odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2020-01-01から1年間の記事一覧

小泉喜美子「殺人はお好き?」(宝島社文庫) アメリカ人元兵士が日本で起こした無国籍アクション映画風ハードボイルド。隠れテーマは女によるマンハント(亭主狩り)。

1962年羽田空港。 「アメリカ人私立探偵のロガートはかつての上司の依頼で来日した。上司の妻ユキコが麻薬密売に関係しているらしいというのだ。だがロガートがユキコの尾行を始めた途端、彼女は誘拐されてしまう。ロガートも襲われ、現場には新聞記者の死体…

天藤真「遠きに目ありて」(創元推理文庫) この短編集がでた1976年から半世紀近くたっても、信一少年を囲む状況は全く変わっていない。

1976年に雑誌「幻影城」に連載。翌年、単行本で出版(1981年に改訂)。探偵は信一少年。脳性マヒをもっていて、自立運動ができるのは右手の一部。たまたま知り合った現職の刑事が少年に魅了され、毎日のように通う。事件の話を聞いた少年の慧眼が事件を解決…

野阿梓「凶天使」(ハヤカワ文庫) 「ハムレット」の大胆な読み直しがセラフィーによるジラフ追跡劇につながり、物語の壁が壊される。

小説の背景にあるのは、西洋の神秘主義。なので、上帝、天使、女神、竜など霊界の存在が説明抜きで現われ、彼らは地上界と行き来できる。名前はキリスト教由来のものもあれば、イスラム由来、ゲルマンやケルトの神話由来のもいたり。無節操ともいえるが、西…

貫井徳郎「プリズム」(創元推理文庫) 素人の荒っぽい捜査による多重解釈という知的遊戯。

小学校の若い女性教師が自宅で死体で発見される。睡眠薬を飲まされ(ホワイトデーのお返しのチョコレートに混入)、思いアンティークの時計が凶器だった。部屋の窓はガラス切りで開けられていて、複数の人物が事件の前後に侵入したらしい。とりあえずの容疑…

二階堂黎人「名探偵の肖像」(講談社文庫)「対談 地上最大のカー問答」にはよいところはある、だけどわるいものもある。

1993年発売直後に「聖アウスラ修道院の惨劇」を読んだのだが、エーコ「薔薇の名前」を表層だけなぞると、こんなにうすっぺらになるかと怒って投げ捨て、ずっと読んでいなかった。それから四半世紀をへての再会。 ルパンの慈善 ・・・ ルパン物のパスティーシ…

森谷明子「千年の黙(しじま)」(創元推理文庫) 宮廷では政治(祭祀と人事)では女性の出番はない。そこにおいて物語を書くことは政治的な行動だった。

この国の奈良から平安の王朝を舞台にするのがサブカルで行われるようになったのは、大和和紀「あさきゆめみし」や山岸凉子「日出処の天子」の1980年代初めのころであったか。この森谷明子「千年の黙」2003年は上にあげた漫画に触発されているのではないか、…

東川篤哉「館島」(創元推理文庫) 孤島に建てられた館の密室殺人事件の謎解きより、先行作はなにかが気になった。

サマリーを書くのも面倒なので、版元の紹介文を使用。 「天才建築家・十文字和臣の突然の死から半年が過ぎ、未亡人の意向により死の舞台となった異形の別荘に再び事件関係者が集められたとき、新たに連続殺人が勃発する。嵐が警察の到着を阻むなか、館に滞在…

恩田陸「木漏れ日に泳ぐ魚」(文春文庫) 荷物を運び出した後の安アパートで、コンビニで買ってきた総菜で酒を飲むという風景のわびしいこと

サマリーを書くのも面倒なので、出版社のものを引用。 舞台は、アパートの一室。登場人物は、一組の男女。あの男の最期の姿、子供の頃の思い出——夜を徹して語り合ううち、共有する過去の風景に違和感が混じり始める。2人の会話のみで展開する濃密な心理戦、…

柳広司「はじまりの島」(創元推理文庫) 博物学航海は進化論の始まりで、植民地主義の開始。

一時期進化論の本をある程度読んだので、ダーウィンは気難しく偏屈で陰気な人物というイメージを持っている。なので、本書にでてくる20代前半のダーウィンの快活さや他者への配慮、なにより活動的な社交性には違和感があった。でも最終章で、引きこもりにな…

