odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ガボリオとボアゴベ

黒岩涙香「紳士のゆくえ」明治24年(別冊幻影城「黒岩涙香集」から全文採録)

紳士のゆくえ 黒岩涙香 一 不思議、不思議、煙の如く消え失せて更にゆくえの知れざる一紳士あり。 甲「何処へ行った」 乙「夫が分らぬから不思議じゃないか」 甲「何処で居なくなった」 乙「夫も分らぬ」 甲「ではまるで消えて仕舞った様な者だネ」 乙「爾々…

エミール・ガボリオ「バティニョールの爺さん」(KINDLE)牟野素人訳 発端-現場調査-関係者事情聴取-行き詰まり-再検討-新たな希望-真相という探偵小説のフォーマットに則った佳品

2012年ころから牟野素人さんがエミール・ガボリオの翻訳を進めていて、AmazonKindleで読むことができる。 wikiによると、エミール・ガボリオの長編のうちルコック探偵ものは次の6編。 1.ルルージュ事件 L'Affaire Lerouge(1866年):ボードレールが仏訳し…

エミール・ガボリオ「女毒殺者の情事」(KINDLE)牟野素人訳 1665年のバスティーユ監獄を舞台にした犯罪小説。19世紀の探偵小説は脱獄トリックに関心を持つ

原題「毒殺者の恋(バスティーユの悪魔) Les Amours d'une empoisonneuse(1863年)(牟野素人の翻訳タイトルは「女毒殺者の情事」)は、ルコック探偵ものを書く前に書かれた歴史小説。1665年11月15日という日付が書かれていて、ルイ14世の時代であることが…

エミール・ガボリオ「ファイルナンバー113:ルコック氏の恋」(KINDLE)牟野素人訳-1 要塞のような大金庫からの大金盗難事件

原題Le Dossier 113は1867年に出版された。本邦では明治23年に黒岩涙香翻案で『大盗賊』の題で出て、ほかに戦前に複数の翻訳があった。戦後の翻訳はこれだけ。 186*年2月28日火曜日(日付と曜日が合うのは1860年と1864年と1869年)、両替商フォヴァル氏は仰…

エミール・ガボリオ「ファイルナンバー113:ルコック氏の恋」(KINDLE)牟野素人訳-2 20年前の三角関係が今を苦しめる

2023/07/20 エミール・ガボリオ「ファイルナンバー113:ルコック氏の恋」(KINDLE)牟野素人訳-1 要塞のような大金庫からの大金盗難事件 1867年の続き 続いて事件の前日譚が始まる。ここで「第1部」とされるのは、2巻物の下巻だからであろう。 時は1841…

エミール・ガボリオ「オルシバルの殺人事件」(KINDLE)牟野素人訳 19世紀の新聞小説は犯罪トリックより人間関係が反転するのに興味を見出す

1867年にでたルコック探偵ものの第3長編。原題 Le Crime d'Orcivalからすると「オルシヴァルの犯罪」のほうがただしそうだが、ここでは別タイトルになっている。過去には明治22年・丸亭素人訳『大疑獄』、昭和4年・田中早苗訳『河畔の悲劇』がでて、おそらく…

エミール・ガボリオ「他人の金」(KINDLE)牟野素人訳 放蕩息子も極悪おやじの悪行を見れば改心するという教訓小説、かな。

「他人の金」とは、強欲のファヴォラルが信用詐欺で一攫千金を夢見たことのいいであるが、この小説のキャラはみな金に執着している。持っている者はより多く獲得しようとし、持っていないものはなんとかして獲得しようとする。資本主義の勃興期を終えたとな…

ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1860年代の殺人事件ではすでに科学的捜査が行われている。ホームズ譚によくあるギミックはすでに出そろっていた。

前回から干支をひとまわりして再読。 odd-hatch.hatenablog.jp 150年前の小説なので、ある程度詳しくストーリーを紹介することにしよう。 パリのうらぶれた居酒屋で深夜、銃声が聞こえる。駆けつけた警察官のみたものは、3人の男の死体と銃を持った一人の男…

ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-3  二世代にわたるロマンス。親の世代の恨みつらみとこの世代の愛憎関係は正反対。頑張るほどに生きにくくなる。

2022/05/11 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1869年の続き 1815年の「ワーテルローの戦い」でナポレオンが失脚。すると、王党派が権力の奪還に来るのである。フランス革命以来、四半世紀近く放逐されていたセルムーズ侯爵領はラシュメール一家が管…

黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-1 原作はボアゴベの「ルコック氏の晩年」。吉川英治と乱歩がのちにリライトした。

黒岩涙香が1891-92年にかけて「都新聞」に連載した(いや単行本化したときに1回分脱落したとのこと。旺文社文庫版(全129回)は脱落した版とのこと)。このとき涙香31歳。契約の多い月初めからの連載なのは、いかに涙香が原作にほれ込んだかの証。もとはフォ…

黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-2 パリで見つかった死美人。容疑は息子にかかったので、老探偵は重い腰を上げる。

2022/04/29 黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-1 1891年 鳥羽(トリハ)探偵は英国出身でしきりに両国を行き来するとか、英国のレビュー団がフランスを巡回巡業しているとか、英国のウィスキー会社がフランスで営業しているとか、両国の民間交流はさかん。当…

黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-3 息子の処刑に老探偵は間に合うか・・・。1891年の日本人は現在と大差ない文章で会話していた。

2022/04/29 黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-1 1891年2022/04/28 黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-2 1891年 入手が極めて困難。若い読者には難読。すでに100年以上前の出版。なのでほぼすべてのストーリーを記しておく。でも、細部にある風俗、習慣、服…

黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-1 原作はボアゴベの「サン・マール氏の二羽のつぐみ」か「The Iron Mask」。ときは17世紀後半、太陽王ルイ14世の時代。

黒岩涙香31歳のときに(明治25-26年1892-93年)、万朝報に全138回で連載された。二人の鉄仮面の正体はだれか、二人の後を追う波乱万丈の冒険、謎の髑髏の怪人等で興味を引き、最後に驚愕の真相が明らかになるなど大好評を博した。戦後もなんどか単行本化され…

黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-2 1672年2月ルイ14世の圧政に反抗する貴族・有藻守雄は鉄の仮面をつけられて幽閉される。妻バンダは解放に奔走する。

2022/04/25 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-1 1893年 1672年2月。長年のルイ14世の圧政は一部の貴族の反感を増やしていた。パリは王の配下のルーボア(涙香は日本名にしているがめったに使わない文字はカナ表記にする)が密偵を放っているので活動は制限…

黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-3 盟友・家臣・支援者がことごとく捕らわれても、妻バンダの愛と貞淑は30年以上も揺らぎはしない。

2022/04/25 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-1 1893年2022/04/22 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-2 1893年 梅真(ばいしん)処刑の日から8年たった1681年。辺境ピネロルの監獄に、典獄・仙頭麻有(せんとうまある:サン・マール)がいた。もともとはパ…

ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫) フランスの最も初期に書かれた探偵小説のひとつ(1869年)。ありふれた強盗殺人に隠されたフランス革命以来の確執。

パリのうらぶれた居酒屋で深夜、銃声が聞こえる。駆けつけた警察官のみたものは、3人の男の死体と銃を持った一人の男。容疑者は自分が行ったことだと説明した。誰もがありふれた強盗殺人事件と考えた。しかし、野心に燃える若い警官はその事件の背後に隠され…