odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2022-11-01から1ヶ月間の記事一覧

宮本憲一「経済大国 昭和の歴史10」(小学館文庫)-1 1961年から1976年ころまで。バブル時代に書かれたので、経済の評価は大甘。

1961年から1976年ころまで(文庫は1989年だが、単行本は1982年)。著者も読者も経験した時代のことなので、著者は歴史学者ではなく、社会学者となった。多くの住民運動の調査の携わり、政府や官庁の資料には現れない情報が加わっている。一方、これまでのよ…

宮本憲一「経済大国 昭和の歴史10」(小学館文庫)-2 人間の孤立化アトム化が進行し、地域共同体が空洞化し、世襲により政治家の質が低下した。

2022/11/29 宮本憲一「経済大国 昭和の歴史10」(小学館文庫)-1 1989年の続き 通常1970年以降はなにもない時代とされるのだが、それは時代を象徴する事件がなかったせい(というか類似の事件が多すぎた)。実際はこの時代から人間の孤立化アトム化が進行し…

江戸川乱歩「探偵作家としてのエドガー・ポオ」(1949)(エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)から全文採録)

探偵作家としてのエドガー・ポオ 江戸川乱歩 1 推理三味(ざんまい) 探偵小説史は一八四一年から始まると云われているとおり、ポオの処女探偵小説『モルグ街』は、その年の四月フィラデルフィアの〈グレアム雑誌〉に発表されたのだが、彼はそれ以来一八四…

江戸川乱歩「カー問答」(1950)(ミステリマガジンNo255,1977年7月号から全文採録)

略歴 「あなたはカーがひどくお好きなようだから、いろいろお訊ねして見たいと思いますが、先ず彼の略歴から一つ」 「そうだね、僕も詳しいことは知らないが、ここにあるヘイクラフトの『娯楽としての殺人』(探偵小説史)と、やはりヘイクラフトの執筆してい…

最相葉月「絶対音感」(新潮文庫) プロの音楽家になるのに必須の要件ではないのに、日本では戦前からありがたがられている。

絶対音感は、ある音を聞くとそれに対応する音の名前を瞬時にあてることができるという能力。絶対音感をもっていると、一度フレーズを聞いただけでピアノで演奏できたり、楽譜と間違っている音をあてたりできるという。さらには聞こえる音がドレミで流れるば…

小澤征爾/広中平祐「やわらかな心をもつ」(新潮文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第3部「英雄の戦場」。現在進行中の仕事を抱えている日本人のいささか偏狭で屈折したプライド。

リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」になぞらえれば、第3部の「英雄の戦場」に当たる。第2部「敵」第3部「伴侶」に当たる著書は(たぶん)ないが、小澤征爾の半生にてらせば、N響事件が「敵」の章だろうし、その後バーンスタインやカラヤンに教えを乞…

小澤征爾/大江健三郎「同じ年に生まれて」(中公文庫) リヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」第4部「英雄の業績」の2。ウィーン歌劇場の音楽監督とノーベル文学賞受賞者の対談。

小澤征爾と大江健三郎は同じ1935年の生まれ。2001年にハーバード大学で名誉博士号を同時に受賞した。それを受けて二人の対談をが計画され、同年9月秋に行われた指揮者が主催する音楽祭で実施された。数年前に大江がノーベル文学賞を受賞したり、翌年に小澤が…

小澤征爾/村上春樹「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(新潮社) リヒャルト・シュトラウスの英雄の生涯」第5部「英雄の隠遁と完成」。指揮者の仕事はつねに「ワーク・イン・プログレス(試行錯誤中)」。

リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」になぞらえれば、第5部「英雄の隠遁と完成」にあたる。初出の2011年の前に、食道がんになり長期療養をすることになり、ステージにあがることはめったになくなった。本人がいうには「ひまになった」。それまで忙しく…

深水黎一郎「トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ」(講談社文庫) 日本初のオペラハウスで起きた演劇ものミステリー。オペラの現代的読み替えもミステリー的。

オペラには人が死ぬ話が多くあり、ときには舞台で殺されたりもする。ふと思いつくだけでも、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」「神々の黄昏」、ヴェルディ「オテロ」、ビゼー「カルメン」、ベルク「ヴォツェック」、ショスタコーヴィチ「ムツェンスク郡の…