柳広司「吾輩はシャーロック・ホームズである」(角川文庫) 合理と論理が正しいかどうかは、合理と論理の外にいるアウトサイダーの視線が必要。

夏目漱石はロンドン留学中に「猛烈の神経衰弱」にかかり、友人・知人はとても心配していた。その時、夏目は心理療法として通俗文学を読みふけり、おりからの流行小説である「シャーローク・ホームズ」譚に入れ込んだ。日常のふるまいから言葉使いまでホーム…

柳広司「キング&クイーン」(講談社文庫) トラウマを持つSPと社会不適応な天才チェスプレイヤーの邂逅。この国のリアルに沿ったお伽話。

版元の紹介文はざつなので、amazonのものを利用。 「「巨大な敵に狙われている」。元警視庁SPの冬木安奈は、チェスの世界王者アンディ・ウォーカーの護衛依頼を受けた。謎めいた任務に就いた安奈を次々と奇妙な「事故」が襲う。アンディを狙うのは一体誰なの…

有川浩「明日の子供たち」(幻冬舎文庫) 児童養護施設の問題は、予算不足(スタッフの疲弊)、卒園後の支援不足、周囲の無理解。

児童養護施設は児童福祉法によると、「児童養護施設は、保護者のない児童、虐待されている児童など、環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設」だとのこと(w…

黒川博行「破門」(角川文庫) 21世紀の長期停滞・不況のせいでノワール小説はせちがらくなっている。

中年の建設コンサルタントがいる。新規プロジェクトの際には、土地の買収やら建築会社の人夫手配やらのもめごとがあり、それの解決には大阪という土地柄やくざの力を借りねばならない。そのためやくざと腐れ縁ができ、時々持ち込まれてくる儲け話はいつもも…

周木律「五覚堂の殺人」(講談社文庫) ホフスタッター「ゲーデル・エッシャー・バッハ」の完全ミステリー化、かな?

「堂」シリーズの第3作という。これを最初に読んだので、背景がよくわからない。たぶん沼四郎なる建築家がたてた奇妙な建物で独立した殺人事件がおきる。事件がおきると、善知鳥神(うとうかみ)という女性が十和田只人(ただひと)というエルデシュ(ポール…

湊かなえ「ユートピア」(集英社文庫) タイトルは夜郎自大で大げさ。男はうっとうしさと甘えと暴力性をもっていると女からみられている。それは正しい。

都会の人たちが田舎暮らしにあこがれる。その町のはずれには、芸術家が集まる一角があって、創作と販売の活動を行っていた。街の人々も緩く支援している。でも、何ごとかを起こすと波風がたつ。それも、かつて殺人事件が起こり、その犯人のひとりが逃亡して…

湊かなえ「ポイズンドーター・ホーリーマザー」(光文社文庫) 事件に巻き込まれたり、事件の当事者を知っている女性のナラティブ。

事件に巻き込まれたり、事件の当事者を知っている女性のナラティブ。 マイディアレスト ・・・ 妊婦殺害事件の調査聞き取りの記録。父の存在が薄く、独占欲の強い母にネグレクトされ、勘気の強い妹にバカにされている、空想癖のある女性。疎外が強まるにつれ…

村田沙耶香「コンビニ人間」(文春文庫) ドスト氏「地下室の手記」第2部の思想性のない女性版。

感想が書きにくいなあ。悪口をいいだしたらとめどなくなりそうだけど、そうすると自分の社会や他人に対する偏見をあらわにすることになりそう。なので、ブッキッシュな話題で韜晦することにしよう。 他人と道徳や規範を共有していなくて、他者危害をしてしま…

池井戸潤「アキラとあきら」(徳間文庫) 21世紀のゼロ年代にはうまくいきそうな経営判断は10年代の低成長と諸外国の伸長では成功するかなあ。

零細工場の息子・山崎瑛と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向…

佐伯泰英「万両ノ雪 居眠り磐音(二十三)決定版」(文春文庫) 時代小説は日本的な英雄を主人公にしたホームドラマ。テーマは現状維持で政権擁護。

新聞広告でこのシリーズの宣伝が派手に行われているのを見てきたが、興味をひかれたことはない。なぜか手元に回ってきたので、読んでみた。このシリーズの23巻ということだが、その前がどうなっているかは知らない。 「磐音不在の江戸を島抜け一味が狙う!/…

東野圭吾「虚ろな十字架」(光文社) 犯罪者を更生できない司法制度を「虚ろな十字架」と呼ぶのだが、俺に言わせれば虚ろなのは本書のほう

サマリーをしっかり書く気にならないので、wikiを参照。あいにく出版社の紹介ページに書かれたものは雑すぎて引用に堪えない。 「11年前、娘を強盗に殺害された中原道正は、当時の担当刑事だった佐山の訪問を受け、今度は離婚した元妻の小夜子までも刺殺され…

