odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2016-02-01から1ヶ月間の記事一覧

J・G・バラード「永遠へのパスポート」(創元推理文庫) 1963年刊行の第3短編集。当時のモダニズム建築を意識したアンチ・モダニズムSF。

1963年刊行の第3短編集。 The Man On The 99th Floor 九十九階の男 (1962) ・・・ 99回まで登るとその先に行けなくなる憂鬱症の小男。それでいて100階のビルに上ろうとする。小男の強迫観念は後催眠暗示なのではないか。治療している精神科医はそのように考…

J・G・バラード「時間都市」(創元推理文庫) 1962年刊行の作者の第2短編集。エントロピーの最大化による熱死が必然なので、あらゆる行動は無意味と考える人たち。

1962年刊行の作者の第2短編集。 Billenium 至福一兆 (1961) ・・・ 人口増が進み、都市は大混雑。一人あたりの居住スペースは4平方mに制限されている。道は身動きがならず、食堂に行くのもいのちがけ。そのような状況で青年はアパートに広大なスペース(と…

J・G・バラード「時の声」(創元推理文庫) 1962年刊行の作者の第1短編集。異常な事態に遭遇したら間違っているのは世界ではなく〈この私〉と懐疑する人たち。

1962年刊行の作者の第1短編集。 The Voices Of Time 時の声 (1962) ・・・ ストーリーを要約するのではなく断片を勝手に並べるようにして。生物学者がプールの底に幾何学模様を延々と描いている。昏睡状態になった患者が終末医療施設に数千人も収容されてい…

横溝正史「恐ろしき四月馬鹿」(角川文庫) 作家がデビューしてから新青年の編集長になるまで(1921-1925年)の短編。モダニズムの文章は今でも古びていない。

作家がデビューしてから新青年の編集長になるまで(1921-1925年)の短編を収録。ずっと絶版だったが(これは高校生の時に購入)、Kindle版が廉価で販売されるようになった。まずはそのことを言祝ぎたい。 恐ろしき四月馬鹿 1921.04 ・・・ 中学校の寄宿舎で…

横溝正史「山名耕作の不思議な生活」(角川文庫) 新青年編集長時代(1927-1932)に書いた短編。一人称の内話、告白、おしゃべり、性別を変えた語り、三人称などナラティブの実験中。

作家が新青年編集長時代(1927-1932)に書いた短編を収録。ずっと絶版だったが(入手に苦労した)、Kindle版が廉価で販売されるようになった。まずはそのことを言祝ぎたい。 なお所収のうち、「犯罪を猟る男」「あ・てる・てえる・ふいるむ」「角男」は乱歩…

横溝正史「翻訳コレクション」(扶桑社文庫)「二輪馬車の秘密」 1886年にオーストラリアで出版された古い長編探偵小説の翻訳。エンディングの2バージョンを収録。

もう一編はファーガス・ヒュームの「二輪馬車の秘密」(1886年)。彼の最初の作で、オーストラリアで出版され、翌年ロンドンででて大人気になったそうな。中学生の時からタイトルになじみがあり、なぜこんな古い探偵小説を知っているかというと、江戸川乱歩…

横溝正史「翻訳コレクション」(扶桑社文庫)「鍾乳洞殺人事件」 平凡なミステリーだが、のちに鍾乳洞は翻訳者のお気に入りの場所になった。

巻末に横溝正史の翻訳リストが載っていて、新青年の編集長時代から昭和15年ころまでに長編・短編を多く訳している。ほとんどは短編だが、そのうちの本格探偵小説長編を収録したのが本書。まこと明治生まれのインテリは英語を独習し、翻訳できるほどに堪能だ…

横溝正史「蔵の中・鬼火」(角川文庫) 結核療養後に文体が変わる。「閉じ籠もり」の人たちに起きた悲劇。

新青年の編集長をやめ文筆一本で生きようとしたら、結核で一年間の療養。そのあとに書かれたものを収録。 鬼火 1935.02-03 ・・・ 信州・諏訪湖のほとりにある瘴気に囲まれた陰気なアトリエ。そこに放置された強大な裸婦像。その絵の背後に隠された妄執の物…

横溝正史「真珠郎」(角川文庫) 信州を暗躍する絶世の美少年にしてサイコパス。戦前の通俗長編の最高峰。

戦前の作品を集めたもの。結核も癒えて、創作欲が高まったのか、自分の書きたいスタイルを見つけたのか、筆が踊っていてとても面白い。 真珠郎 ・・・ 真珠郎を初めて見たのは、深夜。草色の洋服を着て、全身をずぶぬれにしている。周囲には蛍が乱舞し、真珠…

横溝正史「花髑髏」(角川文庫) 戦前に書いた通俗長編に短編。喀血以前の血気盛んなころの作。

作者が戦前に書いた通俗長編に短編。喀血以前の血気盛んなころの作。どこにも落ち着いたところはなくて、気ぜわしく物語を進め、とにかく楽しませようという心意気が心地よい。 白蝋変化 昭10.4-12 ・・・ 江戸からの老舗「べに屋」はお家断絶(?)の危機に…

