odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ドイツ文学

ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-1 13世紀初頭に成立したドイツ騎士物語の最高峰

1200~1210年に中世ドイツ語で書かれた古典を1970年代の日本語訳で読むのは、たとえば英訳された「平家物語」を読むようなものか。日本中世の武士の作法や暮らしぶりは他の本や映画などで想像できるのであるが、中世ドイツとなるとはてさて。そこでワーグナ…

ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-2 ワーグナー版「パルジファル」と同じ話かと思ったら全然違った

2023/06/06 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-1 13世紀初頭に成立したドイツ騎士物語の最高峰 1210年の続き 第9章「パルチヴァールとトレフリツェント」の章で、ワーグナー版ではあいまいだったことがすっかり開明する。 …

ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-3 パルチヴァールは聖杯城に入城するが、クンドリーもクンリグゾルも関係なかった

2023/06/05 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-2 ワーグナー版「パルジファル」と同じ話かと思ったら全然違った 1210年の続き パルチヴァールが放浪の旅を続けているとき、ガーヴァーンが魔術師クリンショルの作った魔法の…

ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-4 パルチヴァールの犯した罪は3つ。ワーグナー版からは予想もつかない。

2023/06/03 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ「パルチヴァール」(郁文堂)-3 パルチヴァールは聖杯城に入城するが、クンドリーもクンリグゾルも関係なかった 1210年の続き ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハの生涯は詳しいことはわからないらしい…

ゲーテ「若きウェルテルの悩み」(新潮文庫)-1 仕事につかないでいい人が暇や退屈の中から〈この私〉という自我を発見する

初読は男子校の高校生だったので、ウェルテルの苦悩などわからないも同じだったなあ。と往時を懐かしむ。 1774年ゲーテ25歳の時の出世作。1784年に改稿(新潮文庫は改稿後の版を翻訳したとのこと)。 第1部 ・・・ 1771年5月。この世に飽きているウェルテル…

ゲーテ「若きウェルテルの悩み」(新潮文庫)-2 「嫉妬するわたしは四度苦しむ。(ロラン・バルト)」

2023/05/30 ゲーテ「若きウェルテルの悩み」(新潮文庫)-1 仕事につかないでいい人が暇や退屈の中から〈この私〉という自我を発見する 1774年の続き 第2部 ・・・ ウェルテルくんは実家に帰って、公爵の仕事をするようになる。失恋の痛みは強く、「つまらな…

フレドゥン・キアンプール「幽霊ピアニスト事件」(創元推理文庫)-2 ドイツはロシア革命とナチス体験とグローバル化に翻弄され、失地を挽回しなければならない。

2018/11/08 フレドゥン・キアンプール「幽霊ピアニスト事件」(創元推理文庫)-1 2008年の続き 1949年の物語も同時に語られる。1940年、ポーランド出身の青年(主人公)たちがナチス隆盛期のドイツを逃れて。パリの社交界に入り込む。サロンがまだ残っていて…

フレドゥン・キアンプール「幽霊ピアニスト事件」(創元推理文庫)-1 1949年に死んだ青年が1999年に覚醒。学生寮に潜り込んで、自分の存在理由を徴させうる。

1999年、ある青年がドイツ・ハノーファーのカフェで目覚める。自分は1949年に死んだはずなのに。金は持っているので安心したが、50年で起きたインフレは途方もない。自分のできることであるピアノを弾くと、古めかしいテクニックと解釈(コルトーに似ている…

アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-1 東独併合と東欧イスラム移民と一緒に住むドイツの負担と不満。排外主義や偏見を持たないでいること。

説明にドイツ・ミステリーとあったので、即座に購入。自分が読んできたドイツ文学は1945年までだった(エンデの童話を除く)。19世紀ドイツのことは多少は知っているのに、現代ドイツをほとんど知らない。そこにフォーカスした読書になった。 笠井潔の矢吹駆…

アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-2 出自や国籍や民族が異なる人が犯罪を捜査し、撹乱する。日本の「書生の小説」にはない自立した大人がでてくる充実した小説。

2017/12/12 アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-1 1998年 フランクフルトに自動車で一時間先にある田舎町。広告代理店に勤めていた男パウル・ブルーマーが妻と離婚し、田舎暮らしを始めた。業界暴露本を準備しているが、昼間は自転車…

作者不詳「ペピの体験」(富士見ロマン文庫) WW1前に匿名者が書いた官能小説。ハプスブルク王朝最盛期を懐かしむ追憶の書。

1908年にウィーンで作者不詳で私家出版された好色文学。タイトルを直訳すると、「ヨゼフィーネ・ムッチェンバッヒュル――あるウィーンの娼婦の身の上話」となる。ペピはヨゼフやヨゼフィーネを呼ぶときの愛称とのこと。 まえがきには、ペピは1852年2月20日生…

