odd_hatchの読書ノート

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武田泰淳

武田泰淳 INDEX

2012/04/21 武田泰淳「司馬遷」(講談社文庫) 2016/05/21 武田泰淳「「愛」のかたち・才子佳人」(新潮文庫) 1946年 2016/05/20 武田泰淳「ひかりごけ・海肌の匂い」(新潮文庫) 1950年 2016/05/19 武田泰淳「風媒花」(新潮文庫) 1952年 2016/05/18 武…

武田泰淳「「愛」のかたち・才子佳人」(新潮文庫)

この人の著作は、高校から大学にかけて数冊まとめて読んでいて、同じ戦後派にくくられる他の作家たちとはかなり異なるところで小説をものしているのに、驚かされ魅了されていた。もともと中国文学の専門家で、文壇に登場したのが、戦争下での「司馬遷」であ…

武田泰淳「ひかりごけ・海肌の匂い」(新潮文庫)

武田泰淳の短編のレビュー。ここでは、新潮日本文学42巻、講談社「われらの文学」、新潮社日本文学全集44巻の武田泰淳集を使った。並びは発表順で、ここでは1950年代前半の作品を取り上げる。 タイトルの文庫の収録作品とは一致しません。悪しからず。 異形…

武田泰淳「風媒花」(新潮文庫)

なんとも風変わりな「小説」。なにしろ途中で作者自身が「あまりに忠実に記録されたがために、かえって無数の人物の無責任な羅列のごとき観を呈する」というくらいなのだ。あまりにたくさんの登場人物、あまりにたくさんの事件。およそ要約不可能なうえに、…

武田泰淳「士魂商才」(岩波現代文庫)

武田泰淳の短編のレビュー。ここでは、新潮日本文学42巻、講談社「われらの文学」、新潮社日本文学全集44巻の武田泰淳集を使った。並びは発表順で、ここでは1950年代後半の作品を取り上げる。1960年代以降の作品はこれらに収録されていないので、割愛。 タイ…

武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-1

北海道に生まれた伊福部昭(1914-2006)は幼少時代(1920年代か)に、家の近くにあるアイヌの集落にいって、彼らの音楽を聞き、踊りを見る機会があった。それから35年後の1954年(作中に洞爺丸台風の記述があるので、この年とわかる)には極めて難しい。クラ…

武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-2

2016/05/17 武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-1 1958年 の続き。 小説の語り手は佐伯雪子という27歳の画家。アイヌの画を書きたいので、池博士にくっついて、道内のアイヌの人々と会う。画を依頼した商工会議所のえらいさんに酷評され、完成した絵は…

武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-3

2016/05/17 武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-1 1958年 2016/05/16 武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-2 1958年 の続き。 ・形而上的には「神の愛」について。アイヌの汎神論的な自然の神と、ミツが信仰するキリスト教の神。それらの神を捨てた…

武田泰淳「貴族の階段」(新潮文庫)

背景は226事件。何人かの作家は226事件に遭遇していて、埴谷雄高は予防検束で数ヶ月の獄中にいたときだったし、堀田善衛は慶応大学受験であったとか(その前日の夜にたぶん新交響楽団の演奏会を日比谷公会堂で聞いている)。まだ他にもいるはず。 どうもこの…

武田泰淳「十三妹」(中公文庫)

武田泰淳が、中国武侠小説のパスティーシュを書いていたというのは、これも新鮮な驚き。いや、そんなことは珍しいことではないのかもしれない。福永武彦が王朝を舞台にした陰陽師の話を書いているし(「風のかたみ」新潮文庫)、坂口安吾や大岡昇平がミステ…

武田泰淳「富士」(中公文庫)-1

富士山麓に桃園病院という精神病院がある(小説内の呼称をそのまま使います)。広大な敷地に多くの患者が集められている。太平洋戦争勃発の翌日から、収容キャパを超える患者が全国から送られてきた。「戦時体制」とかいう名目で、それまで家族介護であった…

武田泰淳「富士」(中公文庫)-2

2016/05/10 武田泰淳「富士」(中公文庫)-1 1971年 の続き。 エピローグとプロローグに挟まれた全18章の大作。エピローグとプロローグは「私」が書いている現在(48歳)のこと。章の中は太平洋戦争開戦から敗戦直前ごろまでのこと(「私」は途中で23歳とさ…

武田泰淳「富士」(中公文庫)-3

2016/05/10 武田泰淳「富士」(中公文庫)-1 1971年 2016/05/09 武田泰淳「富士」(中公文庫)-2 1971年 の続き。 たぶん主題は、人は誰かの役に立てるか(それが挫折したときにどうするか)なのだろう。桃園病院のステークホルダー(医療者、介護者、患者、…

武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-1

加行僧の生活を終え、穴山との決闘(@「異形の者」)もどうにかすました柳、当年19歳は、父が住職である浄土宗の大寺に戻る。かような経験をしたからといって、柳はなにかを得たわけでも悟ったわけでもなく、もちろん仏教の教義には背を向け、社会主義に興…

武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-2

2016/04/29 武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-1 1972年 の続き。 前のエントリーで見たように、複数のストーリーが同時に進行するのである。この小説の書き方で面白かったのは、それぞれのストーリーにおいて考え方や行動が対になるような人物が配置されてい…

武田泰淳「快楽 下」(新潮文庫)-1

2016/04/29 武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-1 1972年 2016/04/28 武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-2 1972年 の続き。 では大状況とか形而上的な世界は何かというと、ふたつ。これは柳の思考ないし内面に現れる。 ひとつは、仏教の快楽(けらく)について…

武田泰淳「快楽 下」(新潮文庫)-2

2016/04/29 武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-1 1972年 2016/04/28 武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-2 1972年 2016/04/27 武田泰淳「快楽 下」(新潮文庫)-1 1972年 の続き。 この大長編は1960年から1964年まで5年間連載して、未完のまま中断した。作者は…

武田泰淳「司馬遷」(講談社文庫)

中国の古典を読むときによくある失敗は、本の中に入り込みすぎ、しかも「神」のような超越的な場所から人物評をするということ。そうなると、項羽はどうこう、劉表はあれこれ、呂后はなんだかんだ、という具合に読者の身の丈を超えて、彼らを評価し、現代の…

武田泰淳「目まいのする散歩」(中公文庫)

老人の書く文章の中には、衒いも気取りもなく、技巧もまったく入っていないようなのに、その言葉の選び方と話の進め方がうまくて、とても真似ができないと思わせるようなものがある。たとえば、石川淳「狂風記」や金子光晴「どくろ杯」「ねむれ巴里」などが…