横溝正史「刺青された男」(角川文庫) 昭和21-22年に書かれた短編。本格探偵小説のスタイルを試行錯誤中。

昭和21-22年(西暦よりもこちらのほうがふさわしい。1946−47年)に書かれた短編をまとめたもの。表紙の男装の麗人と巨魁は「刺青された男」の重要登場人物。 「神楽太夫」(1946.03) ・・・ 岡山に避難している探偵小説家、山の中で道に迷い、世捨て人に出会…

横溝正史「ペルシャ猫を抱く女」(角川文庫) 昭和21-24年の短編集。「本陣」「蝶々」連載中にこれだけ量産していた充実期。

「刺青された男」に続く昭和21−24年の短編集。「本陣殺人事件」「蝶々殺人事件」の2長編を同時に連載し、これだけの短編を量産していたのだから、著者40-50代はいかに充実した時期であったことか。 「ペルシャ猫を抱く女」(1946.12) ・・・ 田舎の名家の美女…

横溝正史「蝶々殺人事件」(角川文庫) 殺し方の複雑さに感心するより、容疑者は一人だけで、その一人が犯人である難しい課題をクリアしたことを寿ぎましょう。

「蝶々殺人事件」1946年の探偵小説としての評価は同時代の坂口安吾「推理小説について」につきている。青空文庫にあるので、よむべし。 坂口安吾 推理小説について 最後のところにある「日本の探偵小説の欠点の一つは殺し方の複雑さを狙いすぎること」という…

横溝正史「八つ墓村」(角川文庫) 連続殺人鬼よりも異邦人や異端者に対する不寛容でリンチを開始する日本人のほうが恐ろしい。

岡山県と鳥取県の県境にある通称・八つ墓村。多治見家の東屋と野村家の西屋が村を仕切っている。「獄門島」「犬神家の一族」同様に、本家は傾きかけていて、分家が壮健であるというしだい。本家を次ぐべき長男は肺病と心臓疾患で明日をも知れぬ病持ち。他は…

横溝正史「女王蜂」(角川文庫) 「もはや戦後ではない」時代になると金田一ものは急速に色あせる。

伊豆の西にある月琴島にある大道寺家。戦後窮迫したので、総出で東京の分家に移ることに決めた。この家のややこしさは、19年前にさかのぼる。当時の当主の娘・琴絵は旅の大学生といいなかになり、子供を産んだ。その直後、大学生は転落死を遂げている。そし…

横溝正史「迷路荘の惨劇」(角川文庫) 70歳を超えた作者による過去の名作を換骨奪胎したパッチワーク。「何もかもみな懐かしい」

「迷路荘の惨劇」か……何もかもみな懐かしい……。と、ため息をつくのは二つの理由がある。 二番目の理由は、この小説が作者の過去の名作を換骨奪胎し、パッチワークのように作られているから。その前に、状況を確認しておくと、ながらく社会派推理小説の隆盛に…

大江健三郎「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」(新潮文庫) 「ここではない何処か」「ここより他の場所」に行きたいという脱出願望の短編集。

「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」新潮文庫と同じ内容であるが、自分の読んだのは新潮社版の「大江健三郎全作品 II-2」。なので、新潮文庫版とは収録作品が異なり、並び順が違う。この感想では、とりあえず新潮文庫にならう。「大江健三郎全作品 II-2…

大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-1「父よ、あなたはどこに行くのか」「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」 自ら幽閉生活に入った人たち。

「みずからわが涙をぬぐいたまう日」講談社文庫と同じ内容であるが、自分の読んだのは新潮社版の「大江健三郎全作品 II-3」。なので、講談社文庫版とは収録作品が異なる(たぶん講談社文庫版には「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」がない)。この感想で…

大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-2「月の男(ムーン・マン)」  「純粋天皇」にこだわる昭和40年代の「地下生活者の手記」

2016/02/04 大江健三郎「みずからわが涙をぬぐいたまう日」(講談社文庫)-1 続いて中編ふたつ。 みずからわが涙をぬぐいたまう日 1971.10 ・・・ 「かれ」は病棟に入院中。セロファン紙を貼った水中眼鏡を離さず、雇いれた「遺言代執行人(あるいは看護師)…

大江健三郎「同時代としての戦後」(講談社文庫) 「敗戦の現実に立ち、終末観的ヴィジョン・黙示録的認識を、その存在の核心におくようにして、仕事を始めた人びと」である戦後文学を読む。

1973年初出。「敗戦の現実に立ち、終末観的ヴィジョン・黙示録的認識を、その存在の核心におくようにして、仕事を始めた人びとこそを戦後文学者と呼びたい(P71)」。そのような戦後文学者の素描。 敗戦の日、ないしその前後に何をしていたか、その経験がその…

大江健三郎「洪水はわが魂に及び 上」(新潮社)-1

世界はいずれ(近いうちに)大壊滅にあうだろう。大地震か、核の爆発か、環境汚染の結果か、いずれとも決め難いのだが、その予兆はいたるところにあり、どうしがたいところまで来ている。なので、われわれは世界が壊滅し、人類が滅びるときに備えて、撤退の準…