東野圭吾「人魚の眠る家」(幻冬舎文庫) 身体に対する決定権をだれが持つかというテーマがありそうだが、そこまで到達しないまま事件は終わった

医療用機械を製造しているメーカーの社長一家。円満な夫婦に見えたが、亀裂がある。離婚しようかという話のさなか、娘4歳がプールでおぼれ脳死と判定された。脳死を認められない妻は、娘を引き取って介護をし、社長は自社の開発チームの一部を娘の機能回復を…

エルンスト・F・シューマッハー「スモール イズ  ビューティフル」(講談社学術文庫) 経済学にしては内容が薄く、哲学にしては粗雑だが、不安を持っている人々の気分と行くべき方向を示してベストセラーになった警世の署。

10年前の初読では経済学にしては分析が甘いし、哲学にしては考えが粗雑で保守的だし、どこがベストセラーになったのか不思議に思ったものだ。今回の再読では、ある程度理由が分かった。 シューマッハは1911年ドイツのボン生まれ。経済学を学び、のちにケイン…

ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-1 20世紀初めの市場の失敗、後半の政府の失敗の経験を通じて、市場と国家の線引きや関係を考え直す。

スミスやマルクスの経済学には国家が(ほとんど)登場しないが、20世紀以降、国家は市場に介入するようになる。1930年代の世界不況で市場が失敗してから。市場では利益のでない事業を国家が行うようになり、国家は福祉サービスを提供した。これは自由主義経…

ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-2 アメリカと西ヨーロッパ以外の国。戦争による荒廃と不況から脱出するには、国家の指導と支援が必要だった

2020/11/17 ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-1 1998年続き 上巻の後半は、アメリカと西ヨーロッパ以外の国々をみる。WW2以前から資本に乏しく、金融制度が不十分で、自国内の技術革新が見込めない国々は、戦争による荒廃と不況…

ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-1 計画経済から市場経済に移行するにあたって、政治体制の変化が起きた国を概観する。

2020/11/16 ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-2 1998年の続き 下巻の前半の章は、計画経済から市場経済に移行するにあたって、政治体制の変化が起きた国を概観する。変革、改革、革命などさまざまな手法によって政治体制が変化し…

ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-2 福祉国家や社会民主主義、あるいは資本主義は、国家によって形態が様々。21世紀に経済はグローバル化し、国家は閉鎖的になる。

2020/11/13 ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-1 1998年の続き 福祉国家や社会民主主義、あるいは資本主義は、国家によって形態が様々。本書だけをみても、どの産業を国家が所有するかはとても違いがある。イギリスでは炭鉱が、フ…

ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」(ランダムハウス講談社)-1 「覆面経済学者」が市場で人々が行う行動を観察して、経済学の知識で解釈する。

原題は「Undercover Economist」で作中では「覆面経済学者」と訳される。市場(マーケットだけではなく金融市場も)を訪れて、人々が行う行動をみて、それを経済学者の知識で解釈する。もちろん個々人の行動や選択は千差万別でランダムであるが、ある程度の…

ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」(ランダムハウス講談社)-2 先進国の豊かな社会で成功した人なので、論調も市場経済を擁護する保守的なもの。

2020/11/10 ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」(ランダムハウス講談社)-1 2006年の続き 後半は雑多なテーマ。大きくみると、市場の失敗の克服というところか。 第6章 合理的な狂気 ・・・ 予測可能な情報を収集して合理的に思考すると、予測不可能…

橋本努「経済倫理 あなたは、なに主義?」(講談社選書メチエ) 経済倫理のイデオロギー8つを比較検討。著者の作った48の質問に答えて、政治的自由度と経済的自由度の評点を作ろう。

自分の主義主張を言語化して、一貫した形式(イデオロギー)にしてみよう。首尾が一貫していると他人への説得力が増す。とはいえ、イデオロギーは環境に規定されていて、考えるたびに変化する。首尾一貫そのものには価値がないので注意。判断や是非をつけら…

北山俊哉/真渕勝/久米郁男「はじめて出会う政治学 -- フリー・ライダーを超えて 新版」(有斐閣アルマ)-1 大学の新入生向けテキスト。前半は政治と経済と社会について。

大学の新入生向けテキスト。高校までの覚える授業から考える講義になるにあたって、大学生が自発的・積極的に政治をみられるようにする。そのために卑近な日常のできごとがイントロになり、そのあとに考える枠組みを提示するという仕掛けになっている。もと…