odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ロシア文学

ニコライ・レスコーフ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」(青空文庫) 殺人にかかわったカテリーナはロシアに生まれつつあった肉体と他人を嫌悪するモッブ(@アーレント)の先駆者。

カテリーナは、クルスク育ちの貧乏人、器量よしだったのでムツェンスクのイズマイロフ家に嫁いだ。不幸なのはカテリーナは20代前半なのに相手は50代のジノーヴィ。そのうえボリス爺さんという好色な舅がいる。ムツェンスクは小都市とはいえ、大きな商家にひ…

ニコライ・ゴーゴリ「鼻・外套・査察官」(光文社古典文庫) たんに楽しい、面白い話を量産したかった作家は「政治と文学」問題には疎遠であった様子。

ニコライ・ゴーゴリは1809年生まれ1852年死去。ロシアの近代文学の書き手としては最初期の一人(歴史に記録されたものとして、という意味で)。光文社古典文庫版では、落語風の翻訳。地の文が会話につながり、会話する人物を批評するのが地の文になるという…

イワン・ツルゲーネフ「父と子」(新潮文庫) 1860年代、父の世代は自由主義で保守主義、子の世代は民主主義で革新志向。

1859年5月にペテルブルグの大学に通う学生が夏休み(?)で実家に帰ってきた。都会の雰囲気をぷんぷんと匂わせる医学生の友人といっしょ。やることがないし、とくに気を引くことがないので、学生二人はぶらぶらすごす。その田舎には貴族の未亡人がいて話をし…

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「ガン病棟 下」(新潮文庫) ガンの社会的イメージはガン患者を排除し、失意と抑うつに追い込む。

2013/11/18 アレクサンドル・ソルジェニーツィン「ガン病棟 上」(新潮文庫) もうひとつの読み方は、スーザン・ソンタグ「隠喩としての病」(みすず書房)のサンプルとして読む方法。 作者の書き方は、20世紀の小説には珍しいポリフォニックなもの。気にな…

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「ガン病棟 上」(新潮文庫) スターリン没後でもガン病棟は強制収容所のメタファー。

ソルジェニーツィンは1918年コーカサス地方の都市で生まれる。学生時代から短編を書いていたというが、1939年に召集され砲兵隊に入隊。以後、各地を転戦。1945年ベルリン侵攻中に、逮捕され、モスクワに戻される。以後8年間の収容所(ラーゲリ)生活を送る。…

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」(新潮文庫) スターリン時代の強制収容所。シニカルで皮肉な笑いでマローズ(厳寒)を乗り切る。

シューホフはマローズ(厳寒)のなか、目を覚ます。考えているのはこのまま毛布に包まっていること、食料をたくさん手に入れること、昨日残したパンをいつ食べるかどうやって盗まれないようにするか、などなど。班長の起床の合図でバラックを抜け、朝の点呼(…

江川卓「謎解き『カラマーゾフの兄弟』」(新潮社) 言葉に他の意味を持たせることが好きなドスト氏の長編を読み込もう。

「カラマーゾフの兄弟」は米川正夫訳のを、古い河出書房版全集で、たしか5日間で読んだのではなかったかな。療養中だったもので、それこそ一日に10時間くらい読んでいたのだ。こういう読書だと飽きてくる(小説の内容にも読書という行為にも)のだが、そこは…

江川卓「謎解き『罪と罰』」(新潮社) ドスト氏が作った言葉の遊びで主題を文体と語彙に隠すというからくり装置を読み取る。

「罪と罰」を読んだのは中学3年生の2月。高校受験の直前。もちろんミステリないしサスペンスとしてしか読んでいない。その主題の豊富さや深さなど気づいているはずもない。そろそろ再読しようと考えているので、解説書を読む。 1.精巧なからくり装置 ・・・…

A&B・ストルガツキー「ストーカー」(ハヤカワ文庫) 見かけは犯罪小説ギャング小説。エンタメの後ろでは「ファースト・コンタクト」の思弁が進んでいる。

タイトルの「ストーカー」はここでは密猟者の意。原題は「路傍のピクニック」らしいが、タルコフスキーの映画に合わせてタイトルを変えた。映画は見たような、見たことがないようなあいまいな記憶。なので、このストーリーは初めて出会うようなものだった。 …

