつ自己破壊、自己処罰的な傾向。瓦解寸前の家庭の鬱屈。

2017/01/17 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-1 1967年の続き。 このエントリーでは根所家にフォーカス。根所というのは奇妙な名前で、どうやら村の権力には関係しない、むしろ差別される側の一族だったようだ。蔵屋敷をもつのは、たぶん…

大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-3 四国の山の中の村「大窪村」は20世紀の「日本」。それに対抗する「たった一人の反抗」も日本的。

2017/01/17 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-1 1967年 2017/01/16 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-2 1967年の続き。 蜜と鷹が帰る四国の山の中の村。周囲は森に囲まれ、隠遁者ギーという老人のほかは村人でさえ迷…

大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-4 現在の物語が進行しながら、過去の物語が明るみになるという構造。作家の最も技巧的な小説。

2017/01/17 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-1 1967年 2017/01/16 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-2 1967年 2017/01/13 大江健三郎「万延元年のフットボール」(講談社文庫)-3 1967年の続き。 1967年に書かれた長…

松原新一「大江健三郎の世界」(講談社) 作家と年齢がほぼ同じで同時代の雰囲気や同世代の気分をよく知っていた人の批評。1967年初出なので情報は古い。

1967年出版なので、大江健三郎は32歳で、最新作品は「万延元年のフットボール」。21世紀に読むには取り上げている作品が初期に偏っているのが不満だし、1970年代以降の作家のモチーフには触れていない。そこは残念だが仕方がない。 著者が大江の作品の中で重…