深水黎一郎「花窗玻璃 天使たちの殺意」(河出文庫) ランス大聖堂で起こるフランス人の事件を造語能力の高い漢字を多用して記述する。

ランス大聖堂はフランスのゴシック建設で三本の指に入る名建築。これに魅了された少年(18歳をそう呼ぶのは躊躇したいが、ここではそう呼ぶしかない)が、大聖堂を調べる。そうすると、建築様式から始まって室内装飾、浮彫彫刻、ステンドグラス(タイトルの…

深水黎一郎「ジークフリートの剣」(講談社文庫) 日本の「恐れを知らない若者」がバイロイト音楽祭でゲルマンの英雄のように大活躍。

表層の物語は、「恐れを知らない若者」であるヘルデンテノール歌手・藤枝和行がバイロイト音楽祭の指輪チクルスでアジア人初のジークフリート(@ワーグナー)を歌うまで。上演開始の1か月前にバイロイト入りをして、練習を重ね(いちど舞台の装置が近くに落…

深水黎一郎「ミステリー・アリーナ」(講談社文庫) 犯人を決めつける前のシュレディンガーの猫的な状態を小説にする離れ業。

面白かった。でも、感想を書きずらい。というのも、筒井康隆の実験小説と同じように、作品のねらい、技法などが作中やあとがきに懇切丁寧に書かれているから。なので、付け加えることがほとんどない。 odd-hatch.hatenablog.jp odd-hatch.hatenablog.jp なる…

深水黎一郎「言霊たちの反乱」(講談社文庫) 言語遊戯を全編に展開する知力と体力に感嘆。マジョリティの差別感や他者への暴力容認に鼻白む。

言葉はたいていは発話者がコントロールしていて、言語ゲームの参加者の中では意味と記号が共有されている。ことになっているけれども、ときに、意味と記号がずれてしまって違和感を持つことがある。ホフマンスタール「チャンドス卿の手紙」では、この違和感…

野家啓一「パラダイムとは何か」(講談社学術文庫) クーン「科学革命の構造」より後のパラダイム論争のてごろなまとめ。

もとは1998年にでた単行本。トーマス・クーン(1922年7月18日 - 1996年6月17日)の翻訳は過去に二冊、できるだけ詳しく読んでみた。2013/02/13 トーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学術文庫)-12013/02/12 トーマス・クーン「コペルニクス革命」(…

青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」(講談社現代新書) ひとつしかない宇宙が人間に合うように作られたのではなく、無限ともいえる宇宙のなかにたまたま人間が生存可能な物理定数をもつものがあってそこに人間がいる、という考え。

人間はこの世界(宇宙)はどのようにできているかをどうにかして説明しようとしてきた。あいまいなままであるより、起源が明らかであり規則や秩序がわかるほうが安心できるからだ。古代の宇宙論や中世の占星術の試みの後、近世になって科学もそれにこたえよ…

サイモン・シン「暗号解読 上」(新潮文庫) 西洋、とくにイギリスは暗号好き。チューリングがひとりでブレークスルーを果たしたわけではない。

モルテン・ティルドゥム監督の「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」2014年をみたので、エニグマ解読のことを知りたくて本書を入手した。 映画はアラン・チューリングを主人公にして、彼の功績で解読に成功したように見せているが、実際は…

金子隆芳「色彩の科学」(岩波新書) 色をどう見るかは人間の個性がでて科学的な記述にはあまり向かないので、いかに指標化・平準化するかが色彩の科学の歴史。

色彩学は、物理学、化学、生物学、心理学、哲学などからのアプローチが可能でそれぞれの知見を積み重ねる学際(1980年代に文部省が広めようとした言葉)の学問なのだそうだ。著者は実験心理学の研究者なのだが、この啓蒙書ではもっぱら自然科学の研究史が振…

大山正「色彩心理学入門」(中公新書) 西洋の持つ価値観やバイアスが色にまとわりついているので、色彩を研究するときは注意してください。

以前、ゲーテ「色彩論」を読んだときに、本書が参考書として見つかった。 odd-hatch.hatenablog.jp 入手できたので読んでみる。 主要な関心はゲーテの論をどのように評価しているかというところ。ゲーテによるニュートン批判は物理学としては意味がない(や…

中西準子「水の環境戦略」(岩波新書) 水道システム全体のリスク管理を提案。リスクゼロは不可能で、別のリスクを生み出す。

長年、下水道研究に携わり、行政や学界から攻撃され研究費を削られてきた研究者が日本の水行政システムのおかしさを暴く。これまで著者は下水処理場を分散し、河川に戻して繰り返し使うことを主張してきた(しかし行政と学会は都市の大規模処理場にこだわり…