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール「選集3 論文・エッセイ」(河出書房新社)-2 国民国家の統合理念が失われつつあるからドイツ精神に還ろうと「保守的革命」家は語った。

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール「選集3 論文・エッセイ」(河出書房新社)-1の続き 続けて、作家論や作品論。19世紀末の評論は読むのが困難。なにしろ対象の作品を読んでいない。読むことができない。アルテンベルク、グリルパルツァー、ジャン・パウ…

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール「選集3 論文・エッセイ」(河出書房新社)-1「チャンドス卿の手紙」 遅れてきたドイツという意識がインテリを呪縛する。

ホーフマンスタールはリヒャルト・シュトラウスの歌劇の台本を書いたことくらいでしか知らない。ドイツ-オーストリアの19世紀末には興味はあるが、おもに音楽に対してであって、文学評論にはむかっていない。そのうえ、最近、詩が読めなくなった。「理系」の…

エリヒ・レマルク「西部戦線異状なし」(新潮文庫)エリヒ・レマルク「西部戦線異状なし」(新潮文庫) 死を無価値化・無意味化する政治と戦争の愚かしさと恐怖を、即物的で淡々としたジャーナリスティックな乾いた文章でつづる。

19歳の少年ポウル・ボイメルはのちに第一次世界大戦と名付けられた戦争に動員される。10週間(短い!)の軍事訓練で、西部戦線に派遣され、フランスやベルギー軍と戦うことになった。同じクラスから数十人も招集されていて、すでに数名は戦死している。そこ…

トーマス・マン「詐欺師フェーリクス・クルルの告白」(新潮文庫) 19世紀に郷愁を感じる教養市民による「仮面の告白」

詐欺師フェーリクス・クルルの告白 ・・・ 2012年には光文社文庫で上下2巻の巨大な長編で翻訳されているが、1951年初版の新潮文庫では第1部と第2部(未定稿)だけが訳出されている。トーマス・マンは1875年6月6日生まれ、1955年8月12日没。ということなので、…

トーマス・マン「マリオと魔術師」(角川文庫) 1920年代北イタリアの避暑地はファシズムの胎動地

表題作ともう一作がはいった短編集。いずれも1920年代の不安と不況を反映した時代の物語。 マリオと魔術師1930 ・・・ 北イタリアの避暑地を訪れたドイツ人作家の一家。ある夜、魔術師が町の劇場で公演をするというので、一家総出で見に出かけた。この魔術師…

トーマス・マン「ベニスに死す」(岩波文庫) 老いたロマン派の芸術家は若く美しい芸術の神ミューズを絶対に捕らえられない。

高校生の時に「トニオ・クレーゲル」と併録された新潮文庫で読んだが、なんだかよくわからなかった。それ以来なので四半世紀ぶりということになる。一時期はマンの作品をよく読んだが、その緻密さに驚かされる一方で、なかなか作品世界の中に入っていけない…

フランツ・カフカ「城」(角川文庫) 「呼ばれた城に入れない」というシチュエーションを何度も繰り返す変奏曲形式の長編。

いやあ、読了するのに時間がかかった。購入は1993年で、手をつけてから100ページに行かないうちに読むことができなくなり、その後数十ページごとに挫折を繰り返した。ようやく残り250ページをここ数日のうちに読むことができたのだ。同じような体験は「審判…

ベルトルト・ブレヒト「三文オペラ」(岩波文庫) 1928年ワイマール時代のドイツ資本主義を風刺。道徳が逆転しもっとも徳から離れているキャラに幸運が与えられるのを笑おう。

「ドイツの劇作家ブレヒト(1898-1956)が音楽家クルト・ワイルと組んで、オペラの革新、戯曲と音楽との新しい融合を試みた作品。ロンドンの警視総監と結んだ盗賊の首領マクヒィスが、多くの冒険ののち、絞首台に上がるかわりに爵位と褒章を授けられるという…

フランク・ヴェデキント「地霊・パンドラの箱」(岩波文庫) 19世紀末ドイツ。中身空っぽなルるに男たちは自分の欲望を投影して勝手に自滅する。

1890年代に書かれた。「パンドラの箱」はわいせつ文書として摘発され、改稿を余儀なくされる。この戯曲そのものよりもアルバン・ベルクのオペラで有名になったと思う。ちなみに、ベルクはこの戯曲とハウプトマン「そしてピッパは踊る」のいずれを取り上げる…

ゲルハルト・ハウプトマン「沈鐘」(岩波文庫) 芸術家肌の職人に一目ぼれした山の妖精の悲劇。労働規範を遵守する勤勉な職業人はゲルマンのロマンには誘惑されない。

これまでの自然主義的な作風、社会の矛盾の摘出を目指していた劇がここで一変する。「織工」から2年後の1894年、作者36歳の作品。 登場するのは、鐘の鋳造家。よい音を作ることに執着した芸術家肌の職人ハインリッヒだ。かれが制作に絶望したとき、出会うの…

