odd_hatchの読書ノート

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開高健

開高健 INDEX

2017/06/20 開高健「過去と未来の国々」(光文社文庫) 1961年 2017/06/19 開高健「声の狩人」(光文社文庫) 1962年 2013/12/25 開高健「ずばり東京」(光文社文庫) 2013/08/01 小田実/開高健「世界カタコト辞典」(文春文庫) 2012/08/25 開高健「渚から来…

開高健「過去と未来の国々」(光文社文庫)

1960年春に日本の作家が中国に招かれる。この本によると参加者は、野間宏団長、竹内好(か実)、松岡洋子、西園寺公一、大江健三郎、開高健。ほかにもいたかもしれないが、名前は出てこない。正式な国交はないので、入国にしてかの国の事情を知るのが極めて…

開高健「声の狩人」(光文社文庫)

1959-1961年にかけて、著者は外国旅行を精力的に行っていた。ヨーロッパと東欧、ソ連、中国に限られるが。そのときの体験を雑誌「世界」に連載。その後手を加えて1962年に岩波新書に入れた。これは光文社文庫の復刻版。 一族再会 ・・・ 建国10数年目のイス…

開高健「私の釣魚大全」(文春文庫)

1964-65年にかけてベトナムに行き、その経験を蒸留して長編小説に仕上げる算段であった。「渚から来るもの」は書けたが満足いかず、「輝ける闇」を書こうにも書けない。自宅の書斎やホテルで悶々としているなか、ある雑誌から魅力的な提案を受ける。各地の釣…

開高健「紙の中の戦争」(岩波同時代ライブラリ)

1965年と1968年にベトナムに行き、戦争を体験してきた著者が紙に書かれた戦争を渉猟して、作品と作家を見るというもの。この時期に、著者は「輝かしい闇」「夏の闇」など自分の戦争体験を文学化するのに四苦八苦、苦慮していた。 深沢七郎「笛吹川」の場合 …

開高健「フィッシュ・オン」(新潮文庫)

1969-70年にかけて、作家がカメラマン秋元啓一といっしょに世界をめぐって釣りをした記録(文庫のカバーデザインは柳原良平なので、作家の知己が集まっている)。週刊朝日に連載されてのちに単行本にまとめられた。 1968年に西ドイツの釣具店でルアーを教え…

開高健「白いページ I」(角川文庫)

1971-72年に雑誌に連載されたエッセイ。1975年に単行本化。 飲む ・・・ うまい水について。都市ないし国のある種のレベルを測る指標となる。食べる ・・・ うまいもの。とれたての松葉ガニの肉。路上で食べる中華がゆ。東南アジアの焼き飯。続・食べる ・・…

開高健「白いページ II」(角川文庫)

1973-1975年に雑誌に連載されたエッセイ。1975年に単行本化。ほかの未収録文を集めた「白いページ III」があるそうだが、これは未入手。 遠望する ・・・ ミュンヘンオリンピック(1972年)のイスラエル選手団へのテロ事件。その後の推移をピタリと予測。…

開高健「オーパ」(集英社文庫)

ブラジルがこの国の人々に注目を浴びるようになったのは、バブル時代に多くのブラジル人が出稼ぎに来たことと、スポーツの活躍(1990年代半ばに日本人格闘家がブラジル人格闘家に惨敗したのと、1996年アトランタオリンピックで日本のサッカーチームがブラジ…

開高健「もっと遠く! 上下」(文春文庫)

1979年作家48歳。右手のしびれ、肩の疼痛に悩み自分をポンコツと言いながら、アメリカ大陸を縦断して各地で釣りをする。総計九か月に及ぶ旅。「もっと遠く!」は北アメリカ大陸編。アラスカ―カナダ―USAをめぐる。相棒は出版社が指名した若者にカメラマン。作…

開高健「もっと広く! 上下」(文春文庫)

「もっと広く!」はラテン・アメリカ編。1979-81年ではこの用語は人口に膾炙していなかったと見える。自分もそうで、この言葉を知るのはガルシア=マルケスやボルヘスなどを読むようになった80年代後半。なので、メキシコがこちらにはいっている。無理やりこ…

開高健「食卓は笑う」(新潮社)

戦後の海外映画を見る楽しみの一つが、レストランの食事場面。着飾った紳士淑女がワインやシャンペンのグラスを取り、銀のフォークやナイフで大きな皿にきれいに並べられた肉や魚を食べ、バターをパンにつける。こういう西洋の上流階級の食事の風景は、この…

