odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

井伏鱒二

井伏鱒二「山椒魚」(新潮文庫) 戦前作品集。小説書きという札付き不良のほのぼの小説。いじましい小人物像はいしいひさいちの「バイトくん」を想起させる。

最初に読んだのは高校三年生の受験直前。ぜんぜん面白くなかった。老年に足を踏み入れた今読むと、とてもおもしろい。年齢によって受け取り方が違うというわけだな。なるほど、井伏の小説は人生経験の少ない高校生にはわからんわ、高校生には太宰か芥川か梶…

井伏鱒二「ジョン万次郎漂流記」(角川文庫) 小説から露出した正義や公正、道徳の問題は21世紀の現在にも通じる。でも作家はそこまで考えない。

作家の中編3つが収録されている。戦前、敗戦直後、経済成長開始期のそれぞれの代表作が載っているお得版。 ジョン万次郎漂流記 1937 ・・・ ジョン万次郎(1827-1898)の半生記。15歳でカツオ漁に出たら暴風にあって十日間以上の漂流。アメリカの捕鯨船に救…

井伏鱒二「かきつばた・無心状」(新潮文庫) 戦後作品集。日常の瑣事に注目しながらも、日本人による差別や底意地の悪さなどにはしっかり気づいている。

たぶん敗戦後に書かれた短編を集めたもの。解説には、作家の思い出話をのせていて貴重とは思うけど、書誌情報は必須だよね。 普門院さん ・・・ 昭和の初め、小栗上野介の菩提寺の住職になった坊さんが賊軍であった小栗の供養をするようになる。鎌倉に住む勅…

井伏鱒二「川釣り」(岩波文庫) 密漁、毒流し、発破かけで「よろすぶったくり」、排泄物やごみを川に流す日本の釣り事情

井伏鱒二は川釣りの好きな人で、旅館に逗留して鮎やハヤやヤマメなどを釣っていた。ついでに随筆に書いたり、短編小説にしたりもしていた。それらを集めて岩波新書に入れたのは1952年のこと。収録のうち、「ワサビ盗人」「掛け持ち」は他の短編集にも収録さ…

井伏鱒二「駅前旅館」(新潮文庫) ビジネスホテルにとってかわられた駅前旅館ビジネスの記録。この国の経済成長とはちょっとはずれたところの生活と人を見る。

駅前旅館は1980年代にビジネスホテルにとってかわられてほぼ絶滅している。まあ、我々としては東宝の喜劇映画で森繁久彌や伴淳三郎、フランキー堺などの演技とともに懐かしむしかない。あるいは、1956年に書かれたこの小説を読むしかない。 小説の枠組みは、…

井伏鱒二「黒い雨」(新潮文庫) 原爆被爆者は後遺症と差別デマに苦しみ、国と社会と世間に見捨てられる。

昭和25年6月。広島県神石郡小畠村の閑間(シズマ)重松は憂鬱だった。彼は5年まえに被爆し、ここにきて高線量被曝の後遺症が出て、農作業ができない。とうに勤めを退職し(というか戦後に勤務先が無くなった)、田舎で養生するしかないが、散歩をしていると…