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 下」(創元推理文庫) 1920年代のロシア・アバンギャルドと1930年代の社会主義リアリズムのSF短編。

上巻は革命以前の帝政時代で、下巻は革命後。1920年代のロシア・アバンギャルドの時代と1930年代の社会主義リアリズムの時代。SFは1930年代には当局に快く思われず、作品が没になったり、書くことを停止された作家もいたとの由。たぶんその一方で、人民教育…

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 上」(創元推理文庫) 帝政ロシア時代のSF短編。

1988年の東欧・ソビエト革命以来、ロシア文学の人気は落ちていく一方であって(と勝手に妄想。ドスト氏は例外的に読まれているのかな)、細々と翻訳が行われていたレムやストルガツキー兄弟のSFも新刊がでなくなってしまった(と見たのは2005年ころ)。この…

フセヴォールド・ガルシン「あかい花」(岩波文庫) 19世紀末ロシアの夭逝した作家の短編集。青春の若々しさよりも苦さを感じさせる作風。

19世紀ロシアの作家。活動時期はドストエフスキー後期に重なるかな。折からのナロードニキ運動に共感する一人。将校の息子というからそれなりのインテリ家族であったのだろう。そのままでいけば有力な社会運動家、理論家であったとおもわれるものの、この人…

ノビコフ・プリボイ「バルチック艦隊の潰滅」(原書房)現在は「ツシマ」で出版 長期間の航海の裏では、純朴な青年が社会正義に目覚めるまでの教育物語が進行している

1933年に発表され、同年にスターリン賞を受賞した小説。この国には1930年代に翻訳され、現在でも原題「ツシマ」のタイトルで上下2巻で販売されているらしい。自分が読んだのは、「バルチック艦隊の潰滅」というタイトルの一冊本。なにしろ9ポか10ポの細か…

コスモデミヤンスカヤ「ゾーヤとシューラ」(青木文庫) ナチスドイツに抵抗したソ連のパルチザン少女を育てた母の回想。スターリニズムは記述されないがないことで強く意識してしまう。

第2次世界大戦中。ナチスドイツに占領された村にソ連のパルチザンが侵入する。馬小屋を放火しようとした少女が捕らえられ、拷問を受ける。彼女は屈することはなかった。3日後、彼女は村人の前で絞首刑になる。首に縄をかけられた少女は「祖国は解放が近い!…

ネクラーソフ「デカプリストの妻」(岩波文庫) 1820年代シベリア送りになった貴族の将校についていった妻たちをたたえる劇詩。

1820年ころの出来事に取材した劇詩。参考文献のない状況で背景を確認すると、19世紀初頭のロシア貴族の中から発生した武装蜂起集団。彼らが武装闘争を試みる中で、大規模な検挙が実施される。首謀者の多くは貴族の息子のため助命嘆願によりシベリア流刑とな…

プーシキン「スペードの女王」(岩波文庫) ロシア文学の始まりは外国文学の模倣と既存ジャンルの混交。

スペードの女王 ・・・ 1820年代のモスクワの貴族たち。毎日祝宴に賭博にと遊びほうけているが、ある老嬢がうわさになる。彼女は若いころ、パリで名声をはくしリシュリューの声もかかるほどであった。しかし賭博で困窮した嬢はサン・ジェルマン伯に泣きこみ…

プーシキン「ボリス・ゴドゥノフ」(岩波文庫) ロシアナショナリズムの開始を告げる象徴で乱世の奸雄。

ゴドゥノフ朝滅亡をはかるモスクワ貴族階級と偽の皇子を推戴する士族階級とが対立する17世紀初めのロシアの「動乱時代」を鮮やかに描いた史劇。プーシキンは、作中人物を通して、ゴドゥノフ朝滅亡の陰に人民の輿論を見、その輿論の根底に封建制度の崩壊を見…