ゲルハルト・ハウプトマン「織工」(岩波文庫) 1844年に起きた機械破戒運動を元にした。植民地を持たないドイツは国内労働者を搾取した。

1844年に起きた機械破戒運動を参照して1892年にハウプトマンが作った戯曲。この国では1933年に築地小劇場で上演された(訳者久保栄はこの劇場の関係者)。 簡単に背景のおさらい。西欧の綿織物はインドの綿花をオランダ・ベルギーあたりが輸入し綿糸に加工。…

ゲルハルト・ハウプトマン「日の出前」(岩波文庫) 19世紀後半の遅れたドイツの社会悪の摘発を目指した文学運動。トンデモ科学で差別助長になった呪われた書物通して封印されるべき。

ごく簡単に紹介すると、1862年生まれの劇作家。デビュー当時は、自然主義的作風で社会批判を行うものであったが、次第にロマン主義や象徴主義が作品に反映されていく。とりあえず「日の出前」「織工」が前期の自然主義を代表するもので、「沈鐘」が象徴主義…

ゴートフリート・ケラー「村のロメオとユリア」(岩波文庫) 若い恋人たちが現状の不満や抑圧から逃げ、マジカルなパワー(月、魔術師)に当てられて死を決意した

以前聞いたオペラ(フレデリック・ディーリアス作曲)の原作を持っていたことを思い出して読んだ。130ページほどの小品。あいにく絶賛品切れ中(2003年当時)。概要は次のとおり。 風光明媚な南ドイツの山村に、マンツとマルチという農夫がいた。二人は村の…

フーケー「水妖記」(岩波文庫) ドイツの中世の民間伝承とゴシックロマンスのないまぜになった悲恋劇。同時代には受け入れられず、時を超えてフランス象徴主義詩人たちが再発見。

中世ドイツの湖に面した岬に住む老夫婦。15年ほど前に洪水にあって、幼い娘を亡くした。その数日後、美しい女の子が彼らの前に現れる。夫婦は彼女を自分の娘として育てる。周りに人のいないためか、彼女はきわめて自由奔放、天真爛漫、無邪気でいたずら好…

E.T.A.ホフマン「黄金の壺」(岩波文庫) 産業革命と資本主義化、官僚制の強化が社会の夢見る力を駆逐していく様も読み取れる傑作ファンタジー。

1814年の作。 どじな大学生アンゼルムスは復活祭の日にもうっかり市場の果物売りにぶつかって、売り物を台無しにしてしまう。醜い婆さんが罵倒とともに、クリスタルの壷に閉じ込めると呪いをつぶやく。さて、パイルマン教授の計らいで記録管理官リントホルス…

E.T.A.ホフマン「ホフマン物語」(新潮文庫) オッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」の原作短編3つ。「謎」と「解決」がある探偵小説の原型。

この文庫が出版されたのは昭和27年で、オッフェンバック「ホフマン物語」をまともに聞くことはできなかった。まだLPレコードもでていないし。まして、「顧問官クレスペル」に名前の出る古典派の作曲家は録音すらなかったのではないかな(タルティーニ「悪魔…

E.T.A.ホフマン「牡猫ムルの人生観」(岩波文庫) 牡猫ムルは一人称で語り、クライスラーの物語が三人称で進む。複数の文体をミックスした新しい文体で語ろうとした試み

上下巻を読むのに2年がかりになった。 ホフマンはクラシック音楽に深いかかわりがあって、没後数十年もしてから、チャイコフスキー「くるみ割り人形」やオッフェンバッハ「ホフマン物語」の原作になっている。シューマン「クライスレリアーナ」は、この小説…

「ほらふき男爵の冒険」(岩波文庫) 国民国家ができる前なので男爵はヨーロッパからトルコまで自由に旅をすることができた。

ほらふき男爵、ミュンヒハウゼン男爵の愉快な冒険は、子供のころから読んでいて詳細は良く知っているに違いない。あるいはテリー・ギリアム監督の映画「バロン」を見ているに違いない。なので、サマリーを書くこともないだろう。老年を迎えての読み直しをして…

「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(岩波文庫) ルネサンスも宗教改革も遠い先のドイツ中世民衆本。生まれたときに3回の洗礼を受けたトリックスターが死ぬまでにしでかした滑稽の数々。

この中世民衆本の成立はなかなかおもしろい。もともとは1515年版がもっとも古かったのだが、編集がずさんで低地と高地のドイツ語がごっちゃになっていた。そこで、1515年版のまえに低地ドイツ語の版があったと仮定されていたが、それが1970年代にそれより古…