odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

環境・公害

中西準子「水の環境戦略」(岩波新書) 水道システム全体のリスク管理を提案。リスクゼロは不可能で、別のリスクを生み出す。

長年、下水道研究に携わり、行政や学界から攻撃され研究費を削られてきた研究者が日本の水行政システムのおかしさを暴く。これまで著者は下水処理場を分散し、河川に戻して繰り返し使うことを主張してきた(しかし行政と学会は都市の大規模処理場にこだわり…

米国技術評価局「米ソ核戦争が起こったら」(岩波現代選書) 1980年代にでた核戦争被害のシナリオ。アメリカ主導のレポートの内容は悲惨だが、甘く見積もりすぎ。

1980年代の初頭には、東西国家間の核戦争が起こるかもしれないという危機感があった。1975年にベトナム戦争が終了したこと、1973年の第一次石油危機を西側諸国がどうにか乗り越えたことなど、1970年代はデタントの進んだ時期だった。それが1980年代になると…

田崎晴明「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」(web) 想定されている読み手は中学生。でも、論理と倫理は高度。理解できるようになりましょう。

学習院大学理学部の著者がwebで公開した「本」。まだ出版されてもいない*1。しかも公開されて2日目くらいかな。通常、このblogでは古本ばかりを扱うのだが、今回は取り上げることにする。というのは、福島原子力発電所の事故と放射線漏れについて、たくさん…

小宮山宏「地球持続の技術」(岩波新書) 20世紀高度経済成長のツケを返すには3代かかる。

持続型社会のあり方を科学技術の面から提起した啓蒙書。エネルギー保存則程度の科学知識で資源やエネルギー問題の解決方法を提示している。これまでこの種の本では必ず「エントロピー」が登場し、その理解に苦しむものだが、ここでは一切使っていないという…

中西準子「下水道」(朝日新聞社) 下水道は社会的共通資本なのに、官が主導権をとるための道具として使っている。

著者は東京大学工学部の助手(当時)で、宇井純の同僚ということになる。 通常、工学部の教員が啓蒙的な本を書くとなると、自分の専門分野に特化したものになりがちであるが、著者は1980年前後にいくつかの地方都市から下水道計画のアセスメントを行うよ…

松下竜一「砦に拠る」(講談社文庫) 1960年代、下筌(しもうけ)ダム建設にひとりで「蜂の巣城」を作って抗った奇想天外な運動。

1958年、大分県と県境にある小国町の集落にダム建設(下筌(しもうけ)ダム)の話が起きた。なんとなればその前年の未曾有の大雨が筑後川を氾濫させ、久留米市などで死者150名余をだす大災害となり、治水のために上流のダム建設が必要とされたからだった。こ…

宇井純「公害の政治学」(三省堂新書) 1968年に出版された新書。当時ほぼ唯一の水俣病のレポート。

1968年に出版された新書。多くのページは水俣病の発生から1968年当時までの状況を主に新聞記事を使って紹介している。著者は1961年ころから個人的に水俣病の調査を始めているのだが、ここでは極力個人的な体験を後ろにおいている。新聞記事や委員会報告書な…

宇井純「公害列島 70年代」(勁草書房) 1970年から1972年にかけて書かれた雑誌論文、コラムなどを収録。国家と企業と大学が金儲けのために自然破壊と国民の困窮化を進めていた。

1970年から1972年にかけて書かれた雑誌論文、コラムなどを収録。初出雑誌には「蛍雪時代」「朝日ジャーナル」「思想の科学」「現代の眼」などが並ぶ。最初のを除き、著者のような在野の思想家ないし運動家に文章を書かせ発表するというメディアはなくなった…

宇井純「キミよ歩いて考えろ」(ポプラ社) 自分が不利益を被っても公正のために正義を貫く生き方を実行した人の自伝。

初読が1980年2月5日。この日に著者が大学にきて講演したのだった。もちろん大学の主催であるわけではなく、学生が呼んだのだった。その席で、販売されたばかりのこの本を売っていた。買ってその日に読んだのだった。だから、この本には著者のサインがついて…

都留重人「現代資本主義と公害」(岩波書店) 1950年代にはわかっていた公害を国家・企業・大学が隠蔽したから、1968年の惨状になった。

1968年の刊行。都留重人のほか、数名の学者による共著。特徴的なことは、科学の研究者、政治に関係する人ではなく、主に経済学者が取り組んでいるということ(ちなみにマルクス主義経済学者は入っていない)。 公害研究の古典という位置づけ。おそらくこれほ…

梅棹忠夫「生態学入門」(講談社学術文庫) 京都学派の共同体主義が反映した生態学用語集。敗戦直後に作られたのでもう古い。

1951年に「思想の科学」研究会が新しい知識の百科事典を作ろうとしたのがきっかけ。当時の最新の学問である生態学の項目をつくるために、鶴見俊輔が梅棹忠夫に相談したのが始まり。梅棹忠夫が所属していた京都大学の研究者を中心に生態学の項目が記述された…

エリック・エックホルム「失われゆく大地」(蒼樹書房) 加害者と被害者の線引きは不可能であり、原状回復にとほうもない時間と費用がかかるか回復不可能というレポート。それでもやらなければならぬ...

著者は当時28歳のジャーナリストで、NPO(当時そういう名称はなかった。環境保全を行う非営利団体)に所属。彼が指摘している「失われゆく大地」の現状は、砂漠の拡大、高地の土壌流出、燃料用薪の切り出しによる森林破壊、灌漑による土壌の塩分蓄積と…