odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学_エンタメSF

野阿梓「凶天使」(ハヤカワ文庫) 「ハムレット」の大胆な読み直しがセラフィーによるジラフ追跡劇につながり、物語の壁が壊される。

小説の背景にあるのは、西洋の神秘主義。なので、上帝、天使、女神、竜など霊界の存在が説明抜きで現われ、彼らは地上界と行き来できる。名前はキリスト教由来のものもあれば、イスラム由来、ゲルマンやケルトの神話由来のもいたり。無節操ともいえるが、西…

伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」(河出文庫)-2 生と死の境目があいまいなのに区分をつけることは共同体の内と外を分けること。外を排除する理屈の始まり。

2018/11/01 伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」(河出文庫)-1 2012年の続き この作品のみそは、生者と屍者と死者がいて、生者は死ぬことができるが、霊素をインストール(舞台は1880年前後というのに、21世紀の意味を持つ言葉が説明抜きで登場するのは疑問)す…

伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」(河出文庫)-1 19世紀のエンタメを総動員した聖杯伝説の物語。

著者名がふつうと異なるのは、伊藤計劃がプロローグを書いたところで亡くなり、そのあとを円城塔が続けたため。書いた分量は円城塔の方が多いが、クレジットとおり、二人の「合作」とみるべきだろう。 この作品はさまざまな先行作品を利用していて、もちろん…

伊藤計劃「ハーモニー」(ハヤカワ文庫) 未来を苦慮することのない社会に異端児が生まれたら。ディストピアにいながらそれが天国であると思う大衆・民衆・個々人があることに驚く。

この世界は核による「大災禍(メイルストロム)」によって破壊されてしまった。というのは、1970年代からよくあるエコロジーSFの定番の設定。ちょっとちがうのは、このあと少数になった人類は安定して調和ある社会を作り上げた。成人になるとWatchMeなるアプ…

伊藤計劃「虐殺器官」(ハヤカワ文庫) 20世紀の戦争は総力戦と絶滅収容所、21世紀の戦争はテロリズムと大量虐殺

アメリカの情報軍特殊検索群i分遣隊所属のクラヴィス・シェパードは、軍の指令を受けてテロリストや敵対国家の要人を暗殺する職務についている。ロシアと隣接する中央アジアで、プラハで、ヴィクトリア湖周辺で、彼はさまざまな作戦にかかわってきた。その背…

飯野文彦「オネアミスの翼 王立宇宙軍I・II」(ソノラマ文庫) ここまで細かく設定したプロットを削りまくり説明不足になったので、アニメは謎めいた魅力を持った。

今から振り返ると、1980年代にはアニメ映画があった。まあ、それ以前からあったし、それ以後もあったのだけど、自分がそれに熱中したのは、子どもはみるものの、大人になると鑑賞に堪えられないのがアニメだったのに(たとえば「宇宙戦艦ヤマト」シリーズね…

石津嵐/豊田有恒「宇宙戦艦ヤマト」(ソノラマ文庫) アニメとも映画とも異なるもうひとつの暗い暗い「宇宙戦艦ヤマト」

「宇宙戦艦ヤマト」は1974年にテレビアニメで放映。そのときは人気がなかったが、1977年夏に総集編の映画が大ヒット(おれも映画館に並んだ)。翌年にアニメ映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」がでて、テレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト2」が放映されて大人気に。そこ…

山田正紀「神狩り」(角川文庫) 挫折を知らない独我論はナルシズムとヒロイズムを膨れ上がさせる危険な罠。そこから陰謀論や差別主義まではあと一歩。

ほぼ30年ぶりの再読で、(経験はしなかったが実感できる)1970年代初頭の末期全共闘運動のざらついた挫折の雰囲気を思い出した。いっぽうで、20代半ばの読書ではあれほど若者の「自分の物語」と思っていたのが、老年にいたると若者の「自分勝手な物語」に読…

香山滋「オラン・ペンデクの復讐」(現代教養文庫) 「ゴジラ」の原案者が書いた博物学趣味の幻想小説集。

1970年半ばに現代教養文庫が戦前の異色作家の傑作選を出した。小栗虫太郎、夢野久作、久生十蘭、谷譲次ら。自分はこの中で小栗を選び、全5冊を購入した。そのあとに戦後の異色作家選をだし、橘外男、山田風太郎、香山滋が選ばれた。自分はこの中で香山を選…

香山滋「幼蝶記」(現代教養文庫) 石部金吉の理想の女性像はロリコン趣味で生み出されるアニメのヒロインたちと同じ。

現代教養文庫で出た選集の第3巻。 海鰻荘奇談1947 ・・・ 巨万の富を持つ博物学者・塚本博士が岬に豪壮な私設水産研究所を作る(これは蜂須賀侯爵をネタにしているな)。そこにはうつぼがたくさん養殖されている。これはまあよいとして、家族関係が複雑。最…

田中啓文「銀河帝国の弘法も筆の誤り」(ハヤカワ文庫) 先行する作品のパロディになっているので、SF史に詳しいと二重に楽しめます。

タイトルは、筒井康隆や星新一がやっていたことわざの無理やり合体。本文は、ダジャレ落ちのための無理やりな展開、グロテスク描写と、漫才の会話。強烈なにおいのするくさやの干物ですか。好悪が極端にわかれるだろう。まあ、難しいことは考えず、2時間を…

菊地秀行「吸血鬼ハンターD」(ソノラマ文庫) ひとところに定住できない遍歴者の冒険譚。少年の成長を促して自分は姿を消す。

「辺境の小村ランシルバに通じる街道。吸血鬼から“貴族の口づけ”を受けたドリスは、吸血鬼ハンターを探していた。西暦12090年、長らく人類の上に君臨してきた吸血鬼は、種としての滅びの時を迎えても、なお人類の畏怖の対象であり、それを倒せる吸血鬼〈バン…

田中芳樹「銀河英雄伝説 1」(徳間ノヴェルス) いくつかの大会戦で大敗しても、政治危機が起こらず、経済負担を気にする様子もない帝国と共和国。

アニメを見た。原作を読んだ。面白かった。 どのあたりに惹かれるのか。 気のついた一つの理由は、彼らの銀河帝国が、多くの問題を解決した社会であること。ここには、貧困の均衡はない(か、あっても誰も問題にしない)、人口爆発(とその後の高齢化社会)…

押井守「獣たちの夜」(角川文庫) セーラー服の女子高生が日本刀を振るうのを期待するとスカされるペシミズムの教養小説。

あの「ビューテュフル・ドリーマー」の、「パトレイバー」の、「天使のたまご」の、「ケルベロス」の監督をした押井守氏の小説作品である。吸血鬼を扱った小説は欧米でひとつのジャンルになるほど書かれている。数は少ないが(あるいは知らないだけであろう…