開高健「オーパ アラスカ編」(集英社文庫)

北南アメリカ縦断の釣旅行は、すばらしい成果をあげた。「もっと遠く」「もっと広く」にまとめられたエッセイと写真は大きめの版で印刷され、高額ではあってもよく売れた。そのとき作家は50歳。体力にいくつか問題を抱えていても、気力は充実していた。とは…

開高健「生物としての静物」(集英社文庫)

タイトルは「いきものとしてのせいぶつ」と読む。著者が書斎とアウトドアで精選し、使い込み、壊し、修理し、繰り返し購入して、ほとんど身体そのものになった<もの>をメーカーやブランド、商品名といっしょに紹介する。ものはほとんど身体であり、各所に…

開高健「風に訊け」(集英社文庫)

週刊プレイボーイは1966年の創刊以来、自分のみたところ、都会の男子高校生と田舎から出てきた男性大学生をターゲットにして、「大人」にするための指南書として機能してきた。ときに政治を話題にすることがあっても(2015年夏の安保法制でなんどか特集を組…

開高健「オーパ アラスカ至上編」(集英社文庫)

前回(オーパ アラスカ編で、たぶん1984年)の翌年1985年に、アラスカ再訪。目的はキング・サーモンとブラックバスのトロフィーサイズ。場所を変えてレッドサーモン。これらの魚がわれわれの食卓に上るとき、サイズはフライパンに入る程度で、このサイズが最…

開高健「オーパ モンゴル編」(集英社文庫)

「オーパ」シリーズは「世界の名だたる淡水魚(それも肉食魚)をルアーで釣る」というコンセプトで、世界各地に出かけるシリーズ。それより前の「私の釣魚大全」「フィッシュ・オン」から「もっと遠く」「もっと広く」も含めてほとんど世界の大陸を制覇して…

開高健「ベトナム戦記」(朝日文庫)

作家は1964年末から1965年初頭の100日間をベトナムに過ごした。北の共産党が反抗を組織し、南の解放戦線が独立戦争を開始した。アメリカの支援を受けた政府があったが誰も信用していなくて、南ベトナム軍の将校は定期的にクーデターを起こしていた。金のある…

開高健「ずばり東京」(光文社文庫)

1963年から1964年にかけて「週刊朝日」に連載されたルポ。毎回15枚くらいで、東京のあちこちにでかけて現在進行していることをデッサンするという仕事。競馬場の下から都庁(有楽町駅前にあったころ)の上まで。紙芝居屋や河渡しから工業倶楽部のトップまで…

小田実/開高健「世界カタコト辞典」(文春文庫)

1965年初出。海外渡航が自由になってから、積極的にいろいろな国を訪問してきたふたり。小田実は「何でも見てやろう」にあるように貧乏旅行で世界一周をして、そのあと平和運動などにかかわるうちに外に出ていくことが多かった。開高健は文学者の集まりが各…

開高健「最後の晩餐」(文春文庫)

1977年に刊行されているので、初出はその2-3年前の「諸君!」の連載。著者はこの本以外にも、多くの食に関するエッセイを書いている。とりわけ世界中で釣りをするという旅行兼スポーツ実践記では、当地の食べ物のことがでていた。そういえば、作家専業になる…

開高健「知的な痴的な教養講座」(集英社文庫)

1987年あたりに週刊プレイボーイに連載されたエッセー。この雑誌は軽薄でありながら、ときに知的エンターテイメントを登用することがあり、著者とか小田実とかそういう進歩的知識人(死語だな)の連載があったのだった。 一回せいぜい5から8枚と見える短い作…

開高健「渚から来るもの」(角川文庫)

もとは1966年1月から10か月間朝日ジャーナルに連載された小説。ずっと単行本化されなかったので、1970年代に新潮社が出した「全仕事」には収録されていない。単行本になったのは1980年で、1983年に文庫化。 東南アジアの架空の国アゴネシア。1940年までフラ…

開高健「歩く影たち」(新潮文庫)

兵士の報酬 ・・・ ベトナムのCゾーンで大隊ほぼ全滅の戦いから生還した日本人記者の3日間の休暇。アメリカの曹長と食い、飲み、買う。休暇が終えていないのに、曹長は戦場に戻るという。「渚から来るもの」の終わったところから始まるノヴェル